レベル7
「強化が甘いですね。拳に魔力が乗っているようで殆ど乗っていません。これでは魔法使いに勝つことは愚か、モンスターに致命傷を与えることも構いませんよ――」
ソフィーこと、私は何度か鵲露さんの拳をさばき、上へと放り投げた後にアドバイスを言うが、追撃の蹴りを捌きながら思うことは、彼は優れた戦闘センスを持っている、ということだった。
魔力を扱うのは初めてで、魔法すら使ったことのない素人。戦いなんて慣れていないはずなのに、身体強化を使って体を早く動かすのにも戸惑わず、それを活かして打撃している。
本来、魔力を感じるのが初めてで、魔法を使うのが初めてだったら『強化』であっても上手く使うことは出来ず、その場でこける者も多い。両足への強化の割合がデタラメであり、立つことすらままならないのだ。
だが、彼にはその様子がない。
的確な場所に魔力を込めて、私への攻撃を成功させている。全てを受けきっているが、確かに彼の攻撃には魔力が籠もっていた。途中で魔力が途切れる人もいる中で、彼の一撃は、確かに魔法使いとしての一撃だった。
(天性の才能……ですか)
世の中には天才がいる。
初めて『強化』のような魔法を使うのに、周りより上手く扱えて階段を何段も飛んでいくように強くなる者だ。
だが、どうにも彼に関しては違和感が拭えない。
才能がある者であっても、左右で『強化』に差があるように思えるのだ。例えば利き手の方が、魔力が集まりやすいように。しかしながら、彼にはそれすらあまりなかった。
私は彼の才能を疑問に覚えつつも、彼の身体強化がより滑らかになって行くのを感じていた。
――まるで、『強化』の正解のマニュアルを知っており、お手本を体で味わったかのようだと思った。
そんなことは無いはずなのに。
そう言えば、と私は片平さんとの話を思い出す。彼女はジルダ様のお付きが私であると知った時に話しかけてきたのだ。
その時に迷宮での彼の様子を聞くことができた。
元々は魔力を持っていないようだったが、片平さんでも負けるミノタウロスと出会い、死にかけになった時に彼の“魔力”が覚醒した。そして、性格も変わったかのような口調で、一瞬でミノタウロスを倒したという。
――ミノタウロス。
私もそのモンスターを知っている。戦ったこともある。
だが、魔力に目覚めたての少年が勝てるほど、甘い相手ではない。鍛えた探索者であっても簡単に殺されるモンスターだ。現に鍛えて、学園でも屈指の実力を持つ片平さんであっても負けるような相手だ。
だから、どうして彼が勝てたかが分からない。
性格が変わった程度で勝てるようなモンスターではないからだ。
――ふと、別の人格が憑依するのが彼の魔法だと思ってしまった。
◆◆◆
あれから二日ほど経った
基本的に俺の訓練はあれから瞑想をして体に流れる魔力を感じ、ソフィーさんに暇がある時は組手を行う。ソフィーさんから反撃をされることはなかったが、全ての攻撃が捌かれるので俺は体力や魔力が尽きるまで攻撃することを強いられているのだ。
そんな時だった。
ふと、帰ってきたソフィーさんが唐突にこんなことをいい始めたのだ。
「――ダンジョンに、行きましょうか」
「え?」
あまりにも現実離れした言葉に、口からあっけない声が出てしまった。
「何を呆けた顔をしているのですか? 考えてみて下さい。魔法使いにとって最も多い仕事が探索者としてのダンジョン踏破であり、モンスターとの対決は簡単に人を強くさせます」
「え、いきなり戦うの?」
「いえ、露様には私の戦いを見てもらいます。これから向かうダンジョンはレベル7です。――魔法使いの頂点に、興味はありませんか?」
ソフィーさんは、あいも変わらず無表情で言った。
「……分かった」
何故か俺の代わりにジルダが答えていた。どうやら彼女も付いてくるらしい。あんな怖い目にあったのに本当に来るの、と俺は口が引きつっていた。
「……姫様も来るのでしょうか?」
「……うん、行く」
「……既に知っていると思いますが危険ですよ」
「……アワワには私がいないと駄目だから……ね」
ね、と言われても、と俺は戸惑ったようにハニカムだけしか出来なかった。
「こうなった姫様はてこを使っても変わりませんね。分かりました。元より私は姫様の命には全て従うつもりです。露様、絶対に姫様をお守りくださいね」
表情はあまり変わらなかったが、いつものソフィーさんよりも厳しい気がした。
どうやら俺に拒否権はないようで、そのままソフィーさんの持っているスポーツカーに乗ってダンジョンへと向かうことになった。
発生した場所は近くの山の中だった。あまり人がいない場所だったようで、民家などなく、黄色いテープが敷かれて区切られていた。その中に多くの人がいた。警察、消防、そして――探索者。魔法使いになって初めて分かることだが、彼らの雰囲気は一般人とは少し違う。
剣呑で、血の臭いがするように思えるのだ。多くのモンスターを殺しているからだろうか。ここに集まった探索者たちは若かったが、誰も迷宮に入ろうとはしていなかった。
その理由を隣にいたソフィーさんが解説してくれる。
「このダンジョンは最高ランクのレベル7です。普通の探索者では死にに行くだけなので、誰も入らないように気をつけているんです」
ソフィーさんはそんな彼らの横を、フリルが多いロリータの服で通り過ぎる。そんなソフィーさんに懐疑の眼差しを送る者はいない。探索者ならば耳の長いロリータファッションのソフィーさんが“レベル7”という最高ランクの探索者であることは、周知の事実なのだ。
「なるほど。そうなんですね」
「ええ、そうです。いいですか? 絶対にジルダ様を手放さないように、しっかりと赤子のように優しく抱きかかえていて下さいね」
そんな中、懐疑の目線を向けられているのは俺である。
最高ランクのソフィーさんの後ろを、ジルダという幼女を抱えながら後を付いているからである。身体強化で力が増した俺はジルダを抱えることに苦労しておらず、腕の中にいる彼女は何故か「……ばぶー」とソフィーさんの言うとおりに赤ちゃんの真似をしていた。
おい、赤子の大きさじゃないだろう、と思ったけど、俺は口には出さない。むしろ小声で噂されていることをよく聞いていた。
「ねえねえ、あれってソフィーさんの子ども?」
違うぞ。一応ジルダにも聞いたけど、ソフィーさんとの間に血の繋がりは無いみたいだぞ。
でも、同じエルフだから耳の長さだけで親子だと思ってしまうか、と納得してしまう。
「じゃあ、あの人はソフィーさんの旦那さんだ」
そこのショートカットの女。違うぞ。俺とソフィーさんは数日前に知り合ったばかりだぞ。
どうしてこんな平凡な俺が、超絶美人のソフィーさんの旦那になれると言うのだ
「ダンジョンに連れてくるぐらいまで、愛しているんだ。ソフィーさんにそんな面もあったんだね」
ないぞ。
俺は静かに思った。
そもそも俺は愛されてもないぞ。思っていて悲しくなった。あれ、この人って、俺の保護者になったんだよね?




