一般魔法
片平が帰った後も俺は瞑想を続けていた。何度か休憩も挟んだけれど、修行僧のように瞑想を行うのだ。
頭、肩、腕、胸、背中、腹、太もも、ふくらはぎ、足の平、全ての感覚を感じることはできたが、どうしてももう一つの体であるアストラル体を感じることはできずにただ瞑想を続けるだけだった。
ジルダはそんな俺の隣に何も言わずにいたが、夕方になった頃に唐突に口を開いた。いつもと変わらない無表情で。
「……ねえ」
「どうかしたのか?」
俺は瞑想をやめた。
「……本当に、魔力を……感じないの?」
「感じないんだよな」
もう一つの自分の身体であるアストラル体、というのが俺にはよく分かっていなかった。
だから魔力に関しても俺は分からなかった。
「……あいつ、感じる?」」
「それは感じる」
俺の中に、ジルダから渡った“あいつ”がいることは感じている。まるで一つの体を二人で同居しているようだった。少し煩わしい気持ちにもなるけど、あいつのおかげで俺は迷宮から生き返ることが出来たのだ。
少しだけ、感謝していた。
「……じゃあ、あいつ……を見つけて、魔力を操って」
ジルダの言葉に、はっと、した。
考えたら俺自身に魔力は無いのだ。あくまで俺の中にある魔力はあいつからもたらされたものであり、俺はそれを利用しているだけなのだ。
「分かった――」
だから俺は素直に頷いた。
もう一度目をつぶり、体の中から“あいつ”を探す。どこにいるのか最初は分からなかったが、あの日以来、ずっと体の中に別の存在の気配は感じていたのだから、すぐにその場所を探ることができた。
あいつは、俺の腹の奥にいる。
臓物の奥底に潜んで、眠っているのだ。
何故、起きないのかは分からない。俺はあいつと話したことが一度もないからだ。けれども、その存在を感じることで、そこから漏れ出す力にも気づくことが出来た。その力を、俺は体に巡らせた。
「……そう。それが、魔力。アワワは――目覚めた。あいつを探せば、アワワは、力を使える」
ジルダの言葉が、俺の芯にまで響き渡る。
「ありがとよ」
俺は目を閉じても魔力が操れることを確認してから、ジルダに向かって微笑んだ。彼女の表情は変わらなかったが、嬉しそうに身を寄せて来た。
思わず俺はその仕草に笑ってしまった。
「――どうやら、魔力は無事に扱えたようですね」
「うわっ!?」
いつの間にかジルダの逆側にいたソフィーさんに話しかけられて、俺は身が跳ねるように驚いた。
「どうかしたましたか?」
「いや、何でもない……」
俺は誤魔化すように言った。
「それならよかったです。では、魔法の鍛錬を始めましょう。いいですか? 魔法には“二種類”ございます。それが――固有魔法と“一般魔法”です」
「少しだけ知っている」
固有魔法と一般魔法については世間にも広く知れ渡っているから、俺も知っていた。何度かネットで調べたことがあるからだ。
固有魔法とは、例えば片平の使う『夢幻桜花』だろう。魔法使いの体に刻み込まれた魔法であり、“持ってさえいれば”簡単に使うことができる。
一方で一般魔法とは、“誰でも扱えるように改良された魔法”のことを言う。すなわち一般魔法は魔力さえあれば誰でも使うことができる。
とはいえ、多くの一般人は魔力がないから使うことが出来ないのだが。
「普通の魔法使いなら固有魔法を鍛えればいいのでしょうが、私が見る限り、露さんに固有魔法があるようには見えません」
ソフィーさんの目が、いつもの碧眼から琥珀色に変わっていた。さらに瞳孔も縦に開いている。まるで猫のようにも見えた。
――魔眼。
限られた者のみが使えるという特殊技能らしい。詳しくは知らないけど。どうやらそれで俺の才能を見たようだ。
どんな原理かは、俺には全く分からない。
「え、じゃあ、俺って固有魔法を使えないの?」
「はい。固有魔法は持っていなかったら使えません。とはいえ、私が最初に教えるのは前にも言った通り、『強化』の魔法です。身体強化ですね。固有魔法を持っていても基本の魔法となります。露様がよくご存知の片平様も、常に使っていましたよ」
ソフィーさんは無表情で言った。
どうやらこの家を片平に教えたのはソフィーさんらしい。どんな関係かは分からないけど、ジルダ繋がりだろうかと思った。
「……大丈夫」
何故か傍にいるジルダは、俺に固有魔法がないことを慰めるように頭を撫でてくれる。意味がわからない。
あとで知ったことだが、どうやらエルフはほぼ全員が固有魔法を持っており、持っていない人は“落ちこぼれ”という眼差しを受けるようだ。
「では、身体強化の修行ですね。発動させるのは簡単です。魔力を体に流すのです。それだけで身体能力が向上します。ついでにモンスターも狩れるようになるので、最低限魔法使いとして戦えるようになります――」
ソフィーさんの言う通り、俺は初めて自分で感じることが出来た魔力を体に流す。血管が熱くなり、力が滾るのが分かった。
なるほど。
これが魔法使いたちが息を吐くように扱うという一般魔法――強化か、と強く実感してしまう。
「これでいいのか?」
「ええ、走ってみますか?」
「そうだな」
俺は周りの草原へと軽く走り出すと、空気を切るように早かった。初めて自分で使った魔法だったため、思わず立ち止まって感動してしまった。
「どうですか、気分は?」
「悪くない感じだな」
「では、少し試しに戦ってみましょうか? 身体強化を使えるだけでは戦えるわけではありません。この状態を維持し、魔力を纏った肉体を相手にぶつけるんです」
「分かった」
俺は眼の前のいるソフィーさんと相対した。
腰を低くして構える。左手を前に出して、右手を引く。片身になった。人の殴り方は知っている。小学校時代は少しだけ空手を習っていたからだ。
だから俺は迷いなく、可憐な女性であるソフィーさんに魔力を込めた右手を突き出した。
遠慮しなかったのは眼の前の女性が、肌で猛獣のように感じたからだ。
「最初にしては、いい突きですね。甘いですが」
だが、その攻撃は簡単に手で捌かれて、上へと投げられてしまった。高い空が目に入る。体をひっくり返して下を見ると、追撃する様子もなくソフィーさんは下で待ち構えていた。
俺は上に投げられた勢いを利用して、踵を斧のように振り落とした。
だが、それも簡単に受けられてしまう。
強くなったはずの俺の攻撃を簡単に捌いてしまうことに、だんだんと綺麗な女性を殴っているのではなく、もっと恐ろしい何かと相対しているような気分になっていた。
「ははっ――」
だが、口から思わず笑みが溢れる。
ただ一方的に攻めるだけなのだが、一発もまともに当たらないので絶対に一発当ててやろうと言う気持ちが生まれてきたのだ。
初めて味わうゲームのような感覚だった。




