再会
あれから四日も経った
今日も俺は魔力を操ろうと、暑い中外に出ていた。最初は家の中で魔力を操ろうとしていたのだが、ジルダが引っ張って芝生へと連れてくるのだ。理由を聞くと「……自然の中」と短く言われた。
昔に学校の教科書で知ったことだが、エルフ達がいた元の世界では自らを森の民、と名乗るほど自然と共存した一族だったようだ。だから魔力を感じやすいのは家などの人工物の中よりも、自然の中だという考えがあるのだろう、と俺は思った。
いつの間にかこの庭の芝生に木々が何本か生えているのは、きっと森の民であるジルダかソフィーさんの趣味ではないか、と思ってしまった。
だから俺達は並んで大きなクスノキの影で、いつものように瞑想を始める。何一つ進歩がないまま。
それから小一時間ほど経った時だった。
庭に雨がやって来た。
「――お兄ちゃん! お客様だよ! なんだか綺麗な人だよ!」
目を瞑っているのに声がかかる前に気づいたのは、瞑想をすることによって感覚が研ぎ澄まされているからだろう。
「誰、ソフィーさん?」
「ううん、違うよ! なんだかもっと髪が黒買ったよ!」
「名前は?」
「片平弥生さん、って言っていたよ!」
なるほど、と俺は頷いた。
どこで知ったのか分からないけど、あの日のことを聞きに来たのだろうか、と思ってしまった。
「じゃあ、ここに案内してくれるか?」
「もしかして彼女?」
雨がにしし、と悪戯な笑みを浮かべる。
「俺があんな綺麗な人と付き合えると思うのかよ?」
「思わない! 分かったよ、お兄ちゃん!」
なぜだか納得したように去っていく雨に、俺は少しだけ悪態づくように小声で「はいはい、モテませんよ」と俺は悪態づいた。
それからすぐに、雨は片平弥生を連れてきた。
「こんにちは」
彼女はラフな格好をしていた。
髪をポニーテールに纏めているのは一緒だったが、桜色の長いスカートに白いトップスを合わせているのだ。
さらに以前と違う点があるとすれば、両手に持った松葉杖と片足に巻いた包帯だ。やはり折れていたようだ。
「久しぶりだな。元気そうじゃないか」
「そう見えるなら目が節穴です。ほら、私はあの日の通りに足を骨折しました。今はか弱い女の子に見えるでしょう?」
数日ぶりだと言うのに、少しやつれているのはきっと気の所為ではないのだろう。
「刀でゴブリンを殺していた女が、か?」
「今は殺せませんよ。騙すことは出来ますが――」
今は夏だと言うのに、クスノキから桜が降ってきた。見慣れた魔法だった。
「え、なにこれ! 凄く綺麗! どうして桜が降っているの!」
雨は桜を待ち構えるように両手を出すが、その桜は手に触れた瞬感に消えて無くなった。
「未だにゴブリンぐらいなら殺せそうだな」
俺はその魔法の凄さに感心するように頷いた。
「さあ? どうですかね?」
片平は口を隠して笑った。
それから雨も交えて俺達がどうして出会ったのか、あのダンジョンに攫われた先で何があったのか、思い出を語り合った。
どうやら彼女が会いに来たのは、あの日のお礼を言いに来たようだ。そのためにソフィーとコンタクトを取り、この家の場所を知ったようだ。
そして話題は――俺の魔力について移った。
「さて、鵲さんはいつ、自分に魔力があると分かったのですか? 最初に会った時は気づいてなさそうでしたが」
「ミノタウロスに殴られた時かな。それで――覚醒した」
なんだかこうやって話していると、よくある漫画の主人公みたいだね。
ピンチになって力を得るなんて。
実際はジルダから魔力を託されただけなんだけど。
「……本当にそれだけ?」
ジルダを挟むように座っている片平は、少しだけ疑うような目を俺に向けた。彼女は俺がミノタウロスを殺す姿を見ていたのだ。どうやって殺し、その後にどんな行動を取ったのか。
俺も――記憶にはある。
何かに体を乗っ取られた記憶が。
だが、ジルダを見ると他の人には気付かれないように首を微かに横に振った。どうやら俺が力を授かったことは誰にも言うな、ということらしい。
「まあ、なんと言ったらいいか分からないんだ。――あの時の俺は別人のようだったと思う。魔力って、アストラル体があったら、あんな感じに人格が変わるのか?」
「普通は変わらないですよ。まあ、中には“バトルジャンキー”みたいな人は性格変わる人もいるけど、基本は一緒ですね。あれほど人格が変わるのは始めてみました。というより――別人でした」
「……俺も、そう思う」
誤魔化すように苦笑いする。
本当にあれは別人だったのだ。
誰かは知らない。
きっとジルダは知っているだろうけど、未だに教えてくれる気配はない。もしかしたらこのまま一生教えてくれないかも知れない。
「何故、あそこまで変わったんですか?」
「どうなんだろうな? もしかしたら二重人格だったのかも知れない」
「なるほど。魔力と共に目覚めたのですか。もしかしたら――そういう“魔法”に目覚めたのかも知れませんね」
「かもな――」
俺は曖昧に頷いた。
雨がどういう反応をするかと思って振り返ると、いつの間にか屋敷に戻っていたようだ。きっと予定があったのだろう。ここは山の中とはいえ、バスも近くにあるため電車に乗ることもできる。
友達だって、小一時間ほどで会いに行けるみたいだ。そう言えば、朝に友達に会いに行く、と言っていたのを思い出す。その準備でもしにいくのだろう。
「あの時の鵲さんは強かったですから。まさか――ミノタウロスも倒すとは。トップ探索者並みですよ」
「もうあの力は使えないけどな。あれは火事場の馬鹿力だったようだ」
「え、そうなんですか!?」
片平は驚いた様子だった。
「今では魔力を操るのすら苦労している」
俺は後ろに手をついて空を仰いだ。
「ということは、どんな魔法が使えるのかも分かりませんね」
「身体強化すら使えないよ」
「それは大変ですね……」
片平は困ったように笑った。
「魔力操作にコツってあるの?」
「さあ? 私は物心ついた時から出来ましたから。大体の魔法使いは魔力を操ることに苦労するのではなく、どう使うか、に苦労する人が多いのです。私も苦労してますから」
「じゃあ、俺のように入口で立ち止まっている人がいないのか」
「そうですね」
うんうん、と片平は頷いていた。
別の魔法使いに聞けば今の状態もなんとかなるかと思ったが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。
「うーん、困ったな」
「でも瞑想はいい修行方法だと思いますよ。体に流れている魔力を感じ、初心に返ることができます。一緒にしましょうか」
俺は目を瞑ってみるけれど、やはり自分の身体の中からは全くといっていいほど魔力を感じることが出来なかった。だけど、ソフィーさんと同じように隣にいる片平からは“魔力”を感じる。
ソフィーさんから感じる圧倒的な魔力とは違い、優しげな魔力であった。桃色で華やかな匂いがするのは気のせいだろうか。可愛らしい彼女のイメージ通りの魔力であった。
「なんですか?」
そんな風に彼女を見つめていると、視線に気付かれてしまった。
「なんだか、片平の魔力は片平みたいな感じがするな――」
「どういう意味ですか、それ?」
片平は桜のように笑った。
「落ち着く感じだ。そっと寄り添ってくれるような感じか?」
「ふふ。そんな風に言われると照れますね」
片平がそっと微笑んだ。
迷宮内での殺伐とした彼女より、今の片平の方が魅力的に見えた。思わず見惚れてしまいそうになる。
そんな風に片平と向かい合ったまま話していると、なぜだか隣にいたジルダが入ってきて俺にもたれ掛かってきた。決して寄り添ってくれているわけではない。むしろ俺の胡座の上に小さな頭を乗せている。
「どうしたんだよ、ジルダ――」
ジルダは何も言わなかった。無言のまま俺にもたれかかっていた。一回持ち上げて隣に座らせたけど、もう一度俺と片平の間を塞ぐようにもたれ掛かってきた。何故かは意味が分からない。
「きっと、ジルダちゃんは鵲さんに魔力操作を頑張ってほしいんですよ。一緒に頑張りましょう――」
片平にそう言われると頑張れる気がしたので、それから暫くの間、一緒に瞑想を行ったけど結局一回たりとも魔力を感じることはなかった。
そしてジルダは、ずっと俺にもたれ掛かっていた。寝息は聞こえていないので、起きているようだった。時折、魔力を操ろうと頑張っている俺の目を見つめてくる。全てを見通されているように感じてしまう。どうやら――俺の魔力操作について、何か思うところがあるようだった。




