魔力
それからの俺はジルダの言うとおりに何度も魔力を使おうと思ったのだが、どうにも何も発動しなかった。体の中に魔力のような血とは異なる力の流れは感じるのだが、何をしたらいいのか分からなくなる。
あの時の力はどこに行ったのだろか。
「……使えていない」
「そうみたいだな。本当に俺の中に“まだ”魔力があるのか?」
俺はこの自分の中に感じる別の流れは気の所為なんじゃないか、と思ってくる。どんな魔法も発動しないからだ。
「……ある筈」
「じゃあ、あるんだろうな」
「……ソフィー、いる?」
ジルダは表情を変えないまま、ここにはいない人物の名前を呼んだ。俺はいないと踏んでいたが、どうやらジルダの考えは違ったようだ。
「――ここにいます」
ジルダの言葉通り、傘を差しているソフィーさんが空から優雅に振ってきてゆらゆらと揺れながら着地する。空中にいたようだ。結構な距離から落ちてきたと思う。どうして空中にいたのかは俺には分からない。
だけど、今日のソフィーさんは優雅だった。全身をレースがついたひらひらのドレスで纏めており、傘にもレースがついていた。
何故だか今日はロリータ・ファッションをしていた。人形のように美しいソフィーさんには似合っているけど、どうしてその格好が戦闘装束に繋がるのかは分からなかった。
「……今日は、どんな仕事?」
「不届き者の処理です。ですから、こうして戦闘装束で参ってきました。姫様、遅くなりました――」
「……ご苦労さま」
膝を折って頭を下げるソフィーに労り声をかけるジルダ。
「ソフィーさんに、魔力の使い方を学ぶの?」
「……そう」
ジルダはコクリと頷いた。
「ジルダ様、本気ですか?」
「……うん」
「魔力の使い方を覚えるなら、魔法学校への転校後でもいい気がしますが」
「……私はアワワとずっと一緒にいるつもりだから力があったほうがいい」
「なるほど。それはそうですね」
ソフィーさんはジルダの意見に深く頷いている。
どうやら、俺に拒否権はないようだ。
そもそも覚えない、という選択肢は俺の中にはなかった。
今後いつ、ダンジョンに吸い込まれるか分からないからだ。これまでは門震なんてどこか遠い話で自分ごとのようには感じていなかったが、実際に巻き込まれると次もまた巻き込まれるかも、と思ってしまうのだ。
そうでなくても、俺は魔法学校に通う。
きっとダンジョンを攻略するために潜ることはこの先、たくさんあるだろう。その際に力が無ければ、あの時のようにミノタウロスに蹂躙される未来しか見えなかった。
「ソフィーさん、よろしくお願いします」
俺は頭を下げた。
強くなるために。
「はい。学校が再開するまでですが、私が強くして上げます。思い返せば、ちょうど今は“夏休み”のようですから」
そう言えば、と俺も思い出す。
今は休みだった。ここ数日は怒涛の出来事が続いたので、頭から忘れていたのだ。本来なら2年後に待っている受験を控え、頭を抱えているのだ。部活も一応行っているが、最近は殆ど行けてすらいなかった。
「……アワワ、頑張って」
ジルダはそう言って、近くの草原に座った。どうやら近くで見守っていてくれるようだ。
「さて、鵲さん、あなたは魔法について、どこまで知っているでしょうか?」
「何も知らないです」
この前まで一般人だったのだ。ネットに魔法についての情報は書いてあったが、どれも真偽は怪しい。何故なら魔法の技術は人が自ら見つけたものではなく、エルフから技術として授かったものだからである。
「では最初から説明しましょう。まずは魔力についてからです――」
それからソフィーさんによる魔法についての講義が始めった。
まず、魔力を持っている人と待っていない人は、体内にもう一つの体であるアストラル体が魔力を発しているかどうからしい。
その魔力を扱うことによって、魔法が使える。
「――最も基本である魔法の一つが、身体強化です。魔力を体に纏うことによって、体を強化します。運動能力を上げて、硬さをも上げます。またモンスターに対する武器にもなるので、基本的に魔法使いにとってこの技術は必須です」
「分かりました」
「ではまずは、アストラル体を感じましょうか。それによって体内に流れる魔力を操ることができます」
ソフィーさんのドレスが地面に広がった状態で芝生の上に座った。そのまま目を瞑る。
すると、全身の毛が逆立つように肌が粟立った。風が吹いたのだと思った。いや、芝生は何も動いていない。
だから感じたのは俺自身だ。目で見ても分からないのに、ソフィーさんを中心にして何かが発せられているような気がする。
きっとソフィーさんから発せられた力を全身で浴びたのだろう、と思った。
――魔力。
これが、魔力なのか、と思った。
選ばれたものだけが使える異能であり、超常の力。かつて俺が憧れから欲したもの。
人の魔力を感じると、まるで俺の中の魔力も感じられるような気がする。
ソフィーさんと同じように座って目を閉じて、全身を使ってアストラル体というものを感じようとしたが――残念ながら魔力は感ずることができず、身体強化をつかうことも出来なかった。
「あれ?」
思わず集中力が途切れて、口から情けない声が出てしまった。
俺の体からは何も感じなかったからだ。
「駄目ですね。まずは魔力を少しでも感じ、扱うことが出来なければ魔法を使うことは出来ません。ひたすら瞑想をし、魔力を感じる練習をしましょう」
ソフィーさんは、無表情だった。
「えっと、これって何かコツはないんですか?」
どうにも俺に魔力を扱う才能は無いようだ。
「知りません。エルフは魔力を生まれた時から感じますから。私たちにとって魔力を操るのは、歩くよりも簡単なことなのです。多くの人達も、魔力を扱うのにそう苦労する人はいませんでした。あなたは“後から”魔力に気づいたからでしょうか。他の人とは違うみたいです」
「え、じゃあ……」
「ひたすら自分と会話するしかありません。頑張ってくださいませ。それでは魔力が扱えるようになったら、私に声をかけて下さい」
ソフィーさんは立ち上がって、屋敷に帰って行った。
ここから先は一人で頑張るしか無いようだ。
「ジルダは戻らないのか?」
「……一緒にいる」
ジルダは俺の隣に座って、氷のように全く動かず目を閉じていた。それに習って、俺も魔力を操ろうとするが、この日は一切魔力が扱えず日が暮れた。
「なあ、ジルダ、こんなにも魔力って感じないものなのか?」
「……さあ? 私には……分からない」
俺は隣にいた小さな彼女に答えを求めたけど、望む答えは得られなかった。




