選択
またジルダの隣にはメイド服を着た背が高く見たことの無いような美人のエルフがいる。
陶磁器のような肌。大きな赤い目、感情はあまり見えないが、吸い込まれるように美しい容姿をしていた。まるで精巧な太陽によって輝く黄金の髪は風にたなびいていて、絵画のように綺麗だった。
知らない女性だった。
ダンジョンに入る前にジルダを取り囲んでいた大人たちの間にも彼女はいなかったように思える。
「――入ってもいいでしょうか? 少し話がございます」
彼女はまつ毛が長い切れ長の目を伏せたまま言った。
「お兄ちゃんに美人が訪ねてきたー!」
後ろで玄関を覗いていた雨が後ろで騒いでいるので、俺は大きなため息を吐いた。
それからすぐに俺は狭い家に二人を案内した。四角い炬燵机に案内し、ガラスのコップに麦茶を入れて二人に出す。
俺の眼の前にエルフの大人の女性は正座で座った。ジルダもてっきり彼女の隣に来るのかと思いきや、なぜだか――俺の隣に密着するように正座で座っている。
「なんかお兄ちゃんに可愛い子が懐いてる!」
逆側にいる雨はジルダを見て驚いていた。
「ジルダはあっちじゃないのかよ?」
「……私はこっち」
なぜだかジルダは俺の傍から離れなかった。
「姫様は全く。さて、話をしましょう。私の名前はソフィーと言います」
「鵲露です……」
美しい女性はソフィーと名乗り、名刺を俺の前に差し出した。
そこにはソフィーという名前と共に、一般社団法人“エルフの会”会員と書かれていた。詳しく話を聞くと、どうやら大人のエルフ達が属する組織のようで、魔法を使う生業を行っているようだ。
学園の先生やダンジョン攻略、またダンジョン外に吐き出されたモンスターの討伐、その他にも多くの仕事を請け負っているようだ。法人化しているのは、この国からその方がいいと指示されたからのようだ。
「私はその中でも姫様のお付きが仕事です。言い方を変えれば護衛でしょうか。先日は所要で離れていましたが、まさかその時にダンジョンに吸い込まれるとは……」
「はあ」
「私は心臓が止まる思いがしました。すぐに助け出そうとしたのですが、その時には地上に戻っていたようです。本当に姫様が無事で良かったです。死んだらどうしようかと思いました」
「はあ」
俺は同じ返事しか口から出なかった。
何故なら心配だったと語るソフィーさんが無表情だったからだ。眉一つ動かしていない。薄い桃色の唇を小さく動かして、抑揚のない言葉を使う。まるで機械のように思えてしまった。
エルフの特性だろうか。
ジルダもあまり感情を表さない子だった。
「……ソフィー」
「そうでした。本題に入りました。鵲露様。私たちはあなたに用があって来ました」
ジルダの声に、ソフィーさんが俺の目を見た。
大きなサファイアのような目に、俺のぼやけた姿が映る。
「それはどんな用なんですか?」
「……私、ここの子になる」
「はあ?」
何故かソフィーさんではなく、ジルダから発せられた言葉に俺は間抜けにも口を開けてしまった。
「ええ、お兄ちゃんに子どもが出来た! 誰との子なの!? ソフィーさんとの子ども?」
「……俺をなんだと思っているんだ?」
驚く雨に、俺は呆れたように言った。もしも本当にジルダが俺の子どもなら、Ⅹ歳ごろに子どもを作ったことになる。そんなことはありえない。
「姫様がどうしてもあなたと一緒にいたいと言いだしたのです。理由は分からないですが」
ソフィーが俺を見る目が少しだけ厳しくなったように思えた。
するとジルダが俺の耳元に口を寄せ、俺を脅すように小声で言う。
「……私の中にいる“あいつ”を少しだけアワワに渡したから、暴走しないように私が傍にいるほうがいいと思う」
誰にも聞こえないように言うジルダの言葉に、俺は「なるほど」と納得してしまった。
魔力を得た時のことは今でも覚えている。
俺を“何か”が侵食したのだ。そして尋常ならない力を奮って、簡単にミノタウロスを倒した。今でも体の中に魔力は感じるが、あの時ほどの力は感じない。きっと俺の力ではミノタウロスを倒すことさえ無理だろう。
だが、あいつがどこにいるのかは分からない。
“確実にあいつがいる”気配は感じるのだが、表に出てくる様子は無いのだ。まるでぐっすりと眠っているかのようだった。
「姫様の言葉ですが、露さんには“魔力”があるようです。少しだけ調べてみましたが、そのような記録は過去にもございませんでした」
「そうだな。知らなかった、と言った方が正しいかも知れない」
俺が隣にいるジルダを見てみると、どうやらソフィーにも俺が魔力を得た本当の理由は伝えていないようだ。虚空を見るかのようにぼーっとしており、空気のように掴めない子どもだ。
「で、大切な母君が……、本当にお悔やみ申し上げます」
「……そうだな。そこまで調べていたんだな」
「姫様が助けられてから、どんな人物なのか随分と調べました」
「なるほどな――」
ダンジョンに吸い込まれる時に聞いた通り、ジルダを狙う者が、そもそもエルフを狙う不届き者がこの国には少なからずいる。俺もその類の人間だと疑われたのだろう。
「……保護者がいなくなったあなたには厳しい話でしょうが、魔力を持つ者は義務教育の一つとして――魔法学院大学高等学校に通わなくてはなりません。ここから一番近いのは神戸ですが、山奥にあるのできっと寮生活になると考えられます」
「……そうだな」
俺は噛みしめるように頷いてから、隣にいる雨を見た。
目が潤んでいる彼女は、いつもより小さく見えた。母が死ぬのは受け入れたが、これからの人生は未だに想像できていない。俺も雨と一緒であるが、できればこの先も兄妹で支え合って共に生きていきたいと願う。
だが、俺が魔力を得たことによって、それが難しくなったらしい。
「……このままでは妹様とはきっと、離れ離れになるでしょう」
「お兄ちゃん……」
雨が縋るように俺の腕の服を引っ張った。
「で、言いたいことは俺達の現状だけじゃないんだろう? 何が、言いたい?」
わざわざ厳しい現実を突きつけるだけなら、悪趣味なだけで、わざわざジルダを連れてきてここの子になる、など言い出さないだろう。
「はい。私は姫様の希望を叶える者です。ですから、あなたに新しい選択肢を差し上げます。どれを選ぶかは、あなた次第です」
「選択肢とは?」
「――私が保護者になります。政府にも私が交渉して言い聞かせましょう。その代わりに鵲様は、魔法学院大学高等学校の近くにて姫様と暮らしていただきます。もちろん妹様もご一緒に」
この選択肢を選ばなければ、隣で縋るように俺を見ている雨と離れ離れになる可能性が高いだろう。
とすれば――俺の選択肢は一つしかなかった。
俺は、深く頷いた。




