表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

【第14話】硝子の大鍵と不変の祈り


 (とびら)()こうから()()んでいた(くら)忘却(ぼうきゃく)(かぜ)が、ゆるやかに()いでいく。


 (わたし)()にしたランタンの(とも)()(しず)かに()つめ、それからゆっくりと(とびら)()めた。


 番人(ばんにん)(わたし)にしか(うご)かせぬ分厚(ぶあつ)(てつ)(とびら)()ざされると、部屋(へや)には(ふたた)群青(ぐんじょう)静寂(せいじゃく)(もど)った。


 足元(あしもと)()れば、彼女(かのじょ)(のこ)していった(ぬく)もりの名残(なごり)だろうか、()(とお)った(ひかり)粒子(りゅうし)が、透明(とうめい)なガラスの(ゆか)(あわ)(にじ)み、やがて(よる)(やみ)へと()けるようにして()えていった。


 暖炉(だんろ)(うえ)見上(みあ)げれば、ノアの『(しろ)(ほん)』が、(さき)ほどまでの(はげ)しい明滅(めいめつ)()え、(ほか)のどの硝子(がらす)(うつわ)たちとも()わらぬ、(ふか)く、(おだ)やかな(しず)けさを()(もど)していた。


 ただ、その(しろ)硝子(がらす)表紙(ひょうし)奥底(おくそこ)に、(あら)たな一筋(ひとすじ)(ひかり)(せん)が、波紋(はもん)記憶(きおく)として(きざ)まれているのが()えた。


「……やり()げたのね、ノア」


 指先(ゆびさき)でそっと硝子(がらす)表紙(ひょうし)()れる。


 かつて少女(しょうじょ)(つむ)いだ「(だれ)かのために()きる(やさ)しさ」の物語(ものがたり)は、(とき)()え、今日(きょう)、また(ひと)つの(まよ)()呪縛(じゅばく)()(はな)ったのだ。


 禁忌(きんき)とされる(かす)かな(いと)おしさが、(わたし)(むね)(おく)(しず)かに()たしていく。


 (とも)()番人(ばんにん)として、ただ(たましい)終着点(しゅうちゃくてん)見守(みまも)るだけの存在(そんざい)であるはずの(わたし)に、この硝子(がらす)たちはいつも、言葉(ことば)以上(いじょう)(ぬく)もりを(おし)えてくれる。


 (わたし)受話器(じゅわき)()かれた(ふる)びた(つくえ)へと(もど)り、真鍮(しんちゅう)のランタンを(しず)かに(かたわ)らへと()いた。


 暖炉(だんろ)(ほのお)部屋(へや)(やさ)しく()らし()す。


 (わたし)は、(ふたた)静寂(せいじゃく)(つつ)まれた部屋(へや)で、そっと()()じた。


 (とお)(ひび)海鳴(うみな)りの(おと)()きながら、いつものように(つぎ)(まよ)()()とうとした。


 その瞬間(しゅんかん)だった。


 (しず)まり(かえ)った透明(とうめい)なガラスの(ゆか)(うえ)に、()たこともない(ゆが)んだ(かげ)急速(きゅうそく)()(まわ)(はじ)める。


 暖炉(だんろ)(ひかり)反射(はんしゃ)して(うつく)しく()んでいるはずのガラスの(ゆか)(そこ)から、まるで凝固(ぎょうこ)した(よる)そのもののような、(おも)(よど)んだ(くら)(やみ)()()がってくる。


 その冷徹(れいてつ)気配(けはい)源泉(げんせん)辿(たど)るように視線(しせん)()げれば、それは暖炉(だんろ)(うえ)、ノアの『(しろ)(ほん)』のさらに(たか)(たな)奥底(おくそこ)へと()()いた。


 そこに()えられているのは、(とも)()番人(ばんにん)歴史(れきし)(しず)かに見守(みまも)(つづ)けてきた、巨大(きょだい)硝子(がらす)(おお)(かぎ)だった。


 かつては清澄(せいちょう)(かがや)きを宿(やど)していたはずの(おお)(かぎ)表面(ひょうめん)に、(いま)無数(むすう)微細(びさい)亀裂(きれつ)(はし)り、ピシ、ピシ、と()()めた(きし)(おん)()てている。


()(たましい)(すく)いながら、(おのれ)足元(あしもと)()らぎに()づかぬ(うつわ)に、(つぎ)(とも)()(あず)けることはできぬ』


 地鳴(じな)りのような、けれど(ほか)でもない(わたし)自身の(じしんの)内側(うちがわ)から(ひび)くような(こえ)が、脳裏(のうり)(はげ)しく()さぶった。


 (まよ)()たちの安堵(あんど)(やす)らぎへの旅立(たびだ)ちを見送(みおく)り、(とも)(あゆ)んできたノアと(たし)かな達成感(たっせいかん)()かち()う。


 その(しず)かな()々のやり()りの(なか)で、いつしか(はぐく)まれてしまった(ぬく)もり。


 ただの(つめ)たい(うつわ)であるべき自分(じぶん)(こころ)に、ノアへの(ふか)(じょう)宿(やど)ってしまったことこそが、(おお)(かぎ)(とが)める不変(ふへん)(ことわり)からの()らぎだったのだ。


 感情(かんじょう)()つことは禁忌(きんき)という(いまし)めがありながら、(わたし)はノアとの日々(ひび)のやり()りの(なか)で、いつしか番人(ばんにん)としての(こころ)(おお)きく()らしていたのだ。


 この(おお)(かぎ)亀裂(きれつ)は、(わたし)自身(じしん)(こころ)(もろ)さそのものだった。


 もしこの硝子(がらす)(おお)(かぎ)(かん)(ぜん)(くだ)()れば、(わたし)(ばん)(にん)としての()(かく)(うしな)い、ノアとの(きずな)()(おく)もすべて、(そこ)のない(ぼう)(きゃく)(しん)(えん)へと()まれてしまうだろう。


 (わたし)()(しん)が「(かん)(じょう)(きん)()」という(から)()え、(まこと)(つよ)さを()るための()(れん)が、(いま)(よう)(しゃ)なく()きつけられたのだ。


 (わたし)(しず)かに(いき)(ととの)え、ガラスの(ゆか)()()めて(おお)(かぎ)へと(あゆ)()る。


 (しん)(ちゅう)のランタンをしっかりと(にぎ)(なお)し、(しず)かな(かく)(しん)()めて、その(れい)(てつ)(がら)()へと(ゆび)(さき)()ばした。


 ()れた瞬間(しゅんかん)視界(しかい)(はげ)しい群青(ぐんじょう)(うず)へと反転(はんてん)し、(わたし)意識(いしき)は、(まこと)番人(ばんにん)へと成長(せいちょう)するための(くら)試練(しれん)世界(せかい)へと、急速(きゅうそく)()()()ろされていった。


 ()(まい)(おさ)まり、ゆっくりと()(ひら)く。


 そこは、いつもの(とも)()()()ではなかった。


 (しゅう)()(かこ)(ぐん)(じょう)(しょ)()も、(やさ)しく()()()らし()していた(だん)()も、ノアの『(しろ)(ほん)』も、すべてが(げん)(えい)のように()()えている。


 あるのは、どこまでも()てなく(ひろ)がる、(とう)(めい)なガラスの(ゆか)だけだった。


 その(しっ)(こく)(しん)(かい)(のぞ)()むような(ゆか)(した)を、(そこ)のない(くら)(ぼう)(きゃく)(すい)(りゅう)が、ごうごうと(おと)()てて(うず)()いている。


「……っ」


 (わたし)()(もと)()つめ、(いき)()んだ。


 (てのひら)(なか)(しん)(ちゅう)のランタン――その(うち)(がわ)()らぐ(とも)()が、(いま)にも()()りそうなほどに(ほそ)く、(ちい)さく(ちぢ)んでいたのだ。


 (とも)()()えかかっているのは、(ほか)でもない、(わたし)(うち)なる(ゆが)みのせいだった。


 ノアへの(ふか)(じょう)


 (つめ)たい(うつわ)にはあるまじき(ぬく)もりを、(ばん)(にん)である(わたし)()(しん)(むね)宿(やど)し、(とら)われていたのだ。


 (まえ)から()()ける(れい)(てつ)(かぜ)とともに、(おお)(かぎ)(はな)()()りのような(こえ)が、()てないガラスの()(かい)(ひび)(わた)る。


『お(まえ)(せい)なる不变(ふへん)(わす)れ、ただの(うつわ)でありながら(こころ)()った。ノアとの(じょう)(なが)され、(とも)()(くも)らせる(もの)に、この(せい)(じゃく)(くう)(かん)()べる()(かく)などない。その不純(ふじゅん)(おも)いを、(いま)すぐ()()てよ』


 (おお)(かぎ)()()が、(わたし)()(おく)(おく)(そこ)(こじ)るように(せま)る。


 (すく)われ(たび)()っていった(まよ)()たちの(あん)()(ひょう)(じょう)


 そして、いつも(かたわ)らで(しず)かに(ひかり)(とも)してくれていたノアへの、(こと)()にできないほど(ふか)(しん)(らい)(いと)おしさ。


 それらを「()(よう)()らぎ」として(けず)()とせと、()(かい)(ことわり)(めい)じていた。


 もし(わたし)が、ただの(つめ)たい(がら)()(うつわ)(もど)れば、(とも)()(ふたた)(せい)(じょう)(かが)やきを()(もど)すだろう。この(せき)()を、(なに)(いた)みも(かん)じず(えい)(えん)(つづ)けられるだろう。


「……いいえ。それは出来(でき)ない」 


 (わたし)(くび)(よこ)()った。


 (はげ)しい拒絶(きょぜつ)(かぜ)()(さら)されながらも、(わたし)(にげ)ずに(まえ)へと(あゆ)みを(すす)める。 


(いな)(わたし)(こと)わる。(かれ)らの()きた(あかし)(いとお)しみ、ノアと(とも)(はぐく)んだこの(むね)(ぬく)もりは、(けず)()とすべき()らぎではない。ただの(つめ)たい(うつわ)のままでは、(かれ)らの(おも)みを(しん)()()めることなどできない。(わたし)はこの(おも)いとともに、(ばん)(にん)としての(せき)()を、さらに(ふか)(まった)うする」


 その言葉(ことば)(ひび)いた瞬間(しゅんかん)(わたし)(うち)なる(きり)完全(かんぜん)()れた。


 (おお)(かぎ)(きょ)(ぜつ)()()りは、(わたし)(むね)(おく)(ひそ)(かす)かな()(あん)(おそ)れを(よう)(しゃ)なく(あば)()す。


 もし(みず)らの()らぎが(とも)()(くも)らせ、この(せい)(じゃく)(くう)(かん)(ほう)(かい)(みちび)いてしまえば、(すく)われた(たましい)たちの(ねむ)りすら(おびや)かしかねない。


 (ばん)(にん)(こころ)()つということは、それほどに(おそ)ろしい(ゆが)みを生む()(がね)なのだと、()(かい)(ことわり)(つめ)たく()げていた。


 だが(そこ)のない(あん)(こく)()つめ、(おのれ)(かく)()(とい)(ただ)したその()てに、(たし)かな(こた)えが(むね)(うち)()ちていく。


 (かん)(じょう)(きん)()などではなかった。


 (とも)()番人(ばんにん)として、本来(ほんらい)(けっ)して()いてはならないもの、それこそが、この「(おも)(こころ)」だったのだ。


 (つめ)たい規則(きそく)(たましい)管理(かんり)するのではなく、(かれ)らの(せい)(うつく)しさを(だれ)よりも(いとお)しみ、(とうと)ぶからこそ、その()()られた(あかし)(いのち)がけで(まも)覚悟(かくご)()まれる。


 (おも)いを()(うつわ)だからこそ、(まこと)(まよ)()(こころ)(すく)(とも)()になれるのだ。


(わたし)(こころ)は、この(とも)()とともにあります!」 


 番人(ばんにん)としての(まこと)(ことわり)(さと)り、(たましい)(おお)きく新生(しんせい)させた瞬間(しゅんかん)


 ()えかけていたランタンの(とも)()が、(とつ)(じょ)として()(がね)(いろ)(せい)(れん)(かが)やきを(はな)ち、(いきお)いよく()()がった。 


 その(きょう)(じん)(ひかり)は、(あし)(もと)(ぼう)(きゃく)(すい)(りゅう)(いっ)(しゅん)にして(おう)(ごん)(うみ)へと()え、(おお)(かぎ)(きょ)(ぜつ)がもたらした()(れん)(やみ)を、(やさ)しく(つつ)むように(しょう)()させた。 


 (おお)(かぎ)(きし)(おん)が、どこか満足(まんぞく)げな低い(ひくい)余韻(よいん)へと()わっていく。


 (おお)(かぎ)(きし)(おん)が、どこか(まん)(ぞく)げな(ひく)()(いん)へと()わっていく。


『しかと()(とど)けた。お(まえ)()らぎは()(じゅん)にあらず。(たましい)(いた)みを(とも)()()う、(まこと)(ばん)(にん)としての(かく)()なり。その(とも)()で、()(すえ)()らすがよい』


 それは(おご)そかな(ゆる)しの(ひび)きであり、()(かい)(ことわり)(わたし)(かく)()(ただ)しく(みと)めた(あかし)だった。


 (ことわり)()(げん)宿(やど)したまま、(ゆる)やかに()()りてきたそれは、すうっと(わたし)()()した(てのひら)(うえ)へと(おさ)まった。


 姿(すがた)(もと)()(とお)るような(がら)()大鍵(おおかぎ)のままであったが、その(うち)宿(やど)(ちから)(ふか)さは、まるで()てのない(てん)(きゅう)のようだった。


 その(おお)(かぎ)(はな)(まばゆ)(おう)(ごん)(ひかり)が、(しず)かに(ぐん)(じょう)(いろ)(おく)へと()けていく。


 ランタンを見つめる(わたし)(こころ)に、(かす)かな(まよ)いすら存在しなかった。


 かつてすべての()(れん)(けつ)(べつ)し、あの(ぎん)(ぱつ)(せい)(ねん)と同じ(やく)(わり)(けい)(しょう)したあの()


 この(とも)()(すく)われ、(みずか)らこの(うん)(めい)(えら)()った(とき)()(おく)が、(わたし)(たましい)(しず)かに、そして(つよ)()たしていく。


 あの()()()った(ぬく)もりが、(いま)(わたし)のすべてを(ささ)えている。


 (わたし)はランタンを(たか)(かか)げた。


 (つぎ)なる(まよ)()(みちび)くために。


 そして(めぐ)()うだろう、かつての(わたし)のような(たましい)のために。


 (とも)()(ばん)(にん)はただ(しず)かに、()てない()()らし(つづ)ける。


(だい)14()(かん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ