狂乱 sideラグナ(part40)
「……もう一人ですって? まだいるの、この島に?」
「えぇ。今はここには居ないけれど、島内にはいるわ〜」
信じられない。
目の前にいる魔人一人と巡り会うのさえ骨を折ったというのに、この島にはもう一体潜んでいるというのか。
だが、見方を変えれば運が良いともいえる。上手く立ち回れば、目の前の不快な雌狐も纏めて排除できる絶好の機会だ。
「ちなみにですが……貴女がその『もう一人』を始末しない理由は?」
ノエが身構えたまま、探るような視線を投げかける。
「それは〜……ヒ・ミ・ツ♡」
メリアは悪戯っぽく唇を歪めると、艶めかしい仕草で人差し指をピンと立て、自身の口元にあてがってみせた。
どこまでも掴みどころがなく、一動作ごとにこちらの神経を逆撫でしてくる。
「じゃあ、お主らがこの島に乗り込んできた目的は何じゃ?」
ヤシャが怒りを押し殺した低い声で問う。
「それも〜……ヒ・ミ・ツ♡」
何なのだ、この女は。いちいちこちらの感情をかき乱す言い草に、私自身もさっさとこの場で斬り伏せてやろうかと本気で喉が鳴った。だが、今は刃を引いて我慢の時だ。
「……おれのくに、せめてるのはおまえか?」
不意に、予想外の方向から真剣な声が飛んだ。
ポポロが、小さな顔を固く強張らせて魔人を鋭く見据えている。ポポロにも、背負っている故郷の事情があるのだろう。こんなにも真剣な表情は初めて見る。
「あ、それは教えてあげる〜。私は間接的に関わってるけど、本命は私じゃないよ〜」
初めてまともな回答が返ってくる。だがこれはまたしても私にとっては朗報だ。
この島にいる二体を倒したそのままの足でポポロの故郷へ案内して貰えばいいのだ。
運が私に傾きかけている気さえした。
「部分的にって、どういう意味だい……? 随分と曖昧な答えさね」
ザビーネが眉をひそめ、煙管を叩く。
「私は基本、後方支援だからね〜」
なるほど。彼女自身が表立って前線で暴れ回ることは少ないということか。ならばなぜ今こうして平然と私たちの前に姿を現しているのか謎は深まるが——。
「あたいたちの国の土地神がいるんだけど……」
ザビーネが小さく言葉を溢した瞬間、メリアは首を小悪魔のように傾けた。
「あ、それ私〜♡」
悪びれもせず、歌うように言い放った。何が可笑しいのか、終始にこやかで不気味だ。生理的にこいつの性格が受け付けられないし、理解したくもない。
だが思わず背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
体をくねらせてあざとく微笑む魔人に対してではない。
私の前に立つノエとザビーネから、溢れ出した殺気と憤怒の気配に対してだ。
空気が歪むのではないかと錯覚するほどの殺意。それでも二人は奇跡的な自制心で踏みとどまっていた。ノエが大斧を握り締める拳は、強く力が入っている。
だが、今目の前にいる奴は貴重な情報源だ。
情報は引き出せるだけ引き出しておきたい。それに、この壊滅した集落に入る前から肌を刺していた禍々しいプレッシャーの正体は、間違いなく目の前にいるこの女のものだ。
後方支援主体だと言おうと、その身に秘めた実力が桁外れであることに疑いようはないだろう。下手に軽挙妄動すれば、私たちが全滅する危険すら孕んでいた。
「……貴女が、そんな真似をした理由は?」
怒りに肩を震わせ、声を絞り出すようにノエが問う。
「それは〜……ヒ・ミ・ツ♡」
コロンと首をかしげ、あざとくウインクしてみせた。
——その瞬間。
ドドンッ!! と爆音とともに、目の前からノエの巨躯が消えた。
同時に、かつて石畳だった足元が大きな破裂音を上げて捲れ上がり、猛烈な衝撃波が周囲の廃墟を揺らす。
「ノエ……!?」
ノエは凄絶な怒りのままに地を蹴り、一瞬で魔人の懐へと肉薄していた。
その鍛え上げられた巨体を余すことなく連動させ、容赦のない全開の一撃で巨大な斧を振り下ろす。
衝撃で広場に大きな亀裂が走り、爆風と砂埃が視界を白く染め上げた。
ここまで感情を爆発させたノエを見るのは初めてだった。普段は常に一歩引き、冷静沈着に状況を見極めていた彼女が、ここまで取り乱して突撃するとは。表に出していなかっただけで、それほどまでに彼女の逆鱗に触れたのだろう。
だがその渾身の一閃は、完璧に防がれていた。
いや、正確には違う。
メリアの前に突如として現れた、ノエと同等以上の漆黒の全身鎧を纏った二体目の魔人が、彼女を守る壁となっていたのだ。
そのノエ以上にあるの巨体の鎧の魔人はメリアを庇うように抱きかかえ、ノエの爆裂的な一撃を左腕の大剣一本で死守していた。
ノエの膂力を片手で受け止めている事実だけで、その個体が持つ異常な硬度と腕力が察せられた。
恐らく彼女が所有するペットとやらの一つなのだろう。
「いきなり襲いかかってくるなんて、酷いじゃな〜い?」
メリアののんきな声に呼応するように、全身鎧は無造作に大剣を横一文字になぎ払った。
ドオンッ! と重苦しい音が響き、ノエの巨躯がいとも容易く吹き飛ばされる。彼女の体は崩れかけた廃墟の一角に激突し、木造の建物がガラガラと音を立てて崩壊した。
「ノエっ!?」
ザビーネの悲痛な叫びが木霊する。
私たちが倒壊する瓦礫へ視線を向けた、まさにその刹那。
——ガッ!!
先ほどまでメリアを守っていた鎧の魔人が、私たちの眼前に肉薄していた。
その巨体と重装甲からは想像もつかない神速の踏み込み。巨大な大剣が、私とザビーネの首級をまとめて狩り取るように横に薙ぎ払われる。
(速い!!)
私は咄嗟にザビーネの頭を掴み、彼女を地面へ叩きつけるようにして自らも身を屈めた。
ブンッ、と頭上で空気が爆ぜる音。
私の赤髪と、ザビーネの深緑の髪の毛先が数本、虚空に舞った。
紙一重の回避。反応出来たことが奇跡に近かった。
だが、呑気に驚いている暇などなかった。
鎧の魔人は止まることなく、伏せた私とザビーネを目掛けて大剣を上段から垂直に振り下ろす体勢に入った。鎧の隙間から覗き見ている赤黒い眼光が見える。
私一人なら跳んで交わせるかもしれない。
しかし倒れ込むザビーネを見捨てることなど到底できなかった。
かといって、ノエを虫ケラのように吹き飛ばした膂力の一撃を正面から受け止めれば、骨ごと砕かれるのは目に見えている。
それでもやるしかない。
刃を交差させてガードの体勢を取ろうとした、その時。
「ふんぬ!!」
「だぁりゃあっ!!」
両サイドから空気を切り裂く咆哮が重なった。
大剣を上段に振りかぶった無防備な隙を突き、左右から二つの影が同時に肉薄する。
ヤシャの太刀から放たれる、熟練の極みに達した鋭い一閃。
ポポロの小柄な体躯から繰り出される、重厚で破壊的な一撃。
両腕が塞がっている敵にとって、二方向からの同時攻撃を捌く術はない。
いくら頑強な鎧とて、2人の攻撃をゼロに抑えることは不可能。
致命傷には至らずとも、確実に体勢を崩せるはずだ。
ガギィィィンッ!!!!
耳腔をつんざく金属の破砕音が、周囲の空間を激しく震わせた。
「なんと……!?!?」
ヤシャの驚愕の叫びが漏れる。
信じがたいことに、鎧の魔人はその二撃を同時に防ぎ切っていたのだ。
ポポロの攻撃に対しては、振り下ろしかけた大剣の幅広な腹を完璧な角度で滑らせてガードし。
そしてヤシャの太刀に対しては——
最初からそこに握られていたかのように、魔素によって形成された漆黒の『大太刀』を具現化させ、完璧な受け流しでいなしていた。
皆さまどうも&初めまして!
みゃ~むら、と申します。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
感想、レビューお待ちしております。
「人生、死ぬまで暇つぶし」
皆さまはこんな言葉をご存じでしょうか。
明確に誰かの言葉、格言などでは無いですが耳にしたことがある方は一定数いらっしゃるかもしれません。
人はいつか死にます。人でなくどんな生き物や事象でも大抵は終わりを迎えます。
どうせ、我々が生まれてきた意味や意義、存在価値なんてのは最初から無いのでしょう。
だからこそ人生には成功も失敗も関係なく、その人個人が幸せと感じればそれは大変充実した、何事にも代えがたい「生」になるのでしょう。
そう充実した人生を送るために、この死ぬまでの暇つぶしの時間であなたは何に夢中になりますか?




