対峙 sideラグナ(part41)
「なぬ……!?」
ヤシャの唇から、驚愕の唸りが漏れ出していた。
無から生み出したのか、それとも鎧の内部に隠し持っていたのかは不明だ。だが敵が左手に顕現させた漆黒の大太刀からは、間違いなく鬼種の刀にも似た脈動と、禍々しい魔素の煌めきが溢れ出していた。
だが、困惑し停止している猶予など一瞬すらない。
「立って! ザビーネ!」
「う、まったく……助かったよ……っ!」
私は地面に倒れ込んでいたザビーネの腕を強く引き上げ、後方へと退避させる。
そのわずかな時間にも、ヤシャとポポロの二人は漆黒の鎧を纏った魔人と激しく刃を交え続けた。
巨体とその重厚な鎧姿からは想像もつかない脅威的な踏み込みと、大気を引き裂く重圧。敵の圧倒的な力と速さが、二人をじわじわと押していく。
加勢しに行かなければ。
いや、吹き飛ばされたノエは無事なのか?
集落の奥に囚われているというラセツの解放はどうする?
視界を飛び交う火花と衝撃波の中で、私の頭の中にいくつもの選択肢が激しく交錯し、一瞬だけ足がすくんだ。
「ラグナっ!!」
立ち尽くしかけていた私を見かねたのか、ザビーネが耳元で裂くような大声を張り上げた。
いつも煙管をくわえて余裕を崩さない彼女の、つんざくような悲鳴に近い叫びを聴いたのはこれが初めてだった。あまりの剣幕に、私は一瞬あぜんとしてしまう。
「 アンタはあの女に行きな!」
「え……!?」
思いもよらぬ提案だった。
私にとってメリアは、故郷を滅ぼした仇の一味。実際に手を下した張本人ではないにせよ、同族であることに変わりはない。討ち取るには願ってもない好機だ。
「どういう事情があるかは聞いてないけどさ……大体予想はつくよ! 他は全部アタシたちに任せて、アンタはあいつを倒してきな!」
ザビーネが顎で横を示した。
その視線の先には、激しい戦闘をまるで他人事の様に眺めてて、退屈そうに爪先で地面を弄っている女の魔人の姿があった。
「でも、他にも……っ!」
「ノエの救出はアタシが行く! その後に、人質の族長さんを何とか引っ張り出すさ! だからアンタは……自分の目的を果たしてきな!」
口から出た自分の言葉に、私自身が一番驚いていた。
つい先出までは、後ろをついてくることすら鬱陶しいと拒絶していた連中だったはずだ。それなのに今の私は、ノエをはじめとする仲間たちの無事ばかりを真っ先に心配している。ザビーネを咄嗟にかばった行動すら、かつての自分からは到底考えられない変化だった。
「頼んだよ……」
言い捨てるやいなや、ザビーネは木屑と砂埃が舞い散る廃墟の瓦礫へ向かって一直線に走り出した。
「ポポロ、合わせろっ!!」
「でりゃっ!!」
背後では、重厚な金属音が狂ったような周期で鳴り響いていた。
時折、弾かれた剣戟の衝撃波が頬を掠めるが、ヤシャとポポロの二人は死力を尽くして敵の猛攻を押し止めている。
ポポロの野性味あふれる獣人特有の瞬発力と、鬼種の真髄たるヤシャの洗練された剣術。その奇跡的な合流があって初めて成立している危険な綱渡りだ。
対する鎧の魔人は、右手に大剣、左手に大太刀という歪な二刀流でありながら、その巨躯から繰り出される規格外の膂力と速度で、二人を圧倒し続けている。
あの二人が、あの化け物を食い止めてくれている。
ザビーネも、ノエを救うために突き進んだ。
ならば。私にできることは、ただ一つだ。
私は反転し、魔人の目の前へと滑り込んだ。
白銀の細剣の柄を固く握り直し、射抜くような鋭い視線を相手の顔面に突きつける。
対するメリアは、立ち込める硝煙と砂埃の中で、相変わらず不敵で可憐な笑みを浮かべたままだった。
「今更だけど、交渉は決裂ってことでいいのね〜?」
表情を一切崩すことなく、さも可笑しそうにクスリと喉を鳴らす。
人質は解放する。その代わり、この島内に潜むもう一人の魔人を倒せという気味の悪い条件。
「……ええ」
すでに刃を交えてしまった以上、おめおめと「条件を呑む」なんて選択肢は存在しない。
もっとも、最初からそんな申し出を突っぱねるつもりだったが。
「残念ねぇ。貴女にとっても、決して悪い内容じゃなかったと思うんだけど〜?」
静寂が落ちる。聞こえるのは、背後で激しさを増すヤシャたちの死闘の音と、吹き抜ける潮風が木々を揺らす重々しい雑音だけだ。
「あいつのことなら、心配しなくていいのよ? 私の命令ひとつで、いくらでも大人しくさせられるんだから〜」
メリアは顎をクイとしゃくり、ヤシャたちと刃を交える鎧の魔人を指し示した。
私は対峙するメリアへの警戒を解かぬまま、視線だけをちらりと横へ走らせる。
若干押され気味ではあるものの、二人とも巧みな連携で持ちこたえていた。
私は再びメリアへときっと視線を戻し、殺意を込めて睨み据える。
「……あっそ。それが貴女たちの『答え』ってことね。じゃあ、しょーがないかぁ……」
どこか本気で残念がるように、メリアはやれやれと大袈裟に肩をすくめて首を振った。
その動作に合わせて、彼女の頭頂部から生えた刺々しいツインテールが重たく揺れる。
まるで、私たちとの無駄な戦いそのものを避けようとしているかのような素振り。
一体何を目論んでいるのか、その真意は全く読めない。だが、もう惑わされはしない。私は白銀の柄を強く、力任せに握り直した。
「貴女の名前、まだ聞いてなかったわね〜?」
メリアはうっとりとした、まるで傷ついた小鳥でも慈しむかのような視線を私に向けた。
その瞳の奥には、私を心底哀れんでいるかのような、不気味な色彩が宿っている。
「……何だっていいでしょう。貴方はここで、私に討たれて死ぬんだから」
「だからこそ、よ?」
メリアは喉を小刻みに鳴らし、可憐に微笑んだ。
「私は死ぬ時、きちんと『誰に殺されたか』を感じながら死にたいの。戦いっていうのはね、そういう運命的な出会いにも感謝することなのよ」
「どの口が……っ!!」
激痛のような怒りが胸を洗う。
ならば、私の故郷は——。
何の説明もなく無慈悲に焼き払われ、惨殺された人々は、一体どんな想いで息絶えていったと思っているのだ。
「ま、貴女がその気なら構わない。私の名前はメリア。……残念だけど貴女はここまでよ、赤毛のかわいこちゃん♡」
刹那。
シュバッ——!! と空気を切り裂く鋭利な破砕音が響いた。
メリアの袖口から、意志を持った蛇のようにしなる、黒光りする『鞭』の軌跡が、私の首級を目指して一直線に飛来した。




