対峙 sideラグナ(part39)
焦げついた煙と異質な魔素が渦巻く壊滅した集落跡で、私たちの前に不意にその姿を現したのは、一人の小柄な女性だった。
立ち上る漆黒の魔素。これまで幾つも叩き潰してきた魔人どもとは、纏っている魔力の絶対量が文字通り桁違いだった。
一見すれば人間と見紛うような滑らかな肌と整った容姿。だが、頭部の左右から著しく不規則に形を変えて伸びる異形の角が、彼女が人理を外れた異物であることを雄弁に物語っている。
(違う…。あの時見た奴と……。他にも、こんな個体がいるのね……)
私の胸の奥で、落胆と期待が半々に交錯する。
九年前に私からすべてを奪った「本命の仇」ではなかった。だが、高位の魔人が存在する証明にはなった。それも、今までの雑魚とは比較にならないほど凶悪な存在だろう。
私は刃の柄を固く握り締め、目の前の異形を鋭く睨み据えた。
極めて小柄で細身の体躯。ラフにハネ散らかした野生味あふれるツインテールと、頭部から不規則に伸びる異形の角が、彼女が人理を外れた異物であることを雄弁に物語っていた。
沈みゆく夕日を吸い込んで発光するかのような鮮やかなピンクレッドの瞳と、口元から覗く鋭い八重歯。
その装いは退廃的でありながらも、不気味なほど洗練されていた。
悪趣味なパッチやバッジを散りばめた極短丈のオープンカラーシャツ。そこから覗く引き締まったウエストの左腰からは、ねじれた一本の漆黒の角が肌を突き破って生え出ている。
ローライズのマイクロミニデニムパンツと網タイツの隙間から覗く滑らかな腹部が、夕暮れの影の中で不気味なほどセンシティブでスタイリッシュな輪郭を描き出し、両腕を覆う黒いロンググローブの指先で、彼女は青いリングを退屈そうにくるくると回転させていた。
「……あれは、魔人なのかい?」
ザビーネが息を殺し、恐る恐る口を開く。彼女の髪から覗く使い魔の蛇たちは、これまでにないほど荒々しく身をくねらせ、空気を切り裂くような威嚇音を立てていた。
「そのようじゃな。……今までの有象無象どもとは格が違うでの」
ヤシャが苦々しく顔を歪め、腰の刀の鯉口を切る。
「……つよそうだぞ」
ノエの肩の上で、ポポロが震える手をギュッと握りしめた。
みんながそれぞれに武器を構え、緊張の度合いを極限まで跳ね上げる。
「どうやら、あれが攻め込んできた魔人たちの頭目ということでしょうね」
ノエが横目に私の顔を伺いながら、大剣の柄を握り直した。きっとハティと交わした会話を思い出しているのだろう。いつでも行ける——そうと言わんばかりに相手の出方を伺い、一触即発の空気が集落を支配した、その時だった。
「ストップストップ。 私は戦う意志なんてないよ〜?」
ふにゃりと口元を緩め、拍子抜けするような甘い声を上げたのは、その魔人だった。
両手を胸の前でひらひらと振ってみせるその仕草は、まるで「落ち着きなよ」とでも言いたげだ。
『……!?』
ピンと張り詰めていた糸が、あらぬ方向へ揺れるような感覚。
私は眉間に深い皺を刻み、何を企んでいるのかと目の前の魔人をより一層厳しく睨みつけた。
「どういう……ことじゃ……?」
先ほどまで老将らしい落着きを保っていたヤシャの口から、殺気を孕んだ低い声が漏れ出でる。
「ん〜? どうかしたの〜?」
歪な一対の角とハネ毛の立つツインテールを首ごと傾げる魔人。あざといくらいに眼を丸くしてみせるその仕草は、まるで自分たちがなぜ怒っているのか本気で理解していないかのようだ。
「島を滅茶苦茶に荒らし回っておいて、戦う意志がないじゃと……!? 儂らを舐めるのも大概にせい!!」
咆哮。
老齢のヤシャからは想像もつかないほどの重厚な怒号が、静まり返った集落跡に響き渡った。近くに立っているだけで彼の沸騰するような憤怒がバリバリと肌に突き刺さってくる。
今にも身を躍らせて斬りかかりそうな迫力だったが、彼はギリギリのところで踏みとどまっていた。
「ヤダぁ、そんな怖い顔して叫ばないでよ〜」
だが、魔人は耳を軽く塞ぐような仕草をしてみせ、その怒号すら楽しげにあしらった。怯える素振りどころか、全く気にとめていない様子だ。
「ヤシャ、落ち着いてください」
暴走しかけた老鬼の肩に、ノエがそっと手を置いた。その落ち着いた制止を受け、ヤシャはハッと息を吐き、少しばかり冷静さを取り戻す。
「……む、すまん。少々取り乱したわ」
「いえ、無理もないでしょう。ですが、感情に任せて動けば命取りになります」
ヤシャは苦々しく鼻を鳴らし、「……忠告、感謝する」と低く呟いて引き下がった。
そのままノエが大剣を低く構えたまま、静かに一歩前に踏み出す。
「……私も、お伺いしても?」
「もちろん。……竜人のお姉さん?」
ピク、とノエの眉根がわずかに動いた。一目で己の種族を見抜かれたことに微かな驚きを覚えつつも、ノエは平静を装って問う。
「戦う意志がないというのは、どういう意味でしょう?」
「文字通りの意味に決まってるじゃん。それ以上も以下もないよ〜」
「……」
じゃあなぜこの島に攻め込んできたんだと問いただしたかったが、私は唇を噛み締め、グッと我慢した。
「ほんとはねー、あんたらにはオクトンのお礼をたっぷりしてあげたかったんだけど、あいにく私、そんなに暇じゃなくてさ」
「……オクトン?」
聞き馴染みのない名前に、みんなで視線を送り合うが皆、一様に首を振る。心当たりがない。
「私のペット!」
少し不機嫌そうに唇を尖らせると、魔人は小さな手のひらを広げた。
瞬く間に黒い魔素が広がると、その中心部からヌッと顔を覗かせたのは——
『……!?』
船上で撃退したあの大型の蛸型だった。
しかしあの時の巨体のかけらもなく、いまや目の前の魔人の手のひらサイズで、ちょこんと可愛らしく乗って足をうごめかせている。
ペットと言ったか?
魔人という推測自体は合っていたが、あの超巨大な蛸型をまさかペット扱いして手懐けているとは。
あれだけ苦労して討伐したつもりだったが、まだ生きていたという事実。同時に、目の前の女性型の魔人の底知れなさを再認識させられる。
「……じゃあ、そこの男前は解放してもらえるってことかい?」
ノエに続くようにして前に出たのはザビーネだった。煙管を指に挟み、紫煙の向こうから魔人を値踏みするように見つめる。
確かに相手に争う気がないならば、そのまま目的の一つでもある人質——マテンの救出交渉に持ち込めるはずだ。
こいつを倒すのはその後でもできる。どんな交換条件を出してくるかわからないが、今はノエとザビーネが上手く交渉してくれることを期待しよう。
「うん、いいよ〜」
思った以上に話が私たちにとっていい方向に進んでいる。進みすぎているぐらいだろう。
「……へぇ、案外あっさりだねぇ」
あまりの軽諾さにザビーネも拍子抜けした様子だったが、すぐさま眼光を鋭くして問い重ねる。
「何か条件があるのかい?」
「特にないよ?」
……沈黙。誰もその言葉を信用していないことが、その場のピンと張り詰めた空気から痛いほど理解できた。
「ふふ、疑い深いなぁ。じゃあ信用してもらうために、条件を一つだけ、つけてあげようか」
「……無理難題、押し付けないでよ?」
「だいじょーぶ。可愛い赤毛ちゃん」
どこまでも飄々とした態度。指先の青いリングをクルクルと回しながら見せる余裕は、私たちが束になっても負けないという絶対的な自信の現れなのだろう。
「じょーけんって、なんだ?」
ノエの肩の上で、ポポロが首を傾げる。
すると目の前の魔人は、口元を歪めてニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「——この島にいる『もう一人』を、倒してくれればいいわ」
皆さまどうも&初めまして。
みゃ~むら、と申します。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
感想・レビューお待ちしております。
シルバーウィーク終わっちゃいましたね…。
悲しい。けどだいじょーぶ。
何故なら今なら奥さん!
今ならなんと!
たった二日!たった二日出勤するだけで!
土日が手に入ってしますんです!(エェーウソー!




