旅路 side ラグナ(part 37)
しばらく歩を進めたのち。
鬱蒼と生い茂っていた湿り気のある林を抜けると、不意に視界が大きく開けた。
目の前に現れたのは、見渡す限り腰の高さほどまで伸びた野草が、青々とした波のように風に揺れる広大な平原だった。遠くの山並みから吹き下ろす鋭い山風が草大海を吹き抜け、瑞々しい青葉と泥の混ざった香りが鼻腔をくすぐる。
「うおー! いちめん、くさはらだぞー!」
ポポロはノエの肩の上で楽を覚えたのか、居心地が良いのかさっきからずっとそこに留まり、小さな手を突き上げてはしゃいでいる。
「意外とここまで順調ですね」
ノエは歩みを止めると、腰の革帯から使い込まれた水筒を取り出し、喉を潤した。そのまま蓋のカップに冷水を注ぎ、肩の上のポポロにも渡してやる。
ここまで途切れなく敵の前線拠点を攻め続け、相当な距離を破竹の勢いで踏破してきたにもかかわらず、ノエは飄々とした表情のままだった。
まだ幾らでも叩けると言わんばかりの余裕すら漂っている。
それはノエの肩に乗るポポロも同じで、まだまだ十分に余力を残していると言った風だった。
その無駄のない佇まいを見上げながら、ヤシャが感心半分、呆れ半分といった様子で顔をしかめた。
「そりゃ、お主らが強すぎるんじゃ」
「そうでしょうか? あなた方、鬼に比べれば劣る部分はあると思いますが……」
ノエは不思議そうに首を傾げる。
「儂らが押し込まれた時は物量はこれの比では無かったがの。お主らも相当な殲滅力じゃよ。全く、鬼の面目丸潰れじゃ」
「百戦錬磨と謳われている鬼に言われると、面白いねぇ」
ザビーネが肩をすくめ、喉を鳴らすように笑った。
「おれたち、つよいかー?」
ポポロがノエのカップから水を飲みながら無邪気に首をかしげると、ヤシャは白髪交じりの髭を撫でながら大きく頷いた。
「うむ。儂ら鬼の精鋭と遜色無いくらいにはな。……特にノエ、お前さんは儂が見てきたモノたちの中でも、相当な手練れじゃ」
ヤシャが引き合いに出す「見てきたモノ」と言っても、それは熾烈な鬼島で生まれ育った猛者たちの基準だろう。
「へ〜? あんたのその眼から見てもそう思うかい?」
ザビーネが面白そうに追撃すると、ヤシャは深く頷き、ノエの無骨な背中に視線を向けた。
「そりゃそうじゃろうて。その体格に隙のない身体捌き、柔軟な状況判断……どれをとっても、こん中で随一じゃろう」
面と向かって手放しで褒められたのが気恥ずかしいのか、ノエは背中を向けたまま、耳の先端まで少しばかり赤らめている。
「……そう褒めちぎられると、さすがに照れますね」
「お主はどういう種族じゃ?四肢が少し鱗かなんかで覆われとるが?」
「鱗獣種の竜人族、と言います。体格は偶々そう生まれただけで、私が凄いわけではありませんよ」
にこやかに悪びれもなくそう言い放つ。
人間の身である私からすれば、羨ましく感じる話だ。
「いやはや、お主ほどのモンがこうして、誰かの下についていることの方が不思議に思えるのう」
怪訝そうにノエを見上げるヤシャ。別に、私達のこの集まりに上も下もないし、なんなら着いてきてほしいなんて思ってはいない。ただのお人好しが集まっているだけだ。
「適材適所というヤツです。それを言うならばヤシャ、あなたも相当な使い手でしょう?」
ノエの言葉に、ヤシャはひらひらと大きな手を振って否定した。
「いやいや、所詮は老いぼれよ。歳を重ねるうちに、無理をしない術を覚えただけじゃ」
「そこは『若いモンには負けん!』って見栄を張るところじゃないのかい?」
ザビーネが声をかけると、ヤシャは苦笑いを浮かべて白い呼気を吐いた。
「何を言うか。無理をすれば命を落とす……それが戦場の鉄則じゃからな」
「まさにたつじん、だな!」
年長者らしい至極真っ当な持論に妙に納得しつつ、私たちは再び青々とした草の海を押し分けて歩を進めた。
「とはいえラグナ、お主のガッツも大したもんだがのう」
ガッツなどという高尚なものではない。己の内に渦巻く、個人的な復讐というドス黒い感情に従って刃を振るっているに過ぎないのだ。
「ここまで魔人どもの拠点を、どれだけ破壊したか知っとるか?」
「……十を超えてから、数えるのをやめたわ」
ぶっきらぼうに答える。正直、数などどうでもよかった。復讐の対象である「あの魔人」にまだ出会えていない以上、私にとっては何も成し遂げていないに等しかったからだ。
「ねえ、遥か向こうに見えるのは何だい?」
前方を歩いていたザビーネが足を止め、目を細めて指をさした。
草原の果て——霞む水平線の手前に、異質な影がうずくまっている。
視線を集中させると、かすかに巨大な正門の輪郭と、丸太を連ねて築かれた強固なバリケードの防壁が見えた。かつては周辺に広大な田畑も広がっていたのだろう。
しかし、それらは足蹴にされ、見るも無残に踏み荒らされており、もはや集落としての面影を失っていた。
「あれが次の目的地じゃわい。……この島で二番目に大きかった集落、オニデじゃ」
遠目からでもはっきりと分かるほど、崩落した屋根からは何筋もの黒煙が太く立ち上り、激しい蹂躙の痕跡を物語っている。
ヤシャの言葉が過去形だったのは、もはや言葉を失うほどの凄惨な惨状になっていることが、遠目からでも痛いほど分かったからだろう。
どれほど感覚の疎い私にすら、そこから立ち込める禍々しく不気味な気配が、肌を直接刺すように伝わってきた。
「嫌な予感がしますね……」
ノエが身構え、水筒を腰に戻すとその双眸をキッと鋭く細めた。
「なんか……さむけがするぞー……」
ノエの肩の上で、ポポロが身をすくめてノエの髪に顔を埋めた。
私よりも遥かに鋭敏な五感を持つモノたちが、一等強い威圧感に気おされている。
間違いなくあの崩壊した集落の奥に、「何か」が潜んでいる。
深く息を吐き出し、鬼島の冷涼な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。乱れかけた呼吸を静かに整える。
「……行きましょう」
私の一言に応えるように、黒煙の上がる死地へと足を踏み入れた。
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壊滅した集落の跡地が、目の前いっぱいに広がっていく。
遠くから眺めていたよりも、遥かに残虐で無残な惨状だった。崩れ落ちた茅葺き屋根からは燻る火の手が上がり、焦げついた木の香りと嫌な鉄の匂いが立ち込めている。
そして何よりも……歩み寄るごとに濃厚になっていく、この強烈な不快感。
間違いなく、ここに「異物」がいる。
人間種である私の鈍い感覚でさえ、肌の表面がピリピリと痺れるような圧力を感知していた。五感が研ぎ澄まされた他の仲間たちなら、その不快感は俺の数倍以上に跳ね上がっているはずだ。
「……何か、いるのでしょうね。これは」
ノエが低い声で吐き捨てる。
「びりびりくるぞ……!」
ポポロがノエの髪をぎゅっと掴みながら、周囲を警戒して目を走らせた。
「……うちの蛇たちが怯えてるよ。こんなことは初めてさね」
ザビーネの肩口から覗く使い魔の蛇たちが、しきりに舌を出し入れしながら威嚇するように身をくねらせていた。
「うーむ、この肌にヌルッとまとわりつくような気持ち悪さ……拭えんのう」
ヤシャが苦々しく顔を歪め、腰の刀の鯉口を切る。
全員がそれぞれに拒絶反応を示していた。この場を支配する禍々しい魔素の奔流に対し、肯定的な感情を抱く者など誰一人としていない。
だが誰一人として、足を止めようとする者はいなかった。
恐怖よりも覚悟が上回っている。全員がすでに、いつでも刃を交えられる精緻な戦意を完成させていた。
……ついに、叶うのかもしれない。
九年前、私からすべてを奪い去ったあの恐怖と、胸を焼き尽くす復讐を果たす時が。
跳ね上がる心拍と煮えたぎる感情を静かに押し殺しながら、黒煙が煙る死の集落へと、一歩深く踏み込んだ。
みなさまどうも&初めまして!
みゃ〜むら、と申します。
お読み頂き誠にありがとうございました。
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もうすぐ連休じゃないか。
連休じゃないか〜♪
やったぁ。
それって幸せじゃないかぁ。
みやを。




