暗闘 side ラグナ(part36)
「おーい、ここにもいなかったぞー!」
捜索を終えた三人が、ヤシャと私の元へと戻ってくる。ポポロが短い両腕をぶんぶんと振っていた。
戦闘直後の廃屋探しを終えた後だというのに、三人からは疲れの色がまるで伺えない。
呆れると同時に、少々疲弊してきた身としては正直羨ましい。
私のコンディションは、お世辞にも万全とは言えない。
慢性的な寝不足に加え、島内での戦闘は既に四箇所目だ。いくら体力が付いてきているとはいえ、人間の体で過酷な旅と戦闘を連日繰り返すのは物理的に限界がある。慣れないサハラドの砂漠横断や激しい船旅の疲労も、地味に効いているのだろう。
だが、そんな満身創痍の体とは裏腹に胸の奥で燃える感情は最高潮に達していた。
いま私を動かしているのは、純粋な気力と執念そのものだといえる。
「そうか……ここにもラセツはおらんかったか。ま、そんな気はしておったがの」
ヤシャは鼻を鳴らすように答える。
「ええ、そもそもここも既につぶしてきた拠点と同じく、魔人たちの配置は手薄でしたから元より可能性は低かったでしょう」
ノエは集落跡地を見回しながら、吐く。
「でかいやつとか、いなかったぞ!」
ポポロが言っているのは、きっと船旅の途中に海上で遭遇したあの巨大な蛸のような魔物のことだろう。あんな規格外のバケモノが陸地でポンポン出てこられても困る。
「本当にしらみつぶしに探していくしかないってのが、タマにキズだねぇ」
「でも仕方ありません。絶対的な物量はあちらが上ですから」
「なあ、もうあの『まそだまり』につれていかれてる、可能性は?」
ポポロが短い指で差したその先。遠く断崖の向こうには、黒くドロリとした魔素で形成された、禍々しくも巨大な球体が鎮座している。
ただ静かに鬼島の端で異様な存在感を放つそれは、ここから見てもはっきりと輪郭が引き立つほど濃度が濃い。
「無いと思います。私たち生きているモノであれば、あの濃度の魔素の中では生きてはいけませんから」
「少しでも体内に侵入してくるだけで、肌が焼け落ちるような凄絶な苦痛が襲ってくるって言われている」
ザビーネが紫煙を纏わせながら苦笑する。
「そして最終的には、黒い魔素に支配されて魔人どもみたく人ならざるモノになっちゃうらしいよ~?」
まるで幽霊のような身振り手振りで悪い顔をしながらポポロを脅している。
「……そして現状そこから救う術は確立されていない。……あなたの所の土地神様みたいにね」
あるとするならば、霊人の操る白き魔素か機械国が色々開発中……と聞いている。
後は、その魔素の張本人を倒せば消えるらしいが、これの真偽はわからない。
「えぇ、だからこそ何か情報を得たいものですね」
私の軽口にノエは反応する。ザビーネも複雑そうな表情だ。
「ま、重要な人質をみすみす殺している可能性は考えにくいってこと」
「なるほど……?」
理解できたのか怪しいところだが、ポポロはむにむにと首を傾げた。
だが、考えれば考えるほど疑念の渦は深まっていく。
なぜ奴らは、人質としてわざわざ族長を生かして連れ去ったのか。いつもの残忍な彼らなら、その場で惨殺していてもおかしくはないはずだ。
それに、なぜこの鬼島をターゲットにして攻め込んできたのか。一体この孤島に何が眠っているというのだろう。
「まったく……ラセツとやらは、どこへ連れていかれたのかしら……」
胸の奥の焦燥を吐き出すように、大きなため息が漏れた。
きっとその人質の身近には、手練れの魔人が控えているはずだ。ただの雑魚などではない。間違いなく、私の故郷を無残に焼き払ったあの仇敵の影がある。
頭の中で疑問と焦りがぐるぐると渦を巻く。
「ヤシャ……次に奴らが拠点にしそうな場所はどこ?」
「何や……もう次かいな?」
問いかけに、ヤシャは丸くした目をこちらへ向けた。
私の隠しきれない疲労感を、鋭く察知したのだろう。
「ええ、あまりここでゆっくりしていても、奴らに感づかれるだけ……なるべく急ぎましょう」
「魔人どもにも里の鬼たちにも気づかれんようなルートを選ぶのも、一苦労なんじゃがのぉ」
双方に微かな異変すら察知させないため、私たちは短時間で四箇所も拠点を疾風のごとく巡ってきたのだ。その細心の注意が水の泡となることだけは避けたかった。
「まあ、それなら次は向こうじゃな」
そう言って山の方を指差す。
「あんな所?」
「だからこそじゃ。隠れられそうな場所がある」
「……では、行きましょう」
「やれやれ、忙しないお嬢さんじゃ」
ヤシャは「ヨッコラセ」と重い腰を上げると、白髪混じりの頭を掻きながら先導を始めた。
そのすぐ隣を並走するように、ノエがすっと距離を詰める。
「ヤシャ、失礼を承知でお伺いするのですが……ラセツの腕前はどれほどのものなのでしょうか」
「ん? 心配せんでもこの島で一、二を争うほどの猛者じゃ。それがどうかしたか?」
ヤシャが顎に手を当てる。
「仮に無事救出できたとして、その後どうすべきかと思いまして……ヤシャが一度、里の方へ送っていかれるのが妥当でしょうか?」
もし仮にラセツを救えたとして、一緒に魔素だまり迄向かうことになるのか。そこまで頭が回らなかった。よくこんな未開の地でそこまで頭が回るものだ。
「それは構わんが……う〜ん、どうじゃろ。今の停戦状態で儂が急にラセツを連れて戻ったら、それはそれで周囲に怪しまれそうじゃのぉ」
ノエの提案に対し、ヤシャは顎髭を捻りながら困り顔を浮かべた。確かにその通りだ。
双方が極限の緊張感の中で手を出さずにいる中、ヤシャ一人が唐突に連れ戻せば怪しまれるのは至極当然だろう。
「じゃあ、奴らを残らず討伐しきるまで、そのまま連れ回すしかないんじゃない? 本人が強いなら足手まといにはならないでしょ」
「いやいや、私らみたいな外部の『不法侵入者』を、族長様がおとなしく見逃してくれるかねぇ」
ザビーネに言われて、ハッと胸が突く。
今こうして当然のように鬼の島を踏みしめているが、客観的に見れば私たちはただの侵入者だった。
……けれど、その意見にはどこか引っかかるものがある。
「ん……それ、少し違うんじゃないかしら」
「なにがだ?」
全員の視線が一斉に私へと集まる。射抜くような視線に思わず微かに身体が強張ったが、気を取り直して言葉を続けた。
「と言いますと?」
「だって……確かさっき言っていたじゃない。族長の片割れで、外に助けを求めに行った人……えーっと……」
肝心なところで名前が出てこず、喉がつまる。
「セツナのことか?」
「そう、その人!」
ヤシャが出してくれた船に飛びつくように頷いた。
「そのセツナって人が外に助けを求めているのに、もう一人の族長……お兄さんが、外から来た私たちに真っ向から敵意を向けるかしら? 事情を話せば見逃してくれそうな気がするけれど」
「言っていることに一理はありますが……」
「お主らが不法侵入しておるという事実は変わらんからのう」
「うぐ……」
「結局は、その場でうまく立ち回るしかない、ということですね」
私のささやかな希望的観測は、あっさりと現実論に押し流されてしまった。さすがに都合が良すぎたか。
皆が止めていた足を再び動かし始め、赤土の砂利を踏み鳴らす。
「まあ、ラセツへの説明と説得は儂がやろう。そっちの方が丸く収まりそうじゃしな」
ヤシャの豪快な背中を追いかけながら、私たちは次の目的地へと足を進めた。
皆さま、どうも&初めまして。
みゃ~むら、と申します。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
感想やレビュー、お待ちしております。
ん、動いてないのに干からびちゃいそう~。




