追想 Side ラグナ(part35
「旧友……? やっぱりアンタは……」
ヤシャの方へ顔を向ける。だが彼は集落の残骸をじっと見つめたまま、こちらを向こうとしない。
温かな陽射しが降り注ぐ中、お互いの間に吹き抜ける冷たい風が、乾いた木ノ葉をからからと音を立てて滑らせていく。
「お主の剣筋……マテンから学んだもので相違ないか?」
マテン。
九年前、故郷を魔人に焼かれ、たった一人で絶望をさまよっていた私を拾い上げてくれた命の恩人。
「……えぇ、知り合い?」
「古くからのな……」
剣の扱いから一人で生きていくための術まで教えてくれた、私の第二の親とも呼べる存在だ。
だが今から四年前、彼は何の前触れもなく、私を置いて急に姿を消してしまった。
「剣筋なんて……そんなのでわかるものなの? もう自分流に落とし込んだつもりだったのだけれど……」
「長年、骨の髄まで染みついた身体の動きというものは、そう簡単に変わらんものよ。特にお前さんはマテンから剣を習うまで一度も握ったことすら無かったのでないか?」
「……そうよ」
だって握る必要なんて、なかったから。
あの時、私の手の中にあったのは、家族や町の人々からの温かみだけだった。
「なれば余計じゃ。叩きこまれた基礎こそがお主を強くする。マテンはいい剣士であり、教育者でもあった。よい奴から教わったもんじゃ」
「ふぅん……」
最初の頃は教わった通りに全身や武器を動かしていた。
今考え直してみれば確かに鬼の身体の使い方、動き方、戦い方を人間にあてこめるには難しい所があるだろう。
それほどまでに種族間のスペックというのは残酷だ。
であるにもしんどい事や辛いことは沢山あったが不可能だとは感じなかった。
もしかすると、彼は人間の私の筋力や体に合わせて教えることを選定、改良していたのだろうか。
そして4年前。
今のこの白の細剣に換えて少し経った頃に私の目の前から消えた。
以降は我流で身体の動かし方や剣の振り方はかなり変えたつもりだったのだ。最近、剣の冴えが特に調子づいていたことも影響している。
だが、長年鍛錬を共にした同胞の目をごまかすことはできなかったらしい。
「それで……その手紙ってのは、いつ届いたの? 最近……?」
もし四年前より最近のことならば、私のもとから去った後の足取りということになる。
突然去られたことに対する恨みが全くないと言えば嘘になるが、今の私にあるのはただ純粋に「師匠が今も無事で生きているのか」という切実な懸念だった。
この四年間、魔人の足取りを追う傍らでお師匠の情報も集め続けてきたが、目撃情報は皆無に等しかった。
鬼ともなれば、この島の外では良くも悪くも目立ちすぎる。だからこそ、普通の街に身を潜めているわけではなさそうなのが厄介だった。
「届いたのは……確か、七、八年ほど前じゃったな。『人間の子を拾って面倒を見ておる』とな」
私の問いに対し、ヤシャは白髪混じりの記憶をあぐるように、絞り出す声で答えた。
内容を聞く限り、ただの気まぐれな近況報告だったのだろう。
「……私の事ね。他には何て?」
「いんや、書かれていたのはそれくらいじゃよ。あとはこの鬼島の心配事や、外の世界の珍しい情景……ただの愚痴混じりの近況報告じゃ」
懐かしむ様に言葉を続けていく。
「……それ以降の手紙は来てないの?」
「その一通きりじゃ。そもそも、この島から外の世界へ手紙を届ける術など無かったからの。返事すら書いておらんよ」
言われてみれば、その通りだった。
ただでさえ鎖国状態にある孤島の鬼たちが、外の世界への連絡網を確立しているわけがない。
ふと気づくと、ヤシャが太い眉を下げ、覗き込むように私を見つめていた。
「な、なに……私の顔に何か付いてる?」
「いんや……便りならば、お主の方こそ取っておるかと思ってな。違うんかいな」
確かに。だけど手がかりが無いのは私も同じだ。
「……今は、私だってどこにいるか知らないわ。四年前、私を置いて急に消えたから……」
「何と……そうじゃったか」
再び、気まずい沈黙が流れる。
この重苦しい空気に耐えかね、私は何とか話題を振り絞ろうと頭をフル回転させた。
「……お師匠ってこの島ではどういう人だったの?」
一緒にいた頃はあまり気にならなかったお師匠の素性を聞いてみることにした。
「聞いておらんかったのか?」
「……詮索したらまずいかなって、聞きづらかったのよ! 幼い頃の私だって、鬼が外に存在すること自体が珍しいことくらい理解していたわ。それに……」
「それに?」
その言葉を口にしていいものか迷いつつも、私はオズオズと言葉を続けた。
「……何かこう、島で悪さでもして……追い出されたのかなって」
それを聞いたヤシャは全くおかしいとでも言わんばかりに、隣に座るヤシャは腹を抱えて大笑いし始めた。
「ガッハッハッハ! 確かに、そう思うのが普通か! ガッハッハ!」
豪快な笑い声が集落跡地に響き渡り、倒壊した家屋で探索を続けていたノエたちが「何事か」と不思議そうにこちらを振り返る。
だが、私たちの様子を見て察したのか、すぐに捜索作業へと戻っていった。廃屋の規模からして、そろそろ終わりそうだ。
「安心せぇ。奴はそんな薄汚い男ではないわい」
「……そうなの?」
今度は私がヤシャの顔を覗き込む。
彼の表情にはどこか誇らしげな色が滲むと同時に、切ない寂しさのような陰りもあった。過去の記憶を愛おしむように反芻しながら、ヤシャは穏やかに口を開いた。
「何を隠そう……マテンは鬼族、いや、このオニカドの『先代族長』じゃった男じゃ」
「……えっ? は……って、はぁっ!?」
先代族長。
あの豪放磊落でどこか抜けていた私の育ての親が……一族の長?
聞けば聞くほど、頭の上に新たな疑問符が次々と浮かび上がってくる。
「え……っと、だったら……なんで全く関係のない人間領にいたわけ!?」
大慌てで言葉を口にするが、混乱のあまり上手く舌が回らない。思考が完全にまとまらなくなっていた。これなら死線をくぐる戦闘中の方が、よほど頭の中がクリアに働いている気さえしてくる。
反対に、ヤシャは私の狼狽ぶりを見て可笑しそうに笑みを浮かべた。
「そう慌てるな。とは言っても、儂とて詳しい経緯までは知らんのだ」
「そ、そうなの……?」
一瞬の静寂。
「あぁ。突然『族長を引退する』と言い残し、一人で島を出て行ったんじゃ。二人の子供に、一族の未来も、この島すべてを任せてな……」
彼の答えは、私の期待していたものとは程遠かった。
「じゃあ……」
言葉の先は推測できたが、最後までその答えを待った。
「誰も行方を知らんし、彼奴が何を求めて旅に出たのか……その目的も分からん」
「そう……」
この鬼島へ向かうことを決めた時点で、私の中に「お師匠の手がかりが得られるかもしれない」という期待が少なからずあったことは否定できない。
だが……手に入った事実は、思っていたものとはまるで違っていた。
見上げる空は澄み渡り、心地よい風が朱土の台地を撫でていく。
私は膝を抱えたまま、小さく、深くため息をついた。
皆さまどうも&初めまして。
みゃ~むら、と申します。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
感想やレビュー、お待ちしております。
皆さま、パスタはお好き?
色んな味が楽しめるという点では麺類の中では随一なのではと個人的に思っています。
ナポリタンやクリームはもちろん、他にも明太子やペペロンチーノ迄。
多種多様な味を楽しめるのがパスタでございます。
しかも私、夏の暑い時期は和風の冷やしパスタを何回も作っては食べてました。
結構簡単ですぐに作れるから暑い夏でもつるつるとそれこそ冷やし中華を作るみたいにして食べてました。
この文章も10分足らずで作った冷やしパスタをなんとお箸で啜りながら書いてますw。
パスタも安いし、お財布にも優しい。
一度作ってみてください、飛ぶぞ。




