強襲 sideラグナ(part34)
「ハァアアァァ!」
「ポポロ、そっちに行きましたよ!」
「まかせろ!」
「有象無象が舐めるでないわい!」
まだ陽が高い時間帯。風化した赤土の壁が残る集落跡地にて、刃の交わる金属音と雄叫びが響き渡っていた。
澄み渡る青空と豊かな自然に囲まれたこの美しき鬼島には、およそ似つかわしくない魔素の匂いが立ち込める。
目の前へ次々と湧き出してくる黒い影どもを、私たちは容赦なく撫で切りにしていく。
敵の攻撃も苛烈さを極めていた。容赦なく放たれる漆黒の斬撃や禍々しい魔弾の雨を、私は紙一重の見切りでかわしていく。
「フッ!」
敵の懐へ踏み込む私の背後で、ノエやポポロが完璧なタイミングでフォローを入れてくるのを肌で感じた。
「だりゃあっ!」
まだ同行を始めてそこまで長い時間を共に過ごしている訳ではない。それにもかかわらず、ここまで呼吸が合うものだろうか。2人の素の能力の高さが窺い知れる。
前線には出ず、高台から紫煙とともに周囲の増援や敵の細かな動向を逐一知らせてくれるザビーネの存在も大きい。
そして、ヤシャ。
彼の戦いぶりもまた、目を見張るものがあった。
赫き身体を躍動させ、私たちとはまた違ったアプローチで単身で敵陣へ飛び込んでは豪快に切り伏せていく。その太刀筋は力強いだけでなく、長年の経験に裏打ちされた恐ろしく洗練されたものだ。
白髪混じりの見た目こそ年老いて見えるが、その体躯から溢れ出る命の圧力に老いなど微塵も感じられない。
「——そこ!」
鋭い突きが、目の前の魔人の胸腔を貫いた。
「グオォ……」と声にもならない呻き声を上げ、敵の躯が黒い霧となって空気中に霧散していく。
荒い息を整えながら周囲を見渡す。
……すでに、あの不気味な黒き獣どもの姿は見当たらない。
「ザビーネ!」
高台の上で長い煙管を手に索敵しているザビーネへ声を張り上げた。
「ちょっと待ちな」
ザビーネの頭上で蠢く深緑の蛇たちが、あちこちへ鎌首を向けながらチロチロと舌を覗かせている。蛇独特の感知器官を使って、微かな魔素や熱源を探っているのだろう。
「周りにはもう動く影はないよ。……警戒を解いて大丈夫さね」
その一声で、私たちはようやく肩の力を抜き、手にしていた武器を鞘へと納めた。安心からか、どっと身体に疲労感を感じる。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
戦場跡地の荒々しさにはおよそ似つかわしくない、ノエの透き通った落ち着いた声が響く。
「げんきだぞ!」
「ふむ。ワシとて、この程度の小競り合いで傷を負っては鬼の名折れじゃ」
「……私の方も問題ないわ」
全員が無事そうだ。
高台からしなやかな動作で飛び降りてきたザビーネは、私たちの元へ直行するのではなく、そのまま半倒壊したボロボロの家屋達へと足を進めた。ヤシャが言っていた「人質として捕らわれている族長の片割れ」が潜伏先に残されていないか、捜索に向かってくれたのだろう。
「ザビーネを手伝ってきます。皆さんはここで少し体を休めていてください」
ノエは疲れを見せるどころか、そのままの足取りでザビーネの背中を追う。
「おれもいくぞー!」
ポポロが短足を力一杯動かし、とてとてとノエの足元についていく。彼の場合は使命感というより、単純な好奇心からだろうけれど。
仲間たちが去り、朱土の広場に残されたのは私とヤシャのふたりだけになった。あちこちには切り傷や小さな硝煙が立っているがこれぐらいであれば鬼の里にバレることはないだろう。
風が吹くたび、乾いた砂煙が静かに舞い上がる。
妙に気まずい空気が私たちの間に流れた。
『どさっ』と景気のいい音が響く。
木陰の段差のついた赤土の崖際に、ヤシャが大きな腰を下ろした。
「ふぅ……これで四箇所目か。さすがにこの老体には応えるわい」
肩をコキコキと鳴らしながらぼやくものの、その口元には豪快な笑みが浮かんでいる。疲労など微塵も感じさせない。伊達に鬼の巨躯を誇っているわけではないのだ。この程度の連続戦闘でへばるような体力を彼がしていないことくらい、私にも分かっていた。
「……嘘がお上手ね」
「ガッハッハ! そうカリカリするな」
私は呆れ半分に横目でヤシャを睨みつけた。
ヤシャの捜索でゲリラ的に襲撃を行っているのが自分でもこう上手く行っているのが驚きだ。このまま他の鬼達にバレないことを祈るばかりだ。
そして他の地でも見る様なただの魔人どもには遭遇するが、本命の奴らはまだいない。
(もういない可能性もあるのかな…)
やがて、ヤシャは白髪混じりの頭をぽりぽりと掻きながら、ふと思い立ったように呟いた。
「しっかし……魔人どもは不思議じゃのう」
その巨躯に見合わない、小さなため息をついた。
「不思議って……何がよ」
「いやな、あいつらがこの島に攻め込んできた本当の理由も分からん。それこそ、攫ったラセツを今どう扱っておるのかもな」
私も小さくため息を漏らすと、ヤシャと人ひとり分の間隔を空け、傾斜になった赤土の段差へ『ポスッ』と腰を下ろした。
風化して細かくなった砂利が、衣服越しにじんわりと日差しを吸った温もりを伝えてくる。どれだけ平然を装っていても、相次ぐ連戦による身体の重みは確実につみ重なっていた。今はほんのわずかな時間でも、疲れた脚を休めたかった。
「……そうね」
「今まで、その、なかったんじゃろ? 魔人どもが『誰かを誘拐する』なんて奇行は」
「……少なくとも、私は一度も聞いたことがないわ」
「ほぉーん……」
ヤシャは胸元まで伸びた白髪混じりの顎髭を撫で下ろしながら、怪訝そうにほおけた顔を斜め上へと傾けた。
私も戦いでボサボサになった自分の赤髪を少し整えた。
頭上からは、どこか遠くで羽ばたく野鳥の可憐な鳴き声がちゅんちゅんと響いてくる。荒れ果てた廃屋の影を風が吹き抜け、赤土の微粒子をさらさらと散らした。つい先刻までここが死線の飛び交う修羅場だったことなど、まるで最初から嘘だったかのような静けさだ。
「じゃあ、奴らの真の目的は誰も分からんちゅうことじゃな」
「ええ」
静かな声で返しつつ、私は崩れかけた家屋の影で手際よく捜索を続けているノエやザビーネたちの姿をぼんやりと眺めた。日光を反射してキラリと光るノエの角や、紫煙を燻らせながら瓦礫を突くザビーネの立ち姿が、乾いた赤い風景の中でどこか異彩を放っている。
「まあ……不思議ちゅうなら、お主らも大概じゃがな」
「え……?」
不意に振られた話題に首をかしげる。
「なんで私たちがそんな風に言われなきゃいけないのよ」
魔人たちの脈絡のない奇行ならともかく、私たちにまでそんな妙な観察眼を向けられるのは心外だった。
「だってお主ら、こうして命がけで奴らを殲滅しては、律儀にラセツの捜索まで手伝っておる」
「……それは、あんたとの『島内を案内してもらう約束』だからでしょ」
私は立てた両膝を腕で抱え込み、そこに小さく顎を乗せた。
「ワシを脅して案内だけさせ、捜索など無視しても良さそうなもんじゃがな」
「そんな横暴なことをしたら、アンタがへそを曲げて本当の最短ルートを教えてくれなくなるかもしれないじゃない」
「ガッハッハ! なるほど、そうかもしれんのぉ!」
ヤシャは豪快に腹を揺らし、深く刻まれた目元のシワをいっそう深めて笑い飛ばした。まったく、相変わらず底の読めない食えない老人だ。ヤシャのペースに引っ張られていたら疲れる。私は話題を変えることにした。
「……そんなことより」
「んあ?」
「アンタ……私のこと、最初から知っていたでしょ?」
顎を膝に乗せたまま、視線だけを斜め上に向けてヤシャの横顔を射抜く。
「……」
先ほどまで饒舌に笑っていた彼の口元が、ぴたりと止まった。
風が止み、沈黙がふたりの間に落ちる。ヤシャの太い眉がわずかにピクリと跳ね、深く落とされた眉根の影が、彼の表情を覆い隠した。
「さっき、私の名前を聞いた時に一瞬だけ驚いた顔をしたわね。……誤魔化さなくていいから」
「……ふむ。見抜かれておったか」
「認めるのね」
観念したように小さな溜息を吐き出すヤシャを見つめ返すと、彼はあばら骨の浮く胸を大きく張ってから、遠くの空に浮かぶ暗雲を眺めるように目を細めた。
「旧友からの手紙に……お主の名があった。ただ、それだけじゃよ」
みなさま、どうも&初めまして!
みゃ~むら、と申します。
お読みいただき、ありがとうございます。
レビューや感想お聞かせいただければ幸いです。
一つお知らせです。
お気づきの方もいらっしゃるかも知れませんが、投稿ペースを「毎日投稿」から「2日に一回」の投稿にさせて頂きます。
理由は私の生活サイクルが変わってしまい、執筆の時間が減ってしまったからですね。
楽しみにしてくださっている方には大変申し訳ない報告になってしまいました。
土日や連休とかはできる限り、ちゃんと投稿したいな〜と考えていますがまだ調整中です。
ま、この辺りは「お、投稿されてるじゃん」てな感じで読んでいただけますと幸いです。
話は変わって最近めっきり過ごしやすい気候になりましたね。
ここ数年は10月くらいまで暑い時期だったと記憶しているのですが、9月上旬からこの涼しさは大変ありがたい限りです。
秋風を感じながら、より良い執筆が出来そうです。
次回もよろしくお願いいたします。




