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すべての生きとし生けるモノ達へ  作者: みゃ~むら
オニカド編

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幕間:未知への遠望(後編) side ハバキリ

「ど、どういう意味なのでしょう……」


巻物に書かれていたのは、短く一文だけの、謝罪とも取れる言葉。

だが、その不自然なほどの短さが、かえって書いた者の悲痛な想いを際立たせていた。

他に続きの文章はないだろうか。何か手がかりが残されていないだろうか。ハバキリは少々指先を震わせながら、慎重に巻物をさらにめくっていく。

しかし、彼女の期待も虚しく、現れるのはただひたすらに色褪せた白紙ばかり。

「はぁ……」

ハバキリは深くため息を吐き、がっくしと肩を落とした。

文の最後に添えられているはずの差出人の名は、どこにも見当たらない。恐ろしいほどに洗練された達筆な文字だが、この力強くもどこか哀愁を帯びた筆致は、オニカドでも見かけたことがないレベルのものだった。ヤシャ殿やラセツ様、セツナ様のものとも違う。

「『コスモ』……おそらく、どなたかのお名前でしょうけれど……鬼の方、なのでしょうか?」

当然ながら、ハバキリの記憶のどこを探しても「コスモ」という名に聞き覚えはない。


疑問の波が、脳裏を次から次へと激しく押し寄せてくる。

誰も住んでいなかったはずの孤島に残された、生活の痕跡。

かつてここに住んでいたと思われる、身の丈の大きな誰か——おそらくは、鬼。

この荒れ果てた建屋や庭を見る限り、もう何年も、何十年も人の手が入れられていないのは明白だった。

そればかりか鬼の歴史において、ここの存在そのものが意図的に隠蔽されてきた節すらある。

住んでいた者はとうの昔にここを離れ、マテン様の様に遥か遠い異国へと旅立ってしまったのだろうか。それとも、すでに命を落としてこの世にはいないのだろうか。

そして何より、「コスモ」とは誰なのか。この者もまた生存しているのか、すでに亡き人なのか。

そもそも、この手紙の主は一体「何をしでかして」これほど悲痛な謝罪を残したのだろうか。

ぐるぐると様々な憶測が頭の中を駆け巡り、一気に考えすぎたせいで思考の糸がこんがらがり始める。

ハバキリは一度そっと目を閉じ、大きく深呼吸をした。


「はぁ……ふぅぅ……」


朽ちかけた窓の隙間から吹き込む涼やかな風を、胸いっぱいに吸い込む。

とりあえず、落ち着こう。

どれほど頭を痛めたところで、今の自分には分からないことだらけだ。

これほどまでに脳みそをフル回転させて思い悩むなんて、生まれて初めての経験かもしれない。……まあ、今までは「考えるのが面倒くさい」と言って色々と逃げてきたせいでもあるのだが。

なにより、自分は今、誰にも言わずに「立ち入り禁止の孤島」へ勝手に足を踏み入れているのだ。

そろそろお昼の刻限も近い。早く本土へ戻らなければ、父上や周りの者たちに怪しまれてしまう。

(村の書簡庫をこっそり覗いてみれば、何かこの島の歴史について分かるでしょうか……?)

ふとそんな考えが浮かんだものの、ハバキリはすぐに自分の中で苦笑した。

自分から進んで書簡庫のような堅苦しい場所へ行こうものなら、それこそ「ハバキリが勉強など、一体何の風の吹き回しだ」と余計に怪しまれてしまうのがオチだ。こればっかりは普段の自分自身の振る舞いに呆れる他ない。

一度ほどいた巻物を、慣れた手つきで丁寧に巻き直していく。元の綺麗な結び目へと戻しながら、彼女はじっとその古い紙束を見つめた。

「この巻物……どうしましょう……」

本来の礼儀から言えば、この場所に置いていくべきなのだろう。

いつかこの手紙を書いた主が取り戻しに来るかもしれないし、宛先である「コスモ」という人物が、自分と同じようにふらりとここへ彷徨い込んでくる可能性だってゼロではない。既に盗み見てしまった無礼を働いているとは言え、持ち帰るのはさらに無粋な行いであることは間違いない。

しかし、なぜだか無性にこの巻物を連れて帰りたいという衝動が抑えきれなかった。

まるで強迫観念にも似た、抗いがたい謎の使命感が胸の奥から湧き上がってくる。自分でも驚くほどの執着だった。

問題は、海を渡って戻る時だ。途中で濡らして台無しにしてしまわないだろうか。

「……な、何とかなるでしょう!」

小難しい事を考えるのをやめた。

ハバキリは頷くように意を決すると、腰につけていた小さな荷袋へ、大切な宝物でも扱うようにそっと収めた。

もしかしたら、いつかどこかで「コスモ」というお方に直接お会いして、これを渡せる日が来るかもしれない。

……まあ、自分がいつかこの島を出ることができたなら、という遠い先のお話だけれど。

だが少なくとも、すでに時が止まり、世界から忘れ去られたこの廃墟で朽ち果てるのを待つよりは、ずっとマシなはずだ。


結局、恐ろしい呪いが掛けられた伝説の刀剣や、目ぼしい財宝の類が見つからなかったのは少々残念ではある。

けれど今のハバキリの胸は、見てはいけない禁忌の歴史に触れてしまった恐怖とそれを遥かに上回る、背徳的で魅力的な「ワクワク感」で満ち満ちていた。

興奮と懐疑心が心地よく入り混じった余韻を抱えたまま、彼女は静かに建屋を後にする。

縁側から庭へと降り立ち、もう一度だけ、龍のように枝を伸ばす中央の大樹と広場へ視線を巡らせた。

「時間はギリギリですが……もう少しだけ、先へ行ってみましょうか」

せっかくここまで来たのだ。

可愛らしいおさげを揺らし、ハバキリはいたずらっぽく微笑むと、庭先から奥へと続く未知の道へ向かって再び小さな一歩を踏み出した。


**********************


建屋の裏手から伸びる古びた小道を少し進むと、苔むした石段が現れた。

一歩一歩降りた先に広がっていたのは、先ほどの庭と思しき広場とは似ても似つかない、あまりにも異様な光景だった。

「ここは……何なのでしょう……?」

ハバキリの眼前に広がっていた景色。

鬱蒼とした青々しい森の中であることに変わりはない。

だが、木々が円を描くように途切れた中心部。そこに、まるでこの森の主として君臨しているかのように、圧倒的な存在感を放つ建造物が鎮座していた。

それはハバキリの身長の何十倍もの高さを誇る、灰色の巨石でできた円形の壁面。その表面には、細緻で不気味な幾何学模様が整然と刻み込まれている。

よく観察してみれば、足元に広がる大地にも同じように精巧な石畳が隙間なく敷き詰められていた。所々描かれているパターンこそ異なるものの、全体の意匠はあきらかに壁面と同じ系統のものだ。

少なくとも、オニカド島内でこのような建築物や意匠が見られたことなど一度としてない。

古代の神殿のようでもあり、未知の遺跡のようでもある。自然の猛威に飲み込まれながらも絶妙に調和しているその奇妙な景観に、ハバキリは呼吸を忘れて圧倒された。

「す、すごい……!」

間違いなく、鬼族の伝統的な施工技術ではない。これが島外の技術なのは明らかだった。

ハバキリは胸を打つ激しい興奮に瞳を輝かせながら、一歩を踏み出し、幾何学模様の刻まれた石畳の上へと降り立った。

ぽてんとその場にしゃがみ込み、掌を床面にあててみる。

先ほどのひんやりとしたツルツルの石畳とは、触感が何もかも違っていた。

長い年月太陽の光を吸い込んできたからなのか、まるで人肌のようなほのかな温もりがあり、表面はきめ細やかなざらつきを帯びている。

間違いなく、これまで生きてきて触れたことも、見たこともない物質だ。

こんな珍妙で壮大な遺構が、忌み地とされてきた孤島の奥深くに眠っていたとは思いもしなかった。


よくよく見てみれば、中央にそびえ立つ一際巨大な壁面は、単なる一枚岩の壁ではないように見えた。

「……あれは、絵画? いえ、巨大な……扉……? ん……?」

確かめようと足早に近づこうとした、その瞬間。

広場の中央部。幾何学模様が最も集中する円心から、不気味な赤黒い火が、ぽつりと小さく灯った。

一見すると薪にくべられた篝火のようだったが、揺らめくその質感は、炎などではない。

「……魔素……!?」

ハバキリの背筋に、冷や汗が吹き出す。

瞬時に腰の二本の太刀へ手を伸ばし、低い姿勢で臨戦態勢をとった。

(何か侵入者に対する罠でも踏みましたか……?)

小さな火種だった黒赤の魔素は、蠢くように一度揺らいだかと思うと次の瞬間、爆発的に膨れ上がり、空を覆い尽くすほどの灼熱の炎となって視界を真っ赤に染め上げた。

ゴォッ!! と空間を焼き尽くす圧倒的な熱圧が押し寄せ、気圧されそうになる。

その荒り狂う黒赤の炎の中心地を、ハバキリの鋭い瞳が捉えた。


「あれは……!?」


炎の渦の中に、一本の太刀が地面に深く刺さっていた。

つい先刻まで何もなかったはずの場所に現れたその刃に、ハバキリは己の目を疑う。

そして——炎の深淵から滲み出るように、武骨でがっしりとした腕が伸び、その太刀の柄を力強く握りしめた。

猛炎の揺らめきと吹き荒れる黒煙のせいで、相手の顔や姿まではハッキリと見えない。どのような存在なのかも判断がつかなかった。

だが、ただ一つ理解できたのは刃を手に取った以上、目前の存在は明確な「敵」であるということだけだ。

ハバキリはいつものまんまるな瞳をキリリと吊り上げ、全身の神経を研ぎ澄ませて相手の動向を睨み据えた。


影は名乗りも上げず、一言の発声すらなく。

身に纏った灼熱の炎をそのまま剣戟に乗せ、途方もない密度の斬撃を何本も同時に飛散させてきた。

「うわわわわっ!?」

前触れも溜めもない、完全な不意打ち。

目にも留まらぬ速さと鋭さを兼ね備えた黒炎の刃が、空間を切り裂いてハバキリへと殺到する。

直撃すれば、身が持たない!

ハバキリは持ち前の圧倒的な運動神経と柔軟性を全開にし、跳ねるようなアクロバティックな身裁きで数々の斬撃を紙一重でかわしていく。

彼女の脇を通り抜けた斬撃は、背後に迫る樹齢数百年の巨木や幾何学模様のオブジェを、まるで豆腐でも切るかのように容赦なく両断していった。

遅れて届く凄まじい破壊音と衝撃波だけで、その一撃一撃に込められた質量がどれほど異常かが理解できる。

完全に、ハバキリの命を狩り取るための殺意だ。

(この斬撃の速さ……ラセツ様並みか、それ以上!?)

ラセツやセツナといった、鬼族最高峰の剣士たちによる日々の稽古を目にしていなければ、初見でかわし切ることすら出来なかっただろう。

「まったく、いきなり何をするんですか……っ!?」

空中で身を翻しながら文句を叩きつけようと、敵へ視線を向けたその刹那。

既にその得体の知れない敵は、間合いを皆無にしてハバキリの目前に肉薄していた。

漆黒の炎を纏わせた刃が、頭上から一気に振り抜かれようとしている。姿も黒く纏われており、何者かは判別がつかない。

「うそっ……!?」

規格外の踏み込みスピード。近付いてくる気配すら殺されていた。

放たれる頭上からの剣戟。直撃すれば、良くても致命傷、悪ければ即座に一刀両断だ。

ハバキリは寸前のところで腰の太刀を同時に引き抜き、交差させて頭上へ掲げた。

ガギィィィンッ!!!!

鼓膜を刺すような、悲鳴に似た甲高い金属音が轟く。

寸でのところで防ぎ切ることには成功した。しかし、今ハバキリがいるのは「空中」だ。足場のない空間で、その絶大すぎる打撃を受け止めきれるはずもない。

受け止めた衝撃がそのまま推進力へと変わり、ハバキリの体は弾丸のような勢いで後方の森林へと吹き飛ばされた。

「ぐっ……!!?」

木々が豪快に折れ飛ぶ重苦しい音。

無数の葉や枝が衣服や肌を擦り抜け、吹き飛ばされた衝撃が全身の骨を軋ませる。

あちこちに激痛が走るものの、間一髪で衝撃を殺したおかげで決定的な致命傷だけは免れていた。

木々を薙ぎ倒しながら着地したハバキリは、その勢いを殺すことなく、即座に身を翻した。

「今の私じゃ絶対無理ですぅーーっ!!」

逃げるが勝ち。三十六計逃げるに如かず。

彼女はプライドも何もかも投げ打ち、持てる精一杯の疾走で、その恐怖の領域から一目散に退散を開始した。

「……」

ハバキリを襲った謎の影は、脱兎のごとく去っていく彼女の小さな後ろ姿を、黒炎の中で静かに見送っていた。

やがてハバキリの気配が完全に遠ざかると、影は揺らめく炎とともに、まるで最初から存在していなかったかのように……ふっと空間へ溶けるように消え去っていった。


**********************


「ハヒィ……っ! 本当に酷い目に遭いました……」


無事にオニカド本島へと泳ぎ戻って来たハバキリは、浅瀬の岩場に倒れ込むようにして荒い息を吐き出していた。

あらかじめ竹籠を隠しておいた木陰まで這うようにして戻ると、最初に海を渡った時と同じように、潮風に晒された海水を手早く拭って落としていく。

濡れた黒髪を固く絞り、二本のおさげを結び直す。刀の鞘や刃に海水が残らぬよう入念に手入れを施し、出来得る限り周囲に怪しまれないよう手早く身なりを整えていく。

「まったくもう……最後の最後にとんでもない怪物と鉢合わせてしまいましたね……」

口では愚痴をこぼすように悪態を呟いているハバキリだったが、その顔つきには疲弊どころか、どこか晴れやかな笑みが浮かんでいた。

一角に眠っていた巨石の遺構と、不気味な黒炎を纏う謎の刺客。あの未知の存在と危険な謎は、ひとまず自分だけの胸の奥に深く仕舞い込んでおくことにしよう。

根拠もないまま下手に里の者たちへ広めれば、不要な混乱を生むだけだ。それに何より……今はこの謎を人目に触れさせる「その時」ではないような気がしてならなかったからだ。

決して大目玉を喰らいたくないとかそういう事ではない。断じて。

「あ……そう言えば……っ!」

ふと思いついたように、小さな荷物袋の口を慌ただしく解いた。

あの廃墟の机から持ち出した巻物は無事だろうか。

孤島から本島へ泳いで渡る際、海水に濡らして台無しにしないよう、必死に頭の上に括り付けて運んできたのだ。その血の滲むような(?)努力が報われていることを祈るしかない。

「あれま……意外にも、上手くいきましたか!」

確認してみれば、流石に荷物袋の下部は海水でしっとりと濡れてしまっていたものの、中の巻物まで侵食するほどではなかったようだ。胸を撫で下ろしたハバキリだったが、そこである異変に気がついた。


「……? この巻物……魔素が込められています……?」


あの仄暗い廃墟の中では気づかなかったが、陽光の下でよくよく観察してみると、古びた巻物の表面を薄い膜のような魔素が静かに覆っていた。

これがコーティングの役割を果たし、荒波の海水や長年の風化から紙を守ってくれていたらしい。

「なるほど……。だからあんなに保存状態が良かったのですね……」

鬼族の戦闘技術には、自身の魔素を刀身に纏わせて威力を跳ね上げたり、斬撃として飛ばす手法が存在する。自分も絶賛鍛錬中である。

鬼族は生来、体内の魔素総量が決して多くない種族であるため、乱用こそ出来ぬものの、実戦においては極めて有効な一手となる技だ。

この巻物に施されている仕掛けは、おそらくその技術の応用なのだろう。

だが、そこでハバキリの思考がピタリと止まる。

どれほど高度な術であれ、これほど長期間にわたって魔素の膜を維持し続けることなど可能なのだろうか。

「ん……? 確か……魔素というものは、出力した本人が命を落とせば消えて失くなるはずでは……?」

昔、里の年寄りから受けた退屈な講義の中で、そんな知識を聞いた記憶が頭の片隅から蘇ってくる。


もしその理屈が正しいのだとすれば。

この悲痛な謝罪文を書き残した人物は今もなお、世界のどこかで生きているということにならないだろうか。

「ふむ……! なんだか探し物が増えてしまった気がしますが……とっても楽しみですね!」

今のハバキリには、このオニカド島を飛び出して外の世界へ旅立つような術もきっかけもない。

その時がいつ訪れるのか、あるいは永遠に来ないのかすら分からない。

けれど、ハバキリは清々しい秋空を遠く高く見上げ、まだ見ぬ未来と未知の冒険に、胸を躍らせずにはいられないのだった。

皆様どうも&初めまして。

みゃ~むら、と申します。

お読みいただきまして、誠に有難うございます。

感想、レビューその他お待ちしております。


いや〜気づけばもう9月も終わり明日から10月ですか。

早いもので今年ももう残すところ3ヶ月ほどですね。

皆様はいかがお過ごしでしょうか?2026年残りは3ヶ月「しか」ないのか。3ヶ月「も」あるのか。

捉え方、考え方次第でこの3ヶ月生かすも殺すも生き方次第。

この90日間、是非とも実りのある時間にして行きたいものです。

それではまた次回でお会いしましょう〜。

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