幕間:黒き出撃 sideメリア(後編)
ユーグが渦巻く魔素と共に姿を消し、あとに残されたのはメリアとラセツの二人だけだった。
「あのバカ、私をほっぽり出してまたどっか行った……」
呆れ果てた溜息が、静まり返った広間に落ちる。とは言っても、このオニカド島内程度であれば、ユーグがどこで暴れているかを察知することなどメリアにとって朝飯前だった。
ユーグもそれを理解した上で、わざわざ行先も告げずに消え去ったのだろうけれど。
不機嫌さを隠そうともしないまま、メリアは檻の中のラセツへ近づくと、床板を軋ませてドカッと胡坐をかいた。
細くも艶のある健康的な脚が覗く。
「っは〜〜〜〜〜……っ!」
途端に、聞いたこともないほど大きな溜息が吐き出された。
「全く……! 私の集めた情報で遊ぶだけ遊んでさ! 私のことを便利屋か何かと勘違いしてないかしら!?」
「……私に吐き出すな」
捕虜という身でありながら、まるで統率の取れぬ部下の愚痴に付き合わされているような、妙な徒労感。ラセツはまた始まったか、と眉間を寄せて内心で深くうんざりした。
「ユーグも他の連中もほんっとに好き放題言ってくるわ! こっちの苦労も知らないでさぁ!?」
「私に言うなと言っている」
メリアは怒りのままに身を乗り出し、檻の隙間からラセツへ噛み付かんばかりの勢いで肉薄している。もし魔素の檻という物理的な隔たりがなければ、本当に怒声と共に噛み付いていたかもしれない。
悪態を叩き散らす姿を見ていると、魔人という存在も案外、自分たちとそう変わりない感情のモノ達であると窺い知れた。
ふーっと深く深呼吸をし、落ち着きを取り戻すメリア。
猛獣がようやく我を取り戻したかと、ラセツはわずかに肩の力を抜いた。彼女が感情を爆発させた瞬間、漏れ出た狂乱の魔素で建屋全体がミシミシと鳴動していたからだ。
「……ねえ。少しは気になってきたんじゃない? 外の様子が」
先ほどまでの騒々しさが嘘のように消え去り、急激に肌を刺すような底冷えする殺気が漂う。
メリアの魔人としての冷徹な側面が垣間見えた瞬間だった。ユーグとやり取りをしていた際、ラセツが見せた極小の反応を、この女は見逃していなかったのだ。
「お主が教えてくれるというのか?」
冷製に言葉を返す。一言一句、対応を誤れば付け込まれるという確信があった。
「ええ、いいわよ」
あまりにもあっけのない即答。
「……条件を言え」
何か大きな裏があるに違いない。ラセツは心の中で警戒のレベルを引き上げた。
武力だけで強行突破してくるユーグよりも、こうして甘い毒のような情報戦や奸計を仕掛けてくるメリアの方が、よっぽど質が悪い。
だが、ラセツが捉えた彼女の気配は、決して楽しげでも愉快そうでもなかった。
どこか寂しげで、苦々しい葛藤に苛まれているかのような陰り。本来であれば、囚われの身であるラセツこそが浮かべるべき表情ではないのか。
不審に思いながらも、ラセツは彼女の唇が次に動くのをじっと待った。
何を要求されるか分かったものではないが、外の状況を把握したいというのもまた揺るぎない事実だ。
先ほどから近づきつつある気配の群れの中に、ヤシャの気が混ざっているのがどうしても気にかかっていた。
しかし、その周囲を固める他の気配は、同族ではなくこれまで感じたこともない異質なものばかり。ヤシャと行動を共にしている以上、少なくとも敵ではないはずだ。脅迫されて利用されている可能性もゼロではないが、ヤシャならば死を賭して抵抗するだろうし、里側がそれに気づかないはずがない。
つまりヤシャは、その未知の連中に自らの意志で協力しているということだ。
その一団は確実にこちらへ進軍してきている。しかも、道中に立ち塞がる敵勢力を片っ端から排除しているのか、島内に散っていた魔人たちの気配がことごとく消滅していっていた。
「条件なんて、特にないわよ」
「……何故だ?」
少しばかりの沈黙ののち、ラセツが問い質す。
「ん〜? 私の気まぐれ〜♡」
メリアは急に語尾を跳ねさせ、わざとらしい猫なで声を出してみせた。
「その気まぐれ一つで、お主達が滅ぶことになるかもしれんのだぞ?」
「ま、その時は私たちがそれまでだったってことねぇ」
あまりにも淡白な返し。だが、それは生への執着が薄く、滅びにすら冷淡な魔人らしい本質なのかもしれなかった。
「……ならば、その気まぐれが変わらんうちに聞かせてもらおうか」
「えら〜い。うんうん、人の善意は素直に受け取るべきよね」
メリアはくすくすと笑いながら、脚を組み替えた。
「妹のセツナは……無事、到着しているな?」
やはり、ラセツが真っ先に確認したかったのはそれだった。不遜な佇まいを崩さない彼だが、その根底にあるのは妹への深い慈愛だ。
生きとし生ける種族として当然の情愛でありながら、メリアはその姿をどこか愛おしく、羨むように見つめた。
「ええ。さっきもユーグに言ったけれど、機械国の連中を引き連れて帰ってきたのは、他ならぬあなたの妹さんよ」
「……そうか。無事、やり遂げたのだな」
それまで険しかったラセツの呼気が柔らかく解け、安堵の色が胸中に広がる。心底、妹の身を案じていたのだろう。強靭な族長にも、案外かわいらしい一面があるものだとメリアは思った。
「里へそのまま向かっていったわ。今頃、涙の再会でもして作戦会議の真っ最中じゃないかしら」
「そうか……」
軽口を軽く流しつつ、今度は誇らしげな笑みを微かに口元に浮かべた。
「でも、あんたが本当に気になってるのは、ここへ近づいてきてる別の一団の方でしょ?」
「……否定はせん」
目下、怒涛の勢いで突き進んでいるのはヤシャ率いる謎の戦力。
気配から察するに、ヤシャ以外に鬼の気配はない。そして何より、まったく異なる複数の種族で構成されている。
……いや、種として近いモノもいるのか?
ラセツは盲目ゆえに、五感が人一倍研ぎ澄まされている。メリアほどの広域探知能力はないにせよ、遠方の生物が発する「氣」の微細な揺らぎを正確に感じ取っていた。
だが、生まれてこの方鬼島を出たことがなく、他種族との関わりを持たずに生きてきたラセツには、それがどこの誰なのかまでは識別できない。
「何モノなのだ、彼らは」
ラセツの低い問いかけに、吹き抜ける風が瓦礫の隙間でヒュウと音を立てた。
メリアは柱に背を預けると、つま先を小さく揺らしながら、思い返すように視線を上へと向けた。
「私の見た感じとしては……あんたの味方でもないけれど、明確な敵でもない、って感じかしら」
「ヤケに曖昧な回答だな」
盲目である彼の五感は、空気を伝わる僅かな肉体の揺らぎや、呼吸の深さまでもを精緻に読み取っていた。魔人も鬼と同じようなモノではないとは思いつつも、出来る限り情報としての信憑性を上げておきたかった。
「仕方ないでしょ。私は魔人であなた達より確かにスペックは上かも知れない。けれど万能じゃないのは一緒なんだから。あ~あ、どうせなら私たちの神様は、完璧な生命を生み出してほしかったよね~」
「何が目的なのだろうな。その一団は」
メリアのぼやきを完全に無視する。
メリアは整った顔立ちを少し歪め、退屈そうに返す。
「……?そりゃ、人質であるあんたの奪還に決まってるでしょ」
ラセツはメリアの解答に首を振った。
「ヤシャが共にある以上、私を奪還しに来ているのは間違いなかろう。だが……目的はそれだけではないように感じる」
「えらく疑心暗鬼ね。人の好意は正直に受け取っておいた方がいいわよ?」
メリアは呆れたように肩をすくめると、投げ出していた脚を崩して立ち上がった。足音が静まり返った広間に小さく響く。
ラセツの言葉には、長年この島を統率してきた者ゆえの直感が宿っていた。単なる救援隊のそれとは異なる、より深く重い熱量が、遠くから迫る気配の渦から伝わってくるのだ。
「……全く、お前たちと言い、この島に何が起きようとしている……?」
ラセツの呟きは、破れた天井から漏れ込む微かな光の中に溶けて消えた。
その言葉を聞いたメリアは、答える代わりに小さく鼻で笑うと、崩れた外壁の隙間から見渡せる灰色の空をじっと見上げた。流れる雲の切れ間から一瞬だけ落ちた陽光が、彼女の横顔を寂しげに照らし出していた。
皆さまどうもです&お初です。
みゃ~むら、と申します。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
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この話を投稿した気になっていたお前の姿はお笑い種だったぜ。




