作戦会議『後編』 sideアレン(part32)
「ふむ。であれば三手に分かれて息を合わせ、同時多発的に進軍。三箇所を一気に電撃制圧します」
卓上に置かれた地図を見据え、セツナさんが迷いのない凛とした声で思い切った決断を下した。
「三箇所、同時……ですか?」
俺の問い返しに、セツナさんは力強く頷いて視線を合わせる。
敵の雑兵が大半とはいえ、奴らとの絶対的な物量差は歴然だ。こちらの限られた戦力を細かく分散させるのは、軍略としては明らかな悪手にも思える。だが、彼女の瞳には確固たる計算が宿っていた。
「一箇所でも見過ごせば挟撃される恐れがあり、手薄になった里を奇襲される危険も残ります。ならば各個撃破を狙うより、初動の奇襲で同時に叩き潰すのが最善です」
「セツナ様、ですが徒に戦線を広げれば、地力で劣る我々が不利になるのでは……」
「奴らは斬っても斬っても湧き出る無尽蔵の兵。兵力を分散させては、力負けする懸念がございます」
動揺した鬼の将たちから、次々と懸念の声が噴き上がる。困惑の色が隠せていない。
あの屈強な鬼達も苦戦する相手であることを感じさせるくらいには、それだけ魔人達に前回煮湯を飲まされたのだろう。
「セツナ様、やはり無茶にございます!。最終的な目標が奴らの殲滅であるにせよ、まずは元凶である『魔素溜まり』を破壊し、増援を断つのが先決では……」
「いいえ、だからこそです」
ナタクさんの進言を遮るように、セツナさんはキッパリと言い放った。
「現状、兄上の救出が最優先事項です。どこに幽閉されているか分からぬ以上、前哨地をしらみつぶしに当たる他ありません。……そうでしょう?」
その言葉に、広間の誰もが息を呑んだ。
そうだ。魔素溜まりを叩くことだけに固執すれば、どこかに囚われているラセツさんの命が危険に晒される。
「部隊は三つに分けます。南西の拠点群に対し、ナタクの部隊、私の部隊、そしてエデン殿たちの部隊でそれぞれ同時に急襲を仕掛けます」
種族ごとの連携や練度を考えれば、下手に混ぜ合わせた混成部隊にするよりも遥かに合理的だ。
「制圧後、中央の集落を第一の前進拠点として設営。各部隊間の連携は『矢文』を用い、進軍の合図や次なる標的をリアルタイムで共有します」
「あの〜、話の腰を折ってすんませ〜ん。矢文っていうのは……?」
フェリクセンがおずおずと手を挙げて尋ねる。
「矢文とは、我々の武具である弓矢を用いて文を飛ばし、遠隔で意思疎通を図る伝令手段です。構造としては……セシル殿が装着しているシールドに組み込まれた機構が最も近いでしょうか」
セツナさんが傍らに立てかけてあった備品の弓矢を手に取り、俺たちへと差し出して見せる。確かに、しなりを持つ弓幹の形状や弦の構造は、セシルの盾に搭載された射出ギミックの設計思想とよく似ていた。素朴だが少し重かった。
だが、俺の頭の中にひとつの現実的な懸念が浮かぶ。
「セツナさん……これ、俺たちの部隊でまともに扱える人、いますか?」
「うーん、扱うの難しそ〜」
俺の指摘にセシルも眉を下げ、セツナさんも動きを止めて考え込んだ。
いくら機構が似ていようと、実戦で正確に目標へ射込めるかは全くの別問題だ。
「慣れれば容易いのですが……戦場でぶっつけ本番となると危険ですね」
「うむ……それにこの弓は鬼族の規格で作られておる故、他種族には弦が硬すぎるかもしれん。並の筋力では引き絞ることすら叶わんでしょう」
屈強な鬼の将が指先で弦を強く弾くと、ビィン、と重く鋭い金属的な轟音が広間に響き渡った。並大抵の剛腕でなければ引けない業物だ。
「む! 私たちならパワー不足なんて問題ないよ?」
デンドロビウムさんが小柄な体を揺らしてムッとしたように胸を張る。だが、彼女の腕力はともかく、体格に対して弓が大きすぎるのは明らかだった。
「アタシが似たような射出機構をその場で再構築すれば……」
「却下だ。お前も私も、今回の作戦に備えて兵装を限界まで詰め込んでいる。これ以上の拡張は積載オーバーで機動性を損なう」
「ぐぬぬ……」
エデンの冷静な指摘に、デンドロビウムさんは悔しそうに肩を落とした。
「……でしたら、やはり私がエデン殿たちの部隊へ同行しましょう」
セツナさんが弓を握り直し、自ら名乗り出た。だが、その提案にもエデンは即座に首を横に振る。
「それは認められないな」
「……何故でしょうか」
「分かっているはずだ。今回の総大将は貴女だ、セツナ殿。本陣の指揮と自隊の統率に全神経を注ぐべき立場にある。それに……貴女自身、兄君の奪還に集中せねばなるまい」
エデンの言葉は淡々としていたが、一切の反論を許さない重みがあった。
戦力として頼もしいのは間違いないが、総大将が他部隊の伝令役に回るなど本末転倒だ。
「ですが、それでは連絡手段が……」
「私が参ります!」
甲高い、凛とした声が広間に響いた。
声を上げたのは、先ほどまでセツナさんの裾を掴んで離れなかったハバキリだった。
「ハバキリ……良いのですか?」
「はい! セツナ様のお側を離れるのは口惜しいですし、本当はずっとお供したいのですが……まずは作戦を完遂し、ラセツ様をお救いすることが第一ですから!」
幼い見た目からは想像もつかないほど、理知的で覚悟に満ちた眼差し。
セツナさんへの深い敬愛があるからこそ、我儘を呑み込んで己の役目を引き受けてくれたのだ。
「ありがとう、ハバキリ。では、私の代わりに頼みましたよ」
「お任せあれなのです!」
ハバキリが胸の前で小さく拳を握り、力強く頷いた。
これで進軍の懸念は払拭された。セツナさんは満足げに頷き、次の段階へと話を移す。
「そして……今回の我らには、前回には持ち得なかった最大の切り札があります」
「ふふん、アタシたちだね!」
今度はデンドロビウムさんが誇らしげに割り込み、腰に手を当てて胸を反らせた。隣のエデンが「少しは自重しろ」とでも言いたげに小さくため息を漏らす。
「今回はなんと! わざわざあの危険な魔素溜まりの懐まで突っ込まなくても、遠距離から消し飛ばす手段をアタシたちが持ち込んできたのさ!」
「……と、申しますと?」
「機械国特製、超巨大戦略級キャノン砲だぁ!」
「……?」
ハバキリをはじめ、鬼の戦士たちが一斉に首を傾げた。
無理もない。俺たちが乗ってきた強襲艦に据え付けられた規格外の巨砲など、閉ざされた島で生きてきた彼らにとっては想像の範疇を超えている。
「要するに、島の南端に鎮座する魔素溜まりを、海岸線から直直接破壊できる兵器を用意してきた、ということだ」
エデンの簡潔な補足に、広間がどよめきに包まれる。
未だ全貌は掴めていないようだが、「あの魔素溜まりを遠隔で破壊できる」という事実だけで、鬼たちの瞳に圧倒的な希望の光が灯っていた。
「問題があるとすれば、どのタイミングで放ってもらうか……ですね」
セシルが顎に手を当て、核心を突く。
「最初の三箇所へ同時に突入を仕掛けた瞬間、奴らの意識が前線に集中したタイミングで撃ち込むのが、最も効果的に虚を突けるはずです」
セツナさんが流れる様に提案してくる。きっとずっと考えていたのだろう。
「うん、大賛成! 奴らの補給路と増援を一気に断てるし、これ以上の奇襲はないよ!」
「相分かり申した。元凶の破壊は異国の友へ一任いたしましょう。……ならば、あとは出陣の号令を待つのみですな?」
ナタクさんが武者震いに口元を緩め、太刀の柄に手をかけて踵を返そうとした。
だが——
「待ちなさい。……最後にもう一つだけ、絶対に留意すべき点があります」
セツナさんの研ぎ澄まされた鋭い声が、講道館のざわめきを一瞬で静まり返らせた。




