威圧だらけの歓迎 sideアレン(part30)
「兄が自らその身を預けに行った……と!?」
切り立った断崖にせり出すように建てられた、広大な木造の大広間。
吹き抜けになった障子格子の向こうには澄み渡る秋空が広がり、遠くの落差数十メートルはある豪快な滝から、微かな水の冷気が風に乗って肌を撫でていく。どこか心地よさを覚えるはずの景観だった。
だが、こういった荘厳な場に来慣れていない俺にとっては、どうにも心が落ち着かない。
目の前のお膳に並べられたのは、山菜や魚を独特の薬草で煮込んだ、見たこともない鬼島の伝統料理だ。
本来なら珍しさに惹かれるはずのそれも、想像以上に体が強張っているせいか、口に運んでもまるで味がしなかった。
ここで交わされている会話の内容があまりにも重すぎたために。
「左様。我々や里の安全と引き換えに、ラセツ様はご自身を犠牲に向かわれました」
ナタクさんの声が、絞り出されるように絞られた。片目を覆う痛々しい傷跡の周りがピクリと跳ね、悔しさに顔を歪めている。
「なんてこと……兄上……!」
セツナさんもまた、膝の上で握りしめた拳を震わせ、唇を強く噛みしめていた。
先ほど御殿の門前でぼやかされていた「兄」の行方。
それは決して乱戦の中で行方不明になったのではなく、これ以上の惨劇を防ぐために下された、悲痛な苦肉の策だったのだ。
「魔人達が……『交渉』に応じたというのか? 到底信じがたい話だが……」
「……十中八九、ユーグだろうね」
エデンとデンドロビウムさんが合点がいったように視線を交わし合う。
おそらく魔人ユーグは、機械国デウステクスへ侵攻してきた時点で、すでにセツナさんの兄であるラセツさんを手中に収め、人質として動けなくさせていたのだろう。
「我らはラセツ様のお言いつけ通り、静観に徹し戦力を備えてはおりましたが……奴ら、それ以来ぴたりと襲撃を止めたのです」
「意外と律儀なことだね〜」
デンドロビウムさんが呆れと疑念の混ざった溜息をつく。
「……ですが見方を変えれば、今はこの里の安全だけは保たれているって事ですね」
兄の自己犠牲のおかげで稼げた束の間の平穏。
だが、族長として民を守れた安堵と、兄を犠牲に得られた仮初の平和による罪悪感の狭間で、セツナさんの胸中は穏やかではないはずだ。
そしてそれは目の前に鎮座するナタクもそうなのだろう。
「兄の安否は?」
沈黙。
「……不明にございます」
「どこへ連れ去られたかも、分からないのですか」
問いかけるセツナさんに、ナタクさんは重々しく首を横に振った。
「近くの拠点らしき箇所の偵察や巡回は休まず続けておりますが、確たる報告は上がっておりません。奴らに占領された集落もいくつもございますので、おそらくはそのどこかに監禁されているものと……」
「下手にこちらから動いて刺激しちゃうと、お兄さんの命が危ない……ってことですか?」
俺の隣に座り、黙って耳を傾けていたセシルがそっと声を上げた。この押し潰されそうな重圧感の中でも臆することなく核心を突くのだから、大したものだ。
「ええ。どこに連れ去られたのか分からぬ以上、無闇にしらみ潰しに攻めても物量はあちらが上。だからこそ我らは、セツナ様が外から救援を引き連れて戻られるのを信じて待っていたのです」
「なるほど……。ということは、奪還作戦の『準備』自体は進んでいたということですね?」
「はっ。負傷者の手当てに武具の補充、錬成。抜かりなく進めてまいりました。セツナ様、合図さえくだされば、今すぐにでも全軍を動かせます」
ナタクの瞳には、並々ならぬ決意の炎が宿っていた。
族長二人という絶対的な道標が不在の中、彼が一心にこの途方もない重責を担い、踏ん張ってきたのだろう。その信念の強さが、服の上からでも全身から溢れ出ているようだった。
「わかりました。……私も、そのために戻ってまいりました。ナタク、すぐに反撃の準備を」
「御意」
短く力強い返事を残すと、ナタクさんは背後に控えていた数名の鬼の戦士たちを引き連れ、足早に部屋を後にした。
引き戸が閉まり、静まり返った大広間に残されたのは、俺たちと……壁際で所在なさげに待機しているハバキリと呼ばれていた少女の鬼だけだった。
「ハバキリ、貴方はヤシャ殿を呼んできてくれますか?彼の力がまた必要になります」
「承知しましたー!」
そう言われて、すくっと立ち上がり、軽やかな様子で部屋を後にしようとする。
「皆様もごゆっくりお寛ぎ下さい!」
俺たちに軽く手を振りながら、部屋を出て行った。
「セツナ殿、ヤシャとは?」
エデンさんがセツナさんに冷静に伺う。確かに俺たちにとっては初耳の名前になるだろう。
「この里の外れに住んでいる方で、この島では最高齢のご意見版の様なお方です」
「心強い味方って訳だ!」
「はい、私と兄にとっては第二の父の様な存在でもあります」
そういうとセツナさんが静かに立ち上がり、こちらへ向き直った。
「皆様……我儘を承知で、重ねてお願いがございます」
これまで目にした中で、最も鋭く、そして気高さに満ちた瞳が俺たちをまっすぐに見つめる。
「勝手な言い分であることは百も承知ですが、どうか兄の——」
「……セツナ殿」
セツナさんの言葉を、エデンさんの静かな声が遮った。
彼女が次に何を言おうとしていたのか、察しがついたからだろう。だが、それは機械国のシミュレーション演算を待つまでもなく、俺にも痛いほど分かっていたことだった。
「我々は元より、そのためにこの島へ足を踏み入れた。……奴らを討ち倒し、この島に平穏を取り戻そう」
「エデン殿……」
「そーそー! これはアタシたちにとってもリベンジマッチなんだからさ!」
デンドロビウムさんも、にかっと白い歯を見せて明るく笑いかけた。これから凄惨な戦場へと向かうとは到底思えない、まるで冒険に出かける少女のような軽いノリだ。
「問題は、相手の圧迫的な『物量』。確かに厄介ですが……」
「その根本を断ち切ってしまえばいいだけの話だけだ」
「くふふ、いよいよアタシたちの出番ってことだねぃ!」
頼もしい仲間たちの言葉に、セツナさんの表情からこわばりが消え、深々とした感謝の笑みが零れ落ちた。
風が吹き抜け、滝の飛沫が輝く陽光を反射して、大広間に小さな虹を描き出していた。
皆さまどうも&初めまして。
みゃ~むら、と申します。
お読みいただき、ありがとうございます。
感想、レビューをお待ちしております。
とうとう8月も終わりですね。
今日で2026年も残り4か月となってしまいました。
いや~早い!
というより、大人になったから時間の流れる速さに慣れただけなのかもしれません。
学生時代は一日一日が長く、「早く明日にならないかな」なんて考えたものです。
今も「仕事、早く終わらないかな」とも考えているので、そんなに変わらないかも知れません。
いつの時代になってんも、時間の使い方や過ごし方が大事なのでしょうね。
皆様もご自身い取っ手よりよい時間をお過ごしください。




