幕間:黒き出撃 sideメリア(前編)
「……あーあ、暇だ」
ユーグは変わらず、占拠した集落の中心にある屋敷でラセツを監禁し続けていた。
かつては村長の邸宅であっただろう広い建屋の縁側に、突っ伏すようにして仰向けになる。頭上の空を流れゆく雲を、黒い魔素の形を変えて追う遊びにもいい加減飽きた。
この界隈で威勢よく牙を向けてきていた原生の狂獣どもも、今ではすっかりナリを潜めている。
最初は猛々しく吠えかかってきたものだが、圧倒的な死の気配を前に「勝てない」と本能で悟ったのか、ユーグがその辺をぶらついていても二度と襲いかかってはこなくなるほどだ。
現在は鬼どもと、束の間の「停戦状態」。
周りの前線基地や集落跡地には、巨大な『魔素溜まり』から自律的に湧き出している有象無象の魔人たちが、意思も持たぬまま勝手に進軍していっている。指示を出す手間が省けるのは結構なことだが、逆に言えば手塩にかけて駒を動かす楽しさがなくなったとも言えた。
だからこその、退屈。
いっそ自分から本丸の里へ直接攻め込んでも良かった。
だがそれをすれば、この中で大人しく座禅に興じている鬼が、今にも魔素でできた籠を簡単に食い破り、俺を斬り伏せに掛かってくるのは目に見えていた。
そうなれば、この俺でもタダでは済まないだろう。全くメンドくせぇ状態になっちまったもんだ。
「おい、なぁ」
無愛想なやつに話しかけたところで、返ってくるのは大半が冷ややかな無視だ。
他の魔人たちと役割を分担し、あちこちに侵攻していること自体に不満はない。
その方が効率的だし、そもそも横並びで手を組み、仲良く何かをやれるような連中でもないのだ。仲良しこよしなど、こちらから願い下げだ。
ただメリアだけは別だ。
彼女は前線でバリバリに暴れ回る武闘派ではなく、どちらかと言えば後方支援や隠密向きの能力であるため、あちこちに顔を出しては情報収集や工作に精を出している。
だが……こんなにも退屈なのは完全に想定外だった。
もう少し、鬼という連中はやりごたえがあるものだと思っていた。だからこそ俺はこの不快な赤土の島『オニカド』までわざわざ足を運んだというのに。
千年前の曖昧な記憶では、世界そのものは平和でも、奴らは骨の髄まで狂暴な武闘派だったはずだ。よく意味もないような鍛錬を積んでいたはずだが、自分の記憶ほどアテにならないものもないらしい。
もっとこの身を滾らせて愉しめると思ってここへ来たというのに、拍子抜けもいいところだ。
(ちっ……こんなことなら、サバランディの方に行けば良かったぜ)
心の中で忌々しげに毒づく。俺たちのような存在に、人間に言う「心」なんてものが残っているかは知らんが。
それにしても、目の前にいるこいつはよくもまぁ、何日も飲み食い一つせずにじっと動かずにいられるものだ。
別に糧を与えていないわけではない。暇つぶしがてら、その辺の川で捕まえた怪魚や肥えた山鳥を狩り、大雑把に火で炙って檻の中へ投げ込んでやっている。
だが、俺のことが信用ならないのか、あるいは敵からの情けなど死んでも受け取らんという誇りゆえか、こいつは頑なに一切の食物を口にしようとしなかった。まあ、両方の理由だろう。
おかげで、俺自身がその肉を喰らう羽目になっている。途中からふらりと現れたメリアにも無理やり食わせたし、そいつの引き連れている不気味なペットの口にも放り込んでやった。
反対に、何日も絶食を続けているラセツの身体は少しずつやつれが見え始めていた。
だが、その肌の奥から放たれる気力と闘気だけは、最初に出会った頃よりも密密と澄み渡り、溢れんばかりに研ぎ澄まされている様に感じる。
ここに来た時から一切姿勢を崩さず、ひたすらに精神統一なのか瞑想なのか、よく分からない何かに没頭していた。良くもまぁ飽きないものだ。
「おいって、ちょっとは返事くらいしろよ」
「……貴様に話すことなど、もう何一つないと言ったはずだ」
ようやく絞り出されるように口が開いた。ラセツは深く組んでいた胡坐をかいたままだ。
「へっ……よ〜やく答えやがった。俺にビビって言葉を忘れたのかと思ったぜ」
僅かな沈黙が、重苦しく流れる。
「……私にかまけていて良いのか」
「あぁ……?」
言っている意味がよく分からない。
「わざととぼけているのか、本気で感覚が鈍っているのか……理解に苦しむな」
「あぁん!?」
何を言わんとしているのかはさっぱりだったが、底意地悪く馬鹿にされていることだけは分かった。
こいつ……久しぶりに口を開いたと思えばこれだ。囚われの身のくせに、この俺に向かってずいぶんと生意気な口を利きやがる。
怒りに任せて、魔素でできた檻を急速圧縮し、その肉体を木っ端微塵に切り刻んでやろうか。
「何やってんの、アンタ?」
殺気が弾けかけたその矢先。背後から、もはや聞き飽きた甲高い女の声が響いた。
振り返って確かめるまでもない。
「なんだぁ……サボってどっかへ出て行ったんじゃねぇのかよ」
「私だってめんどくさいわよ。けどヴァルハントがあんたを手伝えって言うから来てあげたの」
「あん? あいつが……?」
俺のことを鬱陶しがってばかりいる、あの白銀の髪を携えたリーダー気取りのいけすかない顔が脳裏に浮かんだ。
「もうてめえなんて要らねぇよ。大人しく後方に閉じこもっときな」
「言われなくてもそうさせてもらうわよ。それと……」
いつもの様にギャーギャーと反発するのかと思ったがやけに塩らしい。
メリアはどかっと嫌な音を立てて、先ほどまでユーグが転がっていた荒れ果てた縁側に腰を下ろした。
「そいつの言う通り、あんたは鈍感すぎるわ。……もうとっくに到着してるわよ? 機械国からの援軍が」
ユーグの眉間がピクッと跳ねた。
だが、彼は気づかない。魔素の檻の中で目を閉ざしたままのラセツの口元もまた、微かに、しかし確かに反応を示したことに。
「……じゃあその連中の中に、デンドロビウムはいたか?」
「えぇ、確認したわ」
「そいつはとびきりの良い知らせだ。退屈で死にそうだったんだよ」
ユーグの口角が凄惨に釣り上がる。だが、メリアは呆れ顔でため息を吐き捨てた。
「あんた、本当におめでたいわね。そいつらとは別でオクトンを倒した連中は、既に私たちが占拠した前線拠点を荒らし回ってるのよ?」
「ハッ、ようやく面白くなってきたじゃねぇか……! そいつらは一体どこのどいつだ?」
メリアは再度、ため息を大きくついた。相変わらず自分のことを何かの便利屋だと勘違いしているのではないだろうかと頭が痛くなった。
「何の情報もないわよ。ただ遠くから観察した感じじゃ、機械国の連中とは全く違う正体不明の勢力ね」
メリアの言葉に、ユーグは怪訝そうな顔を浮かべ、檻の奥で静座するラセツへ視線を滑らせた。
「お前……」
「私も知らん。……だが、その者たちならば、先ほどから気配で察知している。こちらに向かってきている様だが?」
助けを求めた他国の人族なのかどうかを問いただす前に、ラセツから静かな答えが返ってくる。
「何だよ……俺がテキトーにボーッとしてる間に、最高に面白くなってきてたんじゃねぇか!」
ユーグの表情に、歪んだ歓喜が溢れ出していく。己の内に眠る破壊衝動が激しく疼き、彼は勢いよく立ち上がると、踏み荒らされた庭へと躍り出た。
狂気じみたその背中に向かって、メリアはどこか一抹の不安を覚えながら問いかける。
「ちょっとアンタ……今回の本来の目的、ちゃんと覚えてるんでしょうね?」
「んなもん、そいつが何も知らねぇ時点で、もうほぼ達成したようなもんだ。……あとは、極上のご褒美タイムだろ!」
そう言い放つや否や、ユーグの全身から禍々しい黒煙のごとき魔素が吹き荒れた。旋風が瓦礫を巻き上げ、次の瞬間には、その存在は影も形もなくかき消えていた。
皆様どうも&初めまして。
みゃ~むら、と申します。
お読みいただきありがとうございます。
感想やレビューお待ちしております。
もうすぐで8月が終わりますね。
終わるとどうなるか知ってますか?8月が終わると8月が終わるんです。
冗談です。2026年ももう残り4ヶ月になります。
恐ろしいですね。あと少ししたら2027年になります。
あと4ヶ月あればなんでも出来そうな気がしますが、果たして我々は行動に移せるのか……。
一つ一つを楽しんでいきたいなぁと思いつつ。1日を大切にしたいですね。




