里への到着 sideアレン(part28)
車を降りてから程なくして。
朱く険しい渓谷の隙間を縫うように、俺たちは険しい岩肌の小道を一列になって歩みを進めた。道中、この島に棲息するという凶暴な猛獣や、猛威を振るっているはずの魔人たちの襲撃に遭うこともなく、俺たちは無事に目的の地へと到着した。実際に見てみたかった残念さと、遭遇しなくてよかったと言う安堵感が両立している。
そして、岩壁の狭間を抜け、大きく視界が開けたその瞬間——。
俺たちの目に飛び込んできたのは、自然の悠久と鬼の営みが美しく溶け合う、雄大な集落の全貌だった。
「皆様、道中お疲れさまでした。ここが私たちの故郷、鬼島の里<オニカド>にございます」
「ここが……」
「オニカドぉ〜〜〜〜っ!」
セシルとデンドロビウムさんが無邪気に両手を突き上げ、感嘆の声を上げる。
赤土の渓谷に抱かれるようにして存在する、標高の高い切り立った集落。その高所ゆえか、渓谷を吹き抜ける風は車上で浴びたものよりも柔らかく、頬を優しく撫でていく。
見上げれば、雲ひとつない快晴の空が、澄みきった圧倒的な青を大地へと惜しみなく降り注いでいた。
その強烈な陽光を受けて、断崖を成す赤土はまるで焼き上げた陶器のように鮮やかな朱色に輝き、はるか遠くからでもその存在感を誇示するように目に飛び込んでくる。乾いた風が谷を渡るたび、赤い微粒子がふわりと舞い上がり、陽光の中でまるで金砂のようにキラキラと眩しくきらめいていた。
その赤い世界の断崖に沿って、人間領や機械国では見たこともない独特な造形の建築群が、あたかも天へ向かって伸びる梯子のように連なっている。
深く張り出した青緑の瓦屋根は晴れ渡る空の青と溶け合い、切り立った赤土の荒々しさと鮮烈な対比を描いていた。力強い木造の梁は陽を受けて温かな琥珀色に染まり、過酷な長い年月を耐え抜いてきた一族の静かな強さを宿している。
高低差のある建造物同士を結ぶ細い木造の懸け橋は、赤土の谷を軽やかに跨ぎ越していた。
橋の真下では、巨岩の裂け目から溢れ出る滝が白い絹糸のように落ち続け、快晴の光を浴びて幾重もの虹色の霧を生み出している。絶え間なく響く清涼な水音は、乾いた大地の静けさに柔らかなリズムを与え、風景全体をひとつの息づかいのように調和させていた。
朱色の谷は、陽光の角度によって影までもが深い赤紫へと変化し、まるで大地そのものが鬼たちの歴史を刻みつけているかのようだった。
風が渡ると、滑らかな赤砂が青緑の瓦の上をサラサラと滑り、うっすらとした膜をつくる。
その一瞬、崖に聳え立つ集落は、砂漠の最奥に突如現れた幻の都のように幻想的な威厳を放っていた。
谷のさらに奥へと続く道は、光を浴びて赤土の色を濃くしながら、静かに遠景へと溶け込んでいく。
その先にある領域に何が待っているのかは誰も知らない。
だが、この地に足を踏み入れた者は皆、胸の奥底から込み上げる小さな高鳴りを抑えきれずにいた。
「すごいなぁ……」
乾いた風、赤い大地、どこまでも高い青空、そして断崖に寄り添う木と瓦の都。
そのすべてが、まだ見ぬ未知の世界への入口であることを静かに告げていた。
所々に立ち枯れることなく生い茂る力強い巨木が彩りを加え、清らかな川のせせらぎが豊かな生の気配を育んでいる。
まさに自然と共に生き、自然と調和する一族の棲み処。
事前に話は聞いていたものの、いざ目の当たりにすると言葉を失い、ただただ圧倒されるばかりだった。あまりの圧巻の光景に月並みな感想しか出てこない。
機械国デウステクスで目にした無機質で合理的な美しさとは対極にある、生々しくも気高き気風がそこには満ちていた。
「あんな崖の高くに建物を……一体どうやって?」
「見たことない構造ばっかり〜! どういう建築技術なんだろ、すっごく気になる!」
「力強い……けれど、どこか温かい街並みですね……」
「本当に来たんだな……鬼の島、《オニカド》へ!」
俺たちがそれぞれに感嘆や興味の視線を向けていると、集落の奥から複数の足音が響き、鬼たちの集団が疾風のような速さで駆け寄ってきた。
「セツナ様……!? セツナ様なのですか!?」
その先頭を走っていた小柄な鬼の少女が、セツナさんを見つけるやいなや勢いよく飛びつき、熱い抱擁を交わした。
「セツナ様、よくぞご無事で……っ! ハバキリめは、ハバキリめはずっとずっと、心配でありました……っ!」
少女の目には涙が溢れており、心の底からセツナさんの無事を祈っていたことが痛いほど伝わってくる。
その子の額にも小さなツノが生えており、腰には立派な太刀を2本携えていた。
見た目はセツナさんの幼少期といった風に顔はそっくりだ。実妹と言われても疑う余地がないくらいには似ている。
一つ違う点があるとすれば、小さなおさげを二つ結っているくらいだろうか。
「ハバキリ……心配をかけてごめんなさい」
「いえ、こうしてまた会えたことを嬉しく思います……っ!」
セツナさんはハバキリという少女を愛おしそうに強く抱きしめつつ、駆け寄ってきた一族のモノたちへも温かな眼差しを向けた。
「皆もよくぞ無事でいてくれました」
すると、駆けつけた一団の中から、リーダー格と思われる片目に傷を持つ男が一歩前へ踏み出た。
その男は、これまで俺たちが出会ってきたどんな猛者よりも筋骨隆々で、まるで童話に登場する鬼神そのものの圧倒的な威容を誇っていた。男は低く重厚な声を紡ぐ。
「有難いお言葉、感謝致します。セツナ様、よくぞご無事で。一族一同、お待ちしておりました」
「私が不在の間、この島と里を守り続けてくれたことに深く感謝します。帰りが遅くなってしまって申し訳ない」
「滅相もございません。セツナ様……ラセツ様の命をかけた機転がなければ、この村も今頃は魔人の毒手にかかっていたでしょう」
そう言うと片目の鬼は深々と頭を垂れる。
「……兄は?」
セツナさんの問いに、頭を上げた片目の男の表情がわずかに曇った。
「いま、ラセツ様はこちらにはおられません」
「では兄はどちらに……?」
沈黙。目の前の鬼の集団に気まずい雰囲気が漂った。
「……詳しい経緯は、後ほど説明させていただきます。長旅でお疲れでしょう、まずは中で少しお休みくだされ」
「分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「すぐに温かい食事を用意させます。……時に、セツナ様。そちらの方々が……?」
傷顔の男のギロリとした鋭い視線が、一瞬で俺たちに向けられた。
セツナさんに向いていた温和な空気は雲散霧消し、そこにあったのは皮膚を刺すような露骨な警戒と猜疑の色だった。
無理もない。これまで他種族との交流を完全に断ち切ってきた一族なのだ。その上、今や島全体が魔人の侵攻による戦場と化している。一族以外の者は、すべて敵と見なすのが彼らの生きる術なのだろう。
だが、射ぬくような刺々しい視線を一蹴するように、セツナさんが毅然と俺たちの前に立ち、庇ってくれた。
「こちらは、滅びの淵にある我一族に対して、力を貸すと申し出てくれた大切な友人たちです。無礼のないように。彼らは私たち一族を救うために来てくれたのです」
セツナさんの威厳に満ちた言葉に、男の肩の力がわずかに抜けた。
「……これはこれは、大変失礼いたしました。遠路はるばる、よくぞおいでなさった……」
「機械国代表のエデンだ。これからよろしく頼む」
意外にも、巨躯の男から分厚い手が差し出された。
エデンが前へ出ると、がっしりと手が握り合わされる。
しかし、互いに一切の感情を読ませない無言のまま視線と握力を交わし合っているため、場にはどこかヒリついた気まずい空気が流れた。
パン! と、セツナさんが澄んだ音を立てて大きく手を叩き、その張り詰めた空気を和らげる。
「さあ、どうぞ中へ。オニカドへご案内いたします」
村の最奥、切り立った岩壁の最も高い場所に鎮座する一際大きな木造建築。一際大きそうな御殿を目指し、俺たちは再び歩み始めた。
みなさまどうも&初めまして。みゃ~むら、と申します。
お読みいただき、ありがとうございます。
感想、レビューお待ちしております。
皆様はオフ会という物に参加した経験はありますか?
私はないです。だから憧れます。純粋に楽しそう。
自分の共通の趣味や界隈でネットは繋がる人たちがいると思うのですが、自分にも少なからずそういった人たちがいます。
でもルッキズムで溢れかえるこのご時世。
「ブッサw」とか言われたら泣いちゃう。まぁいい人たちばっかりなので心の中で思っても言ってこないとは思いますが。
あとは自分がネットだったらよく喋るんですねw、みたいなタイプでなければいいなぁと今日思うこの頃。




