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すべての生きとし生けるもの達へ  作者: みゃ~むら
オニカド編

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到着 sideラグナ(Part3)

化け物を討伐した場所から、少し歩いた先。

鬱蒼と生い茂る木々の隙間を縫うようにして進んだその場所に、はるか昔に無人となった、ひどく寂れた建物がひっそりと佇んでいた。

私はそれまで深く被っていたマントのフード部分を頭から外し、額に滲んだわずかな汗を上着の袖で軽くなぞるようにして拭った。


かつては誰かの慎ましい住まいだったのだろう。

一軒家のような佇まいをしたその建築物の大部分は、容赦なく押し寄せる大樹の太い幹や根に飲み込まれ、今や完全に自然の一部と化していた。

屋根の半分は既に朽ち果てて崩落しており、二階部分に至っては壁の大部分が剥落して、もはや部屋と呼べるような体をなしていない。剥き出しになった梁の上では、外から容易に侵入したであろう小鳥たちが、人の気配も気にせず忙しなく巣作りに勤しんでいた。


建物の周囲に広がる荒れ地は、かつては庭だったのだろうか、それとも慎ましい畑だったのだろうか。今では区別もつかないほど雑草に覆い尽くされているが、辛うじて腐りかけた木製の柵のようなものが、過去の境界線の痕跡として、地面に斜めに突き刺さったまま残されていた。

人が去って久しいその庭跡には、紫や青、あるいは仄暗いピンクといった、様々な色の花があちこちに群れて怪しくも美しく乱立している。不思議なほどに鮮やかな色彩を保ったまま、カサカサと乾いた音を立てて風に揺れている。


その中央あたりには、かつて白かったであろう、既に崩壊して久しいいくつかのアーチが重力に負けて倒れ伏していた。その先にある、ガラスの大部分が割れ落ちた球体のガーデンドームらしき骨組みも、今となっては原型を留めておらず、哀れに錆びついた鉄格子の塊と化している。

庭先の手前側には、ひどく赤錆びたポストらしきものも遺されていた。こんな、世界の果てのような場所にポツンと立つ一軒家に、生真面目に手紙を届けてくれる働き者の配達人など、果たして存在したのだろうか。そんな詮無い疑問が頭をよぎる。


緑の敷地の一角には、さらに墓石と思しき謎の石碑が、心細げに少し斜めに傾いていた。あちこちが激しく欠け、表面には苔や蔦が生い茂っている。

かつてそこに刻まれていたであろう誰かの名前や生きた証は、容赦なく押し寄せる植物の緑に完全に覆い隠されており、今となっては何と読むのかを判別することは到底不可能だった。


私はその墓標を一瞬だけ見つめた後、ポポロの後を追うように、ゆっくりと静かに歩みを進める。


「おおーっ! ここがはいどあうとなのか!? えらく、ぼろいな!」


それまで私の隣を二足歩行で歩いていたポポロが、率直に罵倒しつつも、その瞳をらんらんと輝かせて興奮を抑えきれないといった様子で瞬時に四足歩行へと体勢を変えた。

おまけに、ふさふさとした尻尾をちぎれんばかりに激しく振っている。

本当、どこに行っても楽しそうね。ポポロを見ていると自然と頬が緩みそうになる。

勝手知ったる飼い犬を、勝手の違う異郷の地で放し飼いにしている主人の気分とは、きっとこういうものだろうか。ふとそんな場違いな思考が脳裏をよぎる。

ポポロはかつて一軒家だったその廃屋に向かって、弾かれたようにまっすぐ駆け込んでいった。

まったく、元気なものだ。私は小さく息を吐き、呆れ半分、感心半分の眼差しをその背中に向ける。その俊敏な後ろ姿を見る限り、彼は先ほどの巨大肉食花との戦闘での疲れなど、微塵も感じさせていないようだった。


私はその墓標を一瞬だけ見つめた後、ポポロの後を追うように、ゆっくりと静かに歩みを進める。


「ん~? だれもいないぞー?」


一足先に建物の中へと滑り込んでいたポポロが、崩れた窓枠からひょっこりと顔を出し、耳をぺたんと寝かせて不満げにつぶやいた。

足を踏み入れた内部は、私の記憶にある通り、完全にもぬけの殻だった。

床も壁も当然のように青々とした緑で覆われており、破れた天井から差し込む木漏れ日の中を、数羽の黄色い蝶がひらひらと優雅に舞っている。視界の端を這うように、喉を鳴らしたトカゲのような小さな生き物が足早に駆けて、壁の隙間へと消えていくのが見えた。

ポポロは建物の中を物珍しそうに見回しながら、あちこちに鼻を近づけたり、耳をぴくぴくと小刻みに動かしたりして、せわしなく周囲の情報を探っている。


外壁の至る所に走るひび割れや大きな穴からは、森の陽光が幾筋もの光の帯となって差し込み、室内に浮遊する埃を白く照らし出していた。穴だらけのソファに猫耳のついた時計。かつてのリビングらしき広間や、煮炊きを行ったであろう台所の設備は、とうの昔に自らの役目を終え、深い眠りについているかのようにひっそりと静まり返っている。


だが、ここを訪れるたびに、私はいつも奇妙な不思議さを感じずにはいられなかった。

これほど深い迷いの森の奥深くに、かつての住民はどうしてこんなポツンと離れた一軒家などを建て、わざわざ孤立して住んでいたのだろうか。

周囲の森をいくら探索しても、同じように倒壊した集落の跡などは微塵も見当たらないのだ。

よほど人嫌いの偏屈者でも隠れ住んでいたのだろうか。

朽ち果てた家の中には、かつて旅の途中で目にした機械国<デウステクス>の製品に酷似した、簡易的な機械設備の残骸がいくつか見受けられる。緑に侵食された鉄の歯車や、煤けた配線。

ここに来る道中でも少なからず同じような残骸が幾つか転がっているのを目にした。

もしかしたら、この場所に住んでいたのは人間ではなく、世俗を嫌った物好きな機械人だったのかもしれない。


そんな風に、答えの出ない過去の住人に思いを馳せながら部屋の中を眺めていると、足元からタタタ、と小気味よい足音が聞こえた。見れば、ポポロが私の足元に近づいてきて、眉をひそめながら不満げに鼻をひくつかせている。


「おい、ほんとにここか? どうぶつとしょくぶつのにおいしかしないぞ~」

「……いいから、黙ってついてきて」


私はぶっきらぼうに短く答えると、建物のさらに奥、一段と薄暗い部屋へと足を進めた。

そこはかつて書斎として使われていた空間のようだった。壁際には重厚な木製の本棚が幾重にも並び、床には経年劣化でページのはみ出た書籍がまばらに散乱している。それらの本も例外なく水分を含み、青々とした苔の絨毯に半ば埋もれていた。傍らにある木製の椅子は無残に倒れ、腐食が進んだその形状はもはや本来の体をなしていない。


私はその中の一際大きな、中央に鎮座する本棚の前に近づく。まばらに傾いている本に囲まれる中、背表紙の革がまだ辛うじて形を保っている立派な一冊の古書に、そっと手をかけた。


「ん? ラグナ、ほんがよみたいのかー?」


背後から首を傾げて覗き込んでくるポポロの気配がする。


「そんな訳ないでしょ。いいから、黙って見てて」


私はそう言って手元を遮るようにポポロを片手で制すると、手にかけた本を引き抜くのではなく、手のひらでぐっと力強く奥へ押し込んだ。


カチリ、と静かな室内には不釣り合いな、冷たく硬質な機械音が響く。

直後、ズズズ……と床を擦る重々しい音を立てて、本棚全体がひとりでに壁から離れるようにして横へとスライドを始めた。驚いて丸くした目をさらに大きく見開くポポロの前に現れたのは、頑丈な本棚の裏に完璧に秘匿されていた、金属製の謎の扉だった。長い歳月を本棚の裏という密閉空間で過ごしていたため、幸いにも植物の侵食は免れており、驚くほど比較的綺麗な状態のまま、そこに静まり返っていた。


「おおーーっ! まるでひみつきちだ!」

「……まぁ、実際そうね」


驚嘆するポポロを横目に、私は重い金属製のレバーを体重をかけて引き下げ、扉を開け放った。その先には、地下へとまっすぐ続く暗闇の階段が、ぽっかりと不気味な口を開けている。それを見るや否や、ポポロは少々興奮気味に、私の前にしゃしゃり出て先へと進もうとした。

(あの小さな足で、明らかに人間用に作られているこの急な階段を、ちゃんと踏み外さずに降りられるのだろうか……)

一瞬、そんな保護者のような小恥ずかしい不安が脳裏をよぎったが、それは全くの杞憂に終わる。

ポポロは野生の本能と持ち前の優れたバランス感覚を活かし、短い手足で一段飛ばしにトントンと、すいすい降りていく。

小さな手足を本当に器用に使うものだな、と内心で淡い感心の混じった感想を抱きつつ、私自身の顔を引き締め、彼の小さな背中を追うようにして後に続いて階段を降りていった。


地下へと続く通路は、相も変わらず無機質で冷たいコンクリート調のトンネルだった。

しかし、完全に光が届かないはずの暗闇の中、所々にやはり先ほどの地上階にあったものと同系列の、不思議な機械灯が配置され、淡い琥珀色の明かりで私たちの足元を照らしていた。

とはいえ、流石に私が前にここを訪れた時よりは、時間の経過と共に少しずつ劣化が進んでしまっているらしい。いくつかの機械灯はすでに寿命を迎えたのか、その機能を完全に停止させて周囲に濃い暗い影を作っていた。

不意に、前方を小走りで進んでいたポポロの足がピタリと止まる。


「またとびらだ!」

「開けてあげるから、そこでちょっと待って」

「ついたのか? ここがはいどあうとか?」

「ええ、そうよ」


階段を降りきり、ようやく私は追いついてポポロの隣へと立った。

目の前に立ちはだかるのは、地下の冷気に晒された重厚な鉄の扉。

その扉の上部には、斜めに傾き錆びついた金属の看板に、掠れた文字で「バーハイドアウト」と刻まれていた。


本当を言えば、あまり進んで来たくはなかった場所だ。

だが、私の目的を果たすためには、ここで手に入れなければならない情報がどうしても不可欠だった。

正確にはここを根城としている、ある情報屋が目的だ。

仕方がない、と心の中で小さく割り切るように目を閉じる。


自分の気が重く沈んでいくのを感じながら、私は一度深く息を吸い、それと同等の重さを持つ鉄の扉の取っ手を掴んだ。そして、静かに、しかし決然と押し開けた。

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