戦況 sideラグナ (part32)
「話は戻すが……お主ら、あの魔人どもを本当に倒しにきたんかの?」
ギロリ、と鋭い眼光が私たちを値踏みするように見渡す。
目の前の老鬼——ヤシャは、見たところ途方もない年月を生き抜いてきたように見受けられる。幾重にも刻まれた皺と、服の上からでも判るしなやかな筋肉。そして最も特徴的なのは赫い四肢。彼が由緒正しき鬼であることは間違いなかった。
「ええ、そうよ。もし良ければ、魔人のいる場所まで案内してほしいんだけど」
「……それは構わんが、ちと難しいのう」
ヤシャは顎に手を当て、どこか気まずそうに視線をごまかした。
彼が何を懸念しているのか、私にも見当がついた。
「私たちはただでさえ不法入国者ですから……。表立って戦闘行為がしにくいのが困りどころですね」
「そ¥儂は一飯の恩があるから構わんが、他の者たちはそうはいかん。他所モンの不法入国者にいい顔はせんじゃろう」
「そもそも、いまのじょうきょう、どうなってるんだ?」
ポポロが木彫りのカップからぐいっとミルクを飲み干し、口の周りに白い髭をつくったまま、舌でぺろりと舐めて尋ねた。
だが、ポポロの疑問はもっともだった。
「今は……停戦状態でな。ただ互いに睨み合っておるだけじゃ」
「……停戦状態?」
「うむ。順を追って説明した方が良さそうじゃのう」
そう言ってヤシャは、足元に落ちていた手頃な木の枝を拾い上げると、赤土の地面に不格好な島の絵を描き始めた。
私たちも敷物から腰を上げ、地面に刻まれる拙い地図を取り囲むようにして覗き込む。
島全体の輪郭を描き終えたヤシャは、その最南端の領域にぐるぐると大きな円を重ねた。
「まず、ここに魔人共の本拠点がある。……お主らはこれを何と呼んでおる?」
「『魔素溜まり』と呼んでいます。いつ頃発生したのですか?」
「十日ほど前に急にな……。それはもう、何の脈絡もなく前触れもなくじゃ」
ヤシャは大袈裟に両手を広げて肩をすくめた。
年相応の重みのある話し方ではあるが、身振り手振りのテンションや性格は、どちらかと言えば若々しさを感じさせる。
「いやあ、あやつらは凄いのぉ。初めて戦ったが何の肉感も手応えもないくせに、際限なく湧き出てくる。ある意味、大した奴らじゃ」
「ちょっと……感心してないで、続きを話しとくれよ」
「おぉ、そうじゃった。歳をとると、脱線して一々話が進まんくなるから困るのぉ」
妙に自覚はあるらしい。
「がっはっは」と豪快に笑い飛ばすヤシャを、彼以外の全員があきれ顔で見下ろしていた。
本人はその視線を意に介した様子もなく、枝の先を地面に突き立てて話を再開する。
「長い間、戦場は拮抗状態じゃった。じゃが、こっちは『命あるモノ』で、向こうはバケモン共を際限なく生み出す底なし沼の様な奴らじゃ。戦況は拮抗しておったが、このまま続けていては先がないのは明らか……。そこでじゃ」
「……そこで?」
ふーっとヤシャは力なく息を吐き出し、言葉を紡ぐ。
「儂ら……島の者全員で話し合った結果、外の世界に助けを求めることにしたんじゃ」
全員が目を合わせた。事前に彼女から聞いていた通りだったようだ。
「そのたすけってのは……」
「ヤシャがさっき『セツナが救援を呼んだ』って言ってたけど…もしかして、少し前に渡航船でたった一人、外へ出た鬼のことかい?」
それまで静かに耳を傾けていたザビーネが、手で制するように割り込んだ。
「おぉ、そうじゃ。なんじゃ、知っておるのか?」
「私らも詳しくは知らないよ。遠くからその船を見たっていう連中の噂を聞いただけさ。……けど、おそらくそのセツナって鬼は無事だと思うよ」
「そうか……! なら、よかった……」
ヤシャの顔に、深いため息とともに心底安堵したような色が広がった。
まるで遠くへ旅立った我が子を案じる、父親のような表情だった。
「その『セツナ』という方は、どういった立場のお方なのですか?」
ノエが首を傾げて尋ねる。一緒に無造作に伸びている彼女の黒髪が揺れる。
助けを求めるための使者として外の世界へ赴いたのであれば、相当な権限や外交能力を持つ人物のはずだ。
「村……いや、この島全土を束ねる『族長』じゃ」
「…!?族長を……?」
思わぬ肩書に、私を含めた全員が息をのんだ。
一族の頂点に立つ族長自らが、単身で危険な海へ飛び出し、外の世界へ助けを求めに行ったというのか。
中々に怖いことをするものだ。
「族長を外に送り出して……戦況や村の内部はどうしていたの? まさか留守の間、全部放任していたわけじゃないでしょう?」
「実はな、今この島には族長が二人おって、兼任しておるのじゃ」
「兼任……?」
「あぁ。セツナともう1人。その兄である『ラセツ』と二人で、この島に住まう鬼たち全員を束ねておるのじゃ」
なるほど。兄妹で島を統治していたのか。
兄が前線を維持し、妹が命がけで外へ助けを求めに行く——それならば、無謀とも思えるその選択の筋が通る。
「じゃあ、そのお兄さんが戦線を維持させ、停戦状態に持ち込んだってことさね?」
ザビーネの素朴な問いに、ヤシャは静かに首を振った。その動きはどこか曇徴で重苦しく感じた。
「いやぁ、実はのぉ、セツナが島を出た直後、奴らは今までになかったほどの莫大な軍勢で攻め込んできよったのじゃ」
「……外に助けを求めたことが、敵に察知されたということですか?」
「恐らくな」
大きなため息を吐いた。大きいはずのヤシャの体が心なしか小さく見える。それで島内の状況が悪化したという事か…?
「だからあんたは、セツナが無事かどうか不安になってたんだねぇ」
「左様」
ヤシャは深く重々しく頷いた。
先ほどの安堵の表情の裏にあった意味を理解し、胸が痛む。一見飄々として見えた老鬼から重い苦悩が垣間見えた。
「じゃあ、その大量の軍勢も、あんたたちお得意の腕っぷしで追い払ったのかい?」
「先ほど『停戦』とおっしゃっていましたから、押し返したのでは…」
「……違う。兄であるラセツが、自らの身柄と引き換えに結んだ停戦なのじゃ」
『!?』
私とノエ、ザビーネの息が重なった。
「負傷者は増える一方。本拠地である島一番の里まで攻め込まれるのも、時間の問題じゃった。集落も幾つか放棄したしのぉ。そこでラセツは……『自らが人質になる代わりに、村の者たちには一切手を出すな』という条件を突きつけ、自ら連れていかれた」
「連れていかれた……って……」
「奴ら、魔人に、ですか……!?」
「……おかしな話だねぇ。魔人が生きた人間を浚うなんて、聞いたことがないさ」
ザビーネの呟きが、私の頭の中に冷たい刃のように突き刺さった。
そう——聞いたことがない。
意思を持たず、ただ命を刈り取るだけの兵隊である魔物が、交渉に応じ、生きて人を攫うはずがないのだ。
だが、もしそれが……ただの雑兵ではなく。
人間と同じように言葉を解し、奸計を巡らせる『真なる魔人』だとしたら——?
——ドクン、と。
胸の奥で、心臓が跳ね上がった。
指先から一気に血の気が引いていくのがわかる。冷や汗が背中を伝った。
(……いるのかもしれない)
この島の奥、あの黒い魔素が渦巻く深淵に。
私の故郷をたった一日で焼き尽くし、平穏な日々を地獄へと変えた、あのにっくき仇が——。
私の右手が、無意識のうちに腰の細剣の柄を固く握りしめていた。
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みゃ~むら、と申します。
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涼しくて過ごしやすいですね。皆様も水分補給忘れずにお過ごし下さい。
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