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すべての生きとし生けるモノ達へ  作者: みゃ~むら
オニカド編

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老鬼 sideラグナ(part31)

「ポポロ、そこから離れてください!」

「ん…? うわっ!?」


ノエの悲鳴にも似た切迫した警告が、朝空の静寂を鋭く引き裂いた。

その声に弾かれたポポロが、自身の背後に突如として現れた影に気づく。

だが、ポポロは立ち上がることすらできず、敷物の上で口を半開きにしたまま固まっていた。

驚きのあまり身体が竦んでしまったのか、あるいはその者が全身から放つ異質なプレッシャーに当てられて動けないのか。

大きな肉まんじゅうを握りしめたまま、背後の存在をただただ見上げるばかりだ。


背後に立つ『それ』もまた、微動だにせず静かにポポロを見下ろしている。


頭頂部から天に向かって毅然と伸びる、血のように鮮烈なあかい角。

腰元に携えているのは、鬼族の象徴とも言える独特な反りを描いた反り刀だ。

一見すると、幾重もの刻まれたしわや白髪混じりの髪から老齢な印象を受ける。少し頬はこけているものの、服の上からでもわかる引き締まった筋肉と威圧感からは、今なお猛者として現役であることが一目で窺い知れた。

さらに、剥き出しになった両腕と両脚を彩る、鬼族特有の赫い皮膚。

(間違いない…)

この鬼島に生きる『鬼』そのものだった。


まさか、上陸して早々、このような形で遭遇することになるとは誰が予想できただろうか。

雄大な大自然のただ中、爽やかな朝日が差し込む高台で。周りに集落など見当たらないこの地。

おまけに、ノエと同様の巨躯でありながら、至近距離まで接近される気配すら感じ取れなかった。

間近で放たれる圧力は、息をのむほどに重く鋭い。この老鬼が破格の手練れなのか、それとも鬼という種族全員がこのような怪物めいた気配遮断をこなすのだろうか。ガタイが良いにもかかわらず、恐ろしいほどの俊敏さと静けさだった。周りの皆んなもその鬼から視線を外さない。

嫌な静けさ。背中にたらりと一筋の汗が流れるのを感じる。

緊迫した沈黙の中、目の前の老鬼が、低くかすれた声で静かに口を開いた。


「お主ら……」


静かで物腰柔らかくも、厳かな声。黒い鞘が太陽に照らされおり、鈍く光っている。

チャキ、と親指で刀のつばをわずかに押し上げる。

その微かな金属音に呼応するように、私たちも即座に構える。

一触即発の極限状態。

風が止まり、鳥のさえずりすら途絶えたかのような緊張感がその場を支配する。一瞬の呼吸のズレが、互いの命を刈り取る刃となりかねない。

誰もが踏み込みの足に力を込めた、その時だった。

老鬼はそれ以上刀を抜こうとはせず、落ちぼけた目をうつろに泳がせながら、ぽつりと呟いた。


「……それは……飯か……?」

『……?』


その場の全員の頭の上に、同時に巨大な疑問符が浮かび上がる。

直後、緊迫した気迫が嘘のように霧散し、老鬼は力なく膝から崩れ落ちると、そのまま『バタン!』と盛大な音を立てて敷物の横へと倒れ伏したのだった。

辺りにはぐぅぅと自然には到底似つかわしくない、音が響き渡った。

「えぇ…」

「どう、しましょうか…」

どこか気まずい雰囲気が流れた。


*****************************



「いや~助かった助かった……お主らは命の救世主じゃ」


結局、私たちはその見ず知らずの老鬼を介抱することにした。

このまま高台に放置して見捨ててもよかったのだが、どうにも後味が悪い。

それに、未踏の「鬼島」を探索するにあたり、ノエがサハラドのガイドを引き受けてくれたように、現地に精通した案内人がいた方が都合が良いと考えたのだ。

……などと、頭の中で打算的な計算を巡らせていたのは、どうやら私だけのようだったけれど。

他の三人は純粋に、一人の行き倒れとして彼を心配していたらしい。


「んぐっ、んぐ……! こりゃあ初めて食ったが、なんとも美味いのう。なんてぇ食べ物じゃ?」

「『サンドイッチ』という料理です。まだありますから、喉を詰まらせないようゆっくり召し上がってください」


ノエが手際よく温かなスープを注ぎ、器を手渡す。


「ほう……温まるのう……。外の世界には、こんな美味いもんがあったんか」

「随分と長いこと、何も口にしていなかったみたいだねぇ?」

キセルの紫煙をくゆらせながら、ザビーネが問いかけた。

「もう三日三晩は水すらまともに飲んどらんかった……。例の『魔人』が現れてからというもの、山鳥も獣も怯えて巣から出てこんせいで、狩りもろくにできんかったのじゃ」


——魔人。

求めていたキーワードが落ちた瞬間、私の背筋が跳ね上がった。

「……その魔人は、どこにいるの?」

私の放った鋭く冷たい一言に、老鬼は咀嚼する手を止め、怪訝そうに目を細めた。

「なんじゃお主……それを聞いてどうするつもりじゃ?」

「倒しに来たの。……私の手でね」

「ほ~ん? じゃあお前さん方は、セツナが救援で呼んだという連中か?」

「セツナ……?」

聞いたこともない名前が彼の口から出てくる。

視線だけでノエたちに問いかけてみるものの、三人とも首を小傾げにして「知らない」と首を振るばかりだった。

「……おぬしら、違うんかいな」

老鬼の雰囲気が、ふっと静まり返った。

落ちぼけていた瞳の奥に、怪しい光が宿る。最初に遭遇したときに皮膚を刺した、あの怪物めいたプレッシャーがゆっくりと滲み出してくる。


「……違うって言ったら?」


会話を続けながらも、私は腰の白の細剣へいつでも指が届く位置へと重心を微調整する。

ポポロだけは相変わらず呑気におにぎりを頬張っているが、ノエとザビーネは座った体勢のまま、いつでも地を蹴れるよう脚の角度を変えていた。


「お主らは……この島の『不法侵入者』ってことになりよるなぁ?」


ぎろり、と老鬼の眼光が私を射抜く。

ただ正面から対面しているだけで、押し潰されそうなほどの圧迫感。

もし、師匠との苛烈な修業で場数を踏んでいなければ、恐怖で身体が強張り、手足が動かなくなっていたかもしれない。


「今までもな、興味本位でこの島へ足を運んできた命知らずはおったが……そ奴らがどうなったか、お主らは知らんわけだ……?」

「……ふふ、どうなったって言うんだい?」

ザビーネがニヒルな笑みを口元に浮かべ、キセルを指先で弄ぶ。

「……教えて、やろうか……?」


老鬼の手が、脇に置かれた黒い鞘の反り刀へと伸びる。

醸し出される殺気が一層鋭さを増していく。服の上からでも判る老練な筋躯と、逃げ場を塞ぐような圧迫感。この老鬼、ただの腹ペコ爺などではない。

誰もが限界まで緊張の糸を張り詰めた——まさに次の瞬間。


「がっはっは!! いじわるな事を言ったわい!」


重苦しく渦巻いていた殺気が、嘘のように霧散した。

まるで最初から何もなかったかのように。

パンッと張っていた糸が一気に緩み、顔面に氷水を叩きつけられたかのような唐突な脱力感が襲いかかる。


「儂は確かに『鬼』じゃが、性格まで鬼悪魔なわけじゃあない。いくら侵入者とはいえ、一飯の恩をくれたお主さんを足蹴にして追い返すような真似はせんよ」

「……ッ、はぁ~~~……。ねえ、本当に斬りかかる勢いだったんだから、冗談でもやめてくれない!?」

「ハッ! ええ根性じゃ。それだけ負けん気が強いなら、魔人とやらに対面してもそう簡単には負けんだろうて!」

「全く、困った性格だねぇ…」


豪快に肩を揺らし、上機嫌に笑う老鬼。

私が唯一知っているあの残酷な鬼とは、あまりにも違いすぎるノリと温度差に、頭がクラクラして風邪をひきそうだ。

「……ポポロ。貴方は気づいていたのですか? 彼の殺気が『偽物』だったということに」

ノエが不思議そうに尋ねると、ポポロは口の端に米粒をつけたまま、ケロッと言い放った。

「おう。ぜんぜん、やるきなかったぞー!」

事もなしげなその一言。だからこそ、警戒もせずに横で呑気にパンやおにぎりをむさぼり食っていたというのか。

これが獣人特有の野性の超感覚によるものなのか、それともポポロ自身の天性の鋭さなのかはわからないが……大したものだ。さっきは後ろから接近されたことにすら気づいていなかったくせに。


「いやぁ、小童こわっぱ、中々やりおるわい。儂もまだまだ気配を隠しきれておらんということか」

「こわっぱ? おれはポポロだ!」

「おう、それはすまなんだな。……儂は『ヤシャ』という。この島の老いぼれじゃ。この近くで一人で住んどる」

「ノエと申します。ヤシャさんお見知りおきを」

「アタシはザビーネ。よろしくね」

「あぁ、よろしく頼むぞ」


互いに自己紹介を交わしていく。そして最後に——ヤシャの鋭い視線が私へと向けられた。


「で……そっちの嬢ちゃんは?」

「……私はいいわよ。名前なんて」

「なんでぇ、名乗ったところで減るもんでもあるまいし」

「すみません、ヤシャさん。彼女、少々恥ずかしがり屋なところがありまして……」

「なっ……! 何よその子ども扱いは!?」

「ハッハ! 年相応らしい、実に可愛らしい子じゃ」

「だから子ども扱いしないでって言ってるでしょ!?」


私はハァと深いため息をつき、頭を抱えながら折れるしかなかった。


「……ラグナよ」


私が自分の名を口にした、その瞬間。

ヤシャの身体が、ピキリと固まった。

茶化すでもなく、笑うでもない。その顔に浮かんだのは——明らかな『驚愕』の色。

飄々と余裕を崩さなかった彼の表情が一瞬で吹き飛び、信じられないものを見たかのように、見開かれた目が私を射抜いていた。

そのあまりに露骨な反応の差に、私は思わず眉をひそめる。


(……何? 私の名前を知っているの……?)

だが、ヤシャはすぐに長年の経験で鍛え上げられたかのように表情を殺し、元の好々爺らしい笑みを貼り付けた。

「……そうか。ラグナ、というか。……よろしくな」

少々気まずい空気が流れるもその雰囲気はすぐに消え去った。

皆様、どうも&初めまして!

みゃ~むら、と申します。

お読みいただきありがとうございます。

感想、レビューお待ちしております。


連休が終わりました。ですが夏は終わっていません。

なんででしょう?


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