到出 side ラグナ(part30)
「うぉおぉぉ……すごいぞぉ……っ!」
「ふぅ、こりゃまた……壮観だねぇ」
壊れかけた船を隠すように捨て置き、険しい岩肌の渓谷を抜けた先で、私たちは一気に視界が開ける崖の頂へと躍り出ていた。全員ができる限りの物資や食糧を背負っていたため、その背にはずっしりとした革鞄の重みが食い込んでいる。
眼下に広がるのは、溢れんばかりの雄大な自然。
これまで見たこともない太古の原生林がうねるように広がり、朝の眩い光がそれらを黄金色に照らし出していた。
遠くで響く滝の轟音が、爽やかな潮風に乗って心地よく耳を打ち、深く吸い込めば濃密な緑の匂いが胸いっぱいに満ちていく。
緑一色ではなく、群生する樹木の中には鮮やかな黄色や、桃色の葉を茂らせた見慣れぬ植物が混ざり合い、視界を彩り豊かにあしらっていた。
上空には、この島特有と思われる大きな翼を持った珍しい鳥たちが、優雅に輪を描いて羽ばたいている。
どこを見渡しても初めて目にする光景ばかりだ。
ポポロは目を輝かせてはしゃぎ回っているし、普段は冷静なノエやザビーネでさえも、言葉を失ってその美しさに呑み込まれていた。
もっとも、私自身は景色そのものには大して興味を持てなかったけれど。
——その美しい広大な景観の遙か先。
緑の地平線の彼方に、幾筋かの細い煙が立ち上っているのが見えた。
単なる狼煙などではない。空へ昇るにつれて黒く濁っていくその色彩は、明らかな戦火の痕跡だった。
(……戦いがあったのね。でも……)
想像していたよりも煙の数は少なく、大規模な破壊が行われた形跡も見当たらない。これほど綺麗な自然がそのまま残されていること自体、どこか不自然でさえあった。
まだ鬼族と敵勢力の争いが拮抗しているのだろうか。
そのあたりの事情も、遅かれ早かれ判明することだろう。
私は小さく息を吐き出すと、景色に見入っていた仲間たちへと向き直った。
「……ふぅ。ここらでご飯にしない? お腹、空いちゃったわ」
上陸前に話していた朝食の場所として、風通しが良く周囲を見渡せるこの高台なら文句はないはずだ。
ノエは私の提案に満足そうに頷くと、肩に担いでいた大きな革鞄を『どさり』と地面に下ろした。
「良いですね。さっそく準備に取りかかりましょうか」
手際よく鞄のベルトを外し、中から調理道具や敷物をかちゃかチャと取り出し始める。
「おれも、てつだうぞー!」
「助かります、ポポロ。でしたら、このシートをあそこに広げていただけますか?」
「あいっ!」
ノエの足元へトコトコと駆け寄っていったポポロが、小さな両手で大きな敷物を抱えて元気よく走り出した。
私は二人に一連の準備を任せ、再び崖の端へと歩み寄ると、端から端まで景色を凝視した。
遠くの原生林や滝の輝きは変わらない。
だが——そのさらに遙か遠方。あまりに離れすぎて視界の輪郭が歪んで見えるほどの場所に、それは確かに存在していた。
空を喰らうような、黒き歪みがひとつ。
景観を拒絶するようにそびえ立つ、この世ならざる超巨体の『魔素溜まり』。
黒い霧が重厚な円を描くように渦を巻き、まるで巨大な球体のように空へ停滞している。そしてその球体の中心部には、空間を切り裂いたかのような一本の不気味な直線が走っていた。
(——間違いない。魔人は、この島にいる)
ドクン、と胸の奥で心臓が跳ね上がった。
待ちわびた瞬間。探し求め続けた仇敵の気配。
だが、ここで功を焦っても意味はない。目標はすでに目と鼻の先なのだから。
私は深く息を吸い込み、跳ね上がる胸の興奮も、身体の熱も、思考のテンションも、意識して冷やし込んでいった。
「あれが噂の『魔素溜まり』かい? 実際にこの目で見るのは初めてだよ」
いつの間にか隣に立ち、キセルから細く紫煙を揺蕩わせながらザビーネが呟いた。
「ここからでもムカムカするような圧を感じるねぇ……全く、今からあれに向かうってんだから、嫌になっちゃうよ」
「最初から着いてきて欲しいなんて言ってないわよ? 今からでも船に戻る?」
「つれないことを言うんじゃないよ。ただの世間話さね」
私の嫌味を軽くいなして、口元に軽薄な笑みを浮かべていた。
「で……あれは、アンタの力でどうにかできる代物なのかい?」
しかし次の瞬間にはその笑みは消えて、真剣な声音がザビーネから飛んでくる。不意な口調で少し面食らう。
「さあね、わかんないわ。実際、私もあんな規模のものを目にするのは初めてだし」
「へぇ……そうなのかい?」
「今まで巡り会ったのは、雑魚の有象無象ばかりだったから……」
これは半分が本当で、半分が嘘だ。
九年前。
私の故郷を焼き尽くし、命を奪っていったあの悪夢。
魔素が蠢くだけの雑兵とは一線を画す、二匹の『本物の魔人』。
忘れたくても忘れられない奴らの顔。
瞼の裏にへばりついて離れない。
「フゥン……『他にもなんかいる』みたいな言い草だねぇ?」
鋭すぎる問いかけに、心臓がどきりと跳ね上がる。
「え……!? だ、だって! 今まで出会わなかっただけで、あの巨大なタコみたいな怪物とか、ウミボウズとか……! この島にいそうじゃない!?」
早口で言い訳を捲し立てながら、背中に冷や汗が伝わるのを感じた。
やはり、この敏腕情報屋の前で軽々しく口を開くのは命取りだ。
隠す必要などなかったのかもしれなかったけれど、自分の過去へ踏み込まれることへの拒絶反応が勝ってしまう。
「ま……そういうことにしておこうかねぇ」
ザビーネは深く追求することなく煙を吐き出し、踵を返してご飯の準備が進む二人の元へ戻る……かと思いきや。
『にゅっ』
不意に横から伸びてきた彼女の細い指先が、私の両頬を容赦なく挟み込んでいた。
「にゅ……!? にゃ、にゃにしゅんのよ……っ」
予想外のスキンシップに、私は盛大に困惑して目を丸くする。
彼女の四肢は鱗獣種らしく、ひんやりとした微細な鱗を纏っている。それが直に顔の肌へと伝わり、冷たさと独特な肌触りがどこか心地よくもあった。
「アンタの実力は、十分に信用に値するよ……だけどねぇ、島に上陸…いや、出会った時からずーっと難しい顔をしてる。もっと肩の力を抜きな」
「う、うん……わかったから、はにゃして……」
「何をしているのですか……お食事、出来ましたよ」
いつの間にか準備を終えたノエが歩み寄ってきて、呆れたような、けれどどこか微笑ましそうな視線を投げかけてきた。
後ろの敷物の上では、ちょこんと座ったポポロがすでに大きな肉まんじゅうのようなものをガツガツと頬張っている。
(もう食べてる……)
「うん? なに、ちょっと可愛がっていたのさ。ノエもやってみるかい?」
「ラグナが困っているではありませんか。早く離してあげてください」
「分かってるよ……けど、案外嫌がってるフリをして喜んでるかもしれないよ?」
「やめてくだしゃい……!」
抗議すると、ようやく頬から手が離された。
両頬をさすりながら敷物へ向かうと、そこにはノエお手製の温かなスープと、香ばしく焼かれた干し肉やパンが綺麗に並べられていた。
ハーブの芳しい香りが、鼻腔をくすぐるようにここまで漂ってくる。
眩しい朝陽と心地よい風に包まれながら、私たちは来るべき決戦を前に、静かで温かな朝食の時間を味わおうとした——その時。
……ポポロの背後に、ぬっと立ち尽くす『一人の鬼』の姿があった。
皆様いつもどうも&初めまして!
みゃ〜むら、でございます。
お読みいただき、誠に有難うございました。
感想、レビューお待ちしております。
またお盆期間中の投稿がない間も読んでいただき感謝です。統計が見れるので感謝しております。
現在2026年8月16日でございます。
これが何を意味するかは皆様、すでにお知り置きでしょう。
お盆が、終わるぞー!
うぎゃー!返せー!
と言う事で連載再開でございます。長らくお待たせしました。1日早いですがお気になさらず。
私の慣らしです。本来ならばこう言う長期休みこそ投稿すべきなんでしょうけれども。
私もゆっくりしたーい、と言う事でお休みを頂戴させて頂きました。ストックがある程度あるっちゃあるのですがチェックがまだ済んでなかったので、中途半端に出すのも嫌だったので今回の運びとなりました。
その代わりと言っては何ですがお休みもずーっと遊んでいたわけじゃないですよ。
何とちょっとずつ新作も考えてます。
まともに一作目も書き終えてないのに。
とりあえずはこちらに全力投球したいんでそこは安心してください。
すでに二作品放り投げの状態なので何とかしないといけない。ツーアウトってとこカナ、、、?
と、とりあえずまだまだ頑張って書いていきますのでこれからもどうぞご贔屓にー!




