未知への上陸 アレン&ラグナ
「ん……」
東の地平線から顔を覗かせた太陽の、刺すような眩しさに重い瞼を開けた。
どうやら甲板で夜間の警備を買って出たものの、そのまま倒れ込むように寝落ちしてしまったらしい。
潮風に晒された身体は重く、関節が軋むような感覚がある。
疲労が残っているのか、単に睡眠不足なのかは判然としないが、ラグナは気合いを入れるようにぐっと両拳を握りしめた。
自身に鞭を打つように、背筋を大きく反らせて伸びをする。
「ん、ん〜〜っ!」
全身の血を巡らせながら視線を向けると、そこには念願の「鬼島」の雄姿があった。
魔人が潜むと噂される、古来より固く閉ざされた孤島。
昨夜は暗雲と月明かりの中に影を潜めていたその全貌が、朝陽を浴びて青々と浮かび上がっている。
息をのむほどに豊かな原生林と、侵入者を拒むようにそり立つ赤銅色の断崖絶壁。
港や砂浜らしき地形も遠目に見受けられるが、今の自分たちは公式な渡航許可のない不法侵入者の身だ。ザビーネの懸念通り、最悪のケースとして人間領や機械国の偵察部隊と鉢合わせる危険すらある。
ならば、誰も立ち入らないような険しいルートを選び、可能であれば魔人たちの背後を突くのが最善策だろう。
「どこから取り付くのが正解かしら……」
険しい地形を凝視していると、背後で船室の重厚な鉄扉が『ギィ……』と重苦しい音を立てて開いた。
振り返ると、それぞれの準備を整えた三人が甲板へと歩み出てくるところだった。
「ラグナ、おはよーだぞ」
背の低い獣人の少年・ポポロが、朝露に濡れた耳をぴこぴこと揺らしながら手を振ってくる。
「上陸日和ですね。昨晩は夜通しの船番、本当にお疲れ様でした。お陰様で、私の傷もほぼ完治いたしました」
対照的に巨躯を誇る竜人族のノエが、黒い漆漆とした旅装と艶やかな髪を朝風になびかせ、凛とした佇まいで空を見上げた。
「アタシも、久々に泥のように眠れたおかげで体が軽いよ」
煙管から立ち上る紫煙を指先で揺蕩わせながら、ザビーネが不敵な笑みを浮かべて感謝を口にする。
「……みんな、調子は悪くなさそうね」
フッと薄く口元を緩めたものの、ラグナの声はどうしてもどこか素っ気なくなってしまう。全快した三人の朝のハイテンションに調子を合わせるには、まだ少し頭が重かった。
「なんだい、まだ眠気眼じゃないか。そんなフラフラで鬼島へ乗り込む気かい?」
「ラグナ、ねぶそくか〜?」
「ほんの少しウトウトしただけよ……大丈夫、コンディションは戻してみせるわ」
意地を張るラグナを見て、ノエが「まったく……」と可笑しそうに目を細め、腰回りにいくつも吊り下げられたレザーポーチの一つをごそごそと漁り始めた。
「よかったらこれを。干した果実です。皮ごと食べられますから、噛んで目を覚ましてください」
「ありがと……相変わらず、何でも出てくるわね」
相変わらず全身を鞄やポーチでゴロゴロと固めているが、それこそが彼女の徹底した準備周到さの証でもあった。
「上陸して安全な拠点を確保したら、まずは朝食にしましょう」
「この船の上じゃダメなのかい?」
「船上でも構いませんが、せっかくの未踏の地です。鬼島の雄大な景色を眺めながらいただく食事も、一興かと思いまして……すでにここに」
皮でできた少し年季の入っていそうな鞄をポンポンと叩く。
ノエの大荷物の理由はこれか、とラグナは内心苦笑した。どこまでも気の回る頼もしい仲間だ。
「ま、みんなが乗り気なら、アタシも異論はないわ」
改めて、目前に立ちはだかる鬼島を見上げる。
荒々しくも美しい自然が、まるで生き物のように沈黙を守っていた。確かに、この静寂の中で取る食事は悪くないかもしれない。
「ラグナ」
ふと、隣に立ったザビーネから静かな声で名前を呼ばれた。
そういえば、彼女とはこの島に到着した時点で別れる約束だった。ここまで安全に航海を進められたのは、間違いなく彼女の操舵と経験があったからだ。
寂しさを押し殺し、きちんとお礼とお別れの言葉を口にしようとした、その時——。
「アタシも一緒に上陸することにしたよ。もう暫く、よろしく頼むかね」
「……へ?」
差し出された別れの言葉を呑み込み、ラグナは間抜けな声を漏らして固まった。
リスクを考慮し、彼女は船番として残る手はずだったはずだ。驚いてポポロとノエに視線を向けると、二人はすでに船室で話を聞いていたのか、「やれやれ」といった表情で肩をすくめていた。
「えーっと……なんで急に? あんた、上陸なんて真っ平御免だって言ってたじゃない」
「まあ……ただの気まぐれと好奇心かねぇ」
問い詰められたザビーネは、数秒ほど思案するように煙管の吸い口を噛むと、ニカッと悪戯っぽく笑ってみせた。
「嘘でしょ?」
「ってのは半分冗談さね。思った以上にこの船がガタついていてね。途中で沈まれちゃ困るから、ここで乗り捨てていくことにしたのさ。帰りの足は現地調達……鬼の里にだって、漁船の一隻くらいはあるだろ?」
「な、なるほど……」
相変わらず行き当たりばったりな理屈だが、確かに満身創痍の船体を見れば、一理ある判断かもしれなかった。
「結局、噂のウミボウズも現れなかったしねぇ」
「代わりに、山のように巨大な怪獣タコが出ましたがね」
「あいつ、うまかったのかな……」
ラグナは呆れつつも、胸の奥でどこか安堵していた。
賑やかで、どこか頼もしい不協和音。この騒がしい旅は、まだもうしばらく続きそうだ。
ラグナは気持ちを切り替えると、しっかりと大地を踏み締めるべく、上陸の準備へと取りかかった。
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「ここが……鬼島……!」
船を岩礁の限界ギリギリまで寄走させ、俺たちはついに浅瀬へと跳び下りた。
靴底越しに伝わる、湿った黒砂と濡れた岩肌の感触。俺の足は確かに、決戦の地・鬼島の浜辺を踏みしめていた。
心臓が早鐘を打つ。
デウステクスの広域索敵センサーによれば、この周辺に魔人や敵性の反応はなく、安全圏であることは確定している。
だが、この一歩先がいつ凄惨な戦場へと変貌するかは分からない。緊張を解きほぐすように、深く息を吐き出し、冷たい潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。
「アレン君、だーいじょうぶ! そんなに肩肘張らないで、リラックスリラックス〜!」
「うおっ!?」
直後、背中に強烈な衝撃が走り、俺は前のめりに膝をつきかけた。
バシコン!と容赦ない威力で背中を叩いてきたのは、先ほど別行動から船へと帰還したばかりのデンドロビウムさんだった。
長距離の単独行動だったはずだが、その顔には疲労の色など微塵もなく、相変わらず掴みどころのない笑顔を浮かべている。合流時の「詳細は後でまとめて報告する」という言葉の真意は気になるところだが、今は彼女の判断を信頼するしかない。
「い、痛いっす……デンドロビウムさん、手加減……」
「えっ、ごめん……そんなに弱く叩いたつもりだったんだけど……」
「ちょっとアレン! それくらいでヘバっててどうするのよ。情けないわねぇ」
「セシル……じゃあお前も一発叩かれてみるか?」
「あ、私は結構で〜す」
クスクスと煽ってくるセシルに提案すると、彼女は速攻で手のひらを返して逃げ姿勢をとった。
「うんうん、セシルはアレン君と違って緊張なさそうで良い感じ! その調子!」
ダボダボの大きな袖をフリフリと揺らし、デンドロビウムさんが楽しそうにセシルの頭を撫でる。
そんな賑やかなやり取りから少し離れた場所で、セツナさんがそっと足を止め、静かに目を閉じていた。
愛刀の柄に細い指先を添え、愛おしむように、そして懐かしむように。
島の湿度、風の匂い、肌を撫でる霊気の澱みを、その身一つで全身で確かめているようだった。
——だが。
次に彼女が瞼を開けた瞬間、その場の空気が凍りついた。
先ほどまで浮かべていた穏やかな郷愁は消え失せ、整った美貌はそのままに、凍てつくような殺気と凄絶な気迫が全身から溢れ出していた。
瞳の奥には、底冷えするほどの残虐性と冷酷さが宿っている。数秒前までの奥ゆかしい女性の姿はどこにもなく、そこにいたのは古の文献に記された、異形を屠る『真の鬼』そのものだった。
その圧倒的な異彩に気押される俺たちの前を、一歩の影が滑るように進み出る。
「セツナ殿。無理もないとは思うが……そう殺気立つな」
「……エデン殿」
エデンさんが静かに歩み寄り、セツナさんの肩へそっと金属の掌を置いた。
「落ち着けとは言わん。数日ぶりとはいえ、ここは貴殿の故郷だ。だが、その昂る怒りと闘志は、敵の本陣まで取っておけ。いま全開にしていては、戦う前に身が持たんぞ」
「……ご配慮、感謝いたします」
「今回は我々もいる。……気休め程度にはならないかもしれんが」
「いいえ……そのお言葉だけで、胸の仕えが下りる思いです」
エデンさんの温かなフォローに、セツナさんの肩からすっと凶暴な殺気が抜け、元の凛とした表情へと戻っていく。
その時——『ゴゴゴゴ……!』という重低音とともに、俺たちが乗ってきた船の最下部、貨物用ハッチが爆音を立てて開いた。
「なにごとだ!?」と全員が牙を剥くように視線を向ける。
『プシューッ!!』
噴き出す白い蒸気と排煙の向こうから姿を現したのは、俺たちが機械国へ向かう際に使用した、あの超高速四輪車両だった。
しかし、以前のものとはまるで別物だ。
装甲の要所には重火器のブラスターが増設され、極限まで軽量化を図ったのか、天井のルーフやドアガラスは全て削ぎ落とされている。
運転席に鎮座し、頑丈なアイガードゴーグルを押し上げたのは、ニヤニヤと上機嫌なフェリクセンだった。
「お、おいフェリクセン! それ……っ!」
「へっへー! あの爆走以来、こいつの馬力が忘れられなくてな! これなら山道だろうが突き破って、すぐにセツナさんの村までひとっ飛びだろ?」
得意満面でアクセルを吹かすフェリクセン。エンジンが『ブォン!』と猛獣のような咆哮を上げる。
よく見ればタイヤ周りも強化されているようで、大き目でより頑丈そうな見た目をしていた。
「エデンさん、これ……持ち出し許可は?」
「私が即座に許可を出した。フェリクセン君から現地改修の提案を受けた時、実に合理的だと判断させてもらった」
「即席のバギーだよ!あちこちへこんだり痛んでたから、逆に取っ払ってみた!」
「これならば徒歩による脚力消耗を最小限に抑えつつ、アレン君たち人間族の移動速度を私やデンドロビウムの巡航速度まで引き上げられる。さらに……」
「散発的な戦場からの即座の離脱、および強行突破にも極めて有効ってワケだ」
よく見れば、単なる移動手段ではなく、各種追加兵装が施された移動要塞へと進化を遂げている。
「お前たち三人とセツナ殿はこの車両に乗れ。哨戒および上空・前方の索敵は私とデンドロビウムが担当する。フェリクセン、お前は私の足跡から外れるなよ」
『了解!』
「セツナさん、予定通りルート案内をお願いします」
「お任せください。最短の抜け道をお教えします」
俺たちは次々と車内へ跳び乗った。セツナさんは少し戸惑いながらも、ナビゲートのためにフェリクセンの隣の助手席へ滑り込む。
「ピピ、砲撃のタイミングはこちらで指示する。それまでは沖合の安全圏で待機」
『は〜い、了解で〜っす! お気をつけて〜!』
エデンさんが通信を切ると同時に、背部のブースターが眩い青光を放った。
「——出発だ!」
フェリクセンが豪快にアクセルを踏み込む。
猛烈なGとともに車体が暴れ出し、荒々しい鬼島の砂浜を深く掘り起こしながら、俺たちは黒い煙を上げて決戦の地へと躍り出た。
皆さま、ドウモ&初めまして。
みゃ~むら、と申します。
お読みいただき誠にありがとうございました。
感想やレビューお待ちしております。
昨日はすっかり投稿を忘れておりました。
連休って逆にいろいろ予定入れてたりするとそれに頭の中いっぱいになっちゃって…。
申し訳ないです。
それに合わせて。
区切りがいいので、明日からお盆の16日までお休み頂戴します。
毎日投稿してるのですが、私も休む~!
もしかしたら明日は投稿するかも知れないけれど…。
はい。再開は17日の月曜からということになります。
よろしくお願いいたします。
皆様もよい連休をお過ごしください。




