勝利の余韻 side アレン(part26)
甲板に残った残党をすべて片付け、ようやく静けさを取り戻した船上。
気がつけば空を覆っていたどんよりとした暗雲は散り、東の地平線からは太陽がその力強い姿を現していた。
朝の光が波間をキラキラと黄金色に照らし出し、水平線の先には、目指す目的地——「鬼島」の荒々しい山影が視認できるほど明るくなっている。
「負傷者はいないか? 全員無事だな」
エデンさんが背部のブースターをシュタッと緩やかに吹かし、青白い粒子を散らしながら甲板へと舞い降りた。無機質な瞳で手際よく周囲の状況を検知していく。
俺もそれに引きずられるようにして、ぐるりと仲間の顔を見渡した。
セシル、フェリクセン、セツナさん。共に服の端が潮風に汚れている程度で、大きな怪我もなさそうでピンピンしていた。
「いや〜……一時はどうなることかと思ったぜ」
フェリクセンが愛用の銃をカチリとホルスターへ収め、安堵の溜息とともに額の汗を拭う。
「というかアレン! いきなり私を置いて一人で突っ走らないでよ!?危ないでしょ!」
「痛っ……! ごめん、セシル。無我夢中だったから……」
腰に手を当てて頬をぷくっと膨らませるセシルに、俺の単独行動を咎められた。だが、無事だからこそ出てくる文句に、どこか心が和らぐ。
「いや、違うんだ! こいつの性能を早く実戦で確かめたくて……それに、俺の無茶よりもセツナさんだろう! あの巨大な海水の腕を一刀両断してただろ!」
なんとか自分の説教を回避しようと、強引に話題をセツナさんへと振った。
「確かにありゃ凄かったな! 空中で腕が跳ね飛んだ時は目玉が飛び出るかと思ったぜ」
「セツナ殿、いらない手間をかけさせたな。助かった」
フェリクセンとエデンさんもそれに乗っかるように口々に言葉を重ね、セツナさんへと視線が集まる。
「いいえ……エデン殿であれば悠々と対処できたでしょう。私が出しゃばるのは、余計なお世話だったのではないかと……」
セツナさんは波紋の浮かぶ太刀を鞘へと静かに納めると、黒髪を風になびかせながら、どこか申し訳なさそうに視線を泳がせた。
「いや、今後もあのような援護は実にありがたい。余裕があれば是非とも頼みたい」
エデンさんがポン、とセツナさんの華奢な肩を優しく叩いてフォローする。すると、セツナさんの表情がパッと華やぎ、少し照れくさそうに柔らかい笑みを返した。
「それにしても、あの様な洗練された剣術を間近で見られたのは光栄だ」
「滅相もございません……まだまだ未熟な技術を見せびらかしてしまったかのようで、お恥ずかしい限りです」
「いやいや、本当にすごかったですって! 一体どうやって……」
セツナさんの謙遜に噛み付くように、俺は興奮を抑えきれずに詰め寄った。
「あれは……刀身に我が体内の魔素を静かに揺蕩わせ、一瞬の踏み込みとともに前方へ射出する『納刀術』の一種です。我々鬼族は魔素の絶対量が多くはありませんので、そう乱発できるものでもありませんが……」
細い指先で刀の鍔にそっと触れながら、セツナさんは分かりやすく教えてくれた。
飛ぶ納刀術。聞いたこともない技法だが、古くから鬼の里に伝わる秘術の一つなのだろう。
滅多に見られない本物の技を間近で目撃できたことに、心が熱くなる。
「すっごいです……! また見てみたいな。……ねぇエデンさん、デウステクスの機械技術だったら、あの動きを再現できたりしないですか!?」
「理論上、できなくはないだろう。……だが、前提として鬼族と同等の超高速かつ精密な納刀技術と体捌きを再現できなければ、過負荷で機構が自壊するのが落ちだな」
「……セシル、俺たち人間には到底無理そうだな」
「え〜……ちょっと面白そうだと思ったのに」
肩をすくめる俺に、セシルも残念そうに唇を尖らせた。
そんな俺たちの和気藹々とした談笑を横目に、エデンさんは淡々と次の業務に取りかかっていた。
「ピピ、聞こえるか」
腕の通信端末をかざし、船内にいるもう一人の乗組員へと声をかける。すぐさま、スピーカー越しに明るく元気な返答が返ってきた。
『は〜い! 討伐お疲れ様です、エデンさん! どうしました〜?』
「船の損傷具合はどうだ?」
『お陰様で最小限に済んでますよ〜! 火器管制、動力部は共にオールグリーンで無事です! 甲板に少々派手な穴が開いちゃってますけど、航海には全く支障なしです。キャノン砲も損傷は軽微なので、運用に問題なしですね!』
ハキハキとした口調で、だが実に手際よく正確な状況報告が送られてくる。
そこで俺は、ふと疑問に思っていたことを口にした。本来ここにいるはずの、もう一人の仲間がいない。
「そういえば……デンドロビウムさんはどこですか? 戦闘にも参加していませんでしたが……」
周りは一面の蒼い海だ。こんな場所で姿が見えないのはどうしても気にかかる。
「彼女は少し別行動をとってもらっている。……ここにはいないが、心配はいらない。無事であるという通信報告はすでに受け取っている。鬼島へ上陸するまでには戻ってくるはずだ」
エデンさんが静かな声でそう告げる。
海の上で単独行動、というのはどうしても引っかかったが、あの頼もしいエデンさんがそう言うのであれば、信じて待つのが一番だろう。
「お前たち、予期せぬ連戦で疲れただろう。今回の戦闘データや敵の分析はこちらで済ませておく。鬼島への到着まではもう少しだけ時間がある。今のうちにしっかりと体を休めておけ」
「了解!」
そうだ。思わぬ強襲で一時は熱くなっていたが、今回の戦闘は道中に発生したトラブルに過ぎない。
本当の戦い——鬼島を覆う魔素溜まりと、そこに蠢く敵幹部・ユーグとの決戦は、むしろこれからなのだ。
ここで緊張の糸を完全に緩めてしまうわけにはいかない。
俺は構え直した剣を鞘に収め、遠くに見える鬼島の影を見つめた。
過酷な戦いになることは間違いない。けれど、この頼もしい仲間たちとなら、きっと乗り越えられるはずだ。
朝日に照らされる甲板の上で、俺たちは静かに、勝利の余韻と次なる決意を胸に刻み込んでいた。
皆さんどうも&初めまして。
みゃ~むら、です。
今回もお読みいただき誠にありがとうございました。
感想、レビュー等お待ちしております。
連休、あっつ~。




