思わぬ邂逅 sideアレン(part25)
「何やってんの~? そんなところで」
愛らしい見た目とは裏腹に、芯の通った澄んだ声が早朝の海上に響き渡る。
思っていたよりもずっと小柄で、フリルをあし涼しげに揺らす可愛らしい姿。鮮やかな紫の髪の毛をあちこちに跳ねさせ、片目には精巧なルーペを装着している。頭部には大きなリボンを身につけているが、よく見ればその隙間から精緻な機械機構が見え隠れしていた。
丸腰同然で海上に寝そべる未知の魔人に対し、デンドロビウムは半目で呆れつつも、警戒を向けていた、
その証拠に、彼女のフリル袖の隙間からは、高出力で構築された殺傷用ブレードや小型ブラスターの砲口が覗いている。
「何って……お昼寝だけど。……一緒に寝る?」
クッション型の魔人に寝転がったまま身体を大きく捩り、両腕をパッと広げて「おいで」と手招きする。
まともに返答する気は無いらしい。
「寝るわけないでしょ……! 何ならまだ朝だし……」
デンドロビウムは呆れ果てたように頭を抱え、小さく肩をすくめた。断られたメリアは残念そうに「ちぇー」と滑らかな身体をくねらせる。
あの海のヌシ以上に強大な魔素反応を捉えたため、船の護衛はエデンたちに任せて後方の哨戒に回ってみたのだが……。
放たれている存在感は幹部であるユーグと同等と言っても過言ではないほど重厚だというのに、目の前にいるのは警戒心ゼロで惰眠を貪ろうとしている謎の魔人。
可憐な見た目と禍々しい存在感がチグハグすぎて、自身に備わっている精密計器がおかしくなったのではないかと疑いたくなるほどだった。
だが、その頭部と腰部には、青黒く太い、禍々しくも立派な角が生えている。間違いなく魔人の幹部級だろう。
「……もしかして、あの海の化け物みたいなのを創り出したのは、あなたなの?」
「そうよ」
隠す様子もなくあっけらかんと認めたことに、デンドロビウムは一瞬拍子抜けしてしまう。
交戦的なユーグもいれば、彼女のようなだらけきった自由人もいるということなのだろうか。それとも気まぐれなところは魔人にとって共通の性質なのだろうか。
(……魔人たちの間も、一枚岩じゃないのかな?)
とはいえ、油断は一切禁物だ。
目の前の魔人は今でこそ完全にだらけ切っているが、本気を出しさえすれば私でさえ一瞬で呑み込まれるほどの脅威となる。ここで一人で無闇に突っかかるのも愚策だし、何より本番である決戦はこれからなのだから。
『デンドロビウム、こちらは片付いたぞ。そっちの高熱源反応はどうだ?』
不意に耳奥の通信回線へエデンからの通信が入った。大型魔獣の撃破報告にホッと胸を撫で下ろす。デンドロビウムは目の前の惰眠を貪ろうとしている魔人を刺激しないよう、慎重に思考回線による通信を返した。
(お疲れ! 私も後から追いつくから、先に行ってて!)
エデンはその一言でこちらの状況を察したのか、数秒の無言の逡巡があったのち、ただ黙って肯定のシグナルを送ってきた。
『了解した。……必ず戻って来い』
すぐに通信は切れた。
デンドロビウムは目の前の魔人に向き直ると、今度は大きいため息をついた。背部ブースターの出力を緩やかに下げ、メリアが黒い魔素で海の上に展開した足場へとフワリと降り立つ。
「やっぱり一緒に寝たくなったの? 機械の子とお昼寝なんていつぶりかしら〜」
「違うよ! 私だけ真面目に警戒してるのがバカバカしくなっただけ!」
クッションに横になりつつ、フサフサのツインテールを震わせながらにや〜っとどこか妖艶で嫌らしい笑顔を浮かべる彼女の言葉を即座に否定する。
降り立ってみて驚いたが、この黒い魔素で形成された足場からは、不快な禍々しさや攻撃性を一切感じなかった。むしろ、早朝の冷たい海風を和らげるような、変に居心地の良い安らぎすら漂っている。
……けれど、勘違いしてはいけない。目の前の彼女も、人間領や鬼島、世界のあちこちを脅かす恐ろしい魔人の一員であることには変わりないのだ。
(こうなったら、取れるだけの情報を引っ張り出してやるんだから……!)
デンドロビウムは気を引き締め直し、メリアの隣へストンと腰を下ろした。潮風が二人の髪と衣装を揺らす。
「私、デンドロビウム! 機械領〈デウステクス〉出身! あなたは!?」
「えぇ〜……なんでそんな怒ってんの〜? ……魔人のメリアよ。よろしく」
ふわぁ〜と、大きなあくびがメリアの小さな口から漏れ出た。
歴史上これほど緊張感のない、ゆるやかな敵幹部との対峙が存在しただろうか。
澄み渡る青空と冷たい海風の下、波間に揺れる異質な空間での邂逅。
「あなt——」
「メリア、ね」
デンドロビウムが「あなた」と言いかけた言葉を、メリアはクッションに寝そべったまま食い気味に遮った。どうやらきちんと名前で呼んで欲しいらしい。
早くも面倒くさくなってきたが、ここで機嫌を損ねて頑なになられるよりはマシだ。
今すぐ袖口のブラスターを照射してやりたい衝動を抑えつつ、デンドロビウムは彼女の要求を飲むことにした。
「……コホン。メリアは、離れた距離から私たちを観察してたんだ?」
最初から「お前たちの目的はなんだ」と核心を突きたい気持ちを抑え、まずは無難な世間話から探ってみることにした。これくらいならば警戒されずに答えてくれると思いたい。
眠たそうに瞳を閉じているメリアのうす紅色の柔らかそうな唇が、ゆっくりと開いていく。
「どっちかっていうと、私の眷属の活躍を見に来たの。 まぁ、貴女達にしてやられたけれど」
ようやくまともな回答が返ってきた事にどこか安堵を覚える。
「じゃあ、私たちの船への襲撃を命じたのも貴女?」
「それはちょっと違うわ。正確には鬼島に近づけさせるなって命令の元、あの子は動いてたわ」
クッションの上でまたもや身体を捻る。いまの自分にとって気持ちのいい体勢を探っているのだろう。
それにしても近づけない様に、か。何を企んでいると言うのだろう。
「フ~ン、じゃあ貴方は他にも、あんな馬鹿でかい魔人を飼ってるの?」
「まぁね。眷属の生成なら私の得意分野だから」
メリアは再びスレンダーな体をうーんと伸ばしながら、呆気なく言ってのける。意外にも淡々と答えてくれている。まぁ、答えてくれそうな無難な質問をチョイスしていると言うのも大きいかもしれない。
しかしながら、あれほどの戦力を持つ魔人を生み出すことが「得意分野」の一言で片付けられるとは。
「意外そうな顔ね。あなたたちと同じように、私たち魔人にだって得手不得手があるのよ? あー……機械のあなたにそれが当てはまるかはわからないけれど」
「どっちかっていうと『担当』かな。私たちの場合は機能的な得意不得意っていう概念は存在しないから」
「ま、似たようなものね、役割分担ってやつ。私の用に際限なく魔人を生み出せるモノもいれば、ユーグのように魔素の扱いがとびきり卓越してるパターンもあるって事」
さらっと危険な情報を聞き出してしまった気がする。デンドロビウムは内部システムで確実に会話ログが記録されているか、高速の確認処理を走らせた。
「じゃあ……あの鬼島の魔素溜まりを作ったり、黒い魔素に感染させたりしたのもあなた?」
「作り出すのは私が得意だけど、維持や感染は幹部級なら誰でもできるわよ。それこそ魔素だまりも」
「…すごいね、あなたたちは」
「ネタバラシすると、鬼島の魔素溜まりの核を作ったのはユーグだから。ユーグを消せば、コントロール権を持った魔素溜まりそのものも消滅するわ」
頼んでもいない重要機密を、メリアはまるで天気の話題でもするように次々と明かしていく。だが彼女の顔は穏やかそのものに変わりはない。
こちらの警戒を解こうとしているのか、それともただの気まぐれなのか。
「あなたたち、鬼島〈オニカド〉に来たって事は……ユーグを討伐しに来たんでしょ?」
「……っ!? まぁ……ね」
まさか向こうから核心を突かれるとは思わなかった。一瞬で静寂が辺りを包み、ゆるやかだった空間に冷や汗の出るような緊張感が充満していく。
「倒せるといいわね。あいつも伊達に強いわけじゃないから」
「……私たちのこと、止めないの?」
「あら。どうしてそう思うのかしら?」
メリアはクッションからゆっくりと体を離して上体を起こすと、デンドロビウムの顔へじわじわと顔を近づけてきた。息がかかりそうなほど、近すぎる。
「だって……あなたの眷属を倒したのは私の仲間だし。今だって、あなたのお仲間を倒しに行くって認めちゃったようなものだし……」
「同じ種なだけで、私たちは仲良しこよしってわけじゃないもの。あいつとは昔からソリが合ったことないし」
ツーンと素っ気なく言い放つ。そこに一切の情は感じられない。
血や直接的な繋がりがない分、彼らの関係性はどこまでもドライなのだろうか。
「確かに、愛着のある眷属をやられたことに腹は立ってるわ。私だって機嫌が悪ければ、その場で暴れてあなたをいたぶっていたかもしれない。……けれど」
メリアの顔がさらに近づいてくる。デンドロビウムは逃げることも忘れ、ただまっすぐに彼女の瞳を見つめ返していた。
いや、逃げないのではない。メリアのその華奢な体躯からは想像もつかないほど高密度な魔素の圧と、圧倒的な存在感がそれを許さない。
お互いの鼻先が触れ合いそうな至近距離。メリアの吐息がデンドロビウムの人工皮膚をなぞり、体熱がダイレクトに伝わってくる。
「一番恨むべきは……私たちがこうして『対立』させられている現状に対して、だからかな」
「……!?」
耳を疑った。まさか魔人の幹部から、そんな言葉が飛び出すとは夢にも思わなかった。
魔人らしい冷淡さを持ち合わせながらも、この世界そのものの仕組みに深い不満と寂寥を抱いている彼女。
もしかすると——今なら、ずっと深層にある『問い』に辿り着けるかもしれない。
「ねぇ……あなたたちの、本当の目的は——って、うわっ!?」
問いかける言葉は、唐突な衝撃によって中断された。
肩を強く押され、デンドロビウムは黒い魔素の足場の上へ押し倒されたのだ。
「あぐ……っ!?」
すぐさま体を起こして距離を取ろうとしたが、メリアの力は見た目を裏切り、強固だった。
それだけではない。肩や細い腕、そして華奢な太ももまでもが、メリアの背後からニョキニョキと生え出た幾本もの禍々しい「黒い異形の腕」によって、足場へ強烈に拘束されていたのだ。
太い魔素の腕がデンドロビウムのボディの曲線をなぞるように締め上げ、金属フレームが悲鳴をあげる。
メリアは倒れ伏すデンドロビウムの上に、滑らかな太ももを割り込ませるようにして馬乗りになった。
彼女の瞳の周囲には禍々しい黒紫の魔素が揺らめき、先ほどまでのゆるい空気は一変、濃厚な「魔人」の圧迫感と妖艶な危険香が空間を支配する。
「ちょ、ちょっと……メリア……ッ!」
「ねぇ……少し聞きたいのだけど。あなたの国の歴史に、『エデン』と呼ばれていた個体があったでしょう?」
「……え?」
拘束の痛みに眉をひそめていたデンドロビウムは、思わず目を見開いた。
唐突に投げかけられた、仲間の名前。
なぜ、メリアの口からエデンの名が出てくるのか? ユーグから聞いたのか? それとも以前、機械国〈デウステクス〉が襲撃された際に情報が漏洩したのだろうか?
思考回路が高速で回転し、無数の可能性を模索するが、どれも決定的な答えには至らない。
そんな身動きの取れないデンドロビウムの冷たい頬を、メリアはどこか慈しむように、そして愛撫するように細い指先でそっとなぞった。濡れたような吐息がデンドロビウムの首筋をくすぐる。
「大丈夫よ、そんなに怖がらなくても。……少し昔の、私の『話し相手』だったの。もしかして、知らない?」
知り合い……? 一体どういうことだ。まさかエデンが、過去に魔人と繋がっていたとでもいうのだろうか。
上手く思考が纏まらない。自分で自身が混乱している事を認識する。こんな事は生まれてから一度も経験したことがなかった。
「知ってる……って言ったら、どうするの……?」
「どうもしないわよ。その子が今、どうなったのか気になっただけ」
そう囁くと、メリアはデンドロビウムを拘束していた禍々しい魔素の腕を、氷が溶けるようにあっさりと消滅させた。雪の様に魔素は霧散していく。
重い圧迫感が潮が引くように去り、彼女は馬乗りの体制を解いてデンドロビウムから離れる。顔の周りに漂っていた禍々しいオーラは消え去り、そこには出会った時と同じ、どこか掴みどころのないただの一人の「メリア」が立っていた。
彼女はデンドロビウムに背を向ける。いつの間にかクッション型の魔人も消え失せ、海上に広がる漆黒の足場だけが残されていた。
「デンドロビウム。今度はあなたが、私の話し相手になってくれたら嬉しいわ」
「……それは、わからないよ。私はこれから、あなたのお仲間を倒しに行くんだから。……生きて戻れる保証なんて、正直どこにもない」
「謙虚なのね。……じゃあ、お互いに生きていたら、また会いましょう?」
「そうだね…できれば今日みたいに戦場以外が嬉しいな」
「ふふ、私もそう願ってるわ、じゃあね~」
くすりと悪戯っぽく笑うと、メリアの身体は足元から湧き上がった黒い魔素の渦の中へと溶け込むように消えていった。
足場の役割を果たしていた魔素も急速に霧散し始めたため、デンドロビウムは慌てて背中のバーニアを展開し、空中へと緊急離陸した。
後には、朝の澄んだ空と、静かなさざ波の音。
そして、冷たくもどこか無情に感じられる海風だけが、宙にポツンと取り残されたデンドロビウムを静かに包み込んでいた。
皆まさどうも&初めまして!
みゃ~むら、でございます。
お読みいただきありがとうございます。
感想、レビューお待ちしております。
もう8月も中旬に差し掛かる頃合いですね。
みなさまはいかがお過ごしでしょうか。私は今もあっつい中、執筆しております。
全く関係ない話なのですが最近夢を見たんですよね。海を泳ぐ夢でした。
夢占いで調べてみると「自身の運気や願望成就の表れ」だそうです。
スイスイ泳げたのか。また海の状態はどうだったかなどで意味合いが変わってくるらしいですよ。
しっかり泳げたのか、それとも溺れかけていたのかまでは覚えてないのですが海の透明度が高かったことは覚えてます。それこそ南国の様な透明さを持った綺麗な海に、黄金色に輝く砂浜でした。
一回も行った事が無いはずなのですがそんな所でも夢に出てくるのだなぁと思いつつ。
今日も何事もなく洗濯物を干す私なのでした。
次回もよろしくです




