海戦の決着 side アレン(part24)
一体何が起きたのか。
何が何だか分からなかった。
と言うより、目の前で起きた光景があまりに現実離れしすぎていて、脳が理解を拒んでいただけなのかもしれない。
視界の端——甲板の先端で、静かに紅蓮の気配を揺らめかせながら、長刀を静かに納刀するセツナさんの姿があった。
これは比喩などではなかった。確かに彼女の肉体から発せられた熱狂的な魔素の粒子が、炎のようなオーラとなって揺らめいていたのだ。そして彼女の周囲には、先ほどまで俺たちを苦しめていた中型の魔人たちが、跡形もなく四散して水塊となり甲板へ転がっている。
ふぅ、と小さく息を吐き出した彼女の額には、うっすらと汗が流れていた。
まさか、彼女があの距離からあの巨大な海水の腕を切り落としたというのか……? どうやって?
これが、鬼島に生きる鬼族が誇る技術の真骨頂だというのだろうか。基礎的な身体能力や技量の次元の違いに脱帽しつつも、心の奥底でどこか嫉妬に似た悔しさがふつふつと湧き上がってくる。
当の腕を切り落とされた巨大な海のヌシ本人は、未だ何が起きたのか理解できていない様子で、ポカンと自身の肩口の切り口を見つめていた。
そこからワンテンポ遅れて、切断された巨大な海水の腕がドオォォン!!と凄まじい衝撃音とともに海へ着水する。甲板まで届くほどの巨大な水柱が上がり、船体が激しく左右に揺さぶられた。
薄々気づいてはいたが、どうやらこいつには痛覚というものが存在しないらしい。
だが、痛覚はなくとも感情はあるようだった。
己の身体の一部を削がれたことに怒り狂ったのか、巨大な海水の身体を蛇のようにくねらせる。虚無を映していた落ち窪んだ瞳が、一瞬にして禍々しい憎悪の炎へと塗り替えられた。
残されたもう一方の巨腕を、今度はエデンさんごと、そしてこの船ごと海底へ沈めんと天高く振りかぶる。先ほどまでの大振りな動きとは比べものにならないほどの速度。
……それでも見切れないスピードじゃない。俺の反応速度でも十分に対応できる!
「セシル、こいつらを頼む!」
「えぇっ!? ちょっと、アレン!?」
俺は二人で相手をしていた中型魔人の処理をセシルへ任せると、迷うことなく大型の魔獣へ向かって甲板を蹴った。
困惑する彼女の制止の声を背に受けながら、一直線に距離を詰める。
走ると同時に、左腕に装着された新たな兵器——デンドロビウムから授かった機構を起動させた。
戦闘開始直前から魔素をチャージし続け、いつでも解放できる準備は整えてあった。デンドロビウムさんから直々に叩き込まれたシミュレーションと使い方。あとは実践で叩き込むだけだ。使うタイミングをずっと見計らっていた!
目の前の巨躯が、巨腕を俺たちの頭上へ振り下ろそうとする、まさにその刹那。
「くらえぇぇッ!!」
左腕の機構を全開で開放・展開させる。
ガシィンと重厚な駆動音が響くと同時に、高密度に収束された緑色の眩い魔素が、超特大の光線ブレードとなって一気に噴出された。
そのままの勢いで踏み込み、巨獣の腕の付け根へと刃を深く突き立てる。
ズガガガガッ!!と、海水と魔素が激しく反発し合う轟音が鼓膜を刺す。
だが、俺の踏み込みが甘かったのか、あるいは出力に対するチャージ時間が僅かに足りなかったのか——刃は巨腕を半ばまで抉ったところで、ピタリと止まってしまった。
直後、過負荷を起こした機構からシューッと蒸気が噴き出し、特大の緑のブレードは力を失ったかのように空中に魔素の粒子を散らして消滅した。
(……くそっ、まだ完全に使いこなせてはいないか)
しかし、与えたダメージは十分すぎるほどだった。
「グオオォォォン……ッ!!」
悲鳴にも似た重苦しい重低音の咆哮が海域全体に響き渡る。
付け根から半分以上を抉り取られた巨大な腕は、骨組みを失ったようにプランと力なく垂れ下がり、空中での体勢を完全に崩させた。
「ほう……デンドロビウムの機構を早くも実戦で使うとはな」
上空を旋回していたエデンから、感嘆の漏れる声が聞こえる。
「だが、まだ少し甘いな。……仕上げは私がやろう」
エデンは背部ブースターの出力を極限まで引き上げた。キィィィンと高周波の駆動音が鳴り響き、先ほどの回避運動の比ではない、光の矢のような圧倒的な速度で一直線に突進を開始する。
体勢を崩した魔獣は、それが最期の悪あがきであるかのように、自身のボディから無数の水の礫や岩塊を前方に射出した。
しかし、エデンは前面に多層のエネルギーシールドを展開させ、意にも介さず正面突破を試みる。
ガンガァン!とシールドを叩く激しい衝撃音が連打されるが、その突進速度は微塵も揺るがない。
そのまま巨躯の目の前へと肉薄したエデンは、俺が展開したものを遥かに凌駕する超特大の人工魔素ブレードを機械剣の先へ顕現させた。
「切り伏せる——!」
青白い光芒が視界を埋め尽くす。
頭頂部から股下へと一閃。巨獣の脳天から一直線に一刀両断するかの如く、空ごと引き裂く一撃が振り下ろされた。
一瞬の静寂。
次の瞬間、超巨大な海のヌシは左右へと綺麗に二つに裂け、膨大な海水の爆発となって海面へと崩れ落ちた。
ドォォォォン……!!と激しい水飛沫と衝撃波が甲板を襲い、俺たちは耐えるように足を踏ん張る。
空には、ブレードの残光を背にゆっくりと下降してくるエデンの凛々しい姿と、静まり返った群青色の海だけが残されていた。
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「やられちゃったか〜、私の可愛いウミボウズちゃん…」
何もないはずの遥か海上で、その激しい戦闘を遠巻きに眺めていた魔人——メリアは、ぼやくように呟いた。
朝の冷気を含んだ海風がさらさらと彼女の髪を撫でていく。
濃密な黒い魔素を強引に海面へ敷き詰め、高密度に凝固させることで、まるで固い床の上に立つかのように海の上に器用に佇んでいた。理を無視したその光景は、何も知らない者たちが見れば神の所業にも等しく映るだろう。
口では名残惜しそうに言っているが、その表情にはどこか無邪気な愉しみが浮かんでいた。
彼女はフサフサとしたツインテールを揺らしながら、人差し指でくるくると宙に小さな円を描いてみせる。
すると指先からボフンと黒い粒子が爆ぜ、その場に不格好で大きなクッションの形をした魔人が雑に生成された。
朝飯前と言わんばかりの手軽さで生み出された魔人のクッションへ、メリアは吸い込まれるようにダイブする。
「ふぎゅっ!?」と、潰されたクッション魔人から言葉にならない情けない喘ぎ声が漏れたが、メリアは意にも介さずその上でゴロゴロと転がり始めた。
「う〜ん、ま、あの子は急遽生み出した子だから、ちょっとばかし力不足だったかな〜」
さっきまでの激戦が嘘のように、揺れる海の上で呑気にくつろぎ始める。
早朝の海がたてる、ザザン……という穏やかなさざ波の音が耳に心地よい。少し離れた場所で起きた激闘の余波が遅れて届き、波となってゆらゆらと黒い足場を優しく揺らしていた。朝の陽射しが海面をキラキラと反射させ、水温の低さを物語る冷たい風が頬を掠める。
クッションの上で仰向けになり、どんよりとした雲が晴れて青く澄み渡ってきた大空を仰ぐ。
メリアは腰を逸らすようにして細い両腕を大きく伸ばし、長々と深呼吸をした。目を閉じ、全身で海風と波の揺らぎを感じ取る姿は、どこか浮世離れした気怠げな美しさを纏っている。
「ぅん〜……次はどんな子がいいかしら」
この短期間で、一体は深手の重傷、そして二体が撃破された。
ストックはまだまだ山ほどあるから困りはしないけれど。
「それでもやっぱり、愛着はあるからなぁ〜……」
手塩をかけて生み出し、それなりに可愛がっているというのに。
ユーグも他の面々も酷いものだ。彼女の生み出した眷属たちをただの都合の良い道具としか思っていないし、敵の連中に至っては容赦なく撃破していく。
まあ、自分自身も手段として切り捨てる時があるのは否定できないのだが。
「いなくなったら、やっぱり寂しいよねぇ……」
周りには誰もいない。どこまでも続く蒼い海と空だけが広がる青天の空間。
眷属が減ったメリアの寂しさを埋める様に眼前の景色は心を癒してくれている。
あまりの心地よさと波の揺らぎに、うとうとと微睡みに落ちかけていた——まさにその時だった。
「……ん?」
メリアは眠そうに目を細め、片目だけを開けて上空の影を視認する。
視線の先には、頭上の青空に青白い魔素の粒子を撒き散らしながら、一人の小さな影がメリアを見下ろしていた。
皆さまどうも&初めまして!
みゃ~むら、と申します。
お読みいただき、誠にありがとうございます。
感想お待ちしております。
あと少し。
あとすこぢで連休だ……。




