幕間:決意の狭間 side セシル&セツナ(part1)
時は出港前日まで遡る。
機械国<デウステクス>での作戦会議を控えた午前中のこと。
セツナとセシルは、街の観光案内を兼ねて、機械領〈デウステクス〉の市街地を時間が許す限り散策していた。
つい数日前に敵勢力の激しい襲撃を受けた街とは思えないほど、すでに大通りは日常を取り戻しており、多くの人々が行き交っていた。
「やはり何度見ても慣れないものですね……こう、息を呑むような高い建築物が多いことには」
セツナは立ち止まり、建物群を見上げて感嘆の息を漏らした。ガラスと重厚な金属で構築された建築物群の表面には、青白い光のラインが脈動するように走り、幾何学的な美しさを放っている。
今二人がいるのは、大通りに面したテラス付きのモダンなカフェテリアだ。
店内は軽食を取りながら談笑に耽る者、新聞を読みながらゆったりとした時間を過ごす者と様々である。
ここの主人は機械人であるにも関わらず、自分たちのような味覚を持つ種族に受けが良い味を日々研究し、こうして国を訪れる者たちを味覚で歓迎してくれていた。
実際、彼の焼くパンを求めてやってくる観光客や旅人も少なくないらしく、セシルの本来の配属先であるセレスティアにある支店も大人気なのだ。
透明度の高いガラス張りの窓越しには、規則正しく空中や公道を往来する機械人や、流線型の車が次々と行き交う光景が見える。
行き交うのは機械人だけではない。身体の一部を機械化した獣人や人間など、その風貌や種族は実に様々だ。
多様な生命と技術を受け入れるこの国の寛大さと圧倒的な文明力に、セツナは心からの敬意と魅力を感じていた。
やがて、店内の注文カウンターで購入してきたトレーを手に、セシルがテーブルへと近づいてきた。香ばしい焼き立ての匂いを漂わせるパンやサンドイッチ、そして冷たいドリンクが並んでいる。
「やっぱり、故郷とは全然違いますか?」
「それはもう……刺激的な光景の連続で、驚きを隠せません。同じ世界を生きているはずなのに、まるで異世界にでも迷い込んだかのようで……」
「ふふ、私も初めて機械国に来た時はまったく同じ感想でしたよ」
そう言いながら、セシルは表面にじんわりと冷たい結露の汗を浮かべた透明なグラスをテーブルの上に置いた。
その黒い液体を、セツナは珍しいものを見るような目で見つめている。
「これが先ほどセシル殿が仰っていた……『こーひー』という飲み物ですか。……真っ黒ですね。まるで墨のようですが、どういった味なのですか?」
「そのままだと少し苦いので、お砂糖やミルク…甘い物を入れて自分好みに味を調整していくんですよ」
セシルはまるでお手本を見せるように、砂糖やミルクを手慣れた手つきで加えていく。
「面白いですね……そして、この料理も実に素晴らしい香りがします」
セツナは耳にかかった黒髪をすっと指先でかき上げると、少しだけ鼻をパンへと近づけ、芳醇な香りを心地よさそうに胸いっぱいに吸い込んだ。
セシルは目の前に座る女性をふと見つめた。
一国を背負う気高き鬼族の代表としてここへ来た凛々しい姿とは裏腹に、今の彼女はまるで初めての街に心を躍らせる一人の少女のようだ。
(タイミングや情勢がほんの少しでも違えば、もっと普通の観光として来ていたシチュエーションもあったのかもしれないな)
セシルはそんなギャップに、密かに微笑ましさを覚えていた。
「これはパンですね。小麦粉をこねて発酵させて、かまどやオーブンで焼き上げて完成です」
「これが、全部パンなのですか……?」
セツナは少しばかり困惑したような表情を見せる。無理もないことかもしれない。
「見た目がぜ〜んぶ違いますが、正真正銘どれもパンと呼ばれているんですよ。色々種類があって、それぞれ違う味わいがあって楽しいんです」
「ほう……」
顎に手を当てながら、興味津々にテーブルの上に置かれた品々を見つめるセツナ。
「どれも絶品なので、気になるものをどうぞ!」
「い、良いのですか……!?」
セツナは瞳をパッと輝かせると、乗り出すようにしてトレーの上のパンを交互に見つめてきた。
その素直で可愛らしい反応に、セシルは笑みを深めながら大きく首を縦に振った。
「もちろん、後でお代をお支払いしますので……」
「大丈夫ですよ! 街に出る前にエデンさんとギアさんから『これでセツナさんをしっかりおもてなししてきて欲しい』って、軍資金を預かってますから」
昨日の夜、二人に突然呼び出された時は何事かと思ったが、「国同士の親睦を深めるには、まず民の暮らしと食文化を知ってもらうのが一番だ」と大量の硬貨を渡された。
限られた時間ではあるが、息抜きにもなるだろうと言われたのだ。
そんな大役が自分に務まるのだろうかという不安もあったし、今朝アレンを誘おうとしたら既に部屋はもぬけの殻、フェリクセンに至っては「作戦準備で忙しい」の一点張りで途方に暮れていたのだが……こうして楽しそうに目を輝かせるセツナを見ていると、このおもてなし任務は上々にこなせているのかもしれない。
それに加えて、案外彼女も自分たちと変わらない年相応の女性なのだと気づかされる。
少し街を案内しただけでこれほど喜んでくれるのだから、セツナの飾らない素直さと誠実な人柄がひしひしと伝わってきた。
「どれも美味しそうで……本当に迷ってしまいますね」
鬼の誇りを胸に秘めた彼女が、未知の味を想像して頬をほんのり桜色に染めながら、ああでもないこうでもないと真剣な顔でパンを選んでいる。
「私のおすすめはこれですね。しっかりお腹を満たすならこちらで、素材の味を楽しむシンプルなものならこれです」
「なるほど……で、でしたら、こちらをいただきましょうか」
「お……セツナさん、お目が高い!」
セツナが細い指先で指し示したのは、黄金色に焼き上がった美しいクロワッサンだった。
たっぷりのバターが練り込まれた生地を何重にも折り重ねて焼き上げた一品。表面はサクサク、中は驚くほどふんわりとした食感が特徴で、セシルにとってもお気に入りの一品だ。
しかも、技術力の高いデウステクスが誇るこのベーカリーのクロワッサンは、風味の豊かさが格別だった。
「ぜひぜひ! 温かいうちに食べてみてください」
「では……感謝して、いただきます」
「うんうん!」
セツナは両手で優しくクロワッサンを持ち上げると、そっと口元へと運んだ。
鬼族だからもっと豪快に一口でかぶりつくのではないか……と少しばかりドキドキしていたセシルだったが、その動作はどこまでも上品だった。
サクッ、カリッ……と、店内のざわめきの中でもはっきりと聞こえる小気味よい咀嚼音が響く。
セツナは静かに瞳を閉じ、鼻腔を抜ける香りと口いっぱいに広がる味わいを噛み締めるように、ゆっくりと咀嚼を繰り返していた。
「……とっても、美味しいですね。繊細な生地の中から、濃厚なバターの風味がこれでもかと広がって……。何層にも重なった生地の食感も、口の中で解けるようです……っ」
「ふふ、気に入ってくれました?」
「はい……! もし戦いが全て終わったら、毎日でもここに通いたいくらいです」
「もう〜、大袈裟なんですから……」
全てが終わったら——。
機械の街の眩しい陽射しの中で笑い合う、なんてことのない平和な時間。
セシルも穏やかな未来に思いを馳せながら、自身の手にあるベーグルを小さく口へと運んだ。
みなさまどうも&初めまして!
みゃ~むら、です。
お読みいただきまして、ありがとうございました!
感想やレビュー、お待ちしております。
今日で7月が終わりです。
なんと。私信じられません。
大人になると、時間の速さにびっくりすると言いますか。
子供の頃って1日が長く感じませんでした?私は感じました。
今でも全く同じ時間の進み具合をしていると言うのに不思議な物ですよね。
でもこれって今が楽しいから時間が早く感じていたのか、それともただ時間の進み具合に慣れただけなのかどっちなんでしょうね。
どちらにせよ、時間にただ支配されて、焦った人生を過ごさないようにしたい物ですね。




