強さとは side アレン(part19)
静まり返った談話室に、船底を叩く微かな波の音だけが低く響いている。みんながセツナさんの次の言葉を見守るように待っていた。
「私の考えでは、戦闘においてただ腕っぷしが強いか弱いか、技術の優劣などではなく、『いかに自分の本領を相手に押し付けられるか』が極めて重要だと考えています」
「本領、ですか」
「はい。皆さんにも、それぞれ得意とされる戦闘スタイルが存在しますよね……アレン殿であれば近接戦闘での見事な両利き剣裁き。セシル殿であれば槍と盾のギミックを自由自在に操る近中距離での立ち回り。フェリクセン殿は銃の腕でお二人を後方から適切にサポートし……ピピ殿は……」
セツナさんはそう言って、ニコニコとこちらを見ていたピピに目をやり、ふと言葉を詰まらせた。
「あ~、私は今は何も兵装を持ってないよ? でも機械人に共通する強さって言えば、機械だからこそ瞬時に冷静な状況分析をして、それに適した戦術を選べることじゃないかな?」
困っていたセツナさんに助け舟を出すように、ピピが身を乗り出してフォローを入れる。今のもある意味、優れた状況分析と柔軟性という本領を自ら証明したと言えよう。
「ありがとうございます。まさにその通りですね」
セツナさんは微笑むと、箸で色鮮やかな蒸し野菜をひとつ口に運んでから、再び言葉を紡ぐ。
「一例ですが、近接戦闘がいかに優れているAでも、遠距離攻撃が強力なBと相対してしまえば、どうなると思いますか?」
結構単純そうな問いかけだ。
「え、Bが一方的に間合いの外から攻撃して終わり、じゃないんですか?」
セシルがスープの入った木製スプーンを止めて、恐る恐る回答する。
俺やフェリクセンも、心の中で同じ答えを出していた。セツナさんはその回答に満足そうにニコッと微笑みかけてくる。
「推察の通り、かなりの高い確率でBが勝つでしょうね」
「……単なる相性の話ではないんですか? 戦闘スタイルの有利不利のお話のような気がしますが……」
「もちろん、そう片付けることもできます。ではここでAの足が非常に速く、すばしっこいとしたらどうでしょう?」
今度は少しだけ条件が足された。それだけで、頭の中に浮かぶ情景や想定されるシチュエーションがガラリと変わる。
「う〜んと、それならすばしっこいAが攻撃をかいくぐって接近する……? 」
「でも、Bは遠距離が得意ってことは、そうやって近づいてくる敵を迎撃する手段も持ってるんじゃないか?」
一気に戦場に対するビジョンが複雑化していく。たった一つの条件が足されただけでここまで変わるものか。
だが――このシチュエーション、どこかで聞いたような、いや、実際に目の当たりにしたことがある気がする。
「あ~! デンドロビウムさんとユーグってやつの戦いの話?」
ピンと来たようにピピが手を叩き、どこか納得したような顔つきになった。
「おっしゃる通りです。あの夜の対決を、軽い例え話に落とし込んでみました。ですがこれでよりイメージしやすくなったのではないでしょうか」
既視感の正体はこれか。合点がいった。
「足が速く近接を中心とした兵装のデンドロビウム殿。遠距離攻撃を得意としつつも攻撃の裁き方が卓越したユーグ。ここに純粋な『強い弱い』は存在しません。いかに自分の本領を発揮、押し付けができたかが勝敗を分ける……先ほど申しあげたのは、そういった意味です」
「あのレベルの人たちだったら、どんなに相性の有利不利があっても自分の本領で強引にひっくり返す力がある、と……」
俺の言葉に、セツナさんは満足そうにニコッと頷き、湯呑みをテーブルにそっと戻した。
「お互いに力が拮抗しているならば、連携一つで有利へと傾けることもできるでしょう。エデン殿がユーグの首を飛ばしたように……」
「呼んだか?」
『わっ!?』
唐突に上から降ってきた低い声に、俺とセシル、フェリクセンの三人は同時に跳ね上がった。手元の器を倒しそうになり、慌てて押さえる。
話と食事に夢中になりすぎて、エデンさんが近づいてきていることに全く気づかなかった。いや、正確には音もなく背後に立っていたのだ。ピピだけは内蔵センサーで察知していたのか、驚きもせず平然とプレートの料理をつついているが、俺の心臓はまだバクバクと鼓動を打っている。
変わらず猫耳のついたベレー帽をかぶっている。
「中々面白そうな会話が聞こえたのでな。混ざらせてもらおう」
「どうぞ。お気に召すか不安ではありますが……フェリクセン殿、お席を少し」
セツナさんが優しく微笑み、エデンへ席を促す。フェリクセンが慌てて椅子を横へずらすと、エデンさんは静かな所作で腰を下ろした。俺たちはまだ少しドタバタしながらも、息を整えて再び意識を話へと戻した。
「話を戻しますが、もしお互いの実力差があまりに離れているならば、勝とうとしてはいけません。相手に一方的に蹂躙される可能性がありますから。また強くなってから、その者と相まみえればいいのです」
「だが……そもそも、そういった圧倒的強者を引き付けているだけで『勝ち』と言える場合もあるがな」
セツナさんの話にエデンさんが腕を組み、静かに口を挟む。その端正で感情を削ぎ落としたような顔つきは、一人の冷徹な兵士のそれだった。
「どういうことですか……? 相手を倒さなきゃ、勝ちとは言えないんじゃ……」
セシルがスープを飲む手を止め、不思議そうに首をかしげる。
「強大な敵を自分が一箇所に繋ぎ止め、足止めする。それだけで、他の戦線における味方の負担は劇的に減るということだ」
『あぁ〜……』
俺とセシル、フェリクセンの三人は、同時に感嘆の声を漏らした。
目の前の敵をどう打ち倒すかばかり考えていた俺たちにとって、その「戦場全体を俯瞰する」考え方はまったく頭になかった。
「一箇所の勝敗だけで、戦局のすべてが決まるわけではないからな。仮に自分たちが目の前の敵に勝てたとしても、他の戦線が全滅していれば結局は包囲されて終わりだ。時には逃げる判断が最良の場合もある」
「目から鱗と言いますか、なんか新鮮〜……」
セシルが感心したように呟き、串肉のタレがついた口元をナプキンでちょんちょんと拭う。
「と、同時に自分たちの視野の狭さが……」
「無理もない。実戦経験など君たちの年齢でないのは当然だ。君たちは如何にして、優秀な兵士としての訓練と手解きを受けてきたし、その芽は確実に伸びている」
フェリクセンの少し落ち込んだような言葉に、エデンさんは淡々と、だが確かな評価を口にした。彼女の教義のような言葉に、俺は胸の奥が少し熱くなりながら深く頷く。自分たちが生き残るため、そして作戦全体を成功させるためのリアルな思考だ。
「勝てない勝負に挑むのではなく、負けない戦いにするってことか……」
俺のぼやきにも似た呟きが、静かな談話室に小さくこだまする。
「そうだ。強大な相手には欲張らないことだ」
「即座に相手との力量差を判断し、適切な行動を取る。それこそが自身や仲間の生存率を高め、結果的に勝利にも繋がると言うわけですね」
ふむふむと、セツナさんもお茶の入った湯呑みを手に取りながら、深々と頷いている。
エデンさんはその端正でどこか冷たさを感じさせる顔に、ほんの微かに満足げな笑みを浮かべた。
「……フッ、だが今言ったのはどちらかと言えば戦術面の話だな。今した話は指揮官や指揮命令系統が持つべき主観であって、今回している話はその要所要所での現場の話だ。セツナ殿、邪魔をした。話を戻してくれ」
「えぇ。ここまで長々と『本領』の話をしてきたのは私の兄がその典型に極端に当てはまると思ってまして」
セツナさんはそこで静かに一息つき、温かな湯気が立ち上る簡易食堂の中で、俺たち全員の顔を順番に見回した。
「……私の兄は、たったの10秒間しか戦闘行為が行えないのです」
『え?』
料理の甘辛いタレやスープの香りが漂う簡易食堂の空気が、一瞬で凍りついた。
皆さんどうも&初めまして!
みゃ~むら、と申します。
お読みいただきありがとうございます。
今日は一話掲載です。
毎日一話は必ず投稿しようとは思ってますが、時間帯とかどうしようとか色々考えることが多いですねぇ。。。




