束の間の休息 sideアレン(part18)
「とても美味しいですね。異国の料理はやはり魅力的なものばかりです」
「だってよ、ピピ。よかったな」
「身体を動かした後のご飯、おいしぃ〜!」
「ハハッ、何杯でも食えるな、こりゃ!」
「いっぱい食べてね! どんどん作るよ!」
セツナさんと甲板で汗を流す程度の軽い訓練に付き合ってもらった後。
それぞれの船室に備え付けられていた簡易型の温水シャワーで身なりを整えた俺たち三人は、フェリクセンに声をかけられ、船内の談話室で賑やかにテーブルを囲んでいた。
金属の光沢が冷たく整えられた機械国の船内において、この談話室だけはどこか温かみのある木目調のインテリアで統一されている。
ピピから配給された温かいスープからは香ばしい湯気が立ち上り、ふっくらと炊き上げられた穀物や蒸し野菜、柔らかく煮込まれた肉料理が色鮮やかに皿を彩っていた。からっと揚がった狐色の揚げ物に、出汁の効いた温かい麺料理など種類も実に豊富で、食事を摂る生身の者への細やかな配慮がうかがえる。
それらは俺たちの食欲を刺激するには十分すぎた。カチャカチャと器や箸の鳴る音が響き、自然と箸が進むペースも上がっていく。
本来なら、生体部品を持たない純粋な機械人たちにとって、食事やシャワーといった「人間の生体代謝」に関する設備は一切不要なはずだ。
にもかかわらず、たった数日の船体改良の合間を縫って、食事が必要な俺たち生身の人間やセツナさんのためにわざわざこんな快適な環境を整えてくれたのだろう。
デンドロビウムたちの細やかな心遣いには、全くもって頭が上がらない。
厨房の奥では、フライパンを豪快に振るピピの甲斐甲斐しい姿が見えた。
「けどフェリクセン、いい加減アンタの言う『秘密兵器』っての、教えてくれてもいいんじゃないの?」
セシルは木製のスプーンで煮込み料理の根菜をもぐもぐと小さな口で噛み砕きながら、少し不機嫌そうにフェリクセンを詰問した。
昔馴染みの仲間から、「お楽しみ」を隠されている状態がどうにも気に食わないらしい。
「悪い悪い! けどさ、見せるなら完璧で最高の状態で見せたいんだよ。もーちょっとだけ待ってくれよ」
フェリクセンはニカッと歯を見せて申し訳なさそうに笑ったが、その表情には己の絶対的な自信が満ちあふれていた。
そこにはヒューメブルグの優れた防衛隊長であり、今回の小隊リーダーとしての頼もしさが確かに覗いていた。
「も〜、またはぐらかす……。セツナさん、どう思います?」
ただ黙って俺たちのやり取りを微笑ましく眺めていたセツナさんは、不意に話題を振られたことに少し目を丸くした。だが、すぐに柔和で穏やかな表情へと戻る。
彼女は手にしていた箸をそっと器の縁に置き、綺麗に整えられた口元を開いた。
「いいではありませんか、フェリクセン殿がそう仰るのであれば。心から頼りにしていますよ」
「ほらほら! セツナさんもこう言ってくれてるんだし! いやでもマジで、あと数時間もしないうちに嫌でも分かるからさ」
「も〜……! アレンはどう思うの!?」
「え、え〜と……ははは、まぁ、いいんじゃないか?」
矛先がこちらに向き、俺は困り果てた。不機嫌そうに頬を膨らませるセシルを見かねて愛想笑いしかできない。
俺は咄嗟に話題を切り替えることにした。
「あ、そうだ! そういえばセツナさん、鬼島ってどんなところなんですか? 何か綺麗な場所とかってありますか?」
「あ、露骨に話題逸らした!」
スプーンの先で人を指すんじゃない。軽ーく睨みをきかせてくるセシルだったが、そこは根が素直な彼女だ。追及をやめて大人しくスプーンを引いてくれた。
「どこも綺麗な、本当に素晴らしい島ですよ」
セツナさんは湯気の立つお茶の湯呑みを両手で包み込み、遠い目をして愛おしそうに語り始めた。
「決して広い土地ではありませんが、険しくも美しい山々や海に囲まれ、生命力にあふれた豊かな自然がどこまでも広がっています。動物たちの種類も非常に豊富で……我々鬼族もまた、己をその自然の循環の一部と考え、極力そこに溶け込むような慎ましい生活を心がけているのです」
「……少し意外ですね。文献に残っている鬼族の記述だと、もっとこう……」
「『血を好む獰猛な戦闘種族』といった書かれ方をしているのでしょう?」
セツナさんは困ったようにくすりと笑い、ゆっくりとお茶に口をつけた。
「確かに、我々の中に強い闘争心が流れているのは否定できません。ただ、必要以上に武頼りの解決法に走らないというだけです。武を行使するのはあくまで最終手段であり、まずは調和と対話を求めるのが、我々の最近の主流なのです」
「豊かな自然と共に生きているからこその、深い考え方ですね」
「ありがとうございます。……もっとも、私のように日々武芸の鍛錬に打ち込む者が多いのも事実です。これらは、言葉の通じぬ猛獣や、武を行使して理不尽を押し通そうとする無礼者から、大切な同胞と身を守るための『最適な手段』になりえますから。それこそ、魔人にも」
穏やかな一面を持ちつつも、訓練で時折見せる力に身を任せる様な暴力性。その二面性を表している考え方だ。
「なるほど……筋が通っていますね」
「ふふ、これも兄の受け売りなんですけどね。兄が『力こそ全て』だった鬼の一族を変えようとしているのは頑張っております」
協調できる者たちとはどこまでも穏やかに手を取り合う。だが、それだけでは大切な家族や隣人の平穏を守り抜くことはできない。
理不尽な暴力に対しては、それを凌駕する絶対的な力で抗う――。
過酷な現実と美しい理想の間で折り合いをつけた、極めて現実的な妥協案であり、生存の知恵なのだろう。
(どこか……ルクレチアの考え方に似ているな)
俺は心の中で、離れた場所にいる仲間の姿をひそかに重ね合わせていた。
彼女の考えは話し合いでこそ、言葉という意思を伝える行為でこそ和平を望めるというものではあるが、調和や協調を重んじる点においては確実に通じる部分がある。
「私も気になっていたのですが、皆様は昔からの知り合いなのですか? とても、今回急遽結成された小隊とは思えないほど息がぴったりに感じます」
今度はセツナさんが小首をかしげながら尋ねてきた。
「実は私達、士官学校時代からの腐れ縁でして……今回も偶然が重なっただけなんですよ」
「おいおい、『腐れ縁』なんてひでぇ言い草じゃねぇか」
揶揄うように鼻で笑うセシルに、今度は心底心外だと言わんばかりの顔でフェリクセンが噛み付いた。
二人の漫才のようなやり取りを見て、セツナさんは羨ましそうに目を細める。
「とても素晴らしいことです。私の生まれ育った村には同年代があまりおりませんでしたから……羨ましいですね」
「そうなんですか?」
「えぇ。島全体の人口もそこまで多くはありませんし、いたとしても長と従者の関係みたいになってしまって…」
「個体数が少ないって聞いていたけれど、それって本当だったんだ」
厨房から現れたピピが、香ばしい甘辛いタレの匂いを漂わせながら大皿を運んできた。先ほど炒めていた新鮮な野菜炒めと、こんがりと黄金色に焼き上げられた串焼き肉がどっさりと盛られている。
そのままピピは、料理は出し切ったと言わんばかりにセシルの隣の席に着いた。
「あまり増えすぎて、自然を破壊するのも憚られますから」
セツナさんの言葉に深く頷く。頭数が増えればそれだけ、食料や住居が必要になって自然を切り拓くことになってしまう。それを危惧した結果なのだろう。
「セツナさんのお兄さんって、どんな方なんですか? ちょくちょくお話に出てきますが」
ピピが持ってきてくれた串焼きを一本手に取り、むしゃむしゃと豪快にかぶりついていたセシルが言葉を挟んだ。……口の周りに濃厚なタレが付いているぞ。俺はナプキンを取って彼女に指差しで教えた。
「セシル、もしかして狙ってるのか?」
「ぴゃっ!?」
フェリクセンのおふざけ半分の一言にセシルは跳ね上がるように反応し、顔を劇的に真っ赤に染め上げた。慌てすぎるあまり、手にしていた串をテーブルに落としそうになっている。
その赤さは、隣に座るセツナさんの肌に浮かぶ鬼族特有の朱の文様と張るレベルだ。
「あらあら。兄は妹の私から見ても相当に気難しく、偏屈な男だと思いますが……セシルさんがそのおつもりなら、妹として喜んで協力しますよ?」
「い、真に受けないでくださいっ!?」
俺とフェリクセンは、セツナさんの冗談にまんまと翻弄されて慌てふためくセシルの姿がおかしくて、思わず吹き出してしまった。
セツナさんもまた、口元に上品に手を当てて「くすくす」と可憐に笑っている。妹の立場としては、兄に春が来るなら歓迎といったところなのだろうか。
というか、こういう気さくな冗談に付き合ってくれるとは思わなかった。
「ちょ、ちょっと……冗談はさておき! ちゃんと風貌とか特徴を聞いておかないと、島に着いた後、スムーズに保護や救出ができないと思ったから……っ」
顔の赤みを引っ込めようと必死に両手で頬を叩きながら、セシルが弁明する。
「ふふ、それもそうですね。ただ、合流できればすぐに分かるかと思います。兄が『全盲』であるというお話は、以前いたしましたよね?」
「えぇ」
以前の作戦会議で聞いた内容を思い出す。
「常に両目を閉じているのが、兄になります。風貌は、白髪ですが、私の男版だと思っていただければ」
「…生活とかって、どうしてるんですか」
フェリクセンがしれっと聞きにくいことを聞いた。気にはなるけど、遠慮はないのか。
「日常生活に支障は無いんです。視覚以外のあらゆる感覚が異常なまでに研ぎ澄まされておりますので」
セツナさんは気にもせず、淡々と答えてくれる。
「すごいですね……ちょっと想像がつかないというか……」
超感覚、とでも呼ぶべきものだろうか。聞いた本人であるフェリクセンも、どこか人外の領域に対する感嘆と畏怖で若干引いているのが分かる。
生まれつき視覚という最大の情報を奪われていたからこそ、残された聴覚や皮膚感覚、あるいは「気配」を感じ取る能力を、極限にまで鍛え上げてきたのだろう。
「でも、その状態で……セツナさんよりも強いっていうのは、本当なんですか? セツナさんだって、俺たちから見れば相当な手練れに見えます」
出発前に共有されている情報の一つ。
セツナさんは「兄は自分より遥かに強い」と断言していたのだ。家族ゆえの贔屓目や謙遜でそんなことを言うような女性ではないことは、この短時間でよく分かっていた。
「えぇ、とびっきり強いですね。強さの定義を如何とするか、という話にはなってきますが」
そう言うと、セツナさんは改めてゆっくりとお茶を味わい、静かに湯呑みをテーブルへと置いた。その落ち着き払った仕草が、かえって兄の凄みを際立たせていた。
みなさまどうも&初めまして!
みゃ~むら、です。
お読み頂きまして誠にありがとうございました。
みなさまは動画を見る際、動画を等倍or倍速どちらでご覧になるのでしょうか。
等倍はゆっくりじっくり見れて良いですし、倍速は色んな動画を見れる選択の幅が増えて良いですから。
ちなみに私は等倍派。バカだから倍速にしたらわかんなくなっちゃう。
これって見る内容によって分けてる人もいらっしゃるんですかね。
Youtubeでは倍速、サブスクの映画やアニメは等倍。その逆もまた然り、的な。
色々選択肢が増えて、良い世の中になったなぁ。
次回もよろしくお願いします。ではでは~。




