黄金色の船出 sideアレン(part17)
「こんな綺麗な景色、見たことないね」
「あぁ、こりゃ壮大だな……」
煌々と輝きを増していく日の出は、まるでこれから死線へ赴く俺たちの船出を、力強く祝福してくれているかのようだった。
どこまでも深く青い空と、うねり狂う海の青。その境界線の真ん中から、燃え盛るオレンジ色の太陽がゆっくりと顔を覗かせ、閉ざされていた世界に新たな一日の訪れを告げていく。
デウステクス製の鉄鋼船は、海を一筋に切り裂くように白い水飛沫の軌跡をあとに残しながら、ひたすらに目的地へと突き進んでいた。
ふと振り返れば、あれほど巨大だった機械国のシルエットは、すでに視認できるかできないかという境界線まで遠ざかり、朝靄の彼方に溶けかけるように消え去ろうとしている。
「アレン殿にセシル殿。こんな所でお会いするとは。おはようございます、いい朝ですね」
だが、眼前に広がる圧倒的な光景にすっかり夢中になっていた俺たちは、もう一人の来訪者が背後から近づいていることに、その声を聞くまで全く気づかなかった。
凛とした涼やかな声で挨拶しながら、濡れた鉄の甲板をしっかりと踏みしめて近づいてきたのは、セツナさんだった。
「おはようございます、セツナさん」
軽快な足音を立てながら、セシルがセツナさんに駆け寄っていく。
「セツナさんはどうしてここへ?」
セシルの問いかけに、セツナさんはふっと柔和に目元を緩めながら、口を開いた。
「朝の瞑想と鍛錬は私の長年の日課でして……。たとえ船の上であれ、今日もしなければどこか身体が落ち着かなかったものですから」
彼女の赤みがかった美しい肢体のあちこちには、玉のような汗が光って流れ落ちている。
いつものようにきれいに結い上げられている黒髪も、激しい運動と湿った潮風、そして汗のせいで、少しべったりと首筋に張り付いている様子だ。流れる汗すらも、鍛え抜かれた彼女の健康的な肉体の美しさを際立たせている。
その腰には、いつも彼女が魂のように大切に携えている愛刀と、重厚な棍棒が、静かに挿し込まれていた。
――だが、いつも彼女が羽織っているはずの漆黒のジャケットやマントはなく、その上半身は白く清潔なサラシをきつく巻きつけただけという極めて薄着な姿だった。
豊満な胸の輪郭や、極限まで絞られたしなやかな腹筋が露わになっており、男の俺としては、朝日の眩しさも相まって少々目のやり場に困ってしまう。
「せ、セツナさん! 上着を着ましょうよ! いくら鍛錬の後だからって、海の上の風は冷たいんだから、そんな格好でいたら風邪ひいちゃいますよ!」
それに気づいたセシルが慌てたように顔を赤くし、自分の肩をすくめながらセツナさんを諭す。当の本人は、自分の薄着など全く気にしていない様子で、いたずらっぽく笑った。
「ふふ、お気遣いありがとうございます、セシル殿。けれど、もう少しだけこのままでいさせてくださいな。火照った身体に、この潮風が実に心地よいのです。まだ島に着くまでには、少々時間もありますから」
「そ〜じゃなくて〜…」
「心配ご無用。我が鬼族の肉体は、人間のそれほど柔ではありませんよ。美味しいご飯さえお腹いっぱいに食べれば、どんな疲労も瞬時に回復してしまいます。それに、これでも体力と頑丈さには、人一倍自信がありますゆえ」
セツナさんはグッと元気よく両腕を頭上へ掲げ、自身の力こぶを見せるようにして快活なアピールをしてみせた。
セシルが伝えたかったことはそういうことじゃ無いのだが、その意図は正しくは伝わっていない様だ。俺はあまり直視しない様に心がけることにした。
「お二人は朝焼けを見にきたのですか?」
「はい。人間領でも見ることは出来ますが、やっぱりこう、地平線の先にある日の出も乙なものかなと思いまして」
俺がそう答えると、セツナさんは視線をゆっくりとオレンジ色の水平線へと向けた。
「わかります。私も朝稽古をしながら、よく朝日を今の様に浴びたものです」
目を細め、既に故郷を懐かしむ様に、その視線を朝日へとむけた。
「へぇ……セツナさんは、いつからその朝の鍛錬をされているんですか? もう長いんですか?」
セシルが興味深そうに身を乗り出す。セツナさんは、潮風に結った黒髪をなびかせながら、どこかしみじみとした様子で答える。
「物心ついた時からですね。今は亡き父が、非常に厳しい人でしたので」
「そんな小さい時から毎日ですか、すごいなぁ……」
心底驚いたようなセシルの感嘆の声に、セツナさんは肩をすくめて、
「ほかにやることが無かった、というのもありますがね。島には娯楽らしい事も有りませんでしたし、我が一族は良くも悪くも、力こそが全てという極端な掟のなかに生きておりましたから」
「力こそが全て、ですか…」
「はい、今は少しばかり意識が変わりつつありますが」
そう言って、ニコッと白い歯を見せるように屈託なく笑った。
しかし――。
その爛漫な笑顔の裏側で、彼女の胸中もまた、張り裂けんばかりの不安と緊張で満たされているはずなのだ。
これから戻る彼女の故郷――鬼島が、一体どのような惨状になっているのか。今お兄さんや、同胞たちは無事なのか。
予想すらつかない絶望的な戦場へ、彼女はこれから先陣を切って飛び込もうとしている。
その胸中が穏やかであるはずがない。だが、そんな暗い影を微塵も見せず、俺たちを安心させるように気丈に、かつ眩しく振る舞う彼女の姿は、いま東の地平線から昇りゆく黄金の太陽と同じくらいに神々しく、強かった。
「……そうだ。よろしければ、お二人もいかがですか?」
「「え?」」
唐突な提案に、俺とセシルは同時に声を漏らした。セツナさんは腰の刀の柄にそっと手を添えながら、いたずらっぽく小首を傾げる。チャキ、と小さいながら確かな金属音が船上で耳に届く。
「お二人とも、端から見ていて少し身体が強張っているように見えます。これからの戦を前に、緊張するなという方が無理な話ですが……少しだけでもこうして身体を動かせば、余計な雑念も消え、気も和らぐというものです」
「あ……」
俺は言葉に詰まった。
緊張を隠し、セシルと明るく振る舞っていたつもりだったが、やはり百戦錬磨の彼女の鋭い目をごまかすことはできなかったらしい。俺たちの内なる焦りを見抜き、彼女なりに気を使って緊張を解きほぐそうとしてくれたのだ。
俺とセシルは自然と互いに目を合わせ、苦笑いを浮かべた。
通じ合う視線。
どうやら、考えることは同じのようだった。
「もう……セツナさんには敵わないなぁ。じゃあ、本当に少しだけ、ですよ? 甲板の上は波で揺れて危ないですし、あと数時間後には本当に鬼島に着いちゃうんですからね」
セシルが腰に手を当て、少し呆れたように、けれど嬉しそうに釘を刺す。
「わかっておりますとも。お二人と一緒に、心地よい汗を流しましょう。それに――アレン殿。私は一度、貴方と剣を交えてみたいと、かねがね思っていたのですよ」
セツナさんの視線が、一瞬にして親しみやすいものから「一人の高潔な剣士」のそれへと鋭く変貌し、俺の腰の剣へと射るように向けられた。
立ち上がる波飛沫が朝日に照らされ、虹色の粒子となって甲板に降り注ぐ。その輝きの中で、セツナさんの佇まいはまるで研ぎ澄まされた刃のように静まり返っていた。
「いや……俺なんて、セツナさんみたいな達人の足元にも及びませんよ。でも、胸を借りるつもりで……よろしくお願いします」
「ふふ、謙遜を。では、参りましょうか!」
本当にわかっているのか、それともただ暴れたいだけなのか判らない、底抜けに明るい返答が返ってきた。けれど、その純粋な好意がたまらなく温かく、誇らしかった。
激しく泡立つ航跡の音と、身体を切り裂くような冷たい潮風を全身に浴びながら、俺たちは輝かしい朝焼けの光の中で、それぞれの武器を静かに引き抜いた。
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みゃ~むら、と申します!
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私はお寿司が好きだ。
寿司食べたい!
この世の終わりには寿司食べたいし、特別な日じゃなくても毎日食べたって良いんだから!




