出撃の時 sideアレン(part15)
ゴホン、と少し低めの警告のような咳払い音が、ギアのスピーカーから室内に響き渡った。一瞬で会議室の空気がピリッと引き締まる。
「じゃあ、話を進めてもいいかい」
「了解です」
「は〜い、進行おねがいします」
ピピもセシルも素直に席に戻り、姿勢を正した。
「今回は前回軽く話が出た通り、少数精鋭、かつ短期決戦でいく」
ギアが長テーブルの金属面を人差し指でトントンと軽く叩くと、ヴン……と低い唸りを上げて、室内の空間に大型の立体ホログラム・ディスプレイが映し出された。何度見ても慣れない近未来の技術に、俺は毎度のように圧倒されてしまう。
そこに浮かび上がったのは、不気味な黒い雲に覆われた「鬼島」の地形図と、一隻の高速艇の3Dモデルだった。
「明日の明朝4時に出発する船だ。デンドロビウム、詳細を」
「うん、既に船体改修はほとんど終わってるよ。今はシステムテストと最終調整の段階。今のところエラー報告はなし。エンジン出力、火器管制システム共に基準値を大幅にクリアしてる。バッチリだよ!」
明るくはつらつとした声で、その内容には絶対の自信が漲っている。さすがの手腕だ。
「ありがとう。そして、このスピード重視の船に、もう一つの『切り札』を搭載してもらっている」
ギアが手をかざすと、ホログラムが切り替わり、船の甲板部分に据え付けられた巨大な筒状の立体的な機構が浮かび上がった。細長く、禍々しいほどのエネルギー伝導経路が走っている。
「ええと……これは、何ですか?」
セシルが俺たちの疑問をそのまま代弁してくれた。
「キャノン砲だよ」
「キ、キャノン砲……?」
思わず声が裏返る。
「以前、セツナさんから報告のあった『魔素溜まり』の座標を確認し、こちら側の高精度観測システムで逐一同期させている。そのポイントをこのエネルギー砲で文字通りぶち抜く」
「え、ええ……っ!?」
セシルが絶句する。当然だ。そんな規格外の作戦、聞いたことがない。セツナさんの表情も、どこか険しく張り詰めたものに変わっていた。
「勘違いしないでほしいのだが、島を破壊するのが目的ではない。島南部に発生した魔素溜まりを消滅させる狙いだ。ターゲット跡地が無人であることは聞いているし、広範囲に爆発するから、集落跡地は消滅するだろうけれど」
「そんな芸当が、本当に可能なのですか……?」
セツナが信じられないといった様子で身を乗り出す。
「実戦で放ったことはない。あくまでシミュレーション上での理論値ではあるが、うまく行くだろう」
エデンが淡々と補足する。
なるほど。だから前回の会議の終わり際、ギアは「消滅させてもいいかい?」なんて不穏な質問をセツナさんにしていたのか。本当に島の一部を更地にするような一撃を放つ準備を進めていたのだ。
「あの、お言葉ですが……鬼の生存者の方々が、そこに連れ込まれている可能性は……?」
俺の懸念に対し、ギアは微動だにせず答えた。
「君も知っているだろう。生きているモノが黒き魔素を濃く取り込んでしまっては、もはや生きていく事はできない。だからこそ、そこに生存者がいる可能性としては『無い』だろう」
「と、言いますと……?」
「きっと彼らはセツナさんを誘き寄せるための、いわば人質を生かしているはずだ。殺してしまっては意味がない。だからこそ、隔離された鬼の集落やその付近で閉じ込めているというシチュエーションの方が予想しやすい」
「実際は『局所型浄化砲』と呼ぶべき代物だね。今回のような高濃度かつ局所的な発生源だからこそ撃てるものなんだ。人間領に広がっているような、超広範囲の魔素の霧に対してもいつか実用できるよう、日々試行錯誤を重ねているところなのだ~」
デンドロビウムが真面目なトーンで引き取る。よく分からない最先端の領域だが、今は彼らの技術力を信じるほかないだろう。
「即座に上陸した後、上陸部隊と連携して、船上から任意のタイミングでキャノン砲を照射。適切なタイミングはエデンに任せる。そして船は基本的には沖合に離脱。我々の退路である『帰りの足』を敵に破壊されないためだ。その後はセツナさんの案内の元、鬼の集落を目指し、そこを最前線拠点とする」
ギアは長テーブルの上に置いた両手を組み、全員を見据えた。
「ここで今までのポイントを押さえておこう。主な点は3つだ。もし他にも懸念があればここで発言してほしい」
スクリーンに3つの項目が表示される。
「一つ目は、何度も言うように短期決戦だ。スピード特化の船一隻のみで、多くの兵士や物資を連れて行くことはできない。だからこそ、迅速な行動や判断が戦局を左右する。心してかかってほしい」
「私が現場指揮官となる。よろしくな」
エデンさんが手を軽く上げて、改めて挨拶してくる。
「二つ目は、鬼たちの迅速な救出が最優先。大人数での進軍を選ばなかったのはこれが理由でもある。だが、ここにいる少数精鋭のメンバーならば可能だろう。魔人との戦闘よりも人命が優先だ。――セツナ殿、道中の詳しい案内は頼む」
「ええ……任せてください」
ギアの言葉に、セツナさんはキリッと凛とした表情で力強く頷いた。彼女がどんな感情を胸に抱いて、滅びかけた故郷の土を踏むのか。俺には計り知れないものがあった。
「そして、最後。三つ目だ。……ユーグとの戦闘に関してだね」
その名前が出た瞬間、会議室の温度が一段下がったような錯覚に囚われた。
これを聞くだけでも、いかに状況がシビアであるかが分かる。というより、この三つ目の懸念こそが、今回の作戦における最大の不確定要素だ。彼の能力を考えると、どこで遭遇するか予想もできない神出鬼没の怪物なのだから。
「出来うる限り、奴が現れた際の対処はデンドロビウム、エデンの2人で当たってほしい」
きっぱりと言い放ったギアの言葉。
だが、そこにスッと真っ直ぐに手を挙げ、異を唱えたのはセツナさんだった。
「――私では、実力不足でしょうか」
セツナさんが張り詰めた、鋭い声で疑問を呈する。その瞳の奥には、故郷を蹂ビンした仇敵への、静かだが激しい怒りの炎が揺らめいていた。
「気を悪くしないでほしい、セツナ殿。君の実力は素晴らしいものがある。ただ、あいつの狙いは君だ。真意が掴めない以上、無闇に前線へ出て術中に嵌まるのは避けるべきだ、という判断だよ」
ギアの冷静な諭しに、セツナさんは悔しそうに一度唇を噛んだ。
「……承知しました。ですが……お二人が手を離せないような最悪の状況の時は、私が前に出る。……構いませんね」
「あぁ、そこは戦況に合わせて柔軟に対応してもらっていい。前線に出ない私が、現場の君たちにあーだこーだ縛るのも本意ではないからね」
「いえ、そこまで頑固に拒むつもりはありませんが……」
「ま、極力そうならないように、アタシたちがユーグの相手は引き受けるけどね!」
「あぁ。出撃する以上、機神としての仕事は完璧に全うする」
デンドロビウムさんとエデンも、それぞれの武器の起動音を小さく響かせるかのように、気合は十分といった様子だ。
「最低で討伐、最高で捕獲だ。くれぐれも頼んだ」
「まっかせて~」
「了解した」
声音が変わらないはずのギアの声が重く感じた。それだけ、この作戦においてユーグがいかにキーマンなのかを物語っている。
「ふむ。では、君たちはというと……」
最後に、ギアの赤いノーフェイスな頭部が俺たち3人へと向けられた。
「セツナさんの護衛だ。元よりその任務でここへ来てもらったわけだが、今回もその任務を続投してもらう。そして鬼の里に到着した後は、生存者の救助活動および周辺警戒に回ってほしい」
俺とセシル、フェリクセンは顔を見合わせ、深く頷いた。
「「了解です」」
「ありがとう。君たちを頼りにしているよ。そしてピピには、キャノン砲の操縦および船での待機を頼む。時には船からの艦砲射撃も柔軟に対応してほしい」
「わかりました!」
ピピは胸を張って、新緑の瞳を輝かせながら綺麗に敬礼してみせる。だが、俺の心には一つの疑問が浮かんでいた。
(待てよ……後方からの援護とはいえ、船での『留守番』なのか?)
デウステクスの最先端技術と、機神たちの叡智を結集させてリワークされたはずのピピだ。その彼女が、ただ船に残って砲台の制御をするだけというのは、あまりに手持ち無沙汰ではないだろうか。何か戦闘に加われない致命的な理由でもあるのだろうか。
ギアには俺の心の内の困惑がすべてお見通しだったらしい。赤い光がわずかに明滅する。
「何か疑問に感じていそうだね、アレン君」
心臓がどきりと跳ね上がる。俺は呼吸を整え、誤魔化さず率直に伺うことにした。
「はい……。デウステクスの技術を集めた最新兵器であるはずのピピが、ただの留守番というのは、何か意外といいますか。前線に出さない本当の理由があるのですか?」
俺の問いかけに、ギアが答えるよりも早く、隣から大きな声が割り込んできた。
「ごめん! それ、私のせいでもあるんだよねぇぇっ!!」
デンドロビウムさんが長テーブルに突っ伏すようにして、ブカブカの長い袖に包まれた両手を顔の前で合わせ、申し訳なさそうに頭を下げている。
「実はさぁ、彼女専用の携行用武装の製作までは、物理的に時間が足りなかったんだよ……! ピピ君のポテンシャルを最大限に活かす特注品を作りたかったから、既存の有り合わせの武器を持たせるのもなんだか面白くないし……だから、兵装はまだ何も手をつけられていないんだよねぇ」
デンドロビウムさんの言葉を聞いて、俺の胸にチクリとした罪悪感が走る。
「なるほど、それって……もしかして、今日の朝に俺が受け取った、試作武器の改修のせいでピピの武器が後回しに……?」
俺が気まずそうに尋ねると、今度はエデンが静かに首を振ってそれを否定した。
「君が気にする必要はない。元より、彼女のフルリワーク自体、今回の鬼島作戦のタイムリミットまでには到底間に合わないという想定だった。それをデンドロビウムが無理やり形にしたのだ。デンドロビウムは褒められこそすれ、何一つ咎められる筋合いはない」
「エデンちゃん……! やだ、すっごいやっさし~!! ちょっとハグしてもいい!? ぎゅーってしていい!?」
「いいわけないだろう」
エデンは冷たくあしらいながらも、その言葉にはデンドロビウムへの確かな労いが込められていた。
抱き着こうとするデンドロビウムを片手で軽くあしらっていた。
考えてみれば、この機械国の兵器や軍部全体の統括担当であるデンドロビウムさんのここ数日の仕事量は、常軌を逸していた。
機械国正門の武装強化案の設計から始まり、今回使用する高速艇の大規模改修、さらには先日の戦闘で大破したピピの全身修理とフルリワーク、そして俺やセシルの新武器の調整や試作兵装のチェックにいたるまで、多岐にわたる超高負荷の業務をすべて一人でこなしていたのだ。
傍目から見ていても、到底人間はおろか、通常の機械人でも不可能な処理量を限界を超えて捌ききっていた。エデンの言う通り、素晴らしい大働きであることは間違いなかった。
「ま、私たちの話はこれくらいにしておこうか」
ギアの声が室内の空気を優しく解きほぐす。
「みんな、明日の明朝の出発までは自由に過ごしてくれ。既に高速艇の客室は開放してある。各自、必要な装備や荷物の持ち込み、寝床の設備確認も今のうちに済ませておくといい。――君たちの無事の帰還を、心より願っているよ」
ギアのその言葉を最後に、ホログラム・ディスプレイが静かに消灯した。
張り詰めていた会議室の緊張感がゆっくりと弛緩していく。
こうして、鬼島への出港を明日に控えた、運命の最終ブリーフィングは幕を閉じた。
明日から始まる未知の領域での戦いに向けて、俺たちはそれぞれの準備へと動き出すのだった。
皆さまどうも&初めまして。
みゃ~むら、と申します。
お読みいただきまして、誠にありがとうございました。
最近YOUTUBEで動画見てますか?
見るとしたらどんなものでしょうか?
私は「美味し〇ぼ 公式チャンネル」で海原〇山でツンデレとは何かを日々勉強しています。




