幕間:信頼の先 sideノエ
時は少々遡り、異形の魔人との邂逅前まで遡る。
客室へと続く薄暗い階段を、力なく赤毛を揺らしながらラグナが下りていく。
その弱々しく、どこか痛々しい後ろ姿が完全に見えなくなってから、ザビーネはキセルを口元から離した。そして、心配そうな面持ちで黒髪を揺らしながらポポロの様子を見守っているノエに向けて、少し声を落として話しかけた。
「ちょいと、ノエ」
「何でしょうか、ザビーネ」
「あの娘、あんな調子でこれから魔人やらウミボウズやらの相手ができるのかい?」
ザビーネの懸念は、同行者として至極真っ当なものだった。
今から自分たちが向かうのは、獰猛な海の怪物であるウミボウズがのたうつ危険地帯であり、その先には魔人の本拠地があるだろう。旧友であるノエを疑うような真似はしたくないけれど、自分自身の命もかかっている以上、足手まといを抱えるわけにはいかないのが本音だ。
「ラグナなら大丈夫でしょう。彼女なら、戦いが始まれば……きっとすぐに調子を戻してくれますよ」
ノエは再び甲板ではしゃぎ回り始めたポポロから視線を外さないまま、至って淡々と応えた。落ち着いたその声には確固たる確信が滲んでいる。
「あんたが信頼してるってことは、よっぽどの理由があるんだろーけどさ。まだあたしは、あの細いお嬢ちゃんをどこか信じ切れてないんだよねぇ」
ザビーネの本音の吐露に、ノエは小さく、しかしどこか自嘲気味に頷いてみせた。
「それは、無理もないことでしょうね。……客観的に見れば、彼女はただの人間族の女性。この世界において、最弱の種族であることは紛れもない事実ですから」
それに、ザビーネはまだ一度もラグナの「本気の戦い」を目撃していないのだ。
「だけど、あの娘はそれらの常識とは『違う』ってのかい?」
その問いかけに応じるように、ノエはふっと意味深に頬を緩ませた。
対するザビーネは怪訝そうに眉をひそめ、再びキセルを咥えて紫煙をふうっと吹き出す。彼女の頭部から伸びる蛇たちは、主の困惑を余所に、どこか楽しそうにその煙の輪を突っついて遊んでいた。
「まぁいいさ。最悪、ウミボウズはあんたやおチビちゃんがいれば何とかなるだろう。ただ、鬼島に着いてからは知らないよ? 私は最初から言った通り、あそこの戦闘には手を出さないからね」
「ええ、もとよりその約束です。それに、帰りの足となるこの船と操舵手が無くなっては、私たちも困りますから」
「ザビーネは、おにしまにははいらないのか?」
甲板を走り回っていたはずのポポロだったが、やはり獣人族特有の野生の耳は恐ろしく良いらしい。地平線に向けていた視線をピョコッとザビーネへと移し、いつの間にか会話に入ってきた。
「鬼島の状況は知っておきたいとは言え、情報は『生きて持ち帰らないと』意味がないからね。このメンバーの中で船番をするなら、消去法で私だろうさ」
「とり、かってないのか?」
「鳥……?」
一瞬、ザビーネは何のことかわからなかったが、すぐに伝書鳩をはじめとする外部への連絡手段のことを聞いているのだと察した。
「あいにく、私は便利な連絡鳥の類は飼ってはいないね。というより、このサハラド鱗皇国じゃ環境が過酷すぎて、鳥はまともに飼育できないんだよ。コストもバカにならないしね」
「ほうほう、そうなのかー」
機械領の連中が使っていた魔導通信機器のような便利極まりない代物を見たときは、非常に感心したものだけれど、サハラドにはそんな最先端の魔導技術はまだ導入されていない。どころか、まずは国家間での同盟を組む方が先決であり、技術協力なんてものは気が遠くなるほど先の話であることは言うまでもなかった。
「まぁ、その辺りは状況に合わせて柔軟に対応するさね。それよりも……どちらかと言えば、私はあんた達が気になってね」
「私達、と言いますと?」
ザビーネはキセルを咥え、器用に舵輪を操りながら、改めてノエとポポロの二人をその細い瞳で射すように見据えた。
「今回の魔人討伐が上手くいこうが、いくまいがさ。……この後、あんたたち二人はどうするつもりなんだい?」
ポポロもノエも少しばかり返答に困る表情を見せる。
「成り行きであの子について行ってるってのは、見てればわかるさね。別にそこを咎めはしないけれど……明確な目的もなく、ずっとあの子の魔人狩りに付き合っていくつもりかい? 命がいくつあっても足りないんじゃないのかい?」
「……」
始まりはディロックスからの「お願い」や「オーダー」で同伴しているに過ぎない。その同行に明確な期限は設けられていなかった。だが…。
「放っておけないんですよ、理由は分かりませんが」
向かい風が心地の良い地平線へと視線を移し、髪をかき上げた。
その返答に対して、ザビーネは小さく嘆息を漏らす。
「ノエ、あんた、この件が終わったらサハラドに戻ってこないかい? こっちはこっちで、土地神の件も含めて色々大変な時期なんだ。あんたほどの優秀な人材がいれば、私も心強いんだけどね」
「……私でなくとも、他に大勢の竜人族がいるでしょう」
憂鬱そうに視線を落として答えるノエに、ザビーネはキッパリと言い放った。
「ダメだね」
ザビーネは吐き捨てるように言った。
「あいつらはあんたと違って、完全に『血統の純さ』しか見ていない旧体制の凝り固まった連中さ。他種族に対して好意的な姿勢を見せるのは、広い鱗獣領の中でもあんたしかいない。狭い世界に閉じこもって、自分たちの下らないプライドを守ることしか能のない、哀れな……」
そこまで言って、ザビーネはハッとなって言葉を濁し、口を閉じた。少しばかり、彼女の身内への愚痴が回りすぎたかもしれない。
ふと見やったノエの横顔は、深い悲しさと物憂げな表情を漂わせながら、じっと遠い海原を眺めていた。一族の排他的な在り方は、彼女にとっても深い傷なのだろう。
「や……言いすぎたね」
「事実ですから……気にしないでください」
「なか、わるいのか?」
空気を読むことが苦手なのか、あるいは単に子供だから仕組みがわからないのか、小さな獣人から天然気味な質問が飛んでくる。
ザビーネは少しばかり溜息混じりに、ポポロに向けて噛み砕くように説明した。
「鱗獣領の中でもね、竜人族ってのは昔っから特別に強い種族でね。彼ら自身もそれを嫌というほど理解しているから、自分たちの誉れ高き血に対するプライドが異常に高いのさ。だから、同じ鱗獣領の仲間に対しても、かなり排他的で関わりづらいんだよ」
「がんこなのか」
「頑固と言うより横柄なのさ。血族以外、集落にすらいれようともしないしね」
その説明を聞き、小さき獣人は驚いたように耳をぴょこぴょこと跳ねさせた。
「そうなのか。でも、ノエはちがうぞ?」
「あぁ、だからノエはその中でもかな~りの変わり者さ」
ザビーネは小さく笑って頷いた。
「あんな鎖国気味な竜人族の中でもトップクラスに実力があるくせに、周りの種族を絶対に見下さないし、協力することにも全く抵抗がない。本当に、出来たいい奴さね」
「……やめてください。私はただ、狭い世界に閉じこもっているだけの一族の在り方に疑問を持った、ただの家出娘ですから」
いつも冷静沈着で、何事にも動じないノエが、少しばかり照れくさそうに頬を朱く染めて視線を逸らした。どうやら、面と向かって褒められ慣れていないらしい。その様子を見て、ザビーネの表情も少し和らいだ。
「何はともあれ、今のサハラドには王を始め、あんたの力が新しい風として必要なんだ。少しだけでいいから、頭の片隅で考えておいておくれよ」
「……ええ」
「おれは!? おれもサハラドにひつようか!?」
「そうだねぇ、おチビも一緒に来てくれりゃ、これ以上なく頼もしいさね」
「やったぁ!」
ぴょんと嬉しそうに跳ね起き、ザビーネの肩にしがみつきながら喜びを爆発させるポポロ。
船旅の始まりも、頭上の天候も、至って良好そのものと言えた。
この先に待ち受ける旅路の終わりが、今見上げている快晴の空のように、どうかずっと明るいものであることを、ノエは静かに祈らずにはいられなかった。
みなさま、どうも&初めまして。
みゃ~むら、と申します。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
感想、レビュー等お待ちしております。
みなさま、音楽ってよく聞きますか?
聞くとしたらどんなジャンルを聴きますか?
私はさまざまなジャンルを幅広く聞きます。邦楽、洋楽、オケ、ゲームBGMからフリーBGMとかEDM。
時代も往年の名曲から最新の人気曲まで。
正確には「聴こうとしている」に近いかもしれませんが。
やっぱり大人になり、歳をとっていくと守りに入る、と言うほどでは無いかもですけど、固定化されてしまうんですよね。
特にYouTubeなどで聴いていると、あなたへのおすすめ、と言った感じでこう言うの好きでしょ?って提示してくるんですよ。いやまぁ好きだし便利だけども。
けれどそう言った誘惑に時折負けずに全く聴いたことがないジャンルを聴いたりするのも発掘したりするのも楽しいなぁ、と思いつつ。
今日もこのあとがきを書いております。
皆様も何か作業をされる時なんかは、一曲何かいかがですか?




