余韻 sideラグナ(part28)
激しい戦闘が終わりを迎えてから、少しの時間が過ぎた。
私たちは交易船の食堂に一堂に会していた。
本来なら無数の船員や乗客で賑わうはずの、個人部屋の何倍もの広さがある木造の食堂。そこにポツンと佇むのは、今は私たちたったの四人だけだ。がらんとした室内はどこか物寂しく、ぽつんと並ぶ誰もいない長机や椅子が薄暗い影を落としている。
しかし、天井から煌々と室内を照らす暖かな橙色の照明だけは、冷え切った私たちの心を優しく包み込んでくれる唯一の拠り所のようにも感じられた。
穏やかな波の揺れで、寝てしまいそうな程身体が疲れ切っているのが自分でわかる。
全員が疲労の限界を迎えており、思い思いの形で束の間の休息を取っていた。
私は海に落ちて冷え切った身体を癒すため、潮風に濡れた衣類を着替え、コーヒーで指先を温めていた。
「ラグナ、おかわりはどうですか?」
カップの底が見えかけたタイミングで、ノエが優しく手を伸ばしてくる。
私は提案に頷き、素直にカップを預けることにした。
彼女も疲れているだろうに、その献身性は一体どこから湧き出てくるのだろうか。
「…ありがとう」
「ザビーネはいかがですか? 何か食べられそうですか」
私の使っていたマグカップを手に取り、厨房へと向かいながら、ノエはもう一人の休息者にも声をかけた。
壁際の長椅子に横になって休んでいたザビーネが、のそりと身体を起こす。
その表情はまるで病み上がりのように重く、疲労の色が濃い。いつもの彼女らしい、余裕と風格に満ちた威厳は鳴りを潜め、肩に巻き付いた小さな蛇たちまでクタリと脱力していた。
「……あぁ、何かもらえるかい?」
「了解です。パンがありましたから、サンドイッチでも作りましょうか」
「いいねぇ……そりゃ楽しみだ」
「おれも! なにかてつだう!」
うとうとと船漕ぎをしていたポポロが、自分を奮い立たせるように頭をブンブンと振り、椅子から飛び降りた。トテトテと可愛らしい足音を響かせて、ノエの後をついていく。
少々不安ではあるけれど、ノエが一緒なら大丈夫だろう。……というか、鱗獣種サイズの厨房で、ポポロに手伝いができるような場所はあるのだろうか。
座ったままでも、厨房の二人の様子がよく見えた。
ノエは奥から木箱を運んできて踏み台にし、ポポロに食材のカットを任せていた。意外にも刃物の扱いに慣れているのか、ポポロの手際は悪くない。
(へえ……料理、できるんだ)
内心で感心していると、ザビーネが重い身体を引きずるようにこちらへ近づいてきて、向かいの席にどてっと勢いよく腰掛けた。……今の勢いで座って、身体は痛まないのだろうかと心配したくなるほどの勢いだった。それほどまだ身体が重たいということだろう。
「……ふぅ。こんな醜態を見せて、すまないねぇ……」
「いえ。魔素を枯渇させるほどの無理を強いてしまったのは私の方だから。謝らないで。今は誰も欠けることなく勝てたことを喜ぼう」
「そうさね。あんたの言う通りだ……」
ザビーネは力なく笑うと、少しだけ表情を和らげ、愛用のキセルに火を入れた。
紫煙がゆらりと立ち上る。今まで見た中で、一番美味しそうに深く煙を吸い込んでいるようだった。勝利の余韻にでも浸っているのだろうか。
「ん? 吸ってみるかい?」
「……遠慮しておくわ」
まじまじと見つめていたから、羨ましそうに映ったのだろうか。
彼女がくゆらせる香木のような甘い香りは嫌いではないけれど、自分で吸ってみようとは思わない。吸ったら最後、何か不思議な気分にさせられそうで少し怖い。
「この煙はね、高いリラックス効果があるのさ。蛇たちも気に入っていてね……。ほら、遠慮せずに一服どうだい?」
ニヤニヤと悪戯っぽく笑いながら、今しがたまで自分が口をつけていたキセルをこちらに差し出してくる。
……いや、吸いたくないというより、それは普通に気恥ずかしさが勝つ。
「私は気にしないよ……?」
「私が気にするの!」
「っはは、残念」
ザビーネは楽しそうに口角を上げると、キセルを自分の口元へと戻した。そして噛み締めるように煙を吸い込み、ゆっくりと紫煙を吹き出す。
「ふぅ……。しかし、こんなボロボロの状態じゃあ、ウミボウズが出たとしても戦えたもんじゃないねぇ」
「……出てこなかったら探すわよ。それがルハンとの約束だし」
「あんたは律儀だねぇ。いいよ、ルハンには私から事情を説明しておくさね」
思いがけず、煙を揺らめかすザビーネから探索免除の申し出があった。
てっきり「約束を果たせなければ鬼島行きはお預けだ」とでも意地悪く言われるかと思っていただけに、拍子抜けしてしまう。
「いいの? 怒られない?」
「あいつはただの港町の町長で、こっちは国の中枢を担う諜報機関のトップだ。ちゃ〜んと説き伏せてやるさね」
「……ありがとう」
ふっと柔和な表情を見せるザビーネ。
「あの化け物を退治してくれたんだ。それだけで十全すぎるほどの貢献さね。あんな凶物、海に野放しにしておけるもんじゃないよ」
「でも……なんであんな化け物が急に…?」
「今は一旦忘れて、食事にしましょう」
話の途中で、大皿に盛り付けられた大量のサンドイッチを抱えたノエが戻ってきた。隣を歩くポポロは、小さなお盆に人数分の温かいスープが入ったマグカップを乗せ、慎重に運んできている。
「お待たせしました。みなさん、お腹が空いたでしょう」
大皿がドサッと豪快に机の中央へ置かれた。一気に香ばしい香りが鼻腔を満たし、思わずお腹の虫が鳴りそうになるのを、私は必死の気合いで押し殺す。
「こりゃあ美味しそうだねぇ……」
「いっぱいくえ! とくにザビーネは、だいかつやくだった!」
「フフ、無理をした甲斐があったというものさね」
ザビーネは目元を緩ませ、ポポロが差し出したマグカップを受け取ると、愛おしそうにその小さな頭を撫でまわした。
「それにしてもザビーネ、魔素コントロールは実に凄まじかったですが、一体どこでそれを…? 昔は、そこまで器用ではなかったような……」
ノエがサンドイッチを配りながら、ふと素朴な疑問を口にする。
「ま、私も昔のまま足踏みしているわけじゃないってことさね。……それよりもラグナだよ。その華奢な身体で、どうやってあの巨大な化け物の腕を一刀両断してみせたんだい?」
「え……えーと、正直、私もあんまり覚えてないの」
「なんだい、そりゃあ」
呆れたように肩をすくめるザビーネに、私は苦笑いを返すことしかできなかった。そもそも力の引き出し方さえまともに確立できていないのだ。
「なぁ、おにしまには、どれぐらいでつく?」
ザビーネの隣にちょこんと座り、ポポロが素朴な疑問を投げかけてきた。
確かに、メインマストの一本が折れた状態で航行スピードが大幅に落ちていることは間違いない。
「先ほど船首で確認してきましたが、鬼島まではあと少しです。それこそ、このままいけば深夜のうちに着くと思いますよ。誰か見張りは必要になりますが」
ノエが自分の分のサンドイッチを手に取りながら答える。挟まっている卵とお肉がこぼれそうな程、挟まれている。あぐ、と大きな口を開けてもぐもぐと美味しそうに咀嚼している。
「どうする? しんやに、じょうりくする?」
「こんなボロボロの状態のザビーネさんを置いて、すぐ上陸なんてできるわけないでしょ……明け方が妥当ね」
私は口に含んだサンドイッチを咀嚼しながら、即座に答えた。
塩気と香辛料が効いた厚切りの羊肉ベーコン、ふんわりとした卵焼き、そこに少しピリッとするお手製のマスタードソースが絡み合って実に美味しい。シャキシャキとした根菜を使ったピクルスの酸味が後味をさっぱりとさせてくれて、これならいくらでも食べられそうだ。パンの表面を焦げるギリギリまで焼き目をつけてくれていて、サクサクとした食感も嬉しい。
(美味しい……)
心の中で噛み締めながら、もしゃもしゃと食べ続けていると――ふと、周りの三人の視線がじっと私に注がれていることに気づいた。
「な、何……? 顔に何か付いてる?」
「い、いえ。あなたの場合、何がなんでもすぐに一人で飛び出して上陸したがるものかと……」
「私に気を遣って夜明かしを選択してくれるなんて、優しいねぇ」
「おまえ、ほんとにラグナか…?」
「……あんたら、私を一体何だと思ってるのよ」
あまりに失礼すぎるのではないだろうか。
不満げに頬を膨らませると、三人は顔を見合わせて「くすくす」と可憐に、あるいは「ハハッ」と愉快そうに笑い声をあげた。
呆れ混じりの溜息をひとつ吐き出しながらも、私は二個目のサンドイッチへと手を伸ばす。
冷え切った身体に染み渡るスープの温もりと、くだらない軽口を叩き合える存在。
嵐のような死闘を乗り越えた今だけは、この静かで穏やかな時間を噛み締めていた。
皆様、いつもどうも&初めまして。
みゃ~むら、と申します!
今回も読んでいただき、誠にありがとうございました。
感想やレビュー、お待ちしております。
何と今回の投稿で投稿ep数が50となりました〜!ドンドンパフパフ~!
これも読んでくださっている方々のおかげで続けてこられました!ありがとうございます!!
まぁ今日に気づいて、全く記念的な内容でも何でもない、通常運転のお話であることだけが心残りですが。。。
そういえば最近ずっとラグナパートじゃん、アレンはどうした?って思われてそうですが大丈夫です。ちゃんと忘れてませんし、今も書き進めてます。
飽きてません、断言できます。書いてます。多分ラグナパートが後少し落ち着いたらアレンパートの連打が始まります。乞うご期待って感じですね。
ではでは、またね〜。




