幕間:黒き謀略 side???(part2)
背後からの声に、ユーグが面倒そうに振り返る。
対して、檻の奥に囚われたままの鬼の族長は、まるで外界の雑音を完全に遮断したかのように、ぴくりとも動かず坐禅を組み続けていた。
「なぁに? 私の悪口かしら。アンタ、よくそんな生意気な口聞けるわね」
ずいっと、影を背負った上半身を大きく乗り出して近づいてくる。
その顔に浮かんでいるのは、陰口を叩かれたことへの単なる不機嫌さだけではなかった。どこか猟奇的な愉悦をはらみ、怪しげに口角を吊り上げる不気味な少女。
夕暮れ時の赤い斜光が、開け放たれた木造の扉から差し込み、室内を血のような朱色に染めている。その光の中で、彼女の姿が鮮烈に浮かび上がった。
身長は140センチほど。きわめて小柄で細身の体躯。
髪型は、全体的にラフにハネ散らかした野生味あふれるボリュームのツインテール。その隙間から覗く瞳は、沈みゆく夕日を吸い込んで発光するかのような、異様に鮮やかなピンクレッドだ。口元から鋭い八重歯を覗かせた好戦的でパンキッシュな表情には、剥き出しの狂気と少女特有の愛らしさが危ういバランスで同居している。
その装いは、退廃的でありながらも強烈にスタイリッシュだった。
上半身に纏っているのは、胸元に悪趣味極まりない意匠のパッチやバッジがいくつもあしらわれた、ルーズなオープンカラーシャツ。裾は極端なショート丈にカットされ、引き締まった健康的なウエストラインを恥ずかしげもなく露わにしている。その露出した左腰の肌からは、ねじくれた物々しい一本のツノが直接生え出ていた。
シャツの上から羽織っているのは、インナーと同等の極短な丈に仕立てられた、半袖の変形ジャケットだ。
肩の近くまでをタイトに覆う黒のロンググローブを両腕に嵌め、その細い指先には青いリングを引っ掛けて退屈そうにくるくると遊ばせている。
さらに目を引くのは、ウエストから足元までを緊密に覆う黒い網タイツの着こなしだった。
極短のシャツと、骨盤の低さで履きこなすローライズパンツの隙間。網タイツに包まれた、滑らかなお腹のラインが夕暮れの影の中で非常にセンシティブかつスタイリッシュな輪郭を描き出している。
その上に重ねて重ね履きしているのは、裾がラフにカットオフされた黒の極短マイクロミニデニムパンツ。細身のシンプルな黒いベルトが、細い腰回りのシルエットをよりいっそう引き締めていた。
その禍々しくも魅力的な姿には、目の前のユーグと「ある決定的な共通点」があった。
頭部の左右で著しく不規則に形を変える、魔人特有の異形のツノ。
元来、鬼族を含めた他種族のツノというのは、どれほど巨大であれ美しく左右対称に生え揃うものだ。だが、世界の理から外れた魔人のツノにその法則は当てはまらない。
片方が極端に小さく、もう片方だけが異様に肥大していたり、あるいは彼女やユーグのように体の一部から不自然に突き出ていたりする。このように身体の各所から非対称なツノを生やすことこそが、意思を持ち、軍勢を率いる幹部級の魔人であることの絶対的な証左なのだ。
詰まるところ、全盲の鬼の族長の前には今、かつて歴史の表舞台に長年姿を見せなかったはずの「魔人幹部」が、同時に二人も並び立っている。
床に落ちる影がじわじわと長く伸び、室内の温度が急速に下がっていくような錯覚に陥る。
ただそこに二人が佇んでいるというだけで、木造の古い建物は軋み、肌を刺すようなピリピリとした黒い魔素の波動が室内に充満していく。
鬼の族長は、瞑想の姿勢を保ったまま、密かに額から一筋の冷汗を流していた。
(……流石に、この二人を今ここで同時に相手にするのは、分が悪すぎるか)
一人だけならば、刺し違える覚悟で牙を剥けば、檻を破って屠ることもできたかもしれない。
だが、二人となれば完全に話は別だ。
ユーグと直接やり合ったことはないが、その戦いぶりを遠くから『気配』として感じ取ったことはある。
それだけでも規格外の化け物だということは理解していた。
だが、現れたこの女型の魔人の実力は、完全に未知数。
己の命、そして島に残された同胞たちの命という天秤に対し、今ここで仕掛けるのはあまりにも勝率の低い無謀な賭けだった。
しかし、そんな鬼の胸中に渦巻く冷徹な計算など露知らず――。
「だからさぁ! オメェのその無駄なデカい声が島中に響いてんだよ、バカ女!」
「はあぁ!? 誰がバカ女よ! あんたのその締まらない顔を見てると、こっちの頭痛が悪化するんだけど!?」
夕闇が迫る凄惨な集落の片隅で、二人の魔人は子供のようにギャーギャーと、不毛な言い争いを続けていた。
聞いているだけで本当に頭痛がしてきそうなのは、檻の中の鬼の方だったろう。
族長はこめかみをピクリと動かし、自然と重いため息を漏らした。
それに、女型の魔人がいち早く気づいた。
「ほら、あんた呆れられてるじゃない」
不機嫌そうに唇を尖らせ、ツインテールを揺らしてユーグを睨む。
「いや、オメェに呆れてんだろ、どう考えても」
「なに、アンタ私に反抗できる立場? 『牛鬼』がやられたこと、私、まだ怒ってるんだからね」
ずいっと顔を近づけ、人差し指でユーグの胸元を強く突き刺した。
その不意の指摘に、ユーグは一瞬だけバツが悪そうに視線を泳がせたが、すぐにいつもの不敵な態度を取り戻して鼻で笑った。
「ケッ、俺は悪くねぇよ。あんな、よえぇ眷属しか生み出せないメリアのせいだろ」
メリア――それが、ユーグに噛み付いている女型の魔人の名だった。
「よえぇ眷属」という言葉を吐き捨てられ、メリアの額に青筋が浮かぶ。不機嫌さは瞬時に剥き出しの敵意へと塗り替えられた。
「ちょっと……私の可愛いペット達を、今、雑魚って言った?」
わなわなと豊かなツインテールを震わせ、メリアの全身からドス黒い魔素がもやもやと立ち上り始める。彼女は一歩一歩、床を踏みしめてユーグへと迫っていく。
「だいたい、お前何でまだここにいるんだよ。もう用は済んでるはずだろ」
ユーグは鬱陶しそうに身をかわしながら問いかける。
「何よ、私のやさし〜い心遣いでしょ。私のお気に入りだった『オクトン』が、何者かにやられちゃったのよ」
「……へぇ」
その言葉を聞いた瞬間、ユーグの口角が吊り上がった。今日初めて、彼は愉悦に満ちた嗤い声を漏らす。
「可哀想なオクトン……ボロボロになっちゃってさぁ、今はゆっくり休んでるけど……ねぇ、ウミボウズ、もう引き上げていいかしら? これ以上私の可愛いペット達を痛めつけられたくないんだけど」
「おいてけよ。どーせ数あるうちの一匹だろ?」
「大事なペット達に決まってるでしょ! そもそも何? 相手を散々煽っておいて、なんで防御ばっかり固めてんのよ。ダサくない?」
メリアはユーグを煽る様に捲し立てる。
「ああん? てめぇのペットに負けるような雑魚とは、そもそも戦う価値すらないんでな。ま、線引きってやつだ」
「ちょっと、また私のペットのこと雑魚って言ったわね!?」
「あ? ちげーのかよ。俺たち以外に負けるようなペットは、全部一括りで雑魚だろ」
「アンタねぇ……!」
メリアはワナワナと我慢の限界が来たかの様に体を震わせている。
「やるか? てめぇが俺に勝てると思ってんなら、受けて立ってやるよ」
ゴウ、と室内の空気が鳴動した。
二人の身体から溢れ出た、禍々しく濃密な黒い魔素が激しくぶつかり合う。
戦火を免れていたこの頑強な建物さえもが、その余波でミシミシと悲鳴を上げ、頑丈な柱や壁にピシピシと無数の亀裂が入っていく。足元の木床が、魔素の重圧に耐えかねて爆ぜるような音を立てて裂けた。
その凄まじい威圧感は遮るものなく外部へも伝播し、遠くの森で羽を休めていた鳥たちが、一斉に恐怖の叫びを上げて夜空へと飛び立つ羽音がバサバサと響き渡る。
二人の魔素が臨界点に達し、今まさにぶつかろうとした、その瞬間。
「喧嘩なら外でやれ」
地を這うように静かで、だが一切の雑音を掻き消す様な底冷えする声が、檻の奥から響いた。
全盲の鬼の族長が放った、静かで、しかし確かな重みを持つ言葉。
冷徹な「武」の意志が、暴走しかけていた魔素の奔流を強引に裂いた。その凛とした横槍に、熱くなっていた二人の魔人は、ふと毒気を抜かれたように冷静さを取り戻す。
「チッ……」
ユーグは小さく舌打ちし、立ち上る魔素を霧散させた。そして、ニヤリと唇の端を吊り上げる。
「フン……まあいい。てめぇのペットを倒してきたっていう奴だ。それなりに楽しめそうかもな」
夕闇が完全に島を支配しようとする中、ユーグは薄暗い廊下の向こうを見据え、獲物を待つ獣のように怪しく笑った。
どうも&初めまして!
ミャームラです。
今回、お読みいただき、誠にありがとうございました。
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