幕間:黒き謀略 side??? (part1)
鬼島〈オニカド〉。
東大陸の近海に位置しながらも、東大陸の航路からは完全に切り離された、鬼族が住まう独立した三つの列島――それがこの島々の総称だった。
古来より、そこに暮らす鬼以外の種族がこの島に足を踏み入れた記録はない。
否、正確に言うならば、誰もあの屈強にして圧倒的な武を誇る鬼たちに、進んで近づきたがらなかっただけなのだ。
外の世界の通説では、「あの凶暴な鬼どもが好む土地なのだから、よほど過酷で荒廃した環境に違いない」「とんでもない猛獣や怪鳥が蠢き、日夜血で血を洗う縄張り争いが起きているはずだ」と、学者たちが大真面目に議論を交わしているような謎に包まれた領域だった。
ならば、その秘境の実態はどうなっているだろうか。
実際の鬼島は、学者たちの偏見を嘲笑うかのように、息を呑むほど深く険しい緑の山々が連なる、瑞々しい箱庭そのものだった。
島固有の極彩色に輝く鳥たちが数多く木々を渡り、手つかずの自然の中で猛獣たちが牙を剥き合う、生命力に満ちあふれた野生の王国。
天を突くような険峰から流れ落ちる清流は、長い年月をかけて大地を深く穿ち、島を複雑に隔てる入り組んだ渓谷を形作っている。その谷底や急峻な斜面にへばりつくようにして、自然の巨木や岩盤を利用した鬼族たちの古床な集落が点在していた。
山裾に広がっているのは、人の手が入っていない、海の風に波打つ背丈の低い木々や、腰の高さまで伸びきった瑞々しい草花の花畑だ。四季の彩りと、この世界の濃密な大自然をぎゅっと凝縮したかのように、島は歩みを進めるごとに万華鏡のように美しく表情を変えていく。
だが、そのミニマムでありながらも雄大だった孤島の自然は今や、各所に見るも無惨な戦場の爪痕を痛々しくその身に刻まれていた。
かつて青々と茂っていた固有種の原生林からは、黒く濁った煙と不気味な赤黒い炎がくすぶり続け、この世の終わりを告げるように天を焦がしている。
自然と調和していた美しき集落の木造建築は粉々に破壊され、大地や頑強な岩肌には、巨大な刃によって強引に両断されたかのような深い斬撃の溝や、隕石でも落ちたかのようにクレーター状に陥没した打撃の痕跡が、至る所に生々しく残されていた。
ここでどれほど凄惨で激しい死闘が繰り広げられていたのだろうか――。
静まり返った島に漂う、重苦しい硝煙の臭いと生温かい血の気配が、その地獄絵図を容易に物語っていた。
「全く、面倒クセェ……」
そんな地獄絵図を作り上げた張本人の一人であるユーグは、いくつかある集落のうちの一つにすぎない、集落の跡地にて、ただただ退屈そうにぼーっとしていた。
時折、わしわしと頭を掻いたり、その辺から身の程知らずに喧嘩を売ってくる猛獣を適当にあしらったりしているが、そんなものは暇つぶしにもなりゃしない。
時は既に夕暮れ。日は傾き、黄昏時であった。
さっさとこんな辺鄙な島から引き上げたいのは山々だが、まだ肝心の目的を達成していないのだ。
ユーグは集落跡地の中で唯一、ほぼ無傷のまま残されている、ひときわ大きな建物へと視線を向けた。そして、土足のままずかずかと不躾に中へ入っていく。まるで、そこがすでに自分の城であるかのような不遜な態度で。
薄暗い木造の建物の中。ユーグは、自身の禍々しい魔素で作り上げた強固な檻の中を見やった。
そこには坐禅を組み、瞑想している全盲の鬼が一人、ただ一人静かに囚われていた。
「なぁ、オメェは本当に知らねぇのか?」
もう、この質問を何度呼びかけたか分からない。だが、この寡黙な鬼の族長とやらは、この島のあちこちに点在している歴史ある銅像のようにびくとも動かない。
「……」
おどしのつもりで、ユーグは彼めがけて小さな魔素の槍を指先から飛ばした。
槍は鬼の頬を鋭く掠め、後方の頑丈な壁に突き刺さると、パラパラと小さな亀裂を作ってから霧のように虚空へと消え失せた。ワンテンポ遅れて、鬼の浅黒い頬からツウと一筋の赤い血が流れていく。
だが、その鬼は微動だにせず、避ける素振りすら見せなかった。
「ハッ、避けもしねぇってか。それとも本当に見えなかったか?」
「……私をやりたければ、やれば良かろう」
低い、だが芯の通った確かな意思を感じる声が返ってくる。
グレーの無造作なミディアムヘアの間からは、鬼の誇りである二本の立派なツノが覗いている。はだけた胸元から覗く肉体は、日々の鍛錬によって引き締まり、鍛え上げられていることが一目で判る。
胸から肩、そして腕にかけては、まるで和彫りの刺青のような黒い呪言の文様がびっしりと刻み込まれ、無骨で荒々しい強さを無言のままに誇示していた。
下半身には、深く暗い黒の袴を着用し、その上から無骨な革ベルトを固く巻いている。そこには彼の魂である刀が静かに挿し込まれていた。
手足の肌もまた独特な赤黒さを帯びており、ツノと合わせて、彼がこの島に君臨する鬼であることを強く象徴している。
「なぁ、いい加減教えてくんねぇか。『白い剣』の在処をよ」
「何度も言っているだろう。そんな物は聞いた事がない。純白に近い刀剣ならば、ここの集落の工房にも戦場にも転がっているだろう」
「ケッ、そんなしょーもねー鈍らの話じゃねぇよ」
ユーグはその場に気怠げにしゃがみ込み、鬼の顔を覗き込むようにして首を傾げた。
完全に退路を断たれた不利な状況で、この落ち着き様だ。敵対している相手ながら、その胆力は見事と言うほかないが、同時にひどく腹も立ってくる。
しかし、目の前にいるこの男の強さは間違いなく別格だ。それこそ、あの機械国で相見えたデンドロビウムよりも――ある特定の条件下においてだが――遥かに恐ろしい。
この男は、残存する同胞たちや集落の命を守るため、自ら人質としてユーグの前に出てきたのだ。ユーグはその条件を切り札として受け入れ、互いに無駄な血を流さないという不可侵の協定を結んだ。
もしこいつが本気で牙を剥けば、俺とてただでは済まないだろう。だからこそ、こうして檻に繋いで手元に置き、直近で監視し続けているのだ。
その圧倒的な気迫は、今も檻の奥で静まり返り、深く鳴りを潜めていた。
「……お主はどこかへ出かけていた様だな」
全盲の族長は、見えないはずの目でユーグの気配を捉え、静かに核心を突いてきた。
いつもは貝のように口を閉ざしているくせに、意外にも、今日は話し相手をしてくれるらしい。
「そうだな。だけど、いつまでそんな涼しい顔してられるか? オメェにも大いに関係あるぜ?」
「……私の妹か」
「さすが、察しがいいな」
やはり頭も切れる。この若さで一癖も二癖もある鬼たちをまとめ上げ、族長を任されているだけはある。
「だが、その様子だと、お主にとって収穫はなかった様に見えるがな」
「フン、それはわかんねぇだろ。今にオメェが泣いて俺に詫びる事になるかもしれねぇぜ?」
ユーグはしゃがんだまま片膝に肘を突き、顎を乗せて、脅すようにニヤリと笑いかけた。
「そうだな……。お主に一つ嘆願するならば……」
だが、鬼の族長は何の動揺も見せず、静かに口元を動かしていく。
「お主の代わりにここにいた、何という魔人だったか。お主が留守の間、ギャンギャンと終始うるさかった。あれをどうにかしてくれ」
「ははっ! 初めてお前と同意見だぜ」
ユーグは思わずカッカと愉快そうに笑いながら、軽く両手を叩いた。
やっぱり、あのバカ女が死ぬほど喧しくて鬱陶しいというのは、種族や陣営を問わない共通認識らしかった。
「ちょっと……聞こえてるんだけど?」
不意に、開け放たれた背後の扉から、影を背負って。
甲高く、そしてすこぶる不機嫌そうな声が、ピリピリとした静寂を切り裂いて室内に響き渡った。
どうも&初めまして!
みゃ~むら、と申します。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
感想やコメント、お待ちしております。
とうとう3連休最終日ですね。
いやだ~~~!
僕の3連休、どこ…?
誰が食べたの?誰かスティールしました?それともこれは悪い夢…?
また幻術なのか?また、幻術なのか……?
落ち着け、落ち着いて素数を数えるんだ……っ!
素数は孤独な数字、私を落ち着かせてくれる…!
1、2、3、4、5、6……(ここで文章は途切れている………)




