出現 sideラグナ(part24)
こちらの意図を察知したのか、異形どもは攻撃の手を緩めない。頭上の空を遮るように、別の巨大な足が猛然と押し潰すような軌道で振り落とされる。
「させないわ、よ!」
私は先ほどよりも一瞬早く踏み込み、ノエの突撃の邪魔にならないよう、進路上に立ち塞がっていた雑魚どもを横一文字に撫で切りにした。そして、全身のバネと力を細剣の切っ先に込め、ノエに襲いかかろうとしていた巨大な蛸足を空中で迎え撃つ。
ノエのように一撃での両断こそ叶わなかったが、私の放った全力の斬撃は、触手の肉厚な中身を五、六割ほど力強く切り裂いた。骨のない軟体の足は自重を支えられなくなり、だらんと力なく空中を彷徨う。
「助かります、さすがです」
私によって頭上の安全を護られたノエは、その突撃の勢いを一切殺すことなく、標的であるマストに絡みついていた一本へと肉薄した。
凄まじい風切り音と共に大斧が綺麗な半円を描く。船体へのダメージを最小限に抑えながら、丸太のような蛸足が見事に両断された。ノエはその切り口を足場にしてさらに跳躍し、勢いのまま、もう一本の足に対しても、内臓に響くような力強い蹴りをお見舞いした。
その超人的な竜人の脚力から繰り出された一撃は、その蛸足を強引にマストから引き剥がすのには十分だった。弾かれた足は大きな水飛沫を上げて海に叩きつけられていく。切られた足は甲板の上で力なくだらんとし、黒い魔素のヘドロを撒き散らしたあと、霧となって消えた。
ノエの無駄のない、鮮やかな一撃を間近で見て、私は改めて自分の力不足を痛感してしまう。ノエはその恵まれた竜人族の強靭な肉体と筋力を余すことなく利用し、最大限の遠心力をもってあの巨大な蛸足を容易く切断してみせたのだ。それに比べて私は、ただ切り込みを入れるのが精一杯。
(あの時の感覚、何とか思い出せ……!)
ハティと戦った時のように、内側から溢れ出るような「白雷の力」が上手く引き出せない。焦りが胸を支配しそうになるが、私は深く息を吸い込んだ。コスモの言葉が呪いのように頭をよぎるが、それを復讐への昏い執念で強引に塗りつぶし、心を鋭く研ぎ澄ます。
今はこの船を襲っている謎の超巨大な魔物を撃退しなければ、すべてが海の藻屑だ。
一時的に船首のザビーネたちから離れてしまったが、あっちの防衛は大丈夫だろうか。ノエと私は行く手を阻む眷属どもをできる限り切り伏せながら、ザビーネの元へと視線を戻した。
「うおぉおお!」
ザビーネと舵輪を死守するように、小さな身体で縦横無尽に駆け回っているポポロの姿が視界の端に映る。彼は得意の野生的な瞬発力を活かし、近づく異形たちをナタの嵐のような連続攻撃で片っ端から蹴散らしていた。驚異的な集中力だ。
対照的に、その後ろのザビーネはしっかりと目を瞑り、静かに深く息を整えて、体内の魔素を極限まで集中させ、練り上げている。彼女の周囲の空気が、怪しく揺らめいでいる。
こちら側にも眷属たちが肉薄してくる。魔素で生成された無数の弾丸が四方八方から飛んでくるが、ノエがすかさず武器を大きな盾に切り替えて対応。その背後から私が鋭く跳躍し、飛び出してきた奴らを容赦なく細剣で切り伏せていく。やはり、この程度の雑魚であれば、今の私にとっても敵ではない。
だがその時、船体に取りついていた大足の一本が、近づきすぎた私を叩き潰そうと横薙ぎに襲いかかってきた。そこへ、ノエが私と交差するように前へ出た。大ぶりに斧を切りつけ、その一撃で強引に大足の軌道を逸らす。
「ふん!」
切断には至らなかったが、深い切り傷がつく。
その瞬間だった――海の底、奈落の深淵から響くような、ゴォォオオォという鼓膜を震わせる気味の悪い怒号が海原に響き渡る。
それと同時に、今まで周囲の海面で不気味に佇み、様子を伺っていた十本近くの巨大な足のすべてが、一斉に牙を剥くように、船体へと同時に襲いかかってきた。死角のない、全方位からの暴力の嵐。船が完全に圧殺される、そう確信した瞬間――。
「――今だ」
ザビーネの、芯の通った底冷えする声が甲板に響き渡った。
次の瞬間、彼女がカッと目を見開く。その瞳は今までよりも一層怪しく、深く緑色に煌めき、それに呼応するように、頭髪から伸びる蛇たちが生き生きと鎌首をもたげて長く長く伸びた。
その蛇たちが、四方八方の異なる方角、つまり襲いかかってくる十本の蛸足へと一斉に向き直る。
刹那――それぞれの蛇の口から、限界まで魔素を収束・超圧縮させた深緑色の破壊熱線が、レーザーとなって一斉に照射された。
ザビーネは照射を維持したまま、首を滑らかに横一閃させる。
放たれた何本もの深緑の魔素レーザーは、さながら空間そのものを切り裂く超高圧のカッターのように、一切の抵抗もなく、船を取り囲んでいた巨大な足を次々と滑らかに切り刻んでいった。実に見事な、一撃必殺の職人技だった。
容赦なく切断された無数の巨大な肉塊が、ドパパパパン! と強烈な連続爆音を立てて海へと一斉に脱落していく。船体を囲うようにして次々と巨大な水柱が立ち上がり、激しい海水が嵐のように、滝のように甲板へ降り注いだ。切られた足から溢れ出た黒い魔素が空を覆い、快晴だったはずの視界が、一時的に夜のように暗く染まる。眷属達は、その圧倒的な力に恐れをなしたのか、慌てるように海へと引いていく。
私はその規格外の光景に、開いた口が塞がらなかった。
「ちょ、ちょっと、ザビーネさん……! 今のができるんだったら、最初からやってくれた方がもっと簡単だったんじゃないの!?」
私は顔にかかった冷たい海水の飛沫を腕で乱暴に払いながら叫んだ。船首から気だるそうにこちらに歩み寄ってくる。
「ふぅ……バカお言い。私だって元から魔素の総量が多い種族じゃない。今のだって一、二回出すのが限界さね。それに、さっきのおチビちゃんが周りの雑魚を完璧に引き離して守ってくれなきゃ、集中する時間すら稼げない奥の手だよ」
大汗をかいているザビーネは、手元でキセルから紫煙を吐き出しながら肩をすくめる。その表情には、明らかな疲労の色が滲み出ていた。
「おれ、すごかったか!? まもれてたか!?」
「大殊勲さね。ありがとうよ、おチビちゃん」
「へへん! 」
ポポロが誇らしげに胸を張る。
だが、ノエの視線は未だ険しく、波立つ海面へと向けられたままだった。その身体は依然として戦闘態勢を解いていない。
「本当に、これで終わりでしょうか」
ノエが静かにそう告げると同時――まるで世界そのものが一回転してひっくり返るかのような、これまでにない質量を伴った大揺れが船を襲った。
船底から直接突き上げるような、凄まじい衝撃。横からの大波に揺られ、中大型の船体が45度近くまで強引に傾斜していく。
「わあぁっ!? お、おちる~~っ!」
「本当に手のかかる……っ!」
あまりの急傾斜に足場を失い、そのまま濁流の海へと滑り落ちかけていたポポロの小さな手を、私は全力で傾いた甲板に這いつくばりながら、寸前のところでなんとか掴み取った。
船体がこれほどまでに傾いた原因は、先ほどまでの足による締め付けなどではなかった。船の真横の海面が、まるで海底火山が爆発したかのように大きく、不気味に盛り上がり――大量の海水が、文字通りの暴風雨となって甲板に土砂降りのように降り注ぐ。
霧のように立ち込める凄まじい水飛沫の向こうから――船体よりも遥かに巨大な、悍ましい「タコの顔」をした、悪夢の化け物そのものが、その巨大な全貌を現した。
どうも&初めましてです。
みゃ~むら、です。
今回もお読み頂きありがとうございました。
感想、お待ちしております。
始まりました。三連休!
幸せな響き、甘美なワード。
素敵だぁ。




