混迷の先 sideアレン
モニターが閉じられ、部屋は一時の静寂に包まれる。
作戦会議の重苦しい余韻が残る中、ギアは深く椅子に座り直し、金属的な光沢を持つ天井の虚空を見上げた。
「やはりこうなってしまったか……。セツナさん、申し訳ない」
先ほどまでの冷静で落ち着いた、どこか事務的とも言える雰囲気のまま、ギアは静かに謝罪の意を述べた。
「い、いえ……ですが、本当によかったのですか? 私の、一族のせいで、あなた方の同盟に何か不利益が……」
セツナは申し訳なさそうに少し慌てふためいた様な、消え入りそうな声で応じる。彼女の背負う「鬼族」という宿命が、この強大な機械国と人間領の足並みを乱してしまったのではないかという罪悪感が、その横顔に色濃く滲んでいた。
「そればかりは成り行きに任せるしか無いな。まぁ、君が気にする事はない」
ギアは機械の節くれ立つ手を軽く挙げるようにして、彼女の言葉を制した。その仕草はあまりに淡々としており、まるで最初からこの決裂すら計算の範疇であったかのように、あるいは全く問題ないかのように振る舞ってみせる。
「はぁ……。ギア殿がそう仰ってくれるのであれば……」
セツナはまだ完全に納得のいかない様子ではあったが、それ以上は何も言えず、小さく息を吐いて引き下がった。
だが、現現実は非情だ。人間領の戦略的な支援を得られなかった事実は変わらない。
「しかし、どうする? こうなった以上、戦略を練っていかねば苦しいだろう」
会議中、頑なに黙示を貫いていたエデンが、駆動音と共にようやく重い口を開いた。その声には、機械国の中枢を担う者としての現実的な危機感が含まれている。
「元々はどういった事を想定されていたのですか?」
それに続くように、セツナもすがるような眼差しをギアに問うた。
「当初は人間領から人員や資源の提供を受け、それで小型船を大量に生産する計画だった。そして、広範囲に分散した海上からの遠距離援護で敵の戦力を少しずつ削ぐ……。十分に弱らせた所で上陸、包囲する様に本陣を叩く想定をしていたが…」
一拍置いて、ギアが話を続ける。
「魔人ユーグの出現に、支援が得られないとなれば、一から再考だな」
ただの魔人ならば艦砲射撃も有効かもしれないが、あのユーグの事だ。簡単にガードや船に乗り込んでくることも十分に考えられるだろう。
「資源面では圧倒的な人間領達の支援がなければ、我々も物量において苦しい面があるからな」
エデンの補足に、部屋の空気が一段と重くなる。そこへ、退屈そうに机に肘をついていたデンドロビウムが、至極当然の、しかし最も核心を突いた疑問をぶつけた。
「う〜ん、じゃあこっちの出来ることは限られてるって事ね。……少数精鋭かつ、超短期決戦が丸い? 相手がどれほどの数を揃えているかもわからないからかなりリスキーだね」
「船は今、何隻ほど動かせるのですか?」
俺の隣でじっと話を聞いていたセシルが尋ねる。
「我々が所有しているのはどれも中型から大型の5隻だが、今、ここのドックにあるのは2隻だけだ。残りの3隻は交易で出払っている」
ギアの答えに、俺は思わず奥歯を噛み締めた。思った以上に、こちらの海上戦力は乏しい。実質、動かせるのはたったの2隻。
「デンドロビウムさんの先ほど言う通り、人間領の領主たちが最も懸念していた『相手の圧倒的な物量』が、そのままこちらの高い壁として立ち塞がることになりますね。ユーグ級が何人いるかも…」
セシルが補足するように話に入る。その凛とした声に、ギアは思い出したかのように、俺たち3人(アレン、セシル、フェリクセン)の方へと向き直った。
「君たちもすまない。こんな厄介な事に巻き込んでしまって……」
「いえ、巻き込まれたなどとは思っていません。……ですが、どうして我々なのでしょうか?」
俺の問いに、ギアはフッと駆動音を混ぜて静かに笑った。
「そりゃあ、君たちの『素質』だよ。こちらに増援に来た時の迅速な判断や、通常の魔人ならば問題なく圧倒できる戦闘技術……そして何より、その後も己の身を顧みずに救助活動を行ってくれる行動力。それらは全て、効率や計算を優先しがちな我々にはない、純粋な『意思の力』だ。私たちにはない重要なファクターだ」
「意思、ですか……」
その言葉の重みが、じわりと胸に染み渡る。
「あぁ。すまないが、鬼島で共に戦ってくれるとありがたい……。あと、そうだ。通信室を貸すから、ブリジットさんに私の代わりに謝っておいてくれるかい? あの人は放っておくと、あとが怖いからね」
あの冷静沈着なギアが、肩をすくめるようにして彼女の名前を出した。あの最強の軍人であるブリジットさんを怖がる側面がギアにもあるとは。俺は内心少し驚くと同時に、張り詰めていた緊張がわずかに解け、苦笑してしまった。
「ええ、分かりました。ありがとうございます」
どちらにせよ、事態がここまで急転した以上、ルクレチアやブリジットさんに現状を報告し、連絡を取りたいと考えていた。ギアのその申し出は、願ってもないことだった。
「ギア〜、でも実際どうするのさ? たった2隻の船から、陰湿にドカドカ大砲でも撃っていく気?賭けてもいいけどあいつは黙って見てないと思うよ」
デンドロビウムが机に顎を乗せたまま、気の抜けた声を出す。
「空間転移や障壁で簡単にガードされてしまうだろうね、全く厄介な相手だ」
「だよね〜〜〜〜」
デンドロビウムは完全に机に突っ伏してしまった。
打つ手なし、と言わんばかりの状況。だが、ギアのセンサーの奥の光は、まだ消えてはいなかった。何か考えがあるのだろうか。
「セツナさん」
「はい」
「魔素溜まり――あいつらが根城にしている、あいつらが出現した箇所は島のどこに位置するかな? さすがに鬼族の集落の辺りではないよね?」
「え、ええ……。移動していなければ、島の南東部になります。昔はそこにも鬼族の眷属がいたのですが、既に誰も住んでおらず、長い間廃墟になった地でした。ですから、現在あそこには魔人たちしかいないはずです」
その回答を聞いて、ギアは何かを決定づけたように、金属の顎に手を当てた。
そして。機械国特有の、フシュー……と軽い蒸気が抜けるような音が部屋に響く。
「……なら、そこだけでも消し飛ばしてもいいかい?」
『え?』
そのあまりに突飛で、かつ破壊的な提案に、俺たちの思考は一瞬でフリーズした。
ーーー
「じゃあ、ピピちゃんは大丈夫なの?」
画面の向こうから、心配そうに眉をひそめたルクレチアの声が響く。
「うん。今、デンドロビウムさん達が付きっきりで診てくれてるから、彼女たちに任せていいと思う。ただ、損傷が酷いみたいで、意識が戻るにはまだ時間はかかるって……」
「そう……。でも、みんなも無事で、本当に良かったわ」
「いや、ホントにごめん……。俺たちの判断で勝手な事して……心配かけた」
ギアに借りたプライベート通信室。暗い部屋の中に、大型モニターの青白い光が俺たちの顔を照らしていた。
通信の相手は、ルクレチアとブリジット。こちら側には、俺とセシル、そしてフェリクセンが並んでいる。長距離通信の調子がまだ完全に復旧していないのか、時折、パチパチと画面にノイズのようなものが走るのが気になった。
「全く、セレスティアから飛んできた伝書鳩の報告で、貴方達が勝手にデウステクス(機械国)に向かったと聞いた時は、本当にどうなるかと生きた心地がしなかったわよ……」
ルクレチアは今でも血の気が引いたような顔をして、胸に手を当てていた。目の下にうっすらと隈がある。俺たちが心配で、まともに寝ていないのだろう。
「ルクレチアさんの目の届かないところでは、きちんと私がアレンを守りますから。安心してください」
セシルが、少しでも彼女を和らげようとするように、努めて明るい笑顔で返した。
「ふふ、お気遣いありがとう、セシル。本当に頼りにしてるわ」
「おいおい! 俺もいますから!」
フェリクセンが不満げに口を尖らせる。
「お前はさっきのギアたちとの会議中、堂々と寝ていただろう? そんな調子で行けるのか?」
すかさず画面の奥から、ブリジットの冷徹なツッコミが飛んできた。
「な、なな、見てたんですか!?」
慌てるフェリクセンの姿に、通信室の中にどっと笑いが起きた。どこか張り詰めた空気の中で、これこそが文字通りの「一時の安寧」だとも言えた。この暖かさに、ずっと触れていたいと思ってしまう。
「……しかし、ギアは何を考えている? 人間領の支援を失った今、実際、可能なのか? その、鬼島の奪還作戦とやらは」
笑いが収まったところで、ブリジットが腕を組み、鋭い眼光をこちらへ向けた。
「うまくいけば……と言う感じですね。ちょっと、作戦の詳細に関してはこの通信ではお話しできないのですが」
セシルが言葉を濁す。
「それは構わない。機械国側にも、私たちに隠しておきたい機密事項がある事くらい、理解できる」
さすが人間領の軍事司令。ブリジットは不快感を示すことなく、深く頷いた。
「みんなは……その、鬼島に直接行くの?」
ルクレチアが、不安げに、声を絞り出すようにして俺たちに問う。
「あぁ、そうなるだろうね」
俺が覚悟を決めて答えると、画面の奥でブリジットがふっと視線を和らげた。
「ルクレチア卿、彼らは私たちの頼れる教え子であり、部下です。何せ、個々の判断で、機械国まで赴き、戦線への参加から救助活動まで完璧に行ってみせたと、あの堅物のギアが絶賛していたほどだ。彼らは実に優秀ですから」
「ブリジットさん、ありがとうございます」
厳しくも自分たちを認めてくれたその言葉に、俺は少し救われる思いだった。
「だが、魔人の幹部とやら……先ほど共有してもらった会議のモニターを見させてもらったが、あのユーグというやつは別格だ。そこは3機神の誰かが対応するのか?」
「は、はい、デンドロビウムさんにエデンさんも、直接前線に出られると仰っていました」
「ほう、あの二人が…」
「直接、本土まで攻め込まれたことで、彼らもかなりの危機感を持っている様に感じました。それに……」
『それに?』
ルクレチアとブリジットの声が重なる。
一拍置いて、セシルは言った。まるでこの一言を口に出すべきか、本気で悩んでいるかのようだった。
「現場にいなかったギアさんが……思った以上に、歯痒い想いをして、怒っているようでした。会議前に少し打ち合わせの擦り合わせがあったんですけど、その時にご自身の考えを吐露されてましたから」
「確かに、計算やシミュレーションが得意な奴らが、完全に相手の行動予測を裏切られたんだ。プライドをへし折られたのも同然、そう思うのも無理はないな」
ブリジットが納得したように息を吐く。
「彼らが予測出来ないほど、事態が混沌としてきたと言う事でしょうか……」
ルクレチアが悲しげに瞳を伏せる。
正直に言えば、俺だって不安で押しつぶされそうだ。相手はあの魔人。だが、遅かれ早かれ、俺は魔人たちと真っ向から相対する運命なのかもしれない。あの悲劇を繰り返さないためにも。
「……私も加勢に行ければいいのだがな」
悔しそうな面持ちで、ブリジットはギリ、と唇を噛んだ。
「ダメっすよ、ブリジットさん。あなたはあなたで、今あっちで行われてる領主会議の護衛任務があるでしょ」
フェリクセンが宥めるように言うが、それがかえって火に油を注いだ。
「フン、あの腰抜け共の護衛なぞ、そこらの野良犬にでもやらせておけばいい!」
「ちょっと、ブリジットさん…」
ルクレチアが慌てて嗜めるが、ブリジットの怒りは収まらない。
「だが、ギアの方が私も正しいとは思う。ルクレチア卿の前では悪いが、我々や鬼島、それに機械国までもが突如としてやられている。こちらもそれ相応の対応をする事は、軍事的に見ても最善の一手だろう!」
別段、俺たちが怒られているわけではないのに、そのあまりの凄みと威圧感に、俺たちはモニター越しだというのに思わず背筋を伸ばし、身を硬くしてしまう。
「教え子達が命懸けで最前線の戦場に赴くというのに、この私が呑気に後方で書類処理とはな……! それに引き換え、あの領主たちと来たら、全く不甲斐ない事この上ない! 自分たちの安全な場所からただだらだらと会議をして、現状を維持して満足しているだけだ。なにを偉そうに上から目線で物をも言っているのやら! 自分たちの領地が、今どんな危機に瀕しているかも分からずに……!」
「ブリジットさん!!」
割れんばかりの、張り詰めた大声で彼女を制止したのは、誰でもない、彼女の隣に座るルクレチアだった。
はっとするブリジット。
まるで一瞬、通信の向こう側の時が止まったかのようだった。強烈な緊張感が走る。
ブリジットは自分の失言に気づき、気まずそうに顔を背けると、コホン、と小さく咳払いをした。
「……失礼。私も、どうやら少々疲れていたようだ。不適切な発言、お許しいただきたい」
いつもの厳格な軍人らしく、ぺこりと頭を下げて謝罪する。
あの傲岸不遜とも言えるブリジットさんが、こんな風に申し訳なさそうに小さくなっている姿を見るのは初めてだったため、俺たちはどこか新鮮で、不思議な感覚を覚えていた。
「いえ、こちらこそ……私たちが不甲斐ないばかりに、貴方ほどの方にその様な思いを抱かせてしまい申し訳ありません。きっと、軍のトップである貴女だからこそ、誰にも言えない不満や重圧もあったでしょう。また私で良ければ、いつでもお話を聞かせてくださいね」
ルクレチアは優しく微笑み、ブリジットの肩にそっと手を置いた。
「……お気遣い、感謝いたします、ルクレチア卿」
ブリジットが静かに頭を下げた後、ルクレチアはいつもの柔和で、包み込むような慈愛の笑顔を浮かべながら、画面の手前にいる俺たちへと向き直った。
「アレン。みんな。……必ず、生きて帰ってね」
「あぁ、もちろんだ。約束するよ、ルクレチア」
「良い報告を待っているぞ、お前たち」
ブリジットの短い、だが信頼の籠もった言葉を最後に、プツンと音を立ててプライベート通信が切られた。
画面が暗転し、室内に再び静寂が戻る。俺たちはそれぞれ、心の中に新たな覚悟の火を灯しながら、静かに立ち上がった。
ど~も!
いつもありがとうございます&初めまして!
みゃ~むら、と申します。
なんかあとがきを書くのも久しぶりの様な気もしますが私は元気です。
皆さんはどうでしょう。最近はかなり熱くなってきましたね。体調を崩しやすい季節(最近は一年中そうかもですが)なのでみなさまお気をつけて。
私はついこの前まではずーっと文章を書いていたのですが今はイラスト制作に忙しい日々です。
原稿を終わらせて、早く小説に集中できる様がんばりまっす!




