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すべての生きとし生けるもの達へ  作者: みゃ~むら
オニカド編

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30/35

波乱の会談 Side アレン

「――以上が、我々機械国デウステクスで起きた一連の出来事、および検出されたデータの全容になります」


ギアの淡々とした、しかし有無を言わせぬ現状報告が締めくくられると、空中モニターの向こう側に並ぶ人間領の代表者たちの面々は、一様に驚愕の色に染まった。


それも当然の反応と言えた。

デウステクスへの突発的な強襲、鬼島がすでに敵の手によって占領されているという最悪の予測、そして何より、襲撃してきた魔人がこれまでの有象無象とは桁違いの力を持つ「幹部クラス」であり、組織的に動いているという事実。

現場で直接刃を交えた俺たちでさえ、未だに完全には咀嚼しきれていない深刻な事態だ。情報の塊を一遍に放り投げられたに等しい画面の向こうの重鎮たちが、混乱し、戸惑うのも無理はない話だった。


それは、中央の画面に映る聖女ルクレチア卿も同じなようだった。しかし彼女は、この絶望的な状況に対してどのように動くのが最適なのかを深く熟考している様子で、眉をひそめながらも凛とした、毅然たる態度を崩さない。

同じく、外交を司るアルバニア卿、そして軍事を統べるオズウェル卿の二名も、取り乱すことなくこちらの報告を仔細に聞き入っていた。


「ふむ……状況は概ね把握した」


これほどの不測の事態にあっても、姿勢一つ変えずに協議を進めるアルバニア卿の状況把握能力は、やはり凡百の人間とは群を抜いていると言わざるを得ない。さすがは長年、人間領の複雑怪奇な外交面を一手に担ってきただけのことはある。


「それで、ギア殿。当事者である君たちは、これらの一件についてどう考えているのか、具体的な方針を聞かせてもらえるかな」


問われたギアは、首の関節を小さく駆動させ、ホログラムのマップを指し示した。

「我々としても、目の前に突きつけられた巨大な脅威をこのまま看過するつもりはありません。今回姿を現した敵――ユーグと名乗った魔人はかなりの気分屋であり、その矛先がいつ我が国や、あなた方人間領に再び向くかは極めて不透明です。いつ攻め込んでくるか分からない状況に怯えて自陣に引き籠もるよりは、奴の現在地が『鬼島』であると判明しているこの瞬間を利用しない手はありません」

「つまりは……鬼島オニカドへの即時奪還作戦を決行したいと、貴殿はそう主張するのだな?」


ギアの言葉を黙って聞いていたオズウェル卿が、低く重々しい口を開いた。その鋭い眼光が画面越しにセツナさんを捉える。

「早期に決行し、作戦が成功すれば鬼族の人々を救い出せる可能性も高まります。これは我が国にとっても、今後の関係において極めて重要な投資となるでしょう」


ギアのその言葉に、隣に座るセツナさんの肩がピクリと微かに震えた。気丈に振る舞ってはいても、祖国の惨状や民の安否が気にならないはずがないのだ。


「だが、その幹部とやらはこれまでの魔人どもとは一線を画す戦闘能力を持っているのであろう? 実際に戦ってみた感触はどうだったのだ」

人間領の別の領主が、懐疑的な目を向けながら尋ねる。ギアは平然と言い放った。


「映像ログを見ていただければ分かる通り、我が国の最高戦力の一角であるデンドロビウムと互角以上の勝負を演じています。しかも彼はこれでもまだ『遊んでいる』範疇であると推測される」

「ま、それは私もだけどね〜?」


デンドロビウムさんが、ふふんと鼻を鳴らしながらダボダボの袖口をフリフリと揺らした。さっきから彼女はその愛らしい仕草を繰り返しているが、正直に言って今の俺には怖くて仕方がなかった。先ほどの戦闘で、あの袖口から超振動ブレードや高出力ランチャーといった物騒極まりない兵器が次々と飛び出してきたのを見ているのだ。何かの拍子で出てくるんじゃないかと、いくら心強い味力とはいえ心臓に悪すぎる。


「……その、貴殿たちの言う規格外の幹部とやらは、そいつ一人だけなのか?」

「今回確認されたのはユーグ一人のみ。だが、同格の存在が他にいる可能性は否定できません」

ギアの冷徹な回答に、会議室の空気が一段と重くなる。あまり考えたくはないが、あの化け物が世界に一人だけとは到底考えにくい。


「他にも、その鬼島に別の幹部が潜んでいる可能性があると?」

今度はルクレチア卿が厳かな声をあげる。それに対し、デンドロビウムさんが補足した。

「可能性はゼロじゃないけれど〜、実際に言葉を交わした印象だと、あいつは誰かと一緒になって群れるタイプじゃなさそうだったよ〜?」

「そんな推測の域を出ない曖昧な話をされても困るな。我が国の兵を動かす根拠としてはあまりにも薄弱だ」


ふくよかな体型をした人間領の領主が、苛立ちを隠せない様子で机を叩いた。

緊迫した状態が続く。たった一言の発言ミスで、この重要な合同会議が根底から頓挫してしまうのではないか。ただ末席で話を聞いているだけの俺たち二人でも、背中を冷や汗が伝っていくのが分かった。俺は、船を漕ぎ始めていたフェリクセンの脇腹を、肘で小突いて無理やり叩き起こす。


「ユーグと名乗ったその魔人からは、対話によって得られた情報は何もなかったのかね?」

ふくよかな領主が、ギアの提示する強硬な奪還作戦が気に入らないと言わんばかりに語気を強める。

「実力行使でもしない限り、まともに口を割るようなタマじゃないね」

デンドロビウムさんが即座に切り捨てる。

「実力行使? 簡単に言うが、結果として今回はまんまと逃亡を許したのだろう! 仮に鬼島へ遠征して再び会敵したとして、また同じように逃げられるだけではないか!?」

檄を飛ばす様に続ける。その様子をアルバニア卿もオズウェル卿もただ黙ってみているだけだ。

「……話し合いによる解決は、不可能ということでしょうか?相手の何らかの交渉の余地すらもなかったと?」

ルクレチアの言える問いに、ギアは無機質な首を横に振った。

「唯一奴らが提示してきた条件はセツナさんの身柄を渡せとだけ。無論、そんな事に応じるつもりは無い。ルクレチア卿、交渉の余地があるのであれば、最初からこのような危険な強硬策を提示などしませんよ」

オズウェル卿が口を開く。

「ならばギア殿、貴殿はもしその奪還作戦を行うとして、最終的に何を目指す? ただ鬼島を敵の手から奪い返して終わりか? それとも、その先へ追撃作戦でも行うつもりか?」


「奪還作戦を決行するのであれば、最低でも奴の『討伐』。――できうる限りは彼を生け捕りにし、魔人側の情報を可能な限り吐かせたいと考えています」

『!?』


ギアはそう言い放つと、金属製の椅子に深く身体を預け、大柄な脚を悠然と組み直した。

そのあまりにも傲慢で、しかし確固たる自信に満ちた言葉に、俺たちは驚愕して息を呑んだ。簡単に言うが、あの化け物を「生け捕り」にするなんて、本当に可能なのだろうか。


「正気かね!? そんな敵の巣穴に自ら手を突っ込むような真似をして、奴らを過度に刺激してみろ! さらなる大規模な報復が我が国に押し寄せてくるだけではないかね!?」

小太りの領主が顔を真っ赤にして反論する。しかし、ギアのトーンはどこまでも冷ややかだった。


「奴らにそこまで高尚な仲間意識は存在しないでしょう。それに、その先の報復を恐れて縮こまっていればキリがない」


ギアには生身の目が存在しない。だからこそ、その無機質なメタリックの顔で淡々と言われると、一瞬質の悪いジョークを聞かされているような錯覚に陥る。


「何より、我々が奴らにやられっぱなしであることは紛れもない事実です。いい加減にこちらから攻勢に出なければ、奴らは我が方の防衛能力を見くびり、ますます思い上がるばかりでしょう。……それこそ、我々もいずれは、人間領の過去の戦史のように占領される運命を辿ることになる」

「な、何だとぉっ!?」

過去の敗戦の歴史を突かれ、小太りの領主が激昂して立ち上がる。

「まぁまぁ、落ち着いてください。全く耳が痛いですな。とりあえずは、まずは今この目の前の事態をどう処理するか、決断を下すのが先決です。そういった先の戦術的な話はまた後ほどにしましょう」

アルバニア卿が手慣れた様子で場を宥め、散らかりかけた議論を整理した。


更新された軍務の長であるオズウェル卿が、鋭い視線を一人の女性へと向けた。

「鬼の代表よ」

「は、はい……っ」


指名されたセツナさんが、緊張に背筋を正して応じる。

「お主は元々、鎖国という長きにわたる歴史を破ってまで我々に助けを求めて、この地へと命からがら赴いてきた。……そうじゃったな?」

「はい。我が故郷への突然の襲撃に際して、どうかお力添えをいただきたく……」

痛切なセツナさんの願い。しかし、オズウェル卿の返答は非情なまでに冷徹だった。

「では、それによって我が人間領が得られる『メリット』は、どう考えている?」


「……え」

セツナさんが絶句する。


「同盟とは、互いのギブアンドテイクで成り立つものだ。今回の救援要請、当初は前向きに受諾しようかとも思っておったが……今ここでギア殿から提示された戦況は、事前に聞いていた状況とはあまりにも異なりすぎている。我々としては、物資の支援や、人材の派遣を視野に入れて考えておったが、すでに島が陥落しているとなれば、それすらも意味を成さん状況のようじゃ」

「それは……」


「我が国とて、お主たちの島のために、自国の兵士たちに『死んでこい』とは口が裂けても言えんのだよ」

「……っ!?」


セツナさんが唇の端を噛んでいるのが見えた。震える拳を握っているのが見えた。これ以上は見てられない。

「だが、現実を見い。間違ってはおるまい。そのユーグという幹部が居座っている以上、現地に残された鬼族は、既に魔人たちの手によって攻め滅ぼされたと考えるのが自然な流れではないかな?」


「………つまり、人間領としては、我が鬼島との同盟および協約は結べない……。そう、おっしゃるのですね?」

低く震えるセツナさんの声に、オズウェル卿は静かに目を伏せた。

「あぁ。残念じゃ。我々とて、長く領地を占領されたままだ。悪いが理解してほしい」


緊迫した沈黙が会議室を支配する。セツナさんが絶望の表情を浮かべかけた、その瞬間だった。


「――なら、我々デウステクスが、単独で彼女たちと結盟を結ぶことは構いませんね?」


ギアの、極夜の氷河を思わせるほどに冷たい声が響き渡った。まるで、人間領がその決断を下すのを、最初から今か今かと待ち構えていたかのように。


「……ギア殿?」

アルバニア卿が、不穏な気配を察知して怪訝そうに言葉を投げかける。


「今回の一件は、元々は我が国にのみ、直接話が来ていた内容だ。一応、人間領とも強固な同盟を結んでいる我々としては、筋を通さねばならない立場にあるため、こうして情報を共有したまで」

「あぁ、それは確かに筋が通っているが……」


「だからこそ、こうしてアルバニア卿に鬼族の件を諮ったのです。ですが、そちらの皆さんが『命が惜しい』と手を引かれるのであれば――今回に限って言えば、デウステクスと鬼島のみによる二国間同盟を結んでも、何ら問題はありませんね?」


画面の向こうの領主たちがざわつく。オズウェル卿が冷ややかな目でギアを睨みつけた。

「……お主たちがそれで良いというのなら構わん。ただ、釘を刺しておくが、この件に関して、我が国からの臨時の物資支援や軍事援助は一切行えないがいいな?」


「ええ、結構。既存の我が国のリソースのみで、十分にやり切ってみせますよ」

ギアは淡々と応じる。――そして、金属の指先でトントンとテーブルを叩いた。

「……ただ」


「何かね、ギア殿」

「今後、そちらの領地で何か不測の事態や困ったことが起きても……我々もまた、なにかの手違いで『いつも通り』の型通りの対応しかできないかもしれない。私の演算回路もずいぶんと古くなってきましたからね、重大な計算ミスをして、支援の到着が大幅に遅れてしまう……なんてこともあるかもしれない」


「な、貴様……それは我々に対する脅しか!?」

小太りの領主が色をなして叫ぶ。デウステクスの技術支援や物資の融通が滞れば、人間領の防衛網は大打撃を受けるからだ。


「滅相もない。もしそのように聞こえたならば、ただ一つだけ、こちらの提示する妥協条件を聞いていただきたい」

アルバニア卿が手で引き立てる。

「ふむ……言ってみたまえ」


「現在、我が国に滞在している、そちらの優秀な若者お三方をお借りしたい。正確に言うなら、こちらが鬼島へ派遣する遠征メンバーの戦力として迎え入れたい」


ギアの指先が、俺、フェリクセン、セシルの三人を順番に指し示した。


「勝手な事を言うな!」

「な、ちょっと待ってください! 彼は私の大事な……!」

小太りの領主に続いて、画面の端で、それまで戦況を注視していたルクレチアが慌てて声をあげる。しかし、彼女の言葉を遮るようにして、俺は一歩前へと踏み出していた。


「いえ――僕は行きます」

「アレン……っ!」

セシルとフェリクセンも、俺の言葉に続くようにして力強く頷いた。


「おい、ふざけるな! そもそもお前たちは、上層部の許可なく勝手に戦線を離脱し、デウステクスに向かった身であろう!」

小太りの領主がここぞとばかりに怒鳴り散らす。しかし、画面の中央でずっと沈黙を守っていたブリジットさんが、フンと鼻を鳴らしして不敵に微笑んだ。


「命令外行動? ……何のことです、それは」

「決まっているだろう、ブリジット! セレスティアでの到着後の待機命令を無視し、勝手にデウステクスに向かったことだ! これが身勝手な規律違反でなくて何だと言うのだ!」

だが諭す様に冷え切った目でブリジットは返した。

「いえ。私が彼らに命令したのは、『本会議が終了するまでに、鬼の来賓を我が陣営へと連れてくること』だけです。ただ、我が部隊の若者たちは少しばかり張り切りすぎて、お迎えに上がる道を少々行き過ぎてしまった……ただそれだけの話でしょう?」

「お主……っ、見え透いた庇い立てを!」

領主が歯噛みする。しかし、オズウェル卿がそれを手で制した。

「ふん……。まぁ、構わん」

「良いのですかオズウェル卿! 他の兵士や士官たちへの示しがつきません!」


「その程度の不問は、非常事態に対応しただけだ、どうとでもなろう。――アレンと言ったな。行くからには、人間の面汚しになるような無様な戦いだけはするなよ」


「――了解しました!」


俺は胸を張り、画面の向こうの領主たちへ向けて、力強く敬礼を捧げた。

こうして、人間領の思惑を置き去りにしたまま、デウステクスと鬼島、そして俺たち三人組による、幕が上がろうとしていた。

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