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すべての生きとし生けるもの達へ  作者: みゃ~むら
プロローグ

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3/33

プロローグ side アレン(part2)

久々に出向いたその場所は、三人のお気に入りの場所だった。


士官学校の敷地を出てすぐの場所にある、小さな丘。だが、士官学校自体がヒューメブルグの中でもかなりの高所に位置しているため、ここからの見晴らしは抜群だった。眼下には、まるで宝石箱をひっくり返したかのような、美しい大都市の夜景がどこまでも広がっている。

とりわけこの丘は士官候補生たちの間でも人気のスポットで、日々の厳しい訓練の気晴らしに、散歩やランニングで訪れる者は少なくない。そればかりか、地元の住民たちの間でも「隠れた名所」として密かに愛されている場所らしい。


俺は、意識してこの場所を目指し、弱った足腰を引きずってきたわけではなかった。ただ、何も考えずに歩を進めるうちに、吸い寄せられるように自然と足が向いていたのだ。

けれど、わずかな距離の坂道を登っただけで、肺が焼けるように激しく息が切れる。一週間近くベッドに横になっていただけの9歳の身体は、信じられないほど脆くなっていた。


(せっかく……ようやく体力がついてきた、って思ったのにな……)


入学した当初は、訓練のあまりのきつさに毎日根を上げ、すぐにでも故郷の港町へ帰りたくなっていた。だが最近になって、ようやく座学の勉強も実技の訓練も、少しずつコツがわかるようになってきて、楽しくなってきていた途中だった。


だが、それらすべてが――あの日を境に、無駄になってしまったのだろうか。


そう考えると、また視界の端から熱い涙が溢れて、堰を切ったようにぽろぽろと零れ落ちていく。情けなくて、惨めで、俺はごしごしと乱暴に上着の袖で涙をぬぐいながら、腰を下ろせるベンチを探した。


本来なら、お昼時や夜のデートのタイミングになれば、座る場所の取り合いになるほど人気の広場だ。しかし、深夜の冷たい静寂が支配する今の時間帯は、ほぼ貸し切り状態だった。

遮るもののない月光に照らされた広場の片隅に、先客が一人だけ、ぽつんと佇んでいるのが見えた。


――金髪の、女の子。


自分とそれほど歳の変わらなそうな、少女。

夜空の月光を一身に浴びて、淡く煌々と輝く美しい金髪。身にまとっているのは、ふわふわとした上品なフリルがあしらわれた、純白のネグリジェ。夜風に揺れる薄手の生地からは、女性らしい華奢な肩や鎖骨が白く浮き出ていた。

そして、この美しい夜空の深淵にも決して負けないくらい、ビー玉のような深く蒼い、吸い込まれそうな瞳。名も知らない見知らぬ少女が、ちょこんとベンチに腰掛けて、ただ一人で夜の静寂に身を包んでいる。


(あまりジロジロと見てても失礼かな…)


だが、その光景は、アレンの目には酷く奇妙で、不思議なものに思えた。

こんな夜更けの冷え込む丘で、自分と背格好の変わらない少女が、たった一人で夜空を眺めている。しかも、まるですぐそこにベッドがあるかのような、薄手の寝巻姿のままで。


……まあ、客観的に見れば、今の自分の状況だって負けていないか。

ほぼ寝巻同然の格好のまま、布に包んだお弁当を大事そうに小脇に抱えて、深夜の広場を徘徊している9歳の少年。

(……人のことをとやかく言える身分じゃないな……)


場違いな自嘲を胸の内で呟きながら、アレンはその少女からそっと視線をそらし、自分が座るべき別のベンチを探そうとした。


けれど――どうしても、その横顔から目を離すことができなかった。


静かに星空を仰ぎ見る、少女の美しい横顔。

その、澄み切った蒼い瞳には、月光を反射してきらきらと光る、大粒の涙がなみなみと溜まっていたからだ。


少しだけ、気になった。

まるで目に見えない重力に、そっと引き寄せられるように。

俺は考えるよりも先に、ゆっくりと足を踏み出していた。カサリ、と草を踏む音を立てて少女のすぐ近くまで歩み寄ったが、彼女はまだ深い考え事でもしているのだろうか、こちらの接近には一向に気づかない。


「ねぇ……どう、したの?」

「え、あっ……」


一言目はどうしようかと悩み抜いた末に、ようやく喉から絞り出した声だった。けれど、それは自分でも驚くほどうまくいかなかった。一週間、まともに誰ともと言葉を交わしていなかったのだから当然だ。掠れてガラガラな上に、上手く発音することすらできなかった。


少女は突然現れた不審な少年(俺)に困惑したようだったが、それ以上に、人目に泣いているところを見られたのが恥ずかしかったのだろう。慌てて小さな手で涙を拭った。そして、少し頬をぽっと赤らめた彼女は、潤んだ瞳でこちらを真っ直ぐに見つめてくる。

不思議なことに、彼女は不審がって俺の元をすぐさま立ち去ろうとはせず、静かに次の言葉を待ってくれていた。


けれど、気の利いた言葉なんて、今の俺には見つけられない。

耐え難い沈黙の静寂に、胃のあたりを焦らされながら、俺は慌てて次の言葉を紡ぎ出した。


「と、となり……いいです、か……?」

「…?ど、どうぞ……」


……我ながら、まともに発声すらできない現状がひどく恥ずかしく、今すぐにでもその場から逃げ出してしまいたいくらいだった。

だが、自分でもどうしてこんな大胆な提案をしたのだろうと思いつつ、俺は少女の隣――人一人分ほどの間をあけて、そっとベンチに腰を下ろした。


上手く話せない上に、完全な初対面。そして何より、久しぶりの人前だった。アレンの小さな身体の中は、すでに極度の緊張状態で満たされており、会話をどう紡いでいけばいいかわからない。空腹のせいなのか、それとも緊張のせいなのか、目の前がグルグルと回り始めた、その時。


「あなた、名前は?」


限界を迎えてガチガチになっている俺を見かねてか、俺の横顔を覗き込むようにして、隣の少女から鈴を転がすような優しい声が掛けられた。


「ア、アレン……。君は?」

「私はルクレチア。初めまして、アレン」


ルクレチア。その名前をどこかで聞いたことがある気がしたが、今の曇った頭ではうまく思い出せない。

「えーっと、その……」

「ふふ、ゆっくりで大丈夫よ」

彼女は俺が慌てて言葉を噛んでも、諭すようにゆっくりと待ってくれた。夜空から降り注ぐ月光のせいだろうか。彼女の纏う空気は、まるで絵本に出てくる聖母のように慈愛にあふれて見えた。

緊張が少しだけ解けた俺は、ふと思って口を開いた。

「あの、ルクレチアさんは……ここ、で何してたの?」


――あ。

言葉を発した直後、俺はハッとなって血の気が引いた。

我ながらなんて配慮のない質問をしてしまったのだろう。彼女はここで一人、静かに泣いていたのだ。そんな姿、誰にも聞かれたくないし、見られたくもなかったはずなのに。


気まずさに縮こまる俺を見て、ルクレチアは困ったように眉を下げ、それからまた夜空を見上げながら静かに応えた。

「ふふ、恥ずかしい所を見られてたのね。……そうね、ちょっと一人で、泣きたかったからかな」

やはり、先ほど見た横顔は見間違いでは無かったのだ。

「……ごめんなさい」

「謝らないで、大丈夫よ」

自分のコミュニケーション能力の低さに落胆して謝る俺に、彼女は包み込むような温かい微笑みを向けたまま、ぽつりぽつりと話を続けてくれた。


「激務でお父様が倒れちゃってね。……周りにとってはそんなに重要なことじゃなかったかもしれないけれど、私にとっては、ひどくつらいことだったから」

「お父さん、が……?」

夜風で靡く金髪を、耳にかけながら続ける。

「ええ。最近、魔人っていう悪い奴らが攻めてきてね。お父様はその対応にずっと追われていたの。でも、もともと病気を患っていたお父様の身体には、少し過酷すぎたみたいで……」

「……うん」

「その看病のためにこの街に来たのだけれど、あそこまで弱り切っているお父様を見たのは初めてで……。少し、ショックだったの。いつもは私の前で、元気な素振りを見せてくれていたんだなって。

きっと日常生活でも病気で、しんどかったのに。そのお父様の気持ちが痛いほどに伝わってきたの…私に、余計な気を使わせていたんだって……」


その最後の一言が、アレンの胸に突き刺さった。ドキリと、痛いほどに心臓が跳ねる。

「俺も……いっしょ……」

「え……?」

ルクレチアが不思議そうに瞳を瞬かせる。俺は、消え入りそうな声で言葉を繋いだ。

「友達に……気を使わせて、めいわく、かけてる……」

「アレン……あなたに何があったのか、私に聞かせてくれる?」


ルクレチアの白く細い手が、ベンチの上で俺の手と重なった。

一週間、冷たいベッドの中で孤独だった俺の手に伝わる、彼女の体温。それは驚くほどに暖かかった。その温もりに背中を押されるように、俺の奥底に澱んでいた言葉が漏れ出す。


「その……魔人が攻めてきたっていうの……俺の故郷、だったんだ……」

「……え?」


ルクレチアの手が、一瞬小さく震えた。息を呑むような反応。

「俺以外……みんな……」


そこから先は、もう言葉にならなかった。

あの日見た赤黒い炎、消え去った人々の顔、残された自分。

堪えていた感情が決壊し、視界が涙で激しくぼやけ、喉の奥から情けない嗚咽が漏れてくる。


途端に、夜空の月光が遮られた。

はっと気づいた時には、ベンチから立ち上がったルクレチアが、俺の小さな身体を優しく抱きかき抱いていた。上品なフリルのネグリジェから、おひさまのような温かい香りが鼻腔をくすぐる。


「つらかったね……。ありがとう、話してくれて……」

頭の上から、彼女の震える、けれどどこまでも優しい声が降ってくる。

「でもね、今は私と二人きりだから」

トントン、と小さな背中を優しく叩く手のひら。

「だから、思い切り泣いていいんだよ、アレン君」


その言葉が、最後の引き金だった。

せき止めていた涙がとうとう堰を切ったように、溢れて止まらなくなった。


「う、うわぁぁぁあああああん!!」


誰もいない深夜の丘、街の灯りを見下ろす静寂の広場で、俺の泣き声だけが木霊する。

ルクレチアはそれ以上何も聞かず、ただただ優しく、俺が泣き止むのをいつまでも一緒に待ってくれていた。


----------------------------------------------


「……ごめん、なさい…ルクレチアさん」


涙でぐずぐずになった声を絞り出し、俺はルクレチアの胸元からそっと身体を離した。

情けない。せっかく綺麗で上品なネグリジェなのに、俺の涙と鼻水で容赦なく汚してしまった。気まずさに身を縮こまらせる俺の頭を、彼女は最愛の弟をあやすように優しく、最期にもう一度だけ撫でてから手を離した。


「謝らないで、もう大丈夫だから。……あと」

「……?」

ふいにとんとんと自分の胸元を指さし、ルクレチアはいたずらっぽく小首を傾げた。

「『さん』付け、やめない? それと、敬語も。アレン、私もしないから」

「う、うん……」


突然の提案に面食らいつつも、俺は赤くなった鼻をすすりながら、ゆっくりと小さく頷いた。

その様子を見て、ルクレチアはひまわりが咲いたかのような、満足そうな笑みを浮かべた。


「そういえば、アレンは、どうしてこんな時間にここに?」

「え、えーと、ちょっと、お腹が、へって……」


お腹の虫がタイミングよく鳴ったわけではなかったが、ルクレチアの問いかけに慌ててしまい、間抜けな返答が口をついて出た。泣き腫らした顔のまま挙動不審になる俺を、彼女はちっとも笑わなかった。

それどころか、俺がベンチの脇にそっと置いていた布の小包と水筒に、すぐに気が付いたようだった。


「あら、夜食ですか。いいですね」

「あ、あげない、よ……」


取られると思ったわけではない。ただ、からかわれたような気がして、つい子供っぽい意地を張って小包を抱え込んでしまった。

これは、セシルが夜中に一生懸命、不器用な手付きで握ってくれた大事なものだ。本人がいないところで、誰かに易々と渡してしまうのは気が引けるし、何より自分の中で裏切りのような気がして違った。


「ふふ、大丈夫です、取り上げたりはしませんから」

ルクレチアはベンチに深く座り直すと、楽しそうに足を少し揺らした。

「食べないのですか?」

「え……。いい、の?」

「ええ、だって、それを食べに来たのでしょう?」


覗き込んでくる彼女の蒼い瞳は、どこか年の相応のあどけなさを残しつつも、やはり傷ついた俺を包み込むような不思議な母性に満ちていた。

「じゃ、じゃあ……」

促されるまま、俺は膝の上でゆっくりと結び目を解き、丁寧に布の包みを広げた。


「おにぎりですか。いいですね」

「うん……。いただきます……」


まだ少し震える手で、おにぎりを一つ手に取る。それを小さな口の前まで運び、ぱくりと一口、上部分をかじった。


「……美味しい……」


じわりと、お米の甘みと塩気が口いっぱいに広がっていく。

一週間ぶりのまともな食事だからだろうか。それとも、この満天の星空を前にしているからだろうか。

これまでに口にしてきたどんな豪華な宮廷料理や、故郷の港町のお馴染みの味よりも。セシルが握ってくれた、この少し形が崩れて不格好な塩おにぎりが、世界で一番美味しかった。


惨劇の知らせを聞いてからというもの、世界の色が消え、何を食べても味がしなかったというのに。

彼女の胸の中で、格好悪いくらいに思い切り泣いたからだろうか。喉の奥にずっとつかえていた冷たい塊が消えて、どこか気持ちがひどくすっきりとしている自分がいた。


「良かったわね」

「……うん」

ふた切目の温かいお茶を水筒から口に含んだとき、ルクレチアがそっと夜景に視線を戻した。

「ねえ……アレン」

「……ん?」

口をもぐもぐと動かしながら、俺は彼女の横顔を見やった。


「……魔人が、憎い?」

「……っ」


おにぎりを噛む歯が、ピタリと止まる。

ルクレチアは、風に遊ばれる金髪を白い指先で耳にかけながら、どこか遠い場所を見るように言葉を紡いだ。

「私はね、お父様が倒れて……間接的には魔人のせいだと思うのだけれど。……どこか、憎みきれないのよ」

「……そうなの……?」


信じられなかった。故郷を滅ぼされ、大切なものをすべて奪われた俺からすれば、奴らはただの天災であり、悪魔そのものだ。

「ええ。最初は私も激しく恨んだわ。どうして罪のない人たちを、お父様を苦しめるんだろうって。けれど……一人で静かに考えて、気づいたの。本当に恨むべきなのは、彼らそのものではなく、お互いが『すれ違ってしまっている現状』に対してだって……」


「すれ違う、現状……?」

俺がオウム返しに呟くと、ルクレチアはベンチの上でこちらを振り返り、力強い眼差しを真っ直ぐにぶつけてきた。

「ええ。なまじ、すれ違いあって、お互いの言葉を分かり合っていないからこそ、私たちはこうして血を流して争ってしまうんだと思うの。私たちはまだ、彼らと話し合ってすらないもの……」

「……」

「私はいつか、誰もが言葉を交わして分かり合って、誰もが笑えるような世の中を作りたいの……」


そう語る彼女の横顔は、夜風に吹かれて儚げに見える一方で、決して折れない大樹のような強さを秘めているように感じられた。

だが次の瞬間、彼女は「なーんてね」と、はにかむように肩をすくめた。

「ま、お父様の受け売りだけどね……」


少し照れくさそうに、いたずらっぽく笑う少女を見て、俺は心の底から「立派だ」と畏敬の念を抱いた。故郷を失ってただ泣くだけの俺とは、見ている世界の広さが違いすぎる。俺もいつか、こんな風に気高く、広い世界を見据える考え方になれるのだろうか。いや、凍りついていた俺の心の奥底で、小さな火が確かに灯ったような、そんな感覚がした。


ルクレチアは一転して、真剣な、少し痛みを堪えるような表情で俺の目を覗き込んだ。

「アレンには、今の状況でこんな酷なことを言ってしまうかも知れないけれど……。――恨みだけで、剣を振るってはダメよ」

「え……?」

「あなたは、士官候補生でしょう? いつかは訓練を終えて、剣を手に取り、本物の戦場に出ることもあるでしょう」


それはまだ、遠い未来の話のはずだった。というより、故郷を失った瞬間に、俺の中では意味を失くしてしまった、ただの義務の抜け殻だ。

「ご両親や故郷の復讐に、その身を焦がしてはダメ。……あなたのこの手は、誰かを守るための手であってほしいの」


ルクレチアが、ベンチの間に置いていた俺の右手を、両手でそっと包み込んだ。小さくて、けれど驚くほどに温かく、真っ直ぐな力が手のひらから伝わってくる。

「ルクレチア……」

「願わくは、将来あなたに剣を振るう理由ができたとき、それが正しい道であることを願うわ……」


そう言い残すと、彼女は満足したように手を離し、スッとベンチから立ち上がった。そのまま夜闇の向こうへ、元居た場所へと帰ろうと足を進める。


行ってしまう。

胸の奥が、急激に冷え込んでいくような焦燥感に襲われた。

もう少し、話していたい。何も持たない無力な俺だけれど、この絶望から救ってくれた恩人に、どうしても何かを返したかった。


「だったら……!」


感情のままに声を漏らすと、俺のつぶやきがギリギリで届いたのか、彼女はピタリと足を止め、不思議そうに振り返った。


「俺に、君を守らせてほしい!」

「え……?」


静まり返った広場に、思ったよりも大きな自分の声が響き渡り、俺自身が一番びっくりしてしまった。まだまともに喋れないはずなのに、喉の奥が引き裂けそうなくらい、必死の叫びだった。

だけど、ここで言葉にしなければ、この高貴で優しい人とは、もう二度と交われない気がしたから。


「俺にはもう、剣を振る理由なんて、生きる意味なんて無いと思ってた。……だから、君を……ルクレチアを、君が望む未来を…俺に守らせてほしい……!」

「アレン……」


ルクレチアは目を丸くし、完全に呆然とした表情を浮かべて固まっていた。

沈黙が痛い。……やってしまった。今日会ったばかりの初対面の男にこんなことを言われて、引いているに違いない。

「……ご、ごめん。今日会ったばかりの初対面で……こんなおかしなこと言われても、困るよな……」


消え入りそうな声で俯く俺の前に、軽い足音が近づいてきた。

見上げると、ルクレチアがさっきよりもずっと近くまで戻ってきて、俺の顔をじっと見つめていた。その頬は、ほんのりと朱に染まっている。


「……ううん。とっても、嬉しいわ。――あなたに恥じない生き方を、私も、しなくちゃね……」


どこか照れくさそうに、けれど心底嬉しそうに、月明かりの下で開花した彼女の笑顔。

ああ、俺は、この人のために、この世界に生まれてきたのかもしれない。

そう本気で思えるような、運命の出会いだった。


---------------------------------------------


「むにゃむにゃ……あともう少し、セシル……食堂のパンが……」

「フェリクセン、おはよう!」

「うおわっ!?」


翌朝、寄宿舎の部屋に響き渡ったあまりの威勢のよさに、フェリクセンは盛大にベッドから転げ落ちた。いや、元からかなりベッドの端っこで丸くなって寝ていた彼の、当然の帰結と言えるかもしれない。


「ん、お……ぉぉおお~!」

地べたでお尻をさすりながら、寝ぼけ眼をこすって現状を理解する。床にひっくり返ったフェリクセンを、アレンはにこやかに、どこか晴れ晴れとした表情で見下ろしていた。


少し前までは、声をかけてもずっと布団にうずくまってピクリとも動けなかったはずの親友が、自分の足でしっかりと立ち、まぶしい朝日の前で挨拶をかけてきているのだ。


「ど、どうしたんだよ、アレン……。だって、お前……ずっと……」

「フェリクセン、今まで悪かったな。たくさん心配かけて……。でも、もう大丈夫だ!」

「お……おう。まぁ、お前がそう言うなら……」


フェリクセンは呆気にとられ、口を半開きにしたまま親友の顔を見つめていた。一体この、大切な僚友であり、級友の彼に、昨夜の一晩で何があったというのだろうか。

だが、心を病んで寝込む前の彼よりも、今の佇まいはずっと明るく、そして前を向くエネルギッシュな力強さに満ち溢れているように感じられた。


フェリクセンは嬉しさを隠すように「たくよぉ」と頭を掻きむしりながら立ち上がった。

「起きたなら、まずセシルにも謝ってやれよ……。あいつが一番お前のこと、心配して泣きそうになってたんだからな?」

「あぁ、そうだな……」


セシルにお詫びを言って、それから、毎日部屋まで食事を運んでくれた食堂のおばちゃんにも、ちゃんとお礼を言いに行かなきゃな。


窓の外を見つめながら、俺は一歩、力強く足を踏み出した。

これからの、俺が歩むべき生きる道。

ルクレチアと、そして彼女がいつか叶えたいと願う「誰もが分かり合える未来」を、この手で守り抜く。


――それが、俺の新しい、たった一つの生きる理由だ。

どうもです。もしくは初めまして。(いつもの)

みゃ~むら、と申します。


ようやくアレン編のプロローグができました。

中々、苦労しました。特に二人の会話パート。

苦労したので、皆さん、ゆっくりとかみしめながら読んでいただきましたら幸いです。


さて皆さんは何か作業や集中するときに、何かすることは在りますか?

私は音楽を聴くか、周りが少しだけうるさいぐらいがちょうどいい環境です。

図書館ほど静かだと逆に落ち着かないし、カフェのようにうるさかったら、逆に集中できないし。

自分に適した作業環境構築が大事なんだな、と思う今日この頃。

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