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すべての生きとし生けるもの達へ  作者: みゃ~むら
プロローグ

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プロローグ side アレン(part1)

9年前。

その最悪の報せが人間領中に知れ渡ったのは、すべてが破滅した翌日のことだった。


人間領全土に、文字通り劇烈な衝撃が走った。それは首都ヒューメブルグとて例外ではない。

いや、もしかすればその衝撃は、大陸全土を瞬時に駆け巡ったかもしれない。

永い間、大規模な戦争など起きなかった平穏な大陸。

だがそれは、ただ燻っていた火種に、無慈悲な燃料が投下される瞬間を待っていただけのことだったのかもしれない。


何の前触れもなく始まった、魔人族による人間領への侵攻。


平和に慣れきっていた人間たちは慌てふためき、領主たちは急いで兵を徴集し始めた。

街の民たちは混乱を極め、平和の秩序は一瞬にして失われつつあった。

文化的交流を主目的としていた機械国<デウステクス>に対しては、すぐさま軍事支援の交渉を開始する。

連日連夜にわたって泥沼の最高幹部会議が執り行われ、反撃及び領地奪還の立案に追われたが、その混沌とした会議のなかで採用された案のほとんどは、まだ二十代前半の、灰色の長髪を乱暴に括った一人の若き青年が提示したものだったという。


----------------------------------------------


当然ながら、その衝撃的な激震は、士官学校にも波及した。

だが、その年から念願の学校に通い始めたばかりの一人の少年は――自室の布団のなかから一歩も出られず、ただ声を殺して泣き続けていた。


「うっ……、う、ぐすっ……」


少年――アレンは、張り裂けそうな胸を抱えて泣いていた。


魔人に襲撃された北方の港町の名前は、ノースハーバー。

生存者は、現時点で『ゼロ』と発表されている。

“言われている”という曖昧な表現に留まった理由は、凶報を受けて近くの街やヒューメブルグから派遣された先行偵察部隊が、誰一人として街の敷地にすら足を踏み入れられなかったからだ。ノースハーバーの全域は、すでに常軌を逸した「漆黒の魔素」の濃霧に包まれており、生存の確認はおろか、近づくことさえ不可能だった。


ただ、辛うじて難を逃れた近隣の住民や、運悪くその近くを航行していた船乗りの証言によれば――空を焦がすほどの凄まじい硝煙が高く立ち上り、そして、街のあった場所には天を突くほような巨大な『黒い氷』が、墓標のように何本もいびつな形でそびえ立っていたという。


この世の物理法則を無視したような絶望の現象を目の当たりにした周囲の人間たちも、次は我が身かと、慌てて荷物をまとめて引っ越しの準備を始めているらしい。


「とうちゃん……かあちゃん……」


士官学校内に併設されている、寮にて。

二人部屋の一つのベットの中に中に深く潜り込み、必死に嗚咽を漏らす。ボロボロと溢れ出る涙が、シーツを容赦なく濡らしていく。


「あにき……っ」


まだ齢9歳の彼にとって、それは到底受け止めきれる現実ではなかった。

故郷が滅びた。家族が死んだ。その厳然たる事実だけが、冷酷に少年の心を刻んでいった。



----------------------------------------------


場所は少し変わり、士官学校の巨大な講堂。

本来であれば、一時間目の座学が始まろうとしている時間だった。だが、現在は空前絶後の緊急事態である。


この学校の教壇に立つ教師陣は、本来、現役の優秀な士官クラスや何かしらの要職に就いている者、あるいは一線を退いた歴戦の退役軍人たちで構成されている。だからこそ、国境の凶報を受けて急遽、戦場や最高幹部会議へと直ちに変招・駆り出される者が相次ぎ、通常のカリキュラムを回すための人員が圧倒的に不足していたのだ。

そればかりか、まだ幼さの残る候補生たちを安全な後方へと疎開させるべきかどうかの防衛方針すら決まっておらず、教育現場は完全に大混乱に陥っていた。


全校生徒――一部の士官候補生はすでに実家からの指示で帰郷の途に就いていたが、まだ八割方が残っている講堂の壇上には、若き日のブリジットが厳しい表情で毅然と立っていた。彼女は居並ぶ若き候補生たちを見下ろし、今後の暫定的な対応を冷徹に告げる。


「貴殿ら学生諸君には誠にすまないが、本日を以て一度、すべての授業を停止とする。再開の目途は立っていない。この訓話の後からは、無期限の各自自習とする。なお、帰宅・疎開を選択する者は、校門を出る前に一度、必ず職員室へ報告に来い。……以上だ。解散」


橙色の髪を揺らす彼女の厳しくもどこか優しさの感じる声が講堂内に木霊した。

今後の説明が終わり、張り詰めた緊張感の中で学年ごとに順次解散となる。

ざわざわと怯えや困惑の声を漏らしながら退出していく生徒たちの波に流されるようにして、セシルとフェリクセンも講堂を後にした。その時、通路の脇で生徒たちの様子を見ていた教官の姿が目に留まる。


「あ……、ブリジット先生……」


セシルの小さな声に、ブリジットは二人に気付く。

「お前たちか……。アレンの様子はどうだ?」

「部屋から全然出てこないっすよ。ずっと、布団の中で泣いてる……」


フェリクセンが悔しそうに拳を握りながら答える。ブリジットは痛ましげに、ふっと視線を落とした。

「……あいつにとっては、あまりにも残酷な現実だ。もし、このまま学校に残るのなら、どうか気をかけてやってほしい。頼めるか?」


壇上での冷徹な立ち振る舞いとは打って変わり、我が子を案じるような優しい聲音。

セシルはどこか不安げな面持ちで、ブリジットの凛とした横顔を見上げた。まだ幼い少女ながら、本能的な嫌な予感が胸を締め付けていたのだろう。


「……ってことは、先生もどこかに行っちゃうの?」

「あぁ。私は軍人だ。民や、君たちのような未来ある若者を守る義務が私にはある」

「だったら、俺も連れてってくれよ! 役に立ってみせる!」


フェリクセンが色めき立って声を荒らげるが、ブリジットは彼の額を軽く小突いてそれを制した。

「馬鹿を言うな。お前たちはこれからのヒューメブルグ、ひいては人間領を守る立派な士官になる身だろう? 焦るんじゃない」

「……先生、お願いだから死なないでね」


セシルが縋るように衣服の裾を掴むと、ブリジットは困ったように小さく笑い、その柔らかな髪を優しく撫でた。

「あぁ……。お前たち生意気盛りに教えたいことは、まだまだ山ほど残っているからな」


少女は、たったそれだけの大きな手の温もりで、胸を支配していた暗い不安がいくらか和らぐのを感じていた。だが――。


「おいブリジット、作戦会議の時間だ。上が呼んでるぜ?」


低く底冷えするような声が、温かい時間を割り込むように響いた。

声の主へと視線を向けると、2人の男性軍人が立っている。だがその二人はひどく対照的だった。


「思ったより早いな。ディロックス、それにフィルミンもか」

「お偉方はどうやら、僕たちの立てた迎撃案がよっぽどお気に召したらしい。さっさと前線指揮官として、僕たち若造を危険な現場に送り出したいみたいだね」


灰色の長髪を乱暴に括ったディロックス、と呼ばれた男が、冷ややかに口元を歪めて肩をすくめる。その男は勲章が着いた軍服をこれでもかというぐらいに着崩している。その隣では、完璧な着こなしの同期のフィルミンが苦笑しながら頷いた。セシルとフェリクセンはブリジットの訪問客、男性二人の軍人を見て驚いた。いや正確にはディロックスに対してだ。胸に着いている装飾に気付く。

それは本部付きの作戦指揮者の紋章であった。

(すごい…士官のはずなのになんだか野性味ある雰囲気…。これが今の作戦指揮立案者…?)

(軍人っぽくない…)


「全く、酷いものだ。昨日の最高幹部会議でも、耳にタコができるほど同じ提案を聞かされたのだがな……」


ブリジットは二人に頷き、一瞬にしてその表情を「教師」から「軍人」へと切り替えた。

そのあまりに冷徹で引き締まった横顔は、いつも優しく勉強や剣を教えてくれる大好きな先生のものではなかった。

有事の際、ただ一瞬で修羅へと変わる、誇り高き一人の『軍人』の顔。

セシルとフェリクセンは、ただ遠ざかっていく三人の背中を、言葉もなく見送るしかなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



地獄のような報せから三日の月日が流れた。

アレンは、あれから一度も部屋から出てこない。いや、正確には――出る気にすらなれなかった。

(今日も……何も気力がわかない、な)

同室のフェリクセンも、ベッドから動かないアレンにどう声をかければいいのか、その言葉を見つけられずにいた。

だが、それは当然のことだっただろう。フェリクセンだってアレンと歳はほとんど変わらない、ただの士官候補生に過ぎないのだ。

百戦錬磨のブリジットや、経験豊富な他の教師たちでさえかける言葉を選ぶ、このあまりにも残酷な状況。そんな中でフェリクセンにできる精一杯のことは、毎食、食堂から温かい食事をアレンのデスクへと運んでおくことくらいだった。

本来、この士官学校では、厨房が隣接されている食堂で食事をとることが鉄則だ。だがフェリクセンが、食堂のおばちゃんに必死に頭を下げて事情を話し、頼み込んで融通してもらったのだろう。


アレンは、自分でも痛いほどよく分かっていた。

このまま部屋に引きこもって、心を閉ざしたままではいけないことくらい。

だが、どうしても身体が言うことを聞いてくれない。頭では立ち上がらなきゃいけないと理解していても、肝心の心や意思が、そこから先へ動くことを頑なに拒絶しているのだ。

ただただ、底の抜けた暗い悲しみだけが、泥水のように心を満たし続けていた。


夢があった。

立派な士官になって、いつか大好きな故郷で、みんなをその手で守れる強い人間になることだった。

だが、守るべき故郷そのものが消えてしまった今、もうその夢が叶うことは二度とない。


それに加えて。

(なんで、俺だけが……。なんで俺だけが、こんなところで、のうのうと生きてるんだ……?)


自分を笑顔で送り出してくれた、優しい両親。

決して裕福とはいえない港町の予算から、期待を込めて留学費用を出してくれた町長。

どんな時だって不器用だけど頼りになった、大好きな兄貴。

……それに、村ではあまり親しく話したことはなかったけれど、本当は少しだけ、気になっていたあの一際鮮やかな赤毛の女の子。


そのすべてが、一瞬にして無駄になった。

すべてを失った俺に、これから先、生きる意味なんてどこにあるのだろう。

頭の中で、ぐるぐると黒く濁った最悪の思考ばかりが醸成されていく。いっそ、このまま消えてしまいたいとすら願った。


そんな暗闇の底で、同室のフェリクセンの存在が救いだった。

見知らぬ街に来て、この部屋で一緒になった、友達であり切磋琢磨する仲間。

田舎から出てきたばかりの俺を馬鹿にすることなく、気兼ねなく色んなことを、この街のことや授業のわからない部分を優しく教えてくれた。それに、こんな廃人のようになってしまった今の俺を、決して見下すことも哀れむこともなく、ただ状況を理解して、そっとしておいてくれる。


それから、セシルにも心の底から感謝していた。

今は事件の影響ですべてのカリキュラムが停止しており、全生徒が自習時間となっているため、彼女自身も退屈で暇なはずだった。それなのにセシルは、時たまこの男子寮の部屋に顔を出しては、アレンのデスクでただ黙って、教科書を開いて自習をしていくのだ。きっと寮母さんにも事情を説明して、許可をもらったのだろう。

部屋を出る間際、いつも決まって、ただ一言だけ「また来るね」と言い残して去っていく彼女の静かな気遣いが、今の俺にはただただ、嬉しかった。


二人とも、無気力に転がっている俺のために、何か出来る事がないかと模索してくれている。

ただの、生きる屍のようになってしまった俺のために。


だがずっと食べずにいると、腹の虫は空腹を訴えて鳴き声を上げてくる。

そいつを鎮めるために、這いずるようにベッドから起き上がり、申し訳程度に何度かフォークで口に運んでみる。


(味、しないな……)


前まではどれもが美味しく、また首都に来たばかりであったアレンにとって、ここの食堂で食べるご飯は幸せな時間そのものだった。だが今となっては何も感じない。


卵とシャキシャキしたサラダのサンドイッチ。

おばちゃんの優しさが染みた豆コーンのスープ。

香ばしく炙られたヤギ肉のスパイス焼きに、脂の乗った焼きサンマ。


毎日、毎食、飽きないようにと違うレシピの出来立てが、木製のデスクにそっと置かれている。それなのに、どこをどう噛んでも、砂やゴムを噛んでいるかのように美味しく感じられない。

まるで、この世界に溢れていた色鮮やかな色彩のすべてが――あの日を境に、残さず真っ黒なモノクロームへと染まってしまったかのように、アレンの視界はただ白黒に濁っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


彷徨うような生活が続いた、ある日の夜のことだった。

既に日付が変わるほどに夜が深まり、静まり返った時間帯に、アレンはふと目を覚ました。


とうに生活リズムは無茶苦茶に崩壊していた。ずっとベッドの暗がりに閉じこもっていたアレンにとって、朝も夜も、ただの時の流れに過ぎなかった。泥のように眠り、泥のように覚める、その不毛な繰り返し。

重い瞼を開けるたび、いつも同じ思考が脳裏をよぎる。


(いっそのこと……このまま二度と、目覚めなければいいのに……)


いつもなら、目が覚めてもなおシーツにしがみつき、奈落の底へ逃げ帰るように再び目を閉じていた。だが今夜は、飢餓感が限界に達していた。

食べる時間帯もバラバラで、すっかり萎縮して小食気味になっていた彼のお腹――いや、生命を維持しようとする剥き出しの肉体が、本能的に何か栄養を求めて悲鳴を上げている。


それに……。

(……いい加減、申し訳ないな……)


美味しくない、味がしないといつも食事を残していても、毎食欠かさず食事を運んでくれるフェリクセンとセシル。食堂のおばちゃんにも。

彼らの善意を無下に踏みにじり続けている現状に、心が痛切に痛んだ。

ほんの少しでもいいから胃袋に何かを詰め込んで、空腹を宥めれば、またあの何も考えなくていい眠りに戻れるかもしれない。


そう思い立ったアレンは、泥をまとうかのような重さの身体を、なんとかベッドから立ち上がらせようと試みた。

しかし、布団から上体を起こしただけで、ぐにゃりと視界が激しく揺れる。

ベッドの縁に足を下ろし、床へ立ち上がろうとした瞬間、膝の力が文字通り抜けて身体が大きくふらついた。


(う……めまいが…)


これが、ただの一週間近くまともな栄養を摂っていないことによる栄養失調のせいなのか、それとも、心が壊れかけている精神的な拒絶反応なのかは、今の彼には分からなかった。壁に這うように手を突き、冷や汗を流しながら、なんとかデスクの前まで足を引きずる。


窓から漏れる夜空に照らされた木製のデスクを見やると、そこには、いつもと違って平皿ではなく、丁寧にくるんと白い清潔な布に包まれた「何か」と、一本の水筒が置かれていた。

そして、その布の下には、デスクとの間に挟み込まれるようにして、一枚の小さな紙切れが残されている。


そこには、少し丸みを帯びた、けれど芯のある優しい字面で、一言だけ書き添えられていた。


『良かったら、食べてね』


アレンは細く震える指先で、その布地を優しく解いた。

中に収まっていたのは、二つの、少しだけ形の歪な、おにぎりだった。

握り慣れていない者が一生懸命に形を整えたのだろう、決して綺麗とは言えない、けれどどこか温かみのある不格好なそれ。


すぐ隣のベッドからは、フェリクセンの「ぐぅぐぅ」という規則正しくも、どこか気の抜けた寝息が聞こえてくる。


(……食べれる場所を、探そう)


そう思い立つと、アレンは不格好なおにぎりの包みを大切に抱え、約一週間ぶりに、外界と自分を隔てていた自室の扉へと手をかけた。


少しも音が出ないようにドアノブを回し、ゆっくりと押し開ける。

引きこもっていた一週間の重みがすべて乗っかっているかのように、その扉は、いつもよりもどこか、ひどく重く感じられた。


皆さま、どうもです。もしくは初めまして(定型挨拶)

みゃ~むら、と申します。


今日(2026/5/30)に頑張って二本立てで投稿してみました。

結構大変でした。結構…。

毎日投稿でも結構ひぃひぃ言いながらやってるのですが、日に二本はかな~りきつかった。

なんせ自分はそこまでタイピングがうまくない民なんで…。


皆さんはタイピングは得意ですか?

自分は得意ではありません。理由はわかってます。

自分のタイピングは結構キーボードの上をあっちこっちに移動しちゃうんですよね。

行ってる意味が分からないと思うのですが、皆さんは大体、手をデスクなりノートPCならばそのボディに置いて(ある程度固定して)タイピングするのではないでしょうか?

私は正直ぶきっちょでして、左手側のタイピングがへたくそなので右手の稼働率がすんごいんですよ。

なので右手がめちゃくちゃ働いて、左手はあまり働いていないというセルフ働きアリの法則をキーボード上で作り上げているわけです。

正直めちゃ不便です。

結構打ちミスするのでめちゃ不便…。でも今更変えれない…。

そんな不便なタイピングでも皆さんに楽しんでもらえるような物語を紡いでいければと思います。

というかアレンサイドのプロローグ、あまりにも筆が乗ったのでパート分けしてしまいました。

なのでラグナ側も少し加筆しようと思ってます。今読んだら少しシンプルすぎた…。

そちらも今後の楽しみにお待ちいただければと思います。

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