プロローグ sideラグナ(part1)
ちゅんちゅん、と可愛らしい小鳥たちの囀りが窓辺から聞こえてくる。
木々の葉が気持ちのいい潮風に揺られ、さらさらと重なり合って擦れる心地のいい音。
潮風に晒され、どこか銀色がかった渋い風合いを覗かせる木の窓枠。その薄手のカーテンの隙間からは、柔らかく暖かな朝の光が差し込み、室内の静寂を優しく溶かしていた。
「んぅ……」
重厚な石造りの一階の上に、温かみのある木材で建てられた二階建ての家。その二階部分にある一室。
潮風と湿気から永く家を守るため、耐水性の高い塗料を幾重にも塗り重ねた頑丈な木組みの柱が、優しく部屋を支えている。
部屋に置かれた小さめの家具たちは、すべて幼い部屋の主人の身長に合わせて、近所に住む仲の良い大工のおじいちゃん達が心を込めて作ってくれた一品ものだ。海からの風にも痛まぬよう特製の樹脂で磨き上げられたそれらは、港町ノースハーバーの住民は必ずと言っていいほどここの工房にお世話になっているという、腕のいい職人たちの職人技が詰まっている。
机の上にはあまり似つかわしくない分厚い植物図鑑。勉強していたのか、調べていたのか、ノートや鉛筆も雑多に散らばったそれらからは、懸命な勉強の跡が見受けられる。
棚に綺麗に並べられた絵本は、時折港町を訪れる旅商人から買い求めたり、活気あふれるマーケットでお母さんと一緒に夢中になって吟味し、大切に選んできた宝物ばかり。
その部屋で、赤髪の小さな主人はシンプルながらも可愛らしいリンゴの装飾が施されたベッドの中、まだ夢見心地に浸っていた。
トントン、と部屋に小さなノック音が響く。
無機質な木を叩く音でありながら、どこか慈愛に満ちた心地のいい響き。
ガチャリとゆっくり、丁寧にドアノブが回され、扉を開けた女性は手慣れた足取りで薄暗い寝室の中へと進んでいく。
布製のスリッパを履いたその足取りはごく静かで、寝ている愛娘を起こさないよう最大限に配慮された、優しく穏やかなものだった。
エプロンを身に纏い、艶やかな赤髪を綺麗な三つ編みに整えた女性が、ポス……と柔らかくベッドの端に腰掛ける。
そして、掛け布団の隙間からわずかに覗いている小さな赤頭を、愛おしそうに撫でた。
「ラグナ、おはよう。朝ですよ」
名前を呼ばれた少女――ラグナは、大好きなお母さんの声に耳をくすぐられながらも、どうやらまだまだ眠気に勝てないらしい。
布団から顔を出そうともせず、まるでこここそが自分の絶対的な居場所なのだと主張するように、モゾモゾと掛け布団の奥深くへと潜り込んでいく。
「ん〜……」
「ふふ、困ったお嬢さんだこと」
母親である赤毛の女性は、可笑しそうに小さなため息をつきつつも、手慣れた手つきでもう一度その頭を優しく撫でまわした。
「ラグナ、今日の朝ごはんは、あなたの好きなりんごのタルトを焼いたのよ? このままじゃ冷めてしまうし……お父さんに……」
――全部食べられちゃうわよ。
と言い切る前に、ガバッ! と勢いよく布団が撥ね飛ばされ、小さな身体が起き上がった。
何とまあ、私の娘ながら素直で可愛らしい子だろう。
寝起きで乱れた赤髪はあちこちにピョンピョンと跳ねているし、パジャマの首元は大きくはだけて、片側の小さな肩が丸見えになっている。まったく、誰に似てこんなに寝相が悪いのだろうか。
だが当人はそんな身なりなど気にする様子もなく、輝かんばかりの瞳でこちらに向き直る。
その顔にはまだうっすらと眠気が残っていたものの、目はすでにパッチリと見開かれていた。……というより、甘い香りを想像してか、口元には小さなよだれまで垂れている。
「タルト!?」
「全くこの子は……。ふふ、まずはおおはようのご挨拶は?」
「ママ、おはよう! タルト!」
「本当にこの子は……」
けれど、そんな愛くるしい少女の姿がたまらなく愛おしくて。
お母さんは愛しい我が子を、そっと優しく抱きしめた。
「可愛い、私の子……」
「ママ、いい匂い……」
「さっきまで焼き立てを準備していたからね」
焼き上がったばかりの甘い焼き菓子の香りと、大好きな母親の温もり。
私の頬を優しく、そっと割れ物を扱うかの様に指の腹で撫でてくれる。
それが少々こそばゆくも、気持ちの良いものだった。
潮風のそよぐ港町の家で、幼いラグナの全身を幸福な朝の光が優しく包み込んでいた。
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一階へ、ママと一緒にいつもの走り慣れた階段を軽い足取りで駆け降りていく。
さっきまで夢の中にいたはずなのにこんなにも足取りが軽快なのは、大好きなリンゴのタルトを朝から食べられるからだろう。
階段を降り切ったダイニングのテーブルには、既に綺麗にセットされた食器と、ガラスコップに入った冷たくて美味しそうなミルクが私を待っていた。
その向かいの椅子に腰掛け、湯気の立つコーヒーを手に新聞へ目を通していたお父さんが、パサリと紙面を下げて笑顔を向けてくる。
「ようやくお目覚めかい、ラグナ。おはよう」
「パパ〜、おはよう!」
弾むようなステップでパパのもとへ駆け寄り、ぎゅっと「おはよう」のハグを交わす。
そしてママがしてくれた様に、頬や顎を小動物を愛でるかの様に撫でてくれる。
母と違ってゴツゴツとしつつも、弾力があり、大きな手はママとは違う安心感と包容力を幼いながらもかんじた。
朝の畑仕事を軽く済ませてきたばかりのパパからは、ポカポカとした暖かなお日様と、どこか心を落ち着かせるふんわりとした土の香りが漂っていた。
「今日も元気だね」
「うん、元気!」
「ラグナ、椅子に座る前にちゃんと顔と手を洗ってきなさいね」
「はぁーい!」
ママの優しい促しに元気に返事をすると、パタパタと足音を響かせて洗面台へと向かう。
そこには、背の届かないラグナのために、大工のおじいちゃんが作ってくれた木製の踏み台が置かれていた。
「うんしょ、と……」
9歳になったばかりのラグナの小さな身体には少し登りにくい高さだが、精一杯足を伸ばして、今日も無事に一人で踏み台の上へと上り詰める。
ほんの半年ほど前までは、上手に登れずに半泣きになってママを呼んでいた赤髪の少女が、今や誰の手も借りずに全部できるようになっているのだ。子の成長というのは、親にとっても目を見張るものがあった。
短い腕を一生懸命伸ばし、両手で蛇口を捻る。
力任せに捻りすぎたせいで、『ジャバッ!』と水が激しく跳ね飛び、一瞬「びくっ」と肩を揺らしたが、すぐに落ち着いて水量をちょうどよく調整した。
パシャパシャと、少し乱暴ながらもママから教えてもらった手順を忠実に実践していく。
顔を洗い終わる頃には、洗面台の周りもラグナの袖口も、少しばかりビシャビシャになってしまっていた。
蛇口をしっかりと締め、傍らに綺麗に折りたたまれていたタオルを手にとる。
顔や、濡れてしまった赤髪の毛先を丁寧に拭い取った。
そしてそのあとは、タオルを上手に使って、洗面台の周りに飛び散ってしまった水滴を漏れなく拭き取っていく。昔、濡らしたままにして怒られたことがあったのだろうか、その手つきには小さな誇らしさと几帳面さが伺えた。
「よいしょ……」
使い終わったタオルを整え、踏み台を自分で洗面所の端へと静かに寄せる。
動作の端々から、両親の愛情深いしつけと教育がしっかりと行き届いているのが一目で分かる。
「ごはーん!」
準備を完璧に整え、満面の笑みで戻ってきたラグナ。
さあ、待ちに待った、大好きな両親との温かな朝食の時間が始まる。
皆さま、どうも&初めまして。
みゃ~むら、です。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
感想、レビューお待ちしております。
ラグナ編のプロローグに少し彩りを加えたいと思ってこれを執筆しております。
こちらは少しずつたま~に投稿していきます。
まだそこまで固まっていないともいう。
出来る限り早く投稿できたらな、と思ってます。
がんばりま~す。




