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すべての生きとし生けるもの達へ  作者: みゃ~むら
オニカド編

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一夜、明けて side アレン(Part7)

その蠢く黒き魔素から這い出てきたのは、紛れもなく、デンドロビウムとエデンが倒したはずの男だった。

「な、どういうこと……!?」

デンドロビウムの驚愕の声がこだまする。その男――ユーグは、漆黒の霧からまるで朝霧を割るようにして現れ、先ほど戦いの中で浮かべていたものと全く同じ、薄汚い、人を舐めきったにやけ面でこちらを見下ろしている。

まるで、先ほどまでの激戦など、最初から何も無かったかのように。


「どうしたぁ? 鳩が豆鉄砲……いや、機械が豆鉄砲でも喰らったような顔をしてるなぁ、オイ……?」


五感を不快に逆撫でする、粘りつくような声。

「ねえエデン、私たち、集団で質の悪い幻覚か夢でも見てるのかしら?」

デンドロビウムがユーグの言葉を完全に無視し、強張った声でエデンに問いかけた。彼女は信じられないといった様子で、自分の白い頬を何度も強くつねっている。機械である彼女に、肉体的な痛覚はないだろう。しかし、そうでもしなければ自分自身の演算システムすら疑ってしまいそうなほどの異常事態だという事を物語っている。

「デンドロビウム、君の言いたいことは痛いほど分かるが……残念ながら、これは現実だろう」

エデンの声は低く、重かった。

二人の動揺はもっともだ。この2人が打ち倒したと確信した敵が、傷一つない姿で再び目の前にピンピンして立っているのだから。

「アレン、不気味だね……」

セシルが小さく身震いした。

「あぁ……。それに、なんかさっきよりも、放たれているプレッシャーが段違いに強い……」

皮膚がじりじりと焼けるような感覚。彼がわざと漏らし始めたその魔力の重圧に、本能が「勝てない」と恐怖の警鐘を鳴らし鳴り響かせている。

デンドロビウムとエデンは、武器を大きく構え直した。だが――。


「やめだやめだ……。なんか、急に面倒くさくなってきたわ。撤収だな」

『!?』


耳を疑うような言葉が、戦場に響き渡った。

ユーグがけだるげに首を回すと、彼の言葉に呼応するかのように、周囲で攻め立てていた魔人たちの軍勢が途端に引き波のように引き始めた。その引き際は一糸乱れず、見事なものだった。

正門の前に蠢く深い闇の中へと、彼らは次々と帰還していく。その場に取り残されたのは、あの男、ユーグ一人だけ。

そして男もまた、心残りはないとばかりに俺たちに背を向けて歩き出そうとする。その手元では、相変わらず禍々しい球体の魔素が退屈そうに弄ばれていた。


「どういうつもりかな、これは……っ!?」


デンドロビウムの、激しく鋭い怒号。

先ほどまでセシルやエデンと会話していた時の穏やかなトーンとはかけ離れすぎた、地を這うような烈火の如き声。一瞬、本当に彼女の声なのかと耳を疑うほどだった。

ユーグは歩みを止めず、首だけを気怠げに振り向かせて応じる。

「あぁ?……別に気分じゃなくなっただけだ。それに最初に言っただろ? ほんの暇つぶしだってよ」

「……とか言って、本当は私たちが怖い?またさっきみたいに真っ二つにされるのが」

デンドロビウムの鋭い視線が男を射抜く。

「やっすい挑発だなぁ……。おいおい、そんなにこの俺に乗ってほしいわけ?」

ユーグが小馬鹿にしたように肩を揺すった、まさにその瞬間だった。


突如、俺たちの背後で、凄まじい大爆発が巻き起こった。

爆風と衝撃波に煽られ、思わず身をよじる。振り返った視線の先――さっきまで俺たちの後ろで必死に戦列に参加していた機械兵たちや、戦闘に参加していた一般市民達が、黒い爆炎の中に呑み込まれ、吹き飛ばされていた。

俺たちはエデンたちのすぐ近くの位置にいたため、辛うじて直撃を免れたが……。

「ピピ……っ!?」

「((+_+))……」

黒煙の向こうから漏れた、弱々しい機械音。フェリクセンが、爆発に巻き込まれて火花を散らしているピピの元へと、なりふり構わず駆け寄っていく。


「よぉ、これで満足か?」

振り返ったユーグが、愉しげに片目を細めた。

「あんた……っ!!」

デンドロビウムが今にも突撃しそうな面持ちで魔人を睨んでいる。予備動作すらもなく、彼は無からあの黒き魔素を大量に生成させ、連鎖爆発を引き起こしたのだ。彼にとって、人の命を奪うことなど、指を鳴らすのと変わらない。

「まぁ、俺の目的は最初から伝えてあるよな? あの鬼の国の嬢ちゃんだ。――『鬼の島』で待ってるぜ?」

「おい……っ!!」

闇の中へと立ち去ろうとする魔人の背中に向けて、俺は叫んでいた。気づけば一歩、前へと足が動いていた。

「あぁ……?」

歩みを止めたユーグが、心底不快そうに視線を戻す。俺の存在など、そもそも歯牙にもかけていなかったのだろう。魔人ユーグの顔に、明確な不機嫌さと冷酷な侮蔑が露わになる。

「ちょっと、君……! 危ないよ、下がりなさい!」

デンドロビウムが慌てて俺を制止しようと手を伸ばすが、俺の胸の奥で暴れる衝動は、もう止まらなかった。

俺は知りたい。どうしても、知らなければならないんだ。

「9年前に……人間領に……あの、北側に位置する港町を襲撃したのは、お前か……っ!!」

叫んだ俺の声が、情けなく震える。

「アレン……」

後ろで、セシルが悲痛に私の名前を呼んだ。

「はん……」

ユーグは、鼻でせせら笑った。その瞳には、一欠片の興味すら宿っていない。

「それを知った所で、テメェに何ができるんだぁ……? 安全なデンドロビウムの後ろに隠れて、せいぜい雑魚を散らして満足してただけのオメェが。知った所で、何もできやしねぇよ」

「――っ……!!」

みぞおちを抉られたような衝撃。ぐうの音も出なかった。


彼の言う通りだった。今の俺がこいつと一対一で対峙したところで、息の根を止められるまで一秒もかからないだろう。守られるだけの弱者である俺に、過去を知る権利も、奴に仇なす資格すらもない。今の魔人は、冷徹な事実としてそう言い放ったのだ。

「じゃあな」

吐き捨てるような言葉を最後に、ユーグの身体は急速に湧き上がった黒い魔素に呑まれ、掻き消えるように消滅した。

それと同時に、正門付近にべったりと張り付いていた、あの巨大な魔素だまりも、最初からそこに何も存在していなかったかのように、完全に消え失せた。

戦いは、終わった。

俺たちの心と、この街に、あまりにも深すぎる、無数の爪痕を残して。


---------------------------------------------


そこからは、まさに怒濤の大変さだった。

負傷者の救助および手当、街全体の被害確認、破壊された通信施設の復旧、そして本国ヒューメブルグへの状況報告の準備。次から次へとやるべきことが押し寄せ、寝る暇なんて微塵もないくらいに目が回った。

気づけば、地平線の向こうからすでに朝日が昇ろうとしている。


特に難航したのは、負傷者の手当だった。

ユーグが最後に引き起こしたあの理不尽な連鎖爆発。それに巻き込まれた者たちの身体には、禍々しい黒き魔素が深く入り込んでいたのだ。彼らの動力源であるジェネレータを汚染から浄化させるため、医療班の作業は一刻を争い、膨大な時間を要した。それは爆風をまともに喰らったピピも同様だった。


俺とフェリクセンは煙の燻る街へと繰り出し、崩壊した建物の被害確認に奔走した。セシルは持ち前の器用さと知識を活かして、通信施設の回路接続を手伝っていた。

夜が完全に明けた頃、ようやく手の空いた機械人たちと交代させてもらい、ある程度状況が落ち着いたところで、仮眠をとらせてもらった。


だが、安眠は長くは続かなかった。

デンドロビウムからの緊急の呼び出しにより、俺は一足早く叩き起こされることになったのだ。

「――全く、あんな無茶は二度としないこと! あの魔人、えーとユーグだっけ? あいつが気まぐれに去ってくれたからよかったものの、その気になればすぐにやられちゃってたんだからね!」

不機嫌そうに両手を腰に当て、俺を指差して叱咤する。

そこは、セントラルタワーの最上階近くにあるゲストルームだった。

街の中心部にそびえ立つこのタワーは、この国のあらゆる機能を統括する心臓部だ。だが、軍事防衛、行政、医療、エネルギー管理といった様々な施設を無理に一本の塔へ複合させた結果なのだろう。外観は、少なくとも俺たちの住むピースフルや人間領のヒューメブルグでは見ないような、非対称でどこか歪な形をしていた。


呼び出された内容は、もうすぐ通信環境が完全に復活するらしく、その準備と上層部への報告のため。

現在仮眠中のフェリクセンとセシルも合流する手はずになっているが、なぜか俺だけが先に呼ばれた。その理由は……どうやら俺が最後にユーグへの、あの無謀な問答に関してのお説教が目的らしかった。

「君があの悲劇の起きた街の出身とは聞いていたけれど……。だからって、ここまで軽率な行動は絶対にダメ!」

「す、すみません……つい……。以後、気をつけます」

項垂れながら謝る俺の前で、デンドロビウムはフンと鼻を鳴らす。

さっきの戦闘で彼女もかなりの負傷を負っていたはずなのだが、さすがはデウステクスと言うべきか。予備のパーツやスペアの衣装が常備されていたらしく、今目の前にいる彼女は、戦闘など無かったかのように傷一つない新品同然の人工皮膚と、仕立ての良い服を身にまとっていた。


「君の気持ちは分からんでもない。だが、彼女の言う通り確かに無謀だ。相対した相手が極端な気分屋だったから命拾いしたものの、一歩間違えれば、我々も含めてその場で全滅していたリスクもあった。今後は厳に慎むように」

「は、はい……」

正面の長椅子に座るのは、紫の髪を不満げに揺らした機神だけではない。その隣で腕を組み、呆れたような声音を響かせているのは、ギアだった。

これまで映像でしか見たことがなかったが、やはり実物と対峙するのとでは圧迫感が違う。一切の表情を遮断する幾何学的な意匠のヘルメット。そこから発せられる声は、落ち着いた大人の男性のようでありながら、言葉の端々に時折「チリ……」と無機質な電子駆動音が混ざり、特有の威厳を放っていた。

「だが……そもそも彼らは私たちの身を案じて、本来ならば来る予定のなかった我が国まで増援に来てくれたのだ。街を、市民を救うために戦ってくれた。……まずはそのことに、深く感謝している」

「は、はい……」

ギアの言葉に、デンドロビウムはまだ少しだけ不服そうに唇を尖らせている。怒りの矛先をギアによって上手くいなされた形だ。

「ちょっとギア〜? アレン君に甘いんじゃない?」

「状況に対応できていなかったのは、どちらかといえば我々側だ。突然の奇襲とはいえ街の防衛網を容易に突破され、予定通りの移送計画は頓挫、挙句に通信施設の破壊。今後の防衛設備の再最適化は最重要課題だね」

ギアは冷静に、淡々と正論をデンドロビウムに返す。それは感情を排した、純粋な状況分析だった。

「そんなこと、言われなくたって分かってるわよ! 対策の初期設計はもう済ませて、開発部門にデータを送ったわ!」

「後で僕もログを確認しておく」

ぐぬぬ、と悔しそうにデンドロビウムが歯痒い表情を見せる。その仕草は、高性能なデウステクスゆえに、驚くほど人間らしくて豊かだ。


「でもっ、まっさか本当にあいつらがここに攻めてくるなんて思わなかったじゃない!」

「確かにね。ただ、鬼島オニカドが攻め落とされ、セツナさんを我が国へ迎え入れた段階で、連鎖的な襲撃は予測し、警戒しておくべきだった。……これは、最高責任者である僕の計算ミスだ」

セツナ。

聞き慣れない名前がギアの口から出た。おそらく、その人物こそが、俺たちがヒューメブルグへとお送りする予定の、この国からの重要な代表なのだろう。


「……あの、いいですか?」

張り詰めた空気の中、俺に発言権があるのかは分からなかったが、恐る恐る手を挙げてみる。

「どうしたのかな?」

デンドロビウムが視線をこちらに戻した。

「俺たちはこのまま、その……セツナさん、という方をお送りするんですか? その、あの魔人が言うには、鬼島は完全に占領した様な口ぶりでしたけど……」

言葉を慎重に選びながら、胸に渦巻く疑問を投げかける。ユーグのあの不気味な宣言が事実であれば、今や鬼の国は完全に奴らの支配下にあるということだ。そんな状況で、代表の移送など進めていいのだろうか。

「君が疑問に感じるのも無理はない。……状況の全容が読めないのは我々も同じなのだ」

ギアは表情の読めないヘルメットをゆっくりと縦に振った。

「だからこそ、回線が復旧し次第、緊急で人間領の幹部面々とも同時接続を行い、臨時の合同会議を行う」

「会議、ですか……?」

「とりあえずは現在の正確な情報共有と、今後の動向をどうするかだ。……我々の間でもまだ完全な方向性は定まっていないが、状況次第では、すぐにでも鬼島の奪還作戦を立てた方がいいかもしれない」

ギアの口から出た言葉に、俺の背筋が冷たくなった。

「……本気ですか!?」

「だって、私たちの街まで直接攻め込まれちゃったんだもん。これでもう他人事じゃ無くなっちゃったしね。アレン君も聞いたでしょ? あいつが鬼島で待ってるって言うなら、これ以上被害が出る前に、さっさと乗り込んで決着をつけた方がいいに決まってるじゃない」

デンドロビウムが好戦的な笑みを浮かべる。

「目に見える明確な脅威は、早めに潰す。それが最も効率的で確実だ。……そういえばユーグの2人目が出てきた理由は分析できたかい?」

「うん、分析できたよ。大方推測はあってると思うから会議の時に、一緒に」

既にあの二人目が出てきた事の理由がわかったというのだろうか。デウステクスの分析力はやはり計り知れないものを感じる。

「ありがとう、それで僕もいいと思う」

ギアも同意するように淡々と告げる。理知的なイメージを持っていたデウステクスの指導者たちだったが、その本質は驚くほど合理的で、かつ果断だった。

「…後は、当事者であるセツナさんがどんな判断を下すか、だな」

ギアとデンドロビウムは、一時的に思考プロセスの処理を走らせるように、揃って黙り込んだ。複雑な国際情勢や、種族間の事情が絡み合っているのだろう。

沈黙を破り、ギアのヘルメットが再び俺の正面を向いた。

「だから、悪いが君たちにも、その会議には出席してもらうぞ」

「え、俺たちも、ですか!?」

思わず頭上に疑問符が浮かぶ。てっきり報告書を作成して終わりかと思っていたが、ギアの冷徹な声のトーンから、その意図はすぐに察しがついた。

「君たち、本来は正式な許可なく、独断でこの国に来ているのだろう? おそらく人間領の連中からは、そこを厳しく言及されるはずだ。……今回の救助活動や復旧作業に多大な力を貸してくれた事実は、僕たちの側から最大限カバーしてやれるが、最終的な越境の理由については、きちんと自分たちの口で説明しろ」

「……はい、わかりました」

重い責任がのしかかる。だが、デンドロビウムがすかさず、いたずらっぽくウインクをしてフォローを入れてくれた。

「私はね、最後の無茶以外は、本当に感謝してるんだよ? 君、剣の腕もすごく良かったし! 長旅で疲れてたはずなのに、一晩中救助活動まで手伝ってくれたんだから。むしろ勲章ものでしょ! 誰からも責められる謂れなんてないんだから、胸を張りなさい!」

「あ、ありがとうございます……」

ちょっと大袈裟だとは思ったけれど、そう言ってもらえると、張り詰めていた肩の力が少しだけ抜けて、悪い気はしなかった。

「ふむ、我々機械人と、人間たちとでは、物事の思考論理が根本的に違うからな……。そればっかりは仕方のない事柄だ」

ギアがそう呟いた、まさにその時だった。

背後の重厚な自動扉が、規則正しい音でコンコンとノックされた。

「済まない、待たせたな」

「エデン、そっちも落ち着いた?」

デンドロビウムが声を弾ませる。

シュー、と気圧が抜ける音と共に扉が左右にスライドし、入ってきたのは、まだあちこちに煤の汚れを残したエデン。

――そして、その斜め後ろから静かに姿を現したのは、黒髪と、頭頂部から突き出た一対の禍々しい赤角を持つ、鬼の女性だった。

どうも&初めまして!

みゃ~むら、と申します。

ご拝読いただき、有難うございます。感想お待ちしております。


さて、最近私はありがたい事にコミケに受かりまして、どちらかといえばイラストを描く時間が圧倒的に多くなっておるのですが…。

ここに投稿するための文章も書きつつなので、めっちゃ大変です。

あんまりこの言葉を使いたくはないのですが、忙しいといって差し支えない状態です。

まぁ、原因は間違いなく私が絵を描くおててが遅いからですね。

かなC。現在、小説はかなり投稿頻度を落としているのですが、入稿ができたら投稿ペースを前と同じ水準くらいには戻したいと考えているので、今後とも楽しみにお待ちいただけたら明日幸いです。

今のところはとりあえず水曜&土曜の二本を定期便に投稿いたします。

がんばりま~す。

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