安寧 Sideラグナ(Part12)
獣を大きく切りつけたあと。
頭上には白雷の鋭い残滓がパチパチと火花を散らし、巨獣の鮮血が夜風に舞った。
今私にできる渾身の一撃。私は上手く地べたに綺麗に着地――とはいかなかった。
「お、とと……」
情けない声が漏れる。ぺたんと力なく腰が抜け、その場に尻餅をついてしまった。白い砂埃が、辺りに舞った。
今の一撃に意識のすべてを集中しすぎたせいか、はたまた久方ぶりの激しい戦闘だったからなのか、あるいはあの未知の力を引き出した代償なのか。
体力の残量は完全にすっからかんだった。
未だに小さく、名残惜しそうに白く爆ぜている細剣の刀身に、私は呆然と目を落とす。
(今、私、どうやって……何が、おきたの……?)
確かに、宙を舞った獣の眼前にいたはずだった。そう思った刹那、視界が白く染まり、気がつけば私は空中にいたのだ。力が湧いてくる、何かできそうという予感は確かにあったけれど、まさかこれほどの超常的な力を自分が振るうことになるなんて、思ってもみなかった。
背後で、どさりと重い質量が倒れ込む音がした。獣が力なく、悲痛な声を小さく漏らしながら横たわっていくのが、耳の奥に響く音だけで分かった。
辺りに立ち込めていた爆煙が、風に吹かれてゆっくりと薄れていく。天井から変わらず漏れている、あの木漏れ日のような日光に似た優しい光が、ぽつんと座り込む私を静かに包み込んだ。
身体中に大きなダメージを受けたのだろう、ノエがずり、ずりと片足を引きずりながらこちらへ近づいてくるのが見えた。
だが、そんな満身創痍の状態であるにもかかわらず、彼女はその腕にしっかりとポポロを抱きかかえている。見た目はあちこち煤まみれで酷い怪我を負っているはずなのに、やはりこの女、頑丈の域を遥かに超えている。
「ラグナ……あなた、いまのは……?」
ノエが息を切らしながら、覗き込むように私を見つめた。
「い、いや……わかんない、けど……」
きっと、私を包んだあの白い稲光のことを聞いているのだろう。
「うおー、ラグナー! いまの、どうやったんだー!?」
ノエの腕の中からひょこっと顔を出したポポロが、目を輝かせて叫んだ。この子もさっき、結構いい一撃をまともに喰らっていたと思うのだが……。どうやら怪我の痛みよりも、旺盛な好奇心の方が勝っているらしい。腕の中で手足をバタバタとさせている。
「今……私、どうなってた? 正直、自分でも全然分かってないんだけど……」
「私も、完璧に視認できたとは言えません。ですが……あなたがその場から掻き消えたと思った瞬間、白い稲光があの獣を瞬時に通り過ぎて……気づけば、深い切り傷のついた獣と、宙を舞っていたあなた自身の姿が目に映りました」
ノエは思い返すように、天井を見上げた。その視線の先にはもう、何もない。ここに来たばかりのような静寂と木漏れ日のような暖かな光が、佇んでいるだけだ。
まさか、自身が稲妻そのものに変貌して戦場を駆け巡ったとでもいうのだろうか。突拍子もない考えだが、そうでなければ今起きた事象の、あの超常的な速度に説明がつかない。きっと、さっきポポロを助け出した瞬間も、無意識にこの力の一部を使っていたのだろう。
「……まさか、その力を隠していたのですか?」
ノエからジロリと、少し懐疑的な目が向けられる。私は慌てて、ちぎれんばかりに首を大きく横に振った。
「んな訳ないでしょ!? 最初からあんなの使えるなら、最初から使ってるって!」
「それもそうですね……変な疑いをかけてしまってすみません。立てますか?」
「あはは、ごめん……。体力使い切って立てないや」
情けない話だが、尻餅をついた姿勢のままずっと動けないでいる。
「さすがに、おれも、つかれたかも〜……」
会話の途中で、ポポロがノエの腕からずるずると力なく降ろしてもらい、そのまま床にへたっと突っ伏してしまった。やはり、強がってはいてもそれなりにダメージは蓄積しているようだ。
「今は皆さんに治療が必要ですね。私の荷物に応急処置セットがあります。そこに座ったままで構いませんから、皆さんの怪我を見せてください」
ノエは自分の痛む脚を庇うようにして、ゆっくりと腰を下ろし、背負っていた鞄を開けようとする。
「いや、見た目的にあなたが一番の重症よ……?」
私は思わずツッコミを入れていた。
「まずは貴方の手当てをして。私も簡単な処置くらいはできるから、ポポロは私がやるわ」
肩や脚から受けた光線の傷はまともに肉を抉っており、今も血がじわじわと滲んで止まっていない。見ているだけでこっちまで痛くなってくる。それに、さっきは思いっきりお腹にあの大鞭のような尻尾が直撃していたはずだ。どうしてこのノエという女は、平然とした顔でピンピンしていられるのだろう。
「そうですか……? でしたら私より先に、あいつを」
ノエが包帯を取り出しかけた手を止め、そっと視線を向けた。
その先には、私の一撃を受けて瀕死の状態で倒れ込んでいる、あの二対の瞳を持った謎の獣がいた。荒い呼吸のたびに、白い巨軀が小さく上下している。
「え、たすけるのか……!?」
ポポロが仰天したような声をあげ、耳をぴょこぴょこと動かしてリアクションを見せる。無理もない、つい数十秒前まで、互いに命を奪い合っていた相手なのだから。
「危険すぎない? また目を覚まして暴れられても困るんだけど……」
私もポポロと同意見だった。しかし、意外にもノエの意志は固かった。
「少なくとも、あの獣は『何か』を知っていそうです。情報は聞いておくべきでしょう」
「そ、そうかも知れないけど…」
ノエはあの獣から視線を離さず、続ける。
「ラグナのその剣や力に関しても、何か知っているかも知れません。それにポポロがいてくれれば通訳も可能でしょう……もし、また危なくなったら、ラグナに頼らせてもらいます」
ノエは悪戯っぽく、しかし絶対の信頼を込めて、こちらに向き直りにっこりと微笑んだ。
いや、あれは連発できるような代物じゃないし、次も同じように上手くいく確証なんてどこにもない。……けれど、とりあえずは彼女の言う通りにするしかないか。私は大きくため息をつき、降参の意を込めて両手を軽く挙げた。
「はぁ……分かったわよ。ほら、ポポロ。治療してあげるからこっちきなさい」
「うい、たのんだ」
張り詰めていた空気がようやく霧散し、戦場だった崩壊跡に静かな空間が戻ってくる。
今はただ、傷口を優しく撫でるこの穏やかな静寂の時間に身を任せよう。私はポポロの小さな身体を引き寄せ、包帯を手に取った。
皆さまどうもです&初めましてみゃ~むらです。
お読みいただき誠にありがとうございました。
今回は珍しくみなさまに一つお知らせがございます。
いい方ではなくおそらく悪い方。
ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんがこの「生きとし生けるもの達へ」は今の所毎日1話投稿が出来ており、今後も続けていきたいと考えております。……が。
ちょ~と7月中頃くらいまでペースが2日に一回とかに落ちる可能性があります。
今の所は多分大丈夫なのですが……。可能性というかほぼ確実にどっかのタイミングで書き溜めが不足するので落ちます。
理由としてはコミケ108のサークルに受かってしまったためです。と言っても受かることはいいことです。わーい。運営さん、いつもありがとうございます。
なのでさすがに小説を執筆しつつ、イラストを描くことは到底不可能なのでペースが落ちる、という話です。特に私はイラストを描く手が遅いこと遅いこと……。そこまで上手くないし。
けど創ることが楽しいので、やってます。大変だし、下手の横好きだけれども。
なので今回は別にさぼるとか、面倒くさいとか、モチベ落ちたとか全然そんなことではございません!!
イラストを描きつつ、小説も書かなければならない。もちろん人間なので、生活もしなければならない。
全部やらなくちゃいけないのがお辛いことね~!!!
というわけで、いつもだったらだらだらと書いている後書きですが。
今回は珍しく告知の後書きでした。投稿ペースが落ちる時はその時ちゃんとお知らせします。
次回もよろしくです。




