覚醒 sideラグナ(Part10)
「なに、これ……」
重厚な大扉が開いた先――そこに広がっていたのは、異様な光景だった。
「神殿」という言葉から想起されるスケールを遥かに超越した、不気味なほどの広大さと静寂。ラグナたちが先ほどまで佇んでいた広場など、何十個も丸ごと飲み込んでしまえそうなほどの圧倒的な大空間が、闇の奥へと延々と続いている。
何より異質なのは、その構造。
天井や壁面、そして足元に広がる床一面が、先ほどの扉と同じく、緻密で冷徹な「謎の幾何学模様」のラインで埋め尽くされている。それは人の手で彫られた彫刻というよりも、何らかの精密な回路のようにも見えた。
古代の泥臭い石造り神殿の奥に、突如として現れた未知の超建築物。まるで、全く異なる二つの時代が無理やりつぎはぎされて、一つの巨大な空間に変貌したかのようだ。
「これは……なんとも壮大ですね…」
しかし、その冷たい無機質さを裏切るように、遥か高い天井の亀裂からは、太陽光に似た淡くも力強い光が幾条ものカーテンとなって降り注いでいた。
その神秘的な光に祝福されるように、本来なら光が届かないはずの暗緑色の苔や、見たこともない奇妙な植物の緑が、幾何学模様の隙間から瑞々しく芽吹いている。
神殿内部とは、あまりにも空気感が違いすぎる。
「ほ~、なんだこれ~!」
案の定、いの一番にその未知の空間へと駆け込んだのはポポロだった。罠があるかもしれない、どこか崩落するかもしれないという警戒心など一欠片も持ち合わせていない。相変わらず、好奇心が服を着て歩いているようなやつだ。
「ちょっと、ポポロ……! なんでそう考えなしに突っ込めるわけ…?」
「彼といると、本当に退屈しませんね」
苦笑するノエがポポロの後を追おうとする。だが、ラグナにはまだ、その場を動けない理由があった。
視線を落とす。台座の上には、自分の愛用する細剣が静かに鎮座していた。
「私の剣……これ、どうしよう」
引き抜いていいのだろうか。大扉が開ききった今、あの細剣を覆っていた謎の蒼い光波は、嘘のように完全に消失している。
「もう、引き抜いても大丈夫なのでは? ……もっとも、なぜラグナの剣がこの巨大な隔壁の鍵になっていたのかは、全く分かりませんが……」
「……一体、どうなってるのよ、本当に」
台座に深く刺さったままの輝く細剣は、当然ながら何も答えてくれない。これを取り外した拍子に、背後の大扉がものすごい勢いで閉まらないことを願うばかりだ。
「……ええい、ままよ!」
ラグナは意を決して目を瞑ると、細剣の柄を両手で掴み、思い切り上へと引き抜いた。
――スポッ。
手応えは驚くほど軽かった。拍子抜けするほど簡単に抜けてくれて内心ホっと胸を撫で下ろす。しかし、すぐに目を開けて背後を振り返った。
「開いたまま、ですね。扉」
「…………うん、それは、まぁ、良かったわ」
どうやら杞憂だったようだ。二人して胸を撫でおろす。
「おーい! なにやってるんだ、ふたりとも~! はやくはやく~!」
空間の奥から、ポポロがニコニコと満面の笑みで大きく手を振っている。全く、こっちの心労を少しは敬ってほしいものだ。ラグナは細剣を収めると、ノエと顔を見合わせてその一歩を踏み出した。
一歩中に入るだけで、肌に触れる空気が劇的に変わる。
先ほどまでの神殿内部は、どこかカビ臭く、じめじめとした薄気味悪さに満ちていた。しかし、この幾何学空間はどこか清涼感があり、奇妙なほどに開放的だ。ここが安全な場所だと分かっているなら、今すぐにでも荷物を降ろして、あの日差しの中で日向ぼっこでもしたくなるほどに。
「なんか、ここもひかってるぞ~!」
先のほうで、ポポロがまた何かを見つけて声を上げた。
彼が短い指をさした先――空間の中央に設置された、金属質で滑らかな台座の上。そこには、私の拳よりも小さい、力強く蒼く光り輝く結晶が、何もない虚空にゆらゆらと浮遊していた。
「もう……正直、何を見ても驚かなくなってきたかも、私……」
ラグナは小さく頭痛を覚えて、こめかみを指先で押さえた。
見たこともない巨大な砂漠を悠然と泳ぐ生命体。砂の海に静かに眠る大遺跡。そして、自分の細剣で開く謎のギミック扉に、この不可思議な空間。
次から次へと目の前で起きる超常的な事象に、脳の処理が追いつかなくなってくる。
「なんだろな~、これ。いしなのに、ういてるぞ」
ポポロは台座の縁に器用に上ると、浮遊する結晶を至近距離で見つめ始めた。クンクンとにおいを嗅いだり、懐から手帳を取り出してスケッチを始めたりと、ラグナの困惑などどこ吹く風だ。
「しかし、本当にここは、どういう場所なのでしょうか。先ほどの遺跡とも、神殿の内部とも、建築様式や材質がまるで違いますが…」
ノエはその場に静かにしゃがみこみ、床に走る模様のラインを指先でそっと撫でた。
言われてみれば、靴の裏から伝わる感触もどこか奇妙で、少し歩きづらい。石でも木でも鉄でもない、滑らかで硬質な未知の材質。
「触ったことがない材質ですね……それにあの扉もそうでしたが、この見たこともない幾何学模様。やはり、何らかの意味が……?」
「おいノエ~! これ、さわってみてもいいか?」
ポポロが結晶へと手を伸ばそうとする。
「何が起きるか分からないのですから、安易に触ってはダメです」
すかさずノエの鋭い声が飛ぶ。
ラグナもその台座へと近づき、結晶をじっと凝視した。
なんとも言えない複雑な多面体をした結晶が、自転するようにゆっくりと回転しながら、台座の上で微かに明滅している。
だが――ラグナは、その結晶の形状に妙な既視感を覚えた。
(……気のせい、かな)
自分の細剣。その柄の中心にある、奇妙な形状の「くぼみ」。そのデザインラインと、この浮遊する結晶の輪郭が、どうしようもなく酷似しているように思えてならなかった。まさか、失われたパーツの片割れ、なんてことはないだろうけれど。
「えぇ~、だめなのか~? へるもんじゃないのに」
不満そうに口を尖らせるポポロに、ラグナは横から拳を軽くコツンと落とした。
「何が起きるか分かんないものには触らないの! いいからそこを降りなさい」
「わかったわかった……とみせかけて、すきありっ!」
ポポロはちっとも反省していなかった。
台座を降りるモーションのまま、獣じみた爆発的な瞬発力で身体を反転。制止を振り切って、悠然と浮かぶ青い結晶へと、目を煌めかせながら、その小さな両手を伸ばしたのだ。
「だめっ!!」
身体が勝手に動いていた。ポポロの無鉄砲な突撃を強引に片手で突き飛ばし、結晶から引き離そうとした――のだが。
あまりにも勢い余ってしまった。ポポロを弾き飛ばしたラグナの自分の腕が、制動を失って、そのまま浮遊する結晶の側面にまともに激突してしまったのだ。
『あ』
ポポロとノエの間抜けた声が響くと同時に、衝撃でバランスを崩した結晶が、台座の上で不規則に激しく回転を始める。
「……あ」
しまっ――そう思った瞬間には、すべてが遅かった。
台座の上で激しくのたうつ結晶が、空間の全エネルギーを呼び覚ますかのように、爆発的な輝きを放ち始める。床や壁面に走る幾何学模様のラインが一斉に脈動し、目も開けられないほどの強烈な「青い光」が、嵐となってラグナたちの視界を完全に白く染め上げていった。
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その眩しさから、たまらず目を開けると――そこは、ただただ純白の空間だった。
上下左右、天地の境界すら曖昧な、どこまでも透き通った無の世界。
「こ、ここは……? っていうか、ノエとポポロは!?」
辺りを幾度も見渡してみるが、あの騒々しい獣人の少年の姿も、どこか世話焼きな竜人の少女の姿もどこにもない。
そもそも私は、あのつぎはぎの幾何学神殿にいて、暴走した謎の結晶の光に包まれたはずだ。
「…………ほんとうに、今日は色々起きる日ね」
深くため息をつき、ラグナは額を押さえた。
もはやここまで来たら、何でも来いだ。次は何が起きるというのだろう。もう空から大地が降ってこようが、世界中のすべてが海に飲み込まれようが、何一つとして驚かない自信がある。
「ん……?」
ふと、光の向こうに目を凝らす。
遠くに、ぽつんと誰かのシルエットが見えた。ここがどこだか分からない以上、まずは情報を収集することが先決だ。ラグナは少しばかりの恐怖を自尊心で抑え込みながら、その人影へと歩み寄った。
近づくにつれ、そのシルエットの正体が鮮明になっていく。
(……女の子?)
よく見ると、なぜかその少女もまた、重力を無視して虚空に浮かんでいた。なんだろうか。最近の世界は、宙に浮くのが流行りなのか。
その子は空間の真ん中で、まるで母親の胎内にいるかのように、膝を丸々と抱え込んで眠っていた。
少女の身長よりも遥かに長く感じる、絹糸のように透き通る白髪。身にまとっているのは、装飾を極限まで削ぎ落とした、シンプルながらも上品な白いワンピースだ。その裾だけが、風もないのに波打つ水面のようにゆらゆらとはためいている。
「すぅ……すぅ……」
「うそでしょ……?」
本当に、何から何まで常識の外側だ。少女は完全に宙に浮いたまま、気持ちよさそうに寝息を立てている。一体どんな魔素コントロールや仕掛けがあれば、こんな芸当ができるというのだろうか。
ラグナが唖然と立ち尽くしていると、その気配を鋭く感じ取ったのか、少女の小さな瞼が微かに戦いた。
「ん……ふぁぁ~……」
宙に浮いていることなど一ミリも意に介さない様子で、彼女はそのまま、猫のように背中を丸めて身体の伸びをした。小さな手で瞼をごしごしと擦りながら、大きなあくびを一つ。
「よく、寝た~……。どれぐらい寝たのかな……ん?」
ようやく、目の前にいる私の存在に気がついたらしい。
ラグナは身構えた。自分と同じように驚くか、あるいは警戒されるか。だが、少女の反応はそのどちらでもなかった。彼女はラグナの顔をじっと見つめると、すべてを見通したかのように、意味深な笑みを口元に浮かべたのだ。
「あなたが、今の……へぇ……」
白い、光に溶けそうな髪を夜の帳のようにたなびかせながら、彼女は重力を感じさせない羽のような軽さで滑るように近づいてくる。そして、トントン、と静かに地面に足の裏をつけた。
「な、なによ、あなた誰? ……あれっ!」
ただならぬ気配に、ラグナは咄嗟に腰の剣へと手を伸ばした。しかし――そこにあるはずの愛用の細剣が、影も形も消え失せている。
狼狽するラグナを前に、白い少女は小さく小首を傾げ、歌うように透き通る声音で言葉を紡いだ。
「力は貸してあげる……。あなたがどこまで行けるのか……特等席で見せてもらうわ」
「ど、どういう、意味……? きゃあ……っ!」
少女の身体が怪しく光ったかと思うと、再び視界のすべてが圧倒的な光の濁流に飲み込まれた。ラグナは反射的に、強く、強く目を瞑った。
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「……グナ! ……ラグナ、しっかりしろ!」
「はっ!」
「うわっ!?」
叫びながら、弾かれたように勢いよく上体を起こす。
そのあまりの勢いと迫力に、すぐ横でのぞき込んでいたポポロが短い悲鳴を上げて後ろにひっくり返った。
「おい、だいじょーぶか!? なんか、ひかりがおさまったとおもったら、ラグナがきぜつしてたぞ!」
「ごめん、なにか……夢を見ていたみたいで……」
冷や汗を拭いながら四方に視線を巡らせる。そこは先ほどの幾何学模様の空間のままだった。
「夢、ですか……?」
隣にしゃがみこんでいたノエが、どこか腑に落ちないといった様子で眉をひそめている。
「ええ、なんだか変な気分……って、あれ? ノエ、なんで私の剣、持ってる、の……?」
そこで、ラグナの言葉がピタリと詰まった。
違和感の本質は、ノエが自分の武器を握っていることそのものではなかった。彼女の手にある細剣の「姿」が、完全に変貌を遂げていたからだ。
本来なら、美しくも無機質な白銀の一色に輝いていたはずの細剣。
しかし今、その剣の柄の先端にある「くぼみ」には、先ほどまで台座の上で浮遊していたあの蒼い結晶が、まるで最初からそこが定位置であったかのように、寸分の狂いもなく綺麗に嵌まり込んでいた。
それだけではない。結晶から染み出したかのように、細剣の刀身の中央部、グリップの細工、そして周囲の美しい装飾のラインにまで、深く鮮やかな、吸い込まれそうなほどの「蒼色」が焼き付けられている。全体の形状も、以前よりどこか鋭利で洗練されたものへと変化していた。
「すみません、奪うつもりはなかったのです。ただ、光が消えた時には、すでにこのような姿になって床に転がっていまして……」
ノエはラグナを安心させるように両手を添えて、その新しく生まれ変わった細剣を恭しく手渡してきた。
受け取る。掌に吸い付くような感覚。以前よりもずっと軽く、まるで自分の身体の一部になったかのような錯覚さえ覚える。
「な、なんで……これ、どうなってるの……?」
「すごい! ラグナのぶきにも、なにかかくされた、なぞのぎみっくがあったのか!?」
目を輝かせて立ち上がるポポロ。だが、ラグナの細剣の変貌を観察していたノエの視線が、ふいに空間の奥の闇へと向けられた。
その瞬間、彼女の細い背中が、凍りついたようにピンと張り詰める。
「いえ……見る限りはただの細剣の形状変化なのですが……。――二人とも、後ろ……っ!」
ノエの、今まで聞いたこともないような鋭く張り詰めた声。
ラグナとポポロは、弾かれたように同時に背後を振り返った。
冷たい幾何学模様の床を踏み締め、音もなく闇の奥から姿を現したのは――四本の屈強な足で大地を捉える、広大な神殿の静寂を塗り替えるほどの、巨大な獣の影だった。
みなさまどうもです&初めまして。
みゃ~むらと申します。この度はご拝読いただき感謝感激雨あられでございます。
感想やレビューお待ちしております。
さて皆様には、思い出の作品なんてものはございますでしょうか。
人生で初めて買ったライトノベル、深夜にたまたま目が覚めてテレビをつけた時に放送アニメ、幼少期からの父の部屋にあった漫画etc…。
皆様がどれだけ歳を重ねても、コンテンツを体験しても、そういった「心の中に残ってる」作品はございますでしょうか。別にこれはアニメ、漫画、ゲームに限った話ではありません。ドラマや映画、人によってはCMなんてこともあるでしょう。
私にもいくつかあります。そういった心に残る作品は、自分の作品作りに多大なる影響を与えてますし、いつ見ても面白いと思います。
この作品が誰かの心に残る作品になればいいなと思いつつ、今日のあとがきを締めさせていただきます。
次回もお楽しみに!




