交戦 side アレン (Part6)
衝撃で身体のあちこちがきしむように痛むが、そんな泣き言を言っている場合ではないことだけは、初めてたどり着いた機械領〈デウステクス〉の街の惨状が雄弁に物語っていた。
「これは……ひどいな」
視界に飛び込んでくる光景のすべてが異常だった。シックで機械文明を思わせる街並みは、大小様々な銃弾の痕が蜂の巣のように刻まれ、鋭利な刃で切り裂かれたような斬撃の痕が無残に遺されている。つい少し前までは精密な秩序と平穏な時間が流れていたであろう美しい近代都市の面影は、瓦解した建物の瓦礫の下に埋もれていた。その光景に胸がズキリと痛む。
だが、今の戦場で目を背けてはならない決定的な事実が、俺の網膜に二つ突き刺さった。
一つ目は、ここに向かう途中で話に聞いていた、この国の最高責任者たる3機神の一人――デンドロビウム。
紫色の髪に、見た目は10歳前後の小さな人間の少女のような容姿は事前に共有されていた映像のままだ。
しかし、現在の彼女は戦闘で負傷したのか、あちこちの白い装甲がボロボロに剥がれ落ちている。捲れ上がった装甲の隙間からは、明滅する複雑な配線回路や、俺には構造すらよく分からない金属製の精密パーツが不気味に見え隠れしている。
だが、彼女はそんな凄惨な破損状況などまるで痛まないかのように、久しぶりに再会したセシルとピピに向けて「はははっ!」といつも通りの快活な挨拶を交わしているのだ。機械人には生身のような『痛覚』が存在しないことは知識として知っていたが、衣服は焦げ付き、ボディ全体が黒い煤に塗れているその姿は、生身の人間である俺の目にはひどく痛々しく、同時に底知れない違和感を抱かせた。
そして二つ目は――こちらの乱入を、少し離れた位置から静かに見つめている、魔人らしき風貌の男。
今まで遭遇してきたどの魔人とも違う。まるで一つの独立した『種族』の王のように、圧倒的な威厳と知性を湛えてそこに佇んでいた。魔人とは、黒き魔素に汚染されて凝縮された、ただ破壊を撒き散らすだけの「意識なき化け物の軍勢」だとばかり思っていた。だが、あんな風に、明確な意志を持ってこちらを品定めするように見下ろす奴が存在するのか。
(――もしかして、あいつが……俺の故郷を……?)
その瞬間、胸の奥底からドロリとした昏い憎悪の感情が急速に鎌首をもたげ、視界が赤く染まりそうになる。だが、その衝動が弾ける寸前、車内でのセシルの必死な制止の顔と、あの丘で俺を抱きしめてくれたルクレチアの言葉が鮮烈によぎった。
『恨みだけで、剣を振るってはダメよ――』
俺は奥歯が軋むほど強く噛み締め、そのどす黒い感情を無理やり心の底へと抑え込んだ。今の俺が剣を振るうのは、復讐のためじゃない。誰かを守るためだ。深呼吸し、落ち着かせる。
「もう俺は大丈夫だ…」
戦況は一刻を争う。俺は覚悟を決め、腰の機械剣を鋭く引き抜いた。金属音が響く。隣に立つフェリクセンも、俺の動きに呼応して即座に愛用の銃を構え、銃口を向けた。
「デンドロビウムさん、あれは……一体何なんですか……!?」
俺は、こちらをねめつけるように値踏みしてくる、あの不気味な男から目を離さず声を張った。道中で遭遇した下位魔人たちとは次元が違う。立っているだけで大気が重くなるような、凄まじいプレッシャーが肌を刺す。
「あれはね……いや、あいつこそが『真の魔人』らしいよ。黒い魔素を実質的に操ってる……いわば幹部みたいなものだね」
「そ、そんな奴らが実在するのかよ……!? てっきり、あいつらは知性のねぇ暴走集団かとばかり思ってたぜ……!」
フェリクセンが引きつった声を上げる。
「詳しい説明はあと! 君たちはセントラルタワーに向かって!」
「デンドロビウムさん、私たちも戦わせて下さい! 国の責任者であるあなたが最前線で傷ついているのに、私たちヒューメブルグの兵士が敵に背を向けて逃げるわけにはいきません!」
セシルが毅然と言い放ち、槍を構える。ピピも液晶画面に怒りの形相を浮かべた。
「( ゜Д゜)」
「えぇ……ちょっと、ギアどうする? 本来はセレスティアまでの子達が増援に来てくれたけど、エデンはまだ来られないの?」
デンドロビウムが宙を見上げ、頭部の通信インプラントを明滅させる。どうやらセントラルタワー内の仲間と直接通信を行っているようだ。ギア、エデン。その二つの高名な名前は、先ほどの車内で復習したばかりだった。
「うん……うん、え? まぁ……了解。エデンはあと少しで合流ね」
通信を終えた彼女が、ガチャガチャと駆動音を響かせて俺たちへと振り返る。
「セントラルタワーのギアから戦闘許可が出たわ。私と行動してた方が安全だって。だけど、君たちは基本的に私の『後方支援』に徹して! みんなも肌で感じてると思うけど、あいつが一番強いから」
「おいおい、作戦会議はもういいか? 待ちくたびれちまったぜ……?」
鼓膜から脳髄へと直接染み込んでくるような、底冷えする声。
男はにやにやと不気味な笑みを浮かべたまま、こちらの様子を観察していた。手癖なのか、それとも誇示しているのか、掌の上でドス黒い魔素の球体を弄び、お手玉のように回転させている。ここは命のやり取りをする凄惨な戦場だというのに、その態度は不遜極まりない。
いくら人間の数が増えようとも、俺にとっては何も変わらない。そう言いたげな余裕が全身から満ち溢れていた。
あいつの胸ぐらをつかみ、直接問い詰めたいことは山ほどある。だが、今の俺の実力では足元にも及ばない。今はデンドロビウムの指示に従うのが最善だ。
「ま、君たちも感じているとは思うけど、あいつの強さはケタ違い。だから私が受け持つ。みんなは他の機械兵たちと協力して、周りに湧いてくる雑魚の間引きをお願い! 絶対に前に出すぎちゃダメだよ!」
「「「了解!!」」」
俺たちの叫びと、周囲の機械兵たちの駆動音が重なり、一斉に迎撃態勢へと移行する。
「お前ら、適当に遊んでこい」
魔人の男が退屈そうにつぶやくと同時に、街の正面出入口に不気味にまとわりついていた巨大な魔素の塊が、ボコボコと歪に膨れ上がった。
直後、そこから有象無象の魔人たちが、津波のように大量に這い出てくる。
どいつもこいつも全身が悍ましい黒色の魔素で満ちているのは共通だが、不完全な角や、不出来な肉の翼が生えているなど、その形態は千差万別だった。二足歩行で武器を振り回すもの、四足歩行で獣のように地を駆けるもの、中には不定形の肉塊のようなものまで混ざっており、極めて戦いづらい。
(だけど……なんのために、あの日から血の滲むような訓練を重ねてきたと思ってるんだ……!)
俺は機械剣のトリガーを深く絞り込んだ。キィィィンと高周波の駆動音が響き、刀身に圧縮された赫い魔素が激しく纏いつく。
正面から飛びかかってきた一体目の魔人を、流れるような一閃で斜めに一刀両断。黒い霧となって霧散するのを視界の端で捉えながら、手元で刀身を高速で振り回し、後方から飛来する魔素の弾丸をカン、カン、と正確に弾き流していく。
そのまま2体目、3体目と順調に切り伏せていく。訓練の成果は無駄ではなかったと内心、冷や汗をかきつつも安堵を覚える。そのまま後続で走ってくる魔人達を魔素で形成した横薙ぎの斬撃を飛ばし、霧散させる。
(この調子だ…!)
その時、周囲の雑兵よりも一回り巨大な、筋骨逞しい魔人が咆哮を上げて俺の前に立ち塞がった。
「フェリクセン、援護頼んだ!」
「任せろアレン!」
後ろからフェリクセンの放つ重火器の容赦ない銃弾の嵐が魔人の上半身を叩き、その怯んだ一瞬の隙を突いて、俺は鋭く地面を滑り込みながら機械剣を真横に一閃。魔人の屈強な片足を膝元から綺麗に切断した。
「グガァッ……!」
巨体を大きく崩しながらも、その魔人は執念深く、大きく裂けた口の奥にどす黒い魔素エネルギーを急速に充填し始めた。至近距離。上段から俺を丸ごと消し飛ばそうと、その眼が怪しく光る。
「まじかよ……っ!?」
回避が間に合わない、そう直感した瞬間。
「アレン、下がって!」
鋭い制止の声とともに、横から弾丸のように割り込んできたセシルが、恐るべき身軽さで魔人の巨体を駆け上がった。
彼女の持つ槍が美しい弧を描き、目にも留まらぬ速さで切り伏せた。
ザシュッ、と確かな手応えを残し、魔人の首が宙を舞った。低いうめき声を残しながら、巨大な魔人は瞬く間に黒い塵へと還っていく。
「助かったよ、セシル!」
「礼はあと! 本体が消えるまでは、一瞬だって油断しちゃダメ!」
ピピは機械兵たちとの戦列に参加して、撃ち合いに参加している。ピピも両腕を銃火器に変貌させて、応戦している。
「アレン、セシル!俺たちで近づいてくる奴らを削るぞ!」
「オッケー!アレン、右任せた!私は左に!」
「了解!」
それぞれ左右に展開し、それぞれ近づく魔人たちを切り伏せていく。
俺は突撃してくる間を縫うように、流れるような動きで、切りつける。時折、右手左手とブレイドを持ち替えながら状況に柔軟に戦う。
(よし、体は思ったよりも動く……憎しみで剣を振るうな、俺)
最初は少し強張っていたが、思ったよりも頭がクリアに働いている。この街の惨状を見て、己がすべき事を理解したからかもしれない。
「たぁ!」
セシルの鋭い声。横目でちらりと様子を見る。
彼女も彼女で槍を流れるように身体の周りを器用に回転させながら、リーチを活かしてその勢いをそのままに相手を切り倒して、時には槍でぶん殴っていく。時折、縦からエネルギーチャージされたボウガンも活用しながら、近中距離を見事にカバーしている。
士官学校で見ていた槍術から格段に成長している。
(セシルに任せておけば向こう側は問題ないな)
ドガガガガガガッ!!! ズドォォォォンッ!!!
直後、戦場の一角から、周囲の戦闘音をすべてかき消すほどの、ひと際激しい金属衝突音と爆鳴が轟いた。
その音の源泉は、たった二人。
デンドロビウムと、あの魔人による、常人では視認すら不可能な領域の超高速戦闘――それはまさに、夜空を切り裂く青と黒の光芒のぶつかり合いだった。
「はははっ! ようやくやる気出したかよ!? 楽しもうぜぇ!!」
「いい加減、その小うるさい不細工な口を永久に閉じてほしい、な!」
魔人の男が、物理法則を無視して建物の垂直な壁面を歪に駆け抜ければ、デンドロビウムは背部の主推進ブースターを爆発的に点火させ、各部の姿勢制御バーニアを精密に吹かせながら肉薄する。
なんとかして援護したいが、次元が違う。
二人の戦闘スタイルは、完全に対照的だった。
「逃げてばっかり!?」
「ほざけ」
デンドロビウムの戦法は、圧倒的な機動力を活かした立体的な近・中距離戦闘。生物には到底不可能な急制動とGを強引に織り交ぜ、紫の三つ編みをはためかせながら、ヒット&アウェイで相手を翻弄していく。彼女のぶかぶかとした袖口からは、魔素を纏った俺と同じような思想を元に作られたブレードが瞬時に何本も展開されたかと思えば、次の瞬間には銃身へと変形し、重火器による面制圧の弾幕を容赦なく叩き込む。さらに、足の裏からもブレードを伸長させ、文字通り「全身兵器」として、超速度で魔人を圧倒していた。
「しっかし、あちこちに武器仕込んでんのな。見てて飽きねぇぜ」
対する真の魔人の男は、驚くべきことに、回避や位置取りで体を動かすことはあっても直接戦闘で体を動かしていなかった。むしろポケットに手を突っ込んですらいる。チャラチャラとシルバーアクセサリーを揺らしながら、自身の周囲に漂わせている無数の漆黒の魔素球体だけを自在に操りきっている。デンドロビウムのあらゆる角度からの猛攻を、チェスの駒を動かすかのような手軽さで淡々と捌き切っている。
「いつまで、その余裕が続くかな?」
だが、さすがに機神による苛烈かつ多層的な、計算され尽くした飽和攻撃のすべてを防ぎきることはできないらしい。徐々に男の漆黒の衣服が裂け、グレーの肌に青い火花のような切り傷がいくつか刻まれ始めていた。切り傷からは魔素が漏れ出ているが、時間が経てば自然と消えていく。
「……アンタ、見た目の割に思ったよりもやるなぁ……」
狂気に満ちた笑みをさらに深くした。
「なぁ、せっかくこんなに面白ぇ戦いしてんだ。名前、教えてくれよ?」
デンドロビウムは空中でバーニアを激しく逆噴射させ、バックフリップしながら間合いを取ると、ボロボロの装甲のまま不敵に言い返した。
「そういうのを人に知りたかったら、まずは自分から名乗るのが筋じゃないのかな?」
「へっ、言うねぇ……。けど、確かにその通りだ。他人に名前を聞くなら、まずは自分から、だ。――いいぜ、教えてやるよ。俺の名前は――ユーグだ」
「私はデンドロビウム!初めまして、そして、これでさよならだね!」
静から突如として急加速の大ぶりの一撃が魔人、ユーグを急襲する。それを難なく圧縮された魔素でガードする。本来ならば、魔素にコーティングされたブレイドであれば切れるはずなのだが、それ以上に練り上げられているらしい黒の魔素はカンタンにはきれないようだ。
至近距離まで顔を詰め寄る両者。ガギギとまるで金属同士がぶつかり合うような音が響く。
「動きはすばしっこいみてぇだが、それだけだ。物量の前にはテメェは無力だろ」
そう言うと、彼の後ろで大きな魔素が生成され、蠢き始める。
「そうだね、現状君に致命傷を与えるには難しそうだ」
そこから鋭利な切先が何本も顔を覗かせている。
「だったらーー」
「だから、美味しいところはあげるよーーエデン」
「!?」
そう名前を呼ぶと猛スピードで突進してきたもう一機が横からユーグの死角外からバッサリと機構まみれの紺色の大剣で切り裂く。
上半身と下半身が分たれた魔人の身体。上半身はそのまま地面に落ちていき、下半身はそこから直立不動で立っている。そこから彼の身体を構成していた魔素が少しずつ、霧散していく。
「悪い、遅くなった」
冷たくも仲間を労う声。毅然とした目つきは映像で見せてもらったままだ。
「もー遅いよ、エデン!……ま、大したことないからいいけど」
「済まない、あの正門の魔素の浄化装置も準備していたからな。しかし皆の働きもあって、あとは残党のみだ。……本当はやつを捉え、情報を吐かせたかったが、雑魚でも気を緩め……!?」
ユーグの背後で蠢いていた魔素の切先が二人を襲う。鋭い槍のような形状をした影が幾重にも伸びる。
しかしそれに紙一重で反応しきって、各所に小さなシールドを展開。間一髪で受け流すことに成功する。
その一瞬の隙があれば充分と言うように、二人ともがバーニアを展開し、高速のホバリングで俺たちの位置まで下がってくる。
「どういうことだ…?あの魔素は?」
「エデンが切った魔人ーーユーグが生成してたやつ」
エデンが焦ったように聞き返す。
「ユーグ…?」
「それが自分の名前だって…」
慌てるように俺たちは確認する。
「普通、魔素は供給元がいなくなれば、すぐに消える筈ですよね?」
2人を襲った魔素は槍だけを霧散させて、未だウネウネとまるで形を持たない生命体のように蠢いている。
そこから、手のような物が見えた。
「まさか…」
「な、なんで……?」
戸惑いの声。当然だ。俺も目を疑った。
そこから出てきたのは。
たった今倒したばかりの魔人の男ーーユーゴそのものだった。
いつもどうも&初めまして!
みゃ~むらです。読んでいただきありがとうございました。
今この後書は朝の3時に書いています。
なぜなら台風の風の音で目が覚めたから()。
正直あくびをしなが、この文章を書いていますが、自分は一回目が覚めちゃうと中々寝付けないんですよね。
皆さんはどうですか?睡眠時間とかってちゃんと確保できてますか?
私は大体7時間は寝ないとちゃんと頭が稼働してくれません。
6時間半でも無理です。目は覚めるんですが頭はめちゃ眠いです。パフォーマンス出ません。
だから今日投稿した分に何か誤字があっても、許してください…。




