魔人との邂逅 Sideアレン (Part6)
機械領〈デウステクス〉内のセントラルタワー。その中枢に位置する監視室において。
「ふ~む、これはどういうことだ?」
顎、いや、彼の顔は正確にはヘルメットで覆われているため表情は窺えないが、どこかはわからないが顔の下部に機械の指を添えて、不可解そうにそこを何度も撫でていた。
コンソールを操作する男――ギアは、街中に設置された監視カメラに写っているその現象に関して、演算回路に強い疑問が浮かんでいた。
それは、現在前線でデンドロビウムが対峙している魔人に対してだった。
「彼は間違いなく魔人の幹部の一人。彼らがわざわざ前線に動くほどに、何か大きなことが起こそうとしているということかな」
今まで出現していた魔人たちの姿は、黒い魔素に覆われた出来損ないの人間のような見た目に、不完全で不出来な翼や角が生え、意味もなく笑ったり奇声を上げたりと、生きているのかただの人形かわからない、ただの生命体未満の存在だ。しかし、その魔人……、正確にはその不気味で黒い魔素を裏で操る根源的な存在がいる。
その一人がまさに今、デンドロビウムの目の前に立っているのだ。
長い歴史の中で、1000年前の大国家にて数多の種族と魔人が共に住んでいたとされる神話の時代までしか目撃情報がなかったという、まさに伝説上の存在。
「長い歴史の中で、彼らはずっと機が熟すのを待っていた……? それが今、ということなのか……」
ギアは椅子に深く座りなおし、ひじ掛けに内蔵された通信装置を起動させる。有線が生きているこのタワービル内のみであれば、相互に連絡が取れるようになっている。
「エデン、ちょっと不味いことになった。国内用の緊急連絡回路の復旧はどうだ?」
それすらも調子が悪いのか、ザザ……と酷いノイズ音が混じりつつも、彼女の声がスピーカーから返ってくる。
『あと少しだけ時間をくれ。思った以上に面倒だ』
「そもそも、どうして復旧にこんなに時間がかかっている? 戦闘の衝撃による物理的な断線ならばパーツの交換だけで済むだろう」
通信画面の向こうで、エデンは首を横に振る。どうやらそう簡単なことではないらしい。
『私も最初はそう考えていたが、そうではなかった。通信回線の魔素経路に直接やつらの魔素を流し込んで、ジャミングのような症状を引き起こさせている』
「まさか……。そんな汚染方法が可能なのか。…また新たな知見を得れたな」
『そんな事を言っている場合か。やつら、思った以上に用意周到に、技術的な破壊工作をしてきているようだ。だが、通信に関してはあと10分24秒で完全に奴らの魔素を削除できる、待たせてすまない。……それよりギア、戦況に何か問題か? デンドロビウムが下手をするとも考えられないのだが』
「幹部級の魔人が現れた」
『なんだと!?』
彼女の表情はあまり動いている様子はないが、スピーカーから漏れる声音はかなり驚いているのが分かった。
『この1000年で起きえなかったことが、今まさにこの国で起きようとしている……ということか』
「ギア殿。私も戦場へ向かう許可を頂きたい」
後ろで同じように監視カメラの映像を見ていた一人の女性が、決然とした声で志願する。
その女性の額には、一対の朱い立派な角が生えていた。それに両前腕から手、そして足の末端は、その角と同じように肌が朱かった。腰には一本の長刀と、見るからに重厚な鉄のこん棒が携えられている。
「だめだ」
ギアは手を振って、彼女の提案を考える素振りすら見せることなく却下した。
「どうしてですか!? 鬼島に攻め込んできたのも奴でした、奴の狙いは間違いなく私です。これ以上この街に迷惑を――」
「それなら余計だめだ。理由はいくつもある。君は重要な来賓だ。私たちには君をヒューメブルグへ無事に送り届ける義務がある。君が弱いとは思わないが、何かあってからでは遅い。君は我々機械人のように、パーツを取り換えれば替えが効く存在ではないことを自覚した方がいい。――僕のこの腕と違って」
ガコッ、と軽い金属音を立てて、ギアは自身の右腕を肩のジョイントから取り外した。そして、その外れた腕を目の前でひらひらとして見せる。鬼の女性はそのあまりに突飛で、機械人ならではの見慣れぬ光景にギョッとしてしまうが、すぐにコホンと咳払いをして平静を装った。
「承知しました……ギア殿が、そこまで仰るのであれば」
ギアの冷徹ながらも正論の詰まった諭しに、女性は悔しげに視線を落とした。
『緊急国内通信システムが復旧し次第、早急に私が向かう。これでいいだろう』
こちらの監視室内の会話を聞いていたのか、通信の向こうからエデンが頼もしい提案をしてくる。
「頼んだ」
ギアは取り外した腕を滑らかに再接続すると、瞳も口もない鉄の顔で、ただ静かに、激化するカメラの映像を見つめていた。
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「あーあ、せっかく借りてた魔獣がパァだ。……あとでウルセェんだよなぁ」
肉塊から這い出てきたもの――それは紛れもなく魔人だった。
だが、これまでの野蛮な雑魚魔人たちとは一線を画す、肌を刺すような圧倒的な威圧感がその全身から発せられている。側頭部から前方へ伸びるように生えた逞しい二本の角に、左肩からも歪に伸びた角。細身の体に、確かに鍛え上げられたような無駄のない身体。漆黒の衣服の隙間から覗く不気味なグレーの肌には、悪趣味なタトゥーがあちこちから見え隠れしていた。
知性のない人形に等しく、奇声や不気味な笑みを上げるだけの雑兵魔人とは違う。明確な意思を持ち、理不尽なまでの破壊を生み出す、圧倒的な魔素を操る才覚を持った「真の魔人」。
「ちょ~っと暇つぶしで遊ぶつもりが、意外と粘るなぁ……? 特にそこのお嬢ちゃん」
男はデンドロビウムを指差しながら、不敵な笑みを浮かべた。獲物を値踏みするような底寒い視線に、デンドロビウムの感知センサーが、本能的な嫌な予感を告げて激しくアラートを鳴らす。
気づけば、周囲に佇んでいた魔人たちまでもが、急におとなしくなり静まり返っていた。あの魔人の不機嫌極まりない声が響いた瞬間、それまでうるさいほどだった戦場の喧響が、嘘のようにピタリと静まり返ったのだ。
後ろで火器による援護してくれていた皆も不気味がって、手を止めている。
先ほどまで乱暴に魔弾を飛ばし、欲望のままに破壊活動をしていた化け物どもが、完全にナリを潜めているのだ。まるで、その男の次の命令を忠実に待つ、忠実な兵隊のように。
戦場の空気が、その男一人によって完全に支配されていた。
「あんたがこのマナーのなってない観光客の引率? 教育はちゃんとしておいてほしいな」
デンドロビウムは、初めて相対する上位のプレッシャーに身体の機構がきしむのを感じながらも、不敵な笑顔を返した。
「はっはぁっ、そいつは悪かったなぁ! お詫びに今度、俺とデートでも一緒に行くかぁ? その見た目なら人形でも可愛がってやるぜ?」
「悪いけど、あんたは趣味じゃないわ。ナンパしにきたのなら、ここはお門違いね。……さっさと私たちの街から出ていってくれるかしら?」
冷たくあしらう。くだらない言い合いだ。会話の裏で、デンドロビウムはいつでも地を蹴れるよう、ボディ中の機構を唸らせていた。
「んだよ、つれねぇな……。まぁいい。要求はひとつだけだ。……あんたらが今匿ってる鬼の姫ちゃんをこっちに渡しな」
鬼国〈オニカド〉から来た代表――お昼に出発する予定だったあの「お姫様」のことを言っているのだろう。こいつらはわざわざ、あの娘を追ってここまで攻め込んできたというのか。
(なんでわざわざ、あの子を……?)
小さな機神の瞳が、青い魔素の輝きを宿して鋭く男を睨み据えた。
「何、あんた。色んな女の子の尻を追っかけてるの? いい趣味してるね」
「確かに見た目は良いかもなぁ……けどちげぇよ」
男は目を細めながら顎に手を当て、不気味に嗤った。何を考えているのか、全く底が読めないやつだ。
デンドロビウムはいつでも動けるよう、身体の各所のギミックを既に臨界状態へと引き上げていた。どうやってこの男を解体してやろうかと、脳内で超高速の戦闘シミュレーションを回し始めた――その途中のことだった。
『――デンドロビウム、聞こえるか』
突如として、脳内の直接通信回線がノイズ混じりに跳ね上がった。
デンドロビウムは今日ほど、この冷静で落ち着いたギアの声音をありがたがったことは無かった。
『も~!おそいよ、ギア! エデン!』
『待たせてすまないね。状況はこちらのモニターからも視えている』
『手間取ってしまって、悪い』
緊急用の通信電波塔がようやく一部復旧したのだろう。そして逼迫した戦況をセントラルタワーから一瞬で把握しているあたり、流石と言うほかない。説明の手間すら惜しかったデンドロビウムには、これ以上ない大助かりだった。
『回答は勿論、拒否だよね?』
『あぁ。ただ、奴らの出方が気になる。……デンドロビウム、時間を稼ぐことは可能か? 先ほどまで緊急用通信システムの復旧に力を注いでいたエデンも、そちらへ急行させている』
『私一人だったらどうとでもいけるだろうけど、周りに兵や機械国民もいるからなぁ。まともにやり合ったら街が消えちゃうよ。せめて距離を置かせたいなぁ…』
『ふむ、どうしたものか……』
二人の通信会議を遮るように、男が不敵につま先を鳴らす。
「何黙りこくってんだよ、寂しいじゃねぇか」
刹那、男の言葉に呼応するように、何もない虚空から突如として大小様々な魔素の球体が出現した。それは恐ろしい密度でデンドロビウムの周囲を完全に包囲し――。
直後、一斉に爆ぜた。
「っ!?」
事前の魔流の揺らぎすら検知できない、完全な「予兆なき爆撃」。戦場が派手な黒炎に包まれる。一切の予備動作なしにこれほど魔素を自在に操る姿は、まさに天災たる魔人そのものだった。
「どうせ、渡す気ねぇんだろ……?最初からこうした方が……うおっと!?」
しかし、その爆炎の激しい渦中から、無数の銃弾とレーザーの嵐が猛然と突き抜けてきた。男は避けるまでもなく、瞬時に前面に展開した魔素の障壁でガギギギィッ!と火花を散らしながらガードする。
直後、爆炎を引き裂いてデンドロビウムが背部ブースターを限界まで唸らせ、その魔人に向かって猛スピードで一直線に突っ込んでいく。
爆発のダメージを受け、完全に防ぐことは叶わなかったが、彼女は爆発の瞬間に高出力シールドを展開し、メインジェネレーターや機械人の心臓部ともいわれる「コア」だけは完全に守り切っていた。
だが服は爆発に巻き込まれて破け、白い美しい装甲の一部は無残に捲れ上がり、内部の精密な金属機構が牙のように無骨に露出している。
「へぇ……面白れぇ……!」
魔人の男が獰猛に口角を釣り上げると同時に、その周囲の魔素がさらに怪しく蠢き、鋭利な槍のような形状へと変化を遂げる。
男が手を一振りすると、それらの魔素の槍が直線や曲線、さらには幾何学的な多様な弧を描いて、全方位からデンドロビウムへと肉薄した。何も対策しなければ間違いなく串刺しになる直撃コース。
「よっと!」
だがデンドロビウムは空中でありながら各所に仕込まれた姿勢制御用のブースターで瞬時に身体を機械的に捩じらせ、推進力を落とすどころかスピードを維持したまま、さらに狂気的な制動で距離を詰める。
ガシャガシャシャッ!と両袖口から、高周波の超振動ギミックブレードが展開された。
「いい反応だなぁ、おい!」
「あんたに褒められても、嬉しくないよ!」
デンドロビウムが肉薄し、ブレードを思い切り振りかぶる。男のニヤけた顔の前に、ドス黒い魔素の球体が瞬時に割って入り、強固な盾となって刃を受け止めようとする。
だがデンドロビウムはそれすらも織り込み済みだった。
強烈な立体噴射。重力をあざ笑うかのように急制動をかけた彼女は、人工魔素の青い煌めきを夜闇に残しつつ、機械人だからこそ可能な直角の軌道で、一瞬にして魔人の背後を完全に奪った。
「もーらいっ!」
「甘え」
魔人の男は防いだ、というよりは背後への奇襲すら最初から備えていたというべきか。デンドロビウムの背後の死角からの一閃を、振り返りもせずに出現させた漆黒の魔素で寸での所で防ぎ切ってみせた。それどころか、男は瞬時に周囲に浮かぶ他の魔球の照準を背後へと固定、容赦のないエネルギー照射による零距離迎撃を繰り出す。
ズガガガガガッ!!
デンドロビウムは即座にバックステップで距離を取り、今度は両手の袖口の機構をビーム砲へと高速生成。超高速の反転回避運動を取りつつ、負けじと激しい銃弾戦に応じた。青いレーザーと黒い魔弾が夜の街を激しく明滅させ、火線を散らす。デンドロビウムはそのまま射撃を維持しつつ、後方に倒れる機械兵たちの元までスライディングするようにラインを下げた。
「おぉ、すげぇな。あんた、見た目の割にかなり出来るんだなぁ。……ますます気に入っちまったよ」
魔人の目がギラリと怪しげに光ると、彼の周囲に、先ほどと同じように大小さまざまな魔素の球体が再び無数に浮かび上がる。その数は先ほどの倍以上。空間そのものが歪むほどの魔素量だった。
だが、デンドロビウムもそれに臆することなく、煤だらけの顔で不敵に笑う。
「それはこっちのセリフだね! 精々試作品のテストには役立ってね!」
少々満身創痍ながらも、デンドロビウムの全身がガチャガチャと音を立て、さらに高出力の駆動機構を次々と展開していく。
またも両雄が文字通りの全力で仕掛け合おうとした、まさにその瞬間だった。
――ギィィィィィィィィィィンッ!!!
突如として、遠く離れた闇の奥から、大気を激しく引き裂くような、暴虐的なまでの大排気量のエンジン音が戦場に鳴り響いた。
「あ?なんの音だよ?」
魔人の男が不審げに振り返るよりも早く。
ヘッドライトの凶悪な白い光が夜闇を一刀両断し、ドッドッドッという重低音の轟音とともに、猛烈な速度の「魔導車」が、魔人の真後ろの闇から弾丸さながらの勢いで突っ込んできた。
だが、その魔導車は衝突の直前になっても止まろうとせず、ギャギャギャギャギャァァッ!!と激しいスキール音を立てて強引に急ブレーキ&スピンカーブを敢行。魔人の鼻先をかすめるように横滑りした車体は、そのまま制御を失って近くのレンガ造りの建物へと、ものすごい質量と轟音を立てて激突した。
ドゴォォォォンッ!!!
建物の壁が派手に崩落し、火花と白煙が夜空に舞い上がる。
「あぁ、んだよ? 自爆か?」
「なに……!?」
あまりの急展開と爆音に、周囲の魔人や市民兵たちが一斉に唖然とする中、デンドロビウムは即座に頭部のルーペを起動させ、その大破した魔道車をスキャンする。網膜に瞬時に展開されたフレームデータは――以前、彼女自身の手でセレスティアに寄贈した、ターボチャージャー付きの特殊カスタム車だった。
プシュー、とラジエーターから激しい蒸気が噴き出す中、ひしゃげた運転席のドアが内側から力任せに蹴り開けられた。
そこから黒煙とともに這い出てきた、いや、文字通り地面を這いずるようにしてもつれ合って出てきたのは、男二人、女一人、そして小型の機械人が一体。
デンドロビウムにとって、その中の一体の機械人は非常に見覚えがある、愛らしいフォルムだった。
「わぁ、ピピちゃん! それにセシル! 久しぶりじゃない!? ……もしかして君たちが、ヒューメブルグからのお迎えかな!?でもこっちまで来る予定だっけ?」
大破した車体からぽーんと飛び出してきた球体型の機械人ピピが、液晶画面の目を嬉しそうにパチパチと点滅させ、画面いっぱいに歓喜の絵文字を浮かべた。
「!(^^)!」
「……いったたた。……デ、デンドロビウムさん、お久しぶりです。いえ、こちらの状況が気になって……相変わらず元気そう、では……なさそうですね……?」
打った頭をさすりながら、煙の中から這い出てきたセシルが、デンドロビウムのボロボロになった装甲と剥き出しの内部機構を見て、苦笑い混じりに顔を引きつらせた。
「まぁね! でも、そっちの男性二人は初めましてだね!」
激突した魔導車から激しい白煙が立ち上る中、デンドロビウムは新顔の二人に向けて、満面の笑みで声をかけた。
「は、初めまして、……フェリクセンっす。一応、いてて、今回の小隊長です……」
腰を押さえながら痛々しくも何とか名乗る。そして、その隣で泥を払いながら立ち上がった黒髪の少年が、静かに口を開いた。
「アレンです……よろしくおねがいします…」
戦火の機械領での、最悪で最高なタイミングでの邂逅。
これが果たして、この絶望的な戦況にどのような変化をもたらすのか。アレンは知る由もなかった。
どうもみなさま、初めまして&いつもありがとうございます!
みゃ~むら、でございます。
今回もお読みくださり、ありがとうございました。感想をお待ちしております!
また、別の小説ではありますが「光り輝く未来をあなたと」という短編予定の小説も書き始めましたのでよければそちらもご拝読ください。こちらは週2、3本を目安に投稿できればと考えておりますのでゆっくりお待ちいただければ幸いです。
https://ncode.syosetu.com/n4789mf/1
さて、現在は2026年6月の2日でございますが、みなさまどうお過ごしでしょうか。
私は今日は台風が来るらしいので自宅にて待機でございます。
いやー、6月に台風が来るって中々すごいですよね。私の記憶や知識が正しければ、台風って大体直撃するのって9、10月あたりじゃなかったかな〜と思うのですが。
まぁ、本格的に暑くなる前にいっぱい雨降ってもらった方がいいとは思いますが、何もここまで強烈な雨でなくとも…と思ってしまいますね。みなさまももし、可能ならご自身の身の安全を第一に今日をお過ごしくださいませ。




