兆候 Side ラグナ(part8)
(思ったより……距離があるわね)
ポポロが残した砂の上の小さな足跡を辿るように、廃墟となった街並みを眺めながら歩くこと数十分。
私たちは、ようやく暫定的な目的地である角張った古代神殿の麓へと辿り着いた。あまりに建造物自体が巨大すぎるがゆえに、全員が「すぐ近くにある」と距離感を錯覚していたようだ。
その神殿は、一部が崩落しつつも、なお見る者を圧倒する荘厳さと誇り高き威容を保ち続けていた。
崩れかけた石造りのアーチや豪奢な階段が神殿の周囲をこれでもかと取り囲んでおり、往時は青々と瑞々しい草花が咲き誇っていたのだろう、干からびた花壇や水路、果ては涸れ果てた噴水の跡地までが見受けられる。
しかし今となっては、それらすべてが黄金色の砂に無慈悲に埋もれており、どこか胸を締め付けるような物寂しさを漂わせていた。
ノエの身長の何倍もの高さを誇る、天を突くような大理石の石柱が、神殿の内部へ向かって何本も所狭しと直立している。これほどの巨石をどうやって運び、建設したのか、常人の想像の範疇を遥かに超えていた。
「全く…どうやってこんな馬鹿でかいものを作ったのかしら…」
「一説にはこの世の巨大建造物は巨人族が作ったものと言われていますね。ラグナはヒューメブルグの城は行ったことは?あれも巨人族が建造を手伝ったと言われていますよ」
「ないわ。私が住んでた街からは遠かったし。何より今はお尋ね者だしね……」
「そうですか、失礼しました…」
無人で、周囲のすべてが風化しかけた廃墟というこのロケーションも、神殿の持つ幻想的な美しさを引き立てるアクセントになっていると同時に、肌が粟立つような不気味さをも孕んでいる。
だが、何よりも驚くべきは、周囲の建物がひび割れ、傾き、無残に倒壊しているのに対し、一部の倒壊を除けば神殿の柱や外壁は、ほとんど目立った損壊を起こしていないという点だった。
ノエの「千年前の都市」という推測が正しければ、周りの崩壊ぶりこそが時の流れの当然の帰結のはず。だが、この神殿だけは、時間の概念そのものを拒絶するかのような、絶対的な迫力を放ち続けていた。
「ふう、ようやくついたぞーっ! おっきいなー!」
「近くで見ると、想像以上に巨大ですね。どこかロマンを感じます…」
ポポロとノエは、どこか気の抜けた観光気分でその大神殿を見上げている。特に身体の小さなポポロにとっては、余計に天を仰ぐほどのスケールに見えるのだろう。
「おれのじもとには、こんなにおっきいやつなんて、ないぞ。だから、こういうのすっごくあこがれる!」
「え、そうなの?」
「獣人族はそのほとんどが豊かな森の中で暮らしていますから、開けた土地に石の建造物を作る習慣があまりないのです。集落によっては、巨木の上に家を建てて生活することもあるのだとか」
「……相変わらず、あんたの知識量って底が知れないわね」
「ノエは、はくしきだな!」
「ふふ、伊達に人より長いこと生きてはいませんから」
ノエは静かに目を閉じ、どこか誇らしげに、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
ポポロは、人間の歩幅に合わせて少し低めに作られた石造りの階段を、小さな足で一段ずつトントンと上がり始める。私たちもその後に続いて進む。床一面がさらさらとした砂に塗れており少々歩きづらくはあったが、足の裏でしっかりと砂を踏み締め、一歩一歩登っていく。
「そういえばラグナ。少し、お聞きしたいことがあるのですが……」
「何よ急に、改まって。また世間話?」
階段を昇る足を止めずに視線だけはこちらを向けてくる。
その視線はどこか懐疑的な視線だ。
「……あなたは、純粋な『人間族』なのですよね?」
「…何、言ってるのよ」
質問の意図がわからない。ついつい、疑問を疑問で返してしまう。
「ご親族の血筋に、少しも多種族の血は混ざっていないのですか?」
「少なくとも私が知っている限りは純度100%の人間族よ。…それがどうかしたの?」
親族に他種族がいるなんて話は聞いたことがなかった。そもそも生まれ育ったのは田舎の港町だ。旅を始めるまで、他種族の姿なんて物語の中だけの存在だと思っていたほどだ。
「いえ……先ほどの戦闘での身のこなしが、とても人間族の領域内にあるとは思えなくて、疑問に思ったのです。私と寸分変わらぬスピードで砂の上を駆け、いかにあなたの師匠の腕が立つとはいえ……空中でトカゲの放った火球を平然と躱しながら、同時に複数体を切り伏せるなど、通常の人間族の身体機能では到底不可能でしょう」
「……そうね」
言いたいことがわかってきた。だけども私も彼女が納得できる理由を持ち合わせてはいない。
「人間族は魔素を内包しておらず、身体能力は他種族に劣る…。これは誰もが知っている大陸の常識です」
「そんなことは私もわかってる」
この大陸の常識だ。だからこそ人は兵器や数の暴力に頼らざるを得なかった。
「……もしかして、先ほどの落下時の身体の痛みも、すでに?」
本当に、この女は恐ろしいほどに勘が鋭い。その指摘は完全に真実を射抜いていた。
「……う、うん。もう、どこも痛くないわ」
観念して、ゆっくりと小さく頷く。ノエは、呆れたような、それでいてどこか信じられないものを見たような、複雑なため息を漏らした。
地表から落下した直後は全身のあちこちの骨や筋肉がきしむように痛んでいたはずなのに、気づけばその不快な痛みが完全に消失している。いくら目立った外傷がなかったとはいえ、人間の肉体で、ここまで超人的な自己回復が早いわけがなかった。
「おー! あのときのラグナも、すごかったぞ!」
階段を一足先に登り切っていたポポロが、上の段からこちらを振り返りながら無邪気に言葉を重ねてくる。
「ひょいひょいって、つたをかわして、つっこんでた!さいごは、おれがたすけたけど」
「……蔦の猛攻を、すべて躱しながら、突撃を?」
ノエは耳に入った言葉がにわかには信じられないと言わんばかりに、ポポロの証言を低く反芻する。
明らかな半信半疑。探るような、けれどどこか確信を孕んだ底知れない視線が私へと向けられ、私は思わず気まずそうに目を逸らしてしまった。
別に何かやましい隠し事をしているわけではないはずなのに、彼女の前にいると、自分の内側をすべて透視されているかのような錯覚に陥る。
「ま、まあ……あの時は、思った以上に上手くいったというか。たまたま感覚が上手く噛み合っただけよ」
「いえ、別に強いこと自体はとても良いことです。自身の身を守れる。隣人を守れる。何より、今のあなたにとっては、己の目的を果たすために一番必要な『力』でしょう」
「……うん」
「ですが、あなたは今、信じられない速度で強くなっているようです。それこそ、本当に人間族であるかどうかを疑いたくなるほどに」
先ほどの戦闘中、あの野生のトカゲたちが放った凄まじい速度の火球が、私の目にはまるで止まっているかのように遅く見えていたのだ。視界を覆う激しい砂塵の濁流の中でも、獲物の気配が、驚くほどはっきりと網膜に焼き付いていた。
確かにここ最近の自分のパフォーマンスは自分でも驚くほどだが、本当に何か私の身体に異常が起きているのだろうか。
ノエは、やはりそうでしたかと言わんばかりに小さく鼻から息を抜き、ポポロは「おーっ!」とどこか感心めいた驚きの声を漏らした。
「あなたの身体に、何か劇的な『異変』が起きているのは確かなようですね。……原因がはっきりと判明するまでは、あまり無茶な戦い方は――」
「……分かってるって。心配してくれてありがと。忠告、感謝するわ」
これ以上、この不可解な状態に関しての話題を掘り下げられたくない。私は会話を強制終了させるように、ポポロが待つ階段の最上階に向かって一気に駆け上がった。ノエは少しだけ眉の根を寄せ、またも小さくため息をついた。
逞しい尻尾をゆっくりと揺らしながら、複雑な面持ちで私たち二人の背中を追いかけてくる。
階段を登りきり、いよいよ神殿を眼前にすると、下から見ていた時とは比べ物にならないほどの圧倒的な威圧感が全身を包み込んだ。
一体誰が、大昔に、何のためにこれほどの巨大建築を遺したのか。不思議で仕方がなかったが、この絶対的な荘厳さの前には、そんな疑問を口にすることすら野暮に思えてくる。ただただ、己という存在のちっぽけさに気圧されるばかりだった。
「神殿って建物はなんで、こう無駄に大きいの?いや、すごいんだけれども」
「おっきくみられたいから!」
軽くジャンプして自分を大きく見せようとするポポロ。
「そんな単純な理由~?」
「ポポロが言っていることはあながち間違ってはいませんよ。当時の権力、神への畏怖など何かしらの象徴を大きく見せる為でもあります」
『へ~』
先ほどの廃墟群と同じ、汚れのない白色の石材で造られた、シンプルでありながらも究極に贅沢なこの大神殿。
それは、砂の海に呑まれたこの寂涼たる地を千年の間静かに守り、そして声も無く朽ち果てていったかつての街並みを、ただ一人で寂しげに見守り続けている巨大な墓標のようでもあった。
外から見る感じ、神殿の内部は、陽の光が届かず薄暗い。そして、不気味なほどの無音。
地上から遠く離れた地下深くの閉鎖空間だからだろうか。不快な砂嵐の音はおろか、風が吹き抜ける音さえも一切聞こえず、世界そのものが完全な沈黙に処されている。
「なか、どうなってるんだろーなー!」
「これほど遮断された空間です。狂暴な魔物の棲み処になっている可能性は低いと考えられますが……それでも、細心の注意は必要ですね」
「え……? あんたたち、まさか中に入る気?」
てっきり、外観を眺めて終わりだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
二人は「せっかくここまで辿り着いたのですから、引き返す手はない」とでも言いたげな、好奇心に満ちた目で私の顔を見つめてきている。
私は、気乗りしないまま、ちらりと神殿の奥の闇を見やった。先ほどから何も変わらない、底の知れない薄暗い静寂。当然、松明の灯りなど一つも灯ってはいない。
「ええ~……。本気? あんなに真っ暗なのに……」
「ラグナ、大丈夫ですよ。私のポーチには、非常用の発煙筒が常備してありますから」
ノエはそう言って、自身の尻尾の付け根に装着されている機能的なタクティカルポーチを、手元を見ることなく器用に弄り始めた。
本当に、どれだけの備品を隠し持っているのだろう。あんたの用意周到さに内心で半ば呆れ、半ば感心していた――その、刹那だった。
ーーーーーフォオオオオオオオオオン…………。
『っ……!?』
聞いたこともない。だがしかし、地響きのように重く、どこか物悲しく震える、『生きた巨大生物の鳴き声』のようなものが、神殿の最奥の闇から地を這うように響いてきた。
その残響は、神殿の冷たい石壁に反響し、外にいる私たちの鼓膜と肌をびりびりと震わせる。
「いるじゃん……っ! ばっちり中に潜んでるじゃない!!」
「うおぉ、どんなやつだろーな!? 」
「……およそ、聞いたことない鳴き声。ふふ、興味が惹かれますね」
青ざめて声をあげる私とは対照的に、ポポロは目を輝かせ、ノエに至っては恐れるどころか、その美貌にうっすらと知的な愉悦の笑みすら浮かべている。
私は、どこか楽しそうにしている二人に噛み付くような形相で、反論する。
「いやいや……やめようよ! わざわざ『何かが居る』って分かってる危険な場所に、入る必要なんてないじゃない!?」
食って掛かるが、いつもは中立のノエも目に見えて、楽しそうに笑っている。
「ここまで辿り着いたのですから……せっかくなら、その正体を見てみませんか?」
「そんな、有名観光地に来て『ついでにあそこも寄ってみよう』みたいなノリで言うのやめて……!」
「ラグナ、こわいのか?」
「う……っ、それを直球で聞かれると、なんか無性にムカつく……」
「大丈夫ですよ。今は私たちもついていますから」
そういうことではない。私はただ、これ以上厄介事に首を突っ込まず、さっさとこんな不気味な場所から脱出したかったのだ。……断じて、怖がっているわけではない。本当に。
「では、ラグナはここで待っていますか? 私とポポロで、少し中の様子を見てきますね」
「ラグナ、おるすばん!」
「……っ、わかったわよ! 行けばいいんでしょう、行けば!?」
自棄だった。どうせ多数決を採ったところで、見るまでもなく2対1だ。
それにここで二人と別れて単独行動をしたとしても、ここから脱出できるビジョンもない。特にノエと別れてしまっては鬼島<オニカド>へ行くための船が無くなってしまう。
こうなったら、さっさと神殿の中身を確認して、二人を引っ張ってここを脱出してやる。
私は少々勇み足気味に、光が一切届かない、暗い神殿の奥へと一歩を踏み出した。
皆さま、どうもです。もしくは初めまして。
みゃ~むらです。
最近あとがきをかき始めたのですが、どうしましょう。早速書くことがなくなってしましました。
尊敬しているライトノベル作家さんの一人で毎回10ページ超のあとがきを書いていた、すごい人がいます。その人がおっしゃってたのですが、後書きって「書籍のページ調整」のために存在するらしいです。
なるほど、印刷の都合上そういった調整は何かしらの理由で必要なのがなんとなくではうかがい知れますよね。
じゃあネットに投稿している小説の後書きってなんで存在しているんだろう、という疑問がわいてきます。
これに関しては理由があるのかわかりません。(笑)
なので一応「あとがき」の意味も調べました。
どうやら「著者が書物や論文の最期に記述」するものであって「思いや制作過程、関連情報」などを知らせる場所らしいです。作品全体を構成する要素の一つとして位置づけられている、ともありました。
正直私にとっては目からうろこな内容があったのですが、皆さんはいかがでしょうか。
何かしら文字を書いている人は、「書くのは当然」と思っている方も多いかもしれません。
私はまさか作品を構成する一要因とまでは思っておらず、作者さんが唯一自我を出せる、ストレス発散的な場所、くらいにしか思っていなかったので正直驚きでした。
作品理解を深める上での重要な役割、とまで言われているのですが…。
皆さん、そんなにあとがきを有効活用されているのか、アンケートを取ってみたいくらいです。
それにあとがき読む派閥と読まない派閥も別れるのでは?という疑問も生じてきます。
だって、少なくとも私のあとがきってそんなに大した事書いてないですし、何か関連情報を載せられるほどビックではありません(いつかなれたらいいなぁ、くらい)。
映画のエンドロール見る人とそうでない人みたいに、本筋が終われば終了、みたいな方いるでしょう。
手を挙げてください。先生、怒らないから。
だって、私は某大手宅配サイトの映像コンテンツを利用しているのですが、あいつエンディングやンドロールが始まったら勝手に次の話に行ったりしませんか?
あれがすべてを物語ってるというか。あくまで制作に関わってる人たちって黒子に過ぎないんだなぁとどこかもの寂しさも覚えてしまいますね。
まぁ、文字数やノルマなどは決めていませんが、後書きは何かしら記述していくので、皆様の暇つぶしになったのなら幸いでございます。
今後も頑張って更新していきますので、応援や感想などお待ちしております。
みゃ~むらでございました。




