表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべての生きとし生けるもの達へ  作者: みゃ~むら
オニカド編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/34

砂旅 sideラグナ (Part6)

「あ……あついぞ~……」


ポポロはもう、何度吐き出したか分からない恨み言を力なく口にする。

獣人種らしくその長い舌をでろりと突き出し、今にもサドルの上から滑り落ちてしまいそうな様子だ。

ここ鱗獣領<サハラド鱗皇国>は、緑などほぼ無きに等しい、見渡す限りの赤茶けた砂漠地帯。天から降り注ぐ容赦のない直射日光と、極熱の砂粒が放つ下からの照り返しによる蒸し暑さが、旅人たちに牙を剥く。所々にはこんな砂漠地帯に家屋や何かが建っていたような石造りの残骸が静かに横たわっている。

野生の動物もほとんど見当たらない。仮にいたとしても、それは足元に目を凝らさなければ決して気づかないレベルの、小さなヤモリや乾いた虫の類ばかりだった。


ここは、彼の緑豊かな故郷とは完全に真逆の、砂の世界。

ただでさえポポロは、脱ぎたくても脱げないぶ厚い毛皮を四六時中着込んでいるようなものなのだ。おまけに彼の毛並みは暗い茶色。太陽の熱を余計に吸収しやすい色であることも、この惨状に少なからず拍車をかけているのだろう。それに加えて、この砂漠の強烈な直射日光と砂嵐を避けるため、さらに上から防砂のマントまで身に纏っているのだから、その内部の暑さはもはや想像を絶する拷問に近い。


唯一の救いは、出発の際にノエの機転によって、最初に立ち寄った国境の街で四足歩行の騎獣を二匹借りられたことだった。一匹の背に私とポポロが同乗し、もう一匹にはノエが乗っている。

実際、ディロックスの計らい通り、このノエという女は役に立っていた。

目的の港町までの最短ルートを正確に割り出して案内してくれたし、今乗っているこの生き物を巧みな交渉で手配してくれたのも彼女だ。なんなら、世界の共通語ではなく、現地の歪な部族語で交渉を行ってくれていた。

あの狡猾な男の思惑通りに事が進んでいるのは少々癪ではあるが、こればかりは素直に彼女の能力を利用させてもらうほかなかった。


そしてただ座っているだけで目的地には向かってくれるのだが、この『岩瑠璃いわるりトカゲ』の背につけられた特殊なサドルには、少々手こずっていた。厚手の毛織物や特殊なジェルクッションが敷かれているため、座り心地自体は悪くない。

だが、哺乳類の馬とは違って、背骨を左右に大きく波打たせて歩く爬虫類特有の「うねるような歩度」は、私やポポロにとっては完全に初めての経験だった。

トコトコと四肢を動かすたびに、視界と身体がゆさゆさと上下左右に不規則に揺さぶられ、ただ体幹を保って姿勢を維持するだけでも、それなりの慣れと無駄な筋力を必要とした。


自力で歩くよりはマシとはいえ、じわじわと体内の水分を奪っていくこの熱気はさすがに応える。先ほど立ち寄ったオアシスで、飽きるほど水分を補充させておいて本当に正解だった。

私自身、この鱗獣領に足を踏み入れたのは初めてで、これまでは旅人の噂でしか聞いたことがなかったが、まさかこれほど過酷な土地だったとは。

(これなら、多少無理をしてでも機械領<デウステクス>の境界を大きく迂回した方がマシだったかもしれないわね……)

順調に目的地の港町へと近づいてはいるはずだが、正直、一刻も早くこの不快な砂の檻から抜け出したかった。額から目元へ流れ落ちる不快な汗を、もう何度目になるか分からない手つきで乱暴に拭う。


「ポポロ、大丈夫ですか? 喉が渇いていなくとも、水分はこまめに取らなければ駄目ですよ」


先ほどまで数歩後ろに着いてきていたノエが、いつの間にか私たちの横をピッタリと並走している。

だめだ。私もこの異常な暑さのせいで、注意力が著しく散漫になっているらしい。背後から近づいてくるノエの騎獣の気配にすら気づけなかった。

ノエはこの国の過酷な環境に馴染みがあるのか、大型のトカゲの手綱を軽快に握りながら、この炎天下の中でもまるで涼しそうな顔で涼然と佇んでいる。全く、大したタフさだ。


「もし可能なら、今のうちに干し肉も口に含んでおくのがおすすめです。汗で失われる塩分を補充できますから。ストックなら私が十分に用意してあります」

「お~……けど、なんどのんでも、のどがかわくぞ~……」

「ノエ、悪いけれど私もポポロと同意見……。そろそろ、どこか一休憩入れられる場所はない? あんたと違って……この暑さは本気で堪えるわ……」


二人して完全に白旗を上げ、すがりつくように休憩を懇願した。

ノエは手元で懐中時計の時間を確認し、周囲の果てしない地平線を見渡した。


「だから事前に言ったでしょう? 日中はあなたたち人間に耐えられる暑さではない、と……。オニカドへ急ぎたいあなたの心中を考えれば、先を急ぐ気持ちは分からなくもないですが」

「悪かったって……。正直、甘く見てたわ」


少しでも早く鬼の島へ渡りたい私は、ノエの「日中の移動は避けるべきだ」という冷静な反対を押し切って、この強行軍を断行したのだ。

だが、完全に私が間違っていた。大自然の圧倒的な猛威の前に、個人の焦燥や復讐の炎など、何の意味も持たない。

コンパスと時計を確認したノエが口を開ける。


「……もう少し進んだ先に、比較的大きな残骸があります。そこなら休める場所が確保出来るでしょうから、そこで小休憩にしましょう」

「やった~……」


舌をだらしなく出しっぱなしにしたポポロが、力なく右腕を天に向かって突き上げ、小さな歓声を上げた。


************************************


「生き返る~……」

「ふぅ……。日陰というものが、これほど贅沢で涼しいものだったなんてね。今までの人生で、ただの『物影』という存在にここまで感謝した日は他にないわ……」


崩れかけの古い石壁でできた影に身を寄せ、冷たい水分と干し肉を口にしながら、私はノエに向かってしみじみと呟いた。ここは数々の旅人達の憩いの場なのだろうか、着いた時には既に焚き火跡が残されている。

私たちの情けない様子を見て、ノエは困ったように細い眉を下げる。


「二人とも大袈裟です。まだ先は長いですが、今のところはかなり良いペースで進んでいます。頑張ってください。この調子を維持できれば、今日中には次の街に滑り込めますから」

「そのまちに、なにかようはあるか?」

「いえ、ただの中継地点ですね。そこまで大きなオアシスというわけでもありませんが、砂漠の真ん中で野宿をするよりは遥かにマシです。水と物資の補充もできるでしょう」

「ふへ~……もうすこしかぁ……」

「さすがのあんたでも、この暑さの前には余計な好奇心とかは湧かないのね?」

「むりだぞぉ……」

「ふふ、あの子たちの方が、よほど元気が良さそうですね」


ノエが視線で促した先、先ほどまで私たちが乗っていた、ずんぐりむっくりとした瑠璃色の四足獣に目をやった。

見れば、そのトカゲたちは主人の心配などどこ吹く風で、涼しい日陰に入ろうともせず、煌々と太陽が照りつける灼熱の特等席にどっしりと寝そべっていた。ぶ厚い瑠璃色の鱗をぎらぎらと嫌味なほどに輝かせながら、実にご機嫌そうな様子で砂漠の日向ぼっこを楽しんでいる。


(嘘でしょ……? あんな灼熱の中で日向ぼっこなんてしたら、普通は干からびて死んじゃうじゃない……!)


この国の生態系の異常な生存能力に内心でドン引きしつつも、私はノエに次の予定を尋ねた。


「目的地の港町には、順調にいけば明日には着くんだっけ?」

「ええ。そこで船を調達し、そこからオニカド領へ向けて海を渡る予定です」

「本当に船なんて借りられるの?」

「その港町の町長が、私の古い知り合いでして。事情を話せば、融通を利かせてくれると思います」

「ノエ、そんなにかおひろいのか~?」

「仕事柄、あちこちの大陸を旅していますから。そうとも言えるかもしれませんね」

「仕事って……ディロックスの護衛のこと?」

「彼の護衛は、高く雇われたのでやっているだけですよ。その前は商人のキャラバンの用心棒でしたし、その前は雇われの傭兵をやっていたこともあります。ほかにもいろんな地へ赴きました。それこそ西大陸にも行ったことがありますよ」

「……ねえ、ノエ。あんた、今いくつ……?」


私は汗でベタついてきて鬱陶しかった長髪の結び目を一度ほどき、石壁の隙間を抜ける熱い微風に一瞬だけ目を細めてから、再度きゅっときつめに結び直した。

ノエの見た目は、人間に換算すれば二十代後半の、凛とした女戦士にしか見えない。

だが、やはりそこは竜の血を引く竜人族。成長の度合いも寿命の長さも、人間とはまるっきり違う超越した生物なのだ。もしかしたら、何百年も生きている可能性だって十分にあり得る。


ノエは自分の腰に装着している数あるポーチの一つから手際よく干し肉を取り出し、私とポポロに差し出してきた。

私がそれを受け取ると、隣にいたポポロが私の手元からそれをそのまま、ぱくりとダイレクトに咥え込んだ。そのままガジガジと噛み付き続けている。……ペットを飼う感覚とは、もしかしてこのようなものなのだろうか。


「私も、種族の中ではまだまだ若い部類ですよ。約六十年ほどしか生きていません」

「……六十年も生きておいて、そのハリのある綺麗な肌は何なのよ?」

「肌はあまり意識したことはありませんね。私たち竜人族、というよりこの国出身はみな、皮膚が頑丈な鱗の性質を帯びていますから。刀剣の類も、そう簡単には通りません。――試してみますか?」

「いや、遠慮しておく……」


彼女の物騒なジョークに、私はパタパタと手を振りながらさらりと躱した。私の腰にある剣を視線でなぞるようなノエの冗談は、笑えないくらいに生々しい。

そんな私の反応を見て、ノエは目を細めながら、薄い唇から「ふふっ」と微かな笑みをこぼした。


「……何によ? 私の顔、暑さでとろけでもしてた?」

「いえ。気分を害されたのなら申し訳ありません。……ですが、ラグナがそんな風に、他人に関心を寄せて自発的に質問してくるなんて思ってもみなかったので。少し新鮮でした」

「な、何よそれ……。ただの退屈しのぎの、中身のない世間話よ」

「ふふ、そういうことにしておきます」


私は恥ずかしかったのか、それともただ周囲の熱気が増してきたからなのか、自分の頬がじわじわと熱く、赤くなってくるのを感じた。からかうようなノエの琥珀色の視線を避けるように、私は先ほど彼女から受け取った干し肉を小さくかじる。

別に心情の変化があったわけでも、あの日の復讐を忘れているわけでもない。あくまでもただの時間潰しだ。私の目的達成は、まだまだ先なのだから。


(……しょっぱい)


強烈な塩気に眉をひそめながら、私はふと気になったことを口にする。

「これ、なんの肉なの? や、美味しくないわけじゃないんだけど……」

「この地域によく生息しているオオトカゲです。筋肉がよく締まっていて美味しいでしょう?」

「あ~……そう、かもね……」


予想外の答えに思わず複雑な表情を露わにしつつ、私は口の中でじわりと広がる野生の弾力と塩分を無言で咀嚼した。

私はトカゲ肉を飲み水で強引に喉へと流し込み、再び陽炎の揺れる砂漠の先へと視線を戻した。


「どうされますか? 次のオアシスには、ここから半日もかからず着く距離まで来ました」

私の視線の先を追うようにして、ノエが静かに次の提案を投げかけてくる。

「逸る気持ちも分かりますが……少しでも体力を温存するために、太陽が傾いて涼しい時間帯になるまで、ここで出発を待ちますか? よっぽど遅く出ない限りは、今日中には確実に着く距離ですが」


すべてを見透かされたような言葉に、ドキッとする。そんなに私の顔には、焦りと憎悪の炎が透けて見えていたのだろうか。

ポポロの様子をちらりと視線だけで見やる。干し肉を食べ終え、地面に突っ伏したまま、まだ少しぐったりとしている。

……途中で倒れられる方が、よほど足手まといで面倒か。心の中で小さなため息をつく。


「わかったわ……。出発するタイミングはあんたに任せる」

「承知しました」

「ラグナ……いいのか~……?」


ポポロが申し訳なさそうに、長い耳を伏せて聞いてくる。自分が足を引っ張っていることに、彼なりの自覚があるのだろう。


「気を遣う余裕があるなら、一秒でも長く身体を休めなさい。その分、元気になったら存分に働いてもらうから」

「おう、まかせろ~……」


あまり覇気のない、けれどどこか嬉しそうな返事が返ってくる。やっぱり、おいてきた方が良かっただろうか。ディロックスの口車に乗って、異種族を連れ回すのは悪手だったかもしれない。


そう自問自答しながら、水筒に口をつけ直そうとした――その瞬間だった。


それまで日向で優雅に寝そべっていた岩瑠璃トカゲたちが、唐突に弾かれたように跳び起きた。そして、聞いたこともないような甲高い狂った悲鳴を上げて、砂漠の彼方へと猛スピードで走り去っていってしまったのだ。


「お前たち、どこに―――っ!?」


ノエが驚愕し、即座に追いかけようと身を構えた、その時。


―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


「っ!?」


これまでに体感したことのない、腹の底を強烈に揺さぶるような不気味な地響き。同時に、上下左右の概念を狂わせるほどに、激しく地面が隆起し、波打った。

何かが、来る。

そう直感した私とノエは、寸前のところで下ろしていた武器と荷物を背負い込む。

だが、まだ体力の戻っていないポポロは動きが完全に遅れていた。


「チッ……!」

「わっ!」


仕方がない。私は迷うより先に身体を動かし、片腕でポポロの小さな身体を強引に脇に抱え込んだ。

その直後――私たちが先ほどまで涼んでいた遺跡のすぐ間近の砂原が、まるで大爆破を起こしたかのように、轟音と共に空高く舞い上がった。


大量の砂塵が大気を覆い尽くし、一瞬にして視界が最悪の白濁へと染まる。

砂のカーテンの向こうから現れたのは、生物の常識を冒涜するような砂まみれの巨体。天を突くほどに巨大な一本角を額に戴き、岩をも噛み砕く無数の瑠璃色の鱗に覆われた、砂海を泳ぐ「なにか」だった。


「まずい……っ! ラグナ、足元を!!」


ノエの鋭い警告の悲鳴が響く。だが、その巨体の圧倒的な質量に一瞬だけ呆気に取られた私は、足元に生じた致命的な「砂の割れ目」に気づくのが一歩遅れた。

奴の回遊によって周囲の砂が瞬時に流動化し、凶悪な砂の滝と化していたのだ。


「へ……!? きゃぁっ!」

「わぁあああ!」


大地が崩壊し、凄まじい勢いで中心へと吸い込まれていく。何とかその場を蹴って上空へ飛び上がろうとしたが、時は既に遅かった。底なしの流砂に足を強烈に捕らえられ、まともに身動きが取れない。これまで私たちの身を守る影を作ってくれていた古い石壁までもが、轟音を立てて共に飲み込まれていく。


逆らうことのできない砂の滝。その質量に押し流されるようにして、私とポポロは底の見えない暗黒の奈落へと、凄まじい速度で自由落下を始めた。


「ラグナッ!!」


上空で辛うじて足場を確保していたノエが叫び、目にも留まらぬ手際で腰からロープを解き放ち、私の手元へと正確に投げつけてくる。

落下しながら執念でその命綱をキャッチするが――容赦なく降り注ぐ細かい砂粒が手の平とロープの間に容赦なく入り込み、ベアリングのように滑りを良くしてしまっていた。


「ちっ……!」


摩擦抵抗を失った指先から、無情にもロープがするりと抜け落ちる。

それを見たノエは躊躇うことなく自ら跳躍し、私たちを追うようにして自らも砂の滝へと身を投じた。

真っ逆さまに墜ちていく視界の最後、上空で、あの巨大な砂漠の怪物が、まるで私たちの逃げ道を完全に塞ぐかのように、ぽっかりと開いた大地の割れ目に上から蓋をした。


光の遮断された暗黒の中、私たちはただ、砂の濁流とともに地下深奥へと墜ちていった。

みなさま、初めまして。みゃ~むらと申します。

…えーと、既に投稿し始めて、二週間くらい経ってようやく自我を出現させることにしました。

というのも読んでくれる皆様にいつも黙ってただただ作品を投稿するだけの状況もちょっと面白みがないなぁと思ってしまったからですね。

せっかくこのようなネット媒体を使っているのだからもっと発信したり逆に色々ご意見だったりいただきたいと思いまして…。

毎日投稿に合わせて後書も皆さまのお時間に彩りを加えられたらなぁと思います。


今回は初めて後書を書いたということもありますので、これくらいにしたいと思います。

これからのラグナやアレン、そして二人を取り巻く人々や世界の行末を見守っていただければ幸いです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ