機械領への旅路 Sideアレン(Part4)
ブウゥゥン、と低い重低音の唸りを上げながら、魔導車は漆黒の夜道を進む。
これまで体感したことのない、景色が後ろへと音もなく置き去りにされていく未知のスピード感を全身に受けながら、俺たちは暗闇の中を疾走していた。
セレスティアから機械領<デウステクス>へと繋がる、白とグレーの特殊合金で強固に整備された専用道路とやらは、確かに噂通り信じられないほど走りやすいらしい。専用道路の周りには人口魔素による灯りが各所に配置されており、暗い夜でも旅人や商人が安心して進めるようになっている。
実際、並の騎馬では到底追いつけないほどの高速が出ているはずだが、車輪が豪快に跳ねて車体が浮き上がるような不快感は一切なかった。細き脈動のように、小刻みに床を揺らすだけの心地よい振動は、むしろ旅の緊張を優しく解きほぐしてくれるかのようだ。
開け放った窓の先にどこまでも広がる満天の星空と灯りは、まるで私たちの不穏な行く先を静かに祝福してくれているかのようだった。
「いやあ、これは面白いな! 馬を操るのとは全く違う感覚だ!」
フェリクセンは先ほどまで、後部座席に座るセシルやピピから運転のコツを叩き込まれたり、ダッシュボードに並ぶ複雑な計器や発光するボタンの役割についてあれやこれやと質問攻めしていたが、今はすっかりコツを掴んだのか、上機嫌な様子でハンドルを握ってくれている。
対照的に、後ろの二人はすでにややぐったりとした様子でシートに深く背を預けていた。
それもそのはず、先ほどまでは「そこは触っちゃダメ!」「もっとハンドルを大きく使って!」と、全く言うことを聞かない破天荒な初心運転手に、文字通りつきっきりで怒号に近い注文をつけ続けていたのだから。
窓から流れ込んでくる夜風は確かに涼しく心地よかったが、それを素直に大人しく享受できるほど、車内の空気は爽やかというわけではなかった。
ひとしきり運転の説明で盛り上がっていた明るい雰囲気がひと段落し、話題が途切れると――自然と、これから俺たちが赴くであろう目的地が、すでに血生臭い「戦地」と化しているかもしれないという、確証に近い懸念が重苦しく鎌首をもたげてくる。
途端に車内を支配した、曇天のような重苦しい沈黙。
その緊迫感に耐えかねて、俺は何かを振り払うように思わず声を張り上げた。
「……なぁ、俺以外は全員、機械国<デウステクス>に行ったことがあるんだよな? 実際、あそこってどんな街なんだ?」
正直、自分が今、ひどく空気が読めていない発言をしている自覚はあった。
だが、何か別のことで無理やりにでも気を紛らわせなければ、先ほど目撃したあの傷病兵たちの無惨な惨状が、網膜の裏にこびりついて離れてくれないのだ。自分でも驚くほど能天気で、場違いな質問をしているとは思う。
だが――逆だ。こういう張り詰めた極限状態の時にこそ、あえて意識を外に逸らし、何かが起きたその瞬間のために脳の容量をクリアに保っておくことこそが大事なはずだ。
士官学校時代、ブリジットが言っていた。
『戦場に立つ時ほど意識して息を抜け。自分を追い詰めすぎるあまり負のスパイラルにハマり、死んでいく』
その厳しい中にも優しさのあった教えが、不意に脳裏をよぎった。
唐突な問いかけに、後部座席のセシルが小さなポニーテールを揺らしながら、少し身を乗り出して答えてくれた。
「街全体がね、まるごと全部ひとつの『大きな機構』で出来てるの! 勝手に動く階段に、人を乗せて勝手に昇り降りする四角い箱! 人工魔素ですべてのエネルギーを賄ってるから、夜になっても太陽があるみたいにかな〜り明るいよ。文字通りの『眠らない街』。まぁ、敷地の規模自体は私たちのヒューメブルグの方が広いけどね」
「す、すごいな……。なんか、言葉で聞いても全く想像が出来ないというか。……機械人って、やっぱりみんなピピみたいな見た目の人ばっかりなのか?」
「意外とそうでもないよ? 大半はピピみたいに完全な機構のボディをした人だけど、リンガードさんみたいに他種族でありながら身体の一部を機構に換装している人もいるし、ただ単純に機構の仕組みが好きで、それを装備として身につけてるだけの人もいるの。機械国って一括りに言っても、この世界の中で唯一と言ってもいいくらいの、めちゃくちゃな多種族混合国家だよ」
「あとな、アレン。機械国に行くなら絶対に知っとかないといけないのは、最高権力者である『三機神』の存在だな。まさかとは思うが、アレン、名前くらいは知ってるよな?」
今度は運転席のフェリクセンが、前方から目を離すことなく、どこか悪戯っぽく弄ってきた。いくら俺でも、そのくらいの大物は日々の勉強や新聞を読んだりして知っている。
「知ってるよ。俺たち人間領の領主殿みたいに、それぞれの各専門分野の全権を担っている最高責任者みたいな奴らだろ」
「お、さすが勉強してるだけはあるね。昔はそういうの、覚えるのが苦手だったのに」
「確かに! アレンがちゃんと勉強してて安心した!」
「おい、セシルまで一緒になっておちょくるなよ……」
車内にどっと、小さく、けれど温かい笑いが起きた。
ほんの一瞬だけ、胸の奥を締め付けていた戦場の緊張感を和らげることはできただろうか。
「まさかこのメンバーで本当に機械国にまで行くとは思わなかったからね。行く前にちゃんと顔と名前だけでもおさらいしておいた方がいいかも」
「ピピ、何か映像かデータはないか? できたら、一目で顔が判別できるやつがいい」
フェリクセンの指示に、後ろでちょこんと座っていた小さな機械人形が、短い腕を額に当てて健気に胸を張った。
「( ̄^ ̄)ゞ」
ピピがその小さな手のひらを上に向けると、そこから淡い青色の光の束線が照射された。
相変わらず、俺には全く馴染みのない光学機器を使って光そのものを記録し、対象の姿やありのままの風景を画像として空間に定着させる技術……らしいのだが、その理屈は、やはり俺にはさっぱり理解できなかった。
そんな慣れなくも驚くほど便利な技術によって、暗い車内の空間に、立体的な三つの光の枠が浮かび上がる。それぞれ正面を向いた、三機の『神』の顔が静かに映し出されていった。
映し出されたその三人は、誰も彼もが極めて個性的な容姿をしている。
ピピの映像に合わせてセシルが情報を補足していく。
「最初はエデン。この方は国全体の文明部門と研究部門を担当してるわ。今動いている機械人の中で最古の個体なの。機械国を作った、最初期のメンバーじゃないかとも言われてる」
まず最初に紹介されたのは、女性らしき外見をした機神だった。人間種と言われても判別がつかないほどに精巧で滑らかで色白い肌。ウェーブのかかった美しい黒髪に、なぜか猫耳があしらわれたミニトップハットをちょこんと被っている。……なぜ猫耳なのだろうか。
しかし、その洗練された愛嬌のある帽子とは裏腹に、表情は酷くクールだ。まだ何もしていないのに、こちらが一方的に叱責されているかのような錯覚を覚えるほどの威圧感。わかりやすい肉体的な「顔」があるというのに、そこから伝わってくるのは絶対的な冷徹さだった。
「……でも、もしその噂が本当だとしたら、この大陸の歴史のすべてを知ってるってことにならないか?」
「本人はそのことに関しては『知らない』の一点張りだけどね」
「( ゜Д゜)」
ピピも口を丸くしてみせる。どうやらピピも、その最古の記憶の真実に関しては何も知らされていないようだ。
「ま、私の中じゃ三人の中で一番近寄りがたい雰囲気を醸し出してるのもこの人かな。常に厳しいブリジットさんって感じだね」
セシルの言葉は、今の俺にとって一番分かりやすい表現だった。しかし、ぱっと見は表示されている三機のなかで最も人間に近い容姿をしているのに、最も鉄面皮で無機質に感じるというのは、なんとも皮肉な話だった。
「次はデンドロビウムね。軍事面とその辺りの技術開発を担当してる。私の武器を開発してくれた人でもあるし、ピピの一番上の上司にあたる人。今後はこの人とも交流が多くなると思うけど、見た目通り可愛らしい仕草をする人だよ」
「!(^^)!」
隣でピピが嬉しそうに万歳をする。
ホログラムの中央でニコッと屈託なく笑う人物は、あどけなさが残る十歳前後の人間の女の子と言われても通じる風貌だった。まだ会ったこともないのに、セシルの言う通り、三人の中で一番の親近感を覚える。
あちこちにはねた紫色のショートヘアに、細い三つ編みが一本だけきれいに結われている。頭部には可愛らしいヘッドバンドと、ぴょんと跳ねるようなリボンが着いているように見えるが、よく見ればそのリボンの隙間からも、精密な歯車や機構が見え隠れしていた。
また、その片目には小さくも極めて細やかな機構仕掛けのルーペを装着しており、それがどこか、彼女が単なる子供ではないという知的な凄みを醸し出していた。
「体躯は小さいけど、ボディのあちこちには武器を仕込んでるし……何より、探求心とエネルギーの塊って感じの人だね」
「……最高権力者自らが、それだけの重武装を?」
「うん、『失敗したら、また作り直せばいいだけ!』って、めちゃくちゃポジティブな人で、自分から試作品をつけたがる人なの。比較的最近に製造された個体らしいから、感情表現も好奇心も凄く豊かなんだよね」
「そりゃ、すごいな……」
俺は素直に感心した。機械人はその性質上、感情の起伏が乏しいものだと聞いていたが、最新の機体は人間のそれと遜色ないのだろうか。
「最後はギア。内政及び外交を担っている、いわば二人のまとめ役でもある方ね。彼もエデンと同じくらい、結構古くから稼働している人物らしいわ」
確かに、その顔は新聞の風刺画などでたまに見かける顔だった。それもあってか、俺が最も脳内でイメージしていた「機械人らしい機械人」のフォルムをしている。
そこには人間のような目や口といった有機的なパーツは一切ない。顔全体を覆うようにして、黒を基調とした幾何学的なカッティングのヘルメットが鎮座しており、その首元からは何本もの太いパイプが胴体へと伸びている。ピピのホログラム映像の、骨組みだけの状態とはこういう感じなのだろうか。ヘルメットの側頭部には、小さな角を模したような通信アンテナが左右に突き出ており、圧倒的に無機質な印象を放っている。彼から表情を読み取ることは不可能だろう。
「でも、なんで三人だけなんだ? 俺たちの領主たちは十人以上もいるのに」
「何でも、彼らは全身が機構仕掛けだから、あらゆる膨大なデータを元にした算出や、戦術シミュレートの速度が人間の何百倍も早いんだって。それに人口魔素さえあれば休む必要も寝る必要もないから、ずーっと稼働し続けられるしね」
「まぁ、ピピもそんな感じだしな……」
「('ω')」
寝る必要も、休む必要もない身体。ある種、羨ましくもある特性だ。
浮き上がった三人の顔をまじまじと見つめながら、俺はふと、脳裏に浮かんだ疑問を口にした。
「……なぁ、そういえば俺たち、今回合流するはずの鬼国<オニカド>の代表者の顔って、誰か知ってるか?」
『いや……?』
セシルとフェリクセンの声が綺麗に重なる。
考えてみればそうだ。元々は向こうからこちらへ使節として来る予定だったから、俺たちが事前に顔を把握しておく必要がなかったのだ。機械国の代表者であるこのギアとやらが連れてくるはずだった、鬼国の代表。そもそもあの国は極端な鎖国国家だから、人間領に回ってくるデータ自体が少なすぎるというのもあるかもしれない。
「おいおい、現場で合流したいってのにどうするんだ?」
「いやでも、古い文献で、鬼の種族には頭にツノが生えてるって見たことあるよ」
「それじゃ判別にならないだろ。ツノなら魔人でも、他の多種族でも生えてる奴はいる」
「鬼の種族はおでこの辺りにしか生えないはず…。一本地、あるいは二本綺麗に生えてるのが特徴なの。……中には肌が生まれつき赤い個体もいるらしいわよ。でも確か……きゃあ!?」
ド、ガガガガガガッ!!!
激しい金属摩擦の悲鳴と共に、突如として車体が猛烈な制動をかけた。
順調に夜道を爆走していた魔導車が、何の前触れもなく急停車したのだ。
慣性の法則によって俺の身体はシートから強引に引き剥がされ、前方へと投げ出されそうになる。それを、足に渾身の力を込めてなんとか踏みとどまった。
しかし、身を乗り出しながら説明をしていたセシルは、完全に無防備だった。彼女は勢いよく前のめりに吹き飛び、思いっきり顔をぶつけていた。
「いったぁあ……! ちょっとフェリクセン! 急に止まるんじゃなくて、もっとゆっくりって言ったじゃない!?」
運転の荒っぽさに涙目で激怒するセシルだったが、フェリクセンはそんな彼女を振り返ることすらおろか、一言の弁明すら口にしなかった。
彼はただ、ハンドルを握りしめたまま、フロントガラスの先の闇に全ての意識を集中させている。
……ちなみに、ピピだけは独自の姿勢制御機構が完璧に働いているのか、シートで完全に微動だにしていなかった。
「悪いな……けど、どうやらお出ましだぜ?」
ライトの光が届かない闇の境界が、ぐにゃりと不気味に蠢いた。
そこに立っていたのは、全身が陽の光を吸い込むような漆黒の魔素で形成された――正真正銘の、『魔人』だった。
まだこちらの存在には気づいていないのか、それとも光の先にいる俺たちの様子を窺っているのか、あちら側からすぐに動く気配はない。だが、一体や二体ではない。複数体の悍ましい質量が、深い夜の闇に紛れながら、確実に、そして無数に蠢いていた。
ドクン、と心臓が破裂しそうなほど激しく跳ね上がる。
魔人。
かつて、9年前のあの日、俺の故郷ノースハーバーを無慈悲に、跡形もなく滅ぼした絶対的な仇敵。
それだけでは飽き足らず、現在進行形で人間領の三割近くをも武力占領し、今なお人々の命を脅かし続けている憎きモノ。
奴らの侵略の毒牙は人間領に留まらず、今やこの機械国<デウステクス>や、鎖国国家である鬼国<オニカド>にまで伸びようとしているのだ。
沸点を超えて滾る怒りのまま、俺の右手は自然と、腰に帯びた剣の柄へと伸びていた。
「アレン……っ! 目的を見失わないで」
だが、後部座席から差し伸べられたセシルの鋭い制止の声が、俺の身体を物理的に繋ぎとめた。引き絞った弓のようにつんのめっていた俺の意識が、冷や水を浴びせられたように我に返る。
「私たちは機械国の要人たちを救出しにいくのが任務でしょ。戦闘行為そのものが目的じゃない。それに……ルクレチアさんとのあの約束を、忘れたわけじゃないよね?」
「……っ、あぁ、悪い。……ありがとう、助かった」
セシルの毅然とした言葉のおかげで、一気に頭が冷えた。深く深く息を吸い込み、吐き出し、爆発しそうだった感情を無理やりにでも静める。
彼女の言う通りだ。今ここで我を忘れて刃を交えたところで、戦況が好転するわけではない。
俺は、ルクレチアが望む「真の和平」のために戦うと、あの日に誓ったのだ。一時の私怨と感情に身を任せて、大局を狂わせるわけにはいかない。
「けどよ、理性じゃ分かってても現実問題どうするよ? 奴ら、完全に道を遮ってやがる。今から迂回するとなると、大幅な時間のロスだぜ……!」
ハンドルを握るフェリクセンが、苛立たしげに前方を見据えたまま低く問う。彼の言う通り、デウステクスに残された時間はそう多くないはずだった。
だが、セシルはその絶望的な問いに対して、まるで完璧な回答をあらかじめ用意していたかのように、不敵に口元を歪めてみせた。
「ルーツが言ってたでしょ! この魔導車には、新型の『魔素流過給機<スーパーチャージャー>』が搭載されてるって。出し惜しみしないで、今ここで使う時よ!」
確かに、セレスティアを出発する前にそんな説明を受けた記憶がある。しかし、あれを使用せずともすでに騎馬を凌駕する凄まじいスピードが出ていたはずだが、あれ以上の機能があるというのか。
「確かにそんな大層なものを積んでるって言ってたけど……一体どこにそんな装置のスイッチがあるんだ?」
「え、う、うーん……どれだろう。これかな?」
セシルも後部座席から身を乗り出すようにして、運転席のダッシュボードに並ぶ無数の計器や怪しげなスイッチをきょろきょろと眺める。俺もそれに倣って探そうとするが、どれもこれも複雑な機構のパーツにしか見えず、どれが過給機の起動スイッチなのかさっぱり見当がつかない。
「……おい、やべぇぞ。あいつら近づいてくる!?」
「ちょっと、やばいって! セシル、急いで!」
「そんなこと言われたって、私、普段は魔導車なんてこれっぽっちも興味なかったんだもん!」
「おい、こんな時に言い争いをしてる場合か!?」
対向の闇から、魔人たちの発する威圧感が明確な「殺意」へと変わり、大気を震わせてこちらへじりじりと迫ってくる。
そんな、文字通り秒読みのパニックに陥る三人など、どこ吹く風。
ポチ。
「(╹◡╹)」
俺と、運転席のフェリクセンのちょうど中間に位置するコンソールボックス。そのシフトレバーの脇にある、厳重にクリアケースで保護されていた『真っ赤なボタン』を、後ろから短い腕を伸ばしたピピが、何のためらいもなく、実にあっさりと押し下げた。
――その直後。
ブウゥゥンという先ほどまでの低音は消し飛び、車体底部の駆動ユニットが、猛獣の咆哮に似た荒々しい爆音へと一瞬にして切り替わった。
同時に、キィィィィィィィン――ッ!! と、鼓膜を激しく突き刺すような、超高密度のエネルギーチャージ音が車内に響き渡る。
次の瞬間。
ボォン!!!
背後で爆弾が炸裂したかのような凄まじい爆縮音が弾け、宇宙の果てまで吹き飛ばされるかのような、とてつもない質量が俺たちの全身を襲った。
「ぶ、ふぉっ……!?」
先ほどまで車の前方に群がり、こちらを喰い殺そうと蠢いていた魔人たちの闇――その中心を、俺たちの乗る魔導車は、減速するどころか超加速によって『貫通』した。衝突の衝撃すら生じさせないほどの圧倒的な推進力が、奴らの漆黒の魔素を塵ひとつ残さず霧散させたのだ。
強烈な加速Gによって、全員の身体がこれでもかとシートの奥深くへと強引に叩きつけられる。視界の景色が、線となって後ろへと文字通り消し飛んでいく。
「うっひょおぉおーーー最高ォ!! は、速ええええええ!! これなら、あと数分もしねぇうちに目的地に直行だぜ!』
風圧で顔の皮を引っ張られながらも、フェリクセンが狂ったような歓声を上げてハンドルを死守する。
この神速の爆走であれば、間違いなくすぐに機械国の中心部へと到達できるだろう。
間に合え。どうか、間に合ってくれ。
アレンは、全身を圧迫する超重力に必死に抗いながらも、フロントガラスの遥か先にそびえる、未だ見ぬ鋼鉄の国の無事を、ただ心から強く願い続けた。
神速の世界に引き裂かれ、後ろへと消し飛んでいく魔人たちの群れを網膜に焼き付けながら、俺は胸の奥をじりじりと焼くような奇妙な戦慄を覚えていた。
ただ奴らの姿を目の前にしただけで、自分の中にここまでドス黒い感情が、濁流のような憎悪が噴き上がるとは思ってもみなかったのだ。
9年という歳月が流れてもなお、胸の奥底で未だにくすぶり続け、牙を研ぎ続けていた剥き出しの殺意。その醜悪な熱量に、俺自身が一番驚いていた。
……やはり、人は、あの日受けた傷や奪われた痛みを、そう簡単に忘れることなんて出来ない生き物なのだろう。
けれど、その昏い感情に身を任せていては、人はいずれ人ではなくなってしまうかもしれない。
復讐の火に身を焼き、憎悪のままに刃を振るい続けたその果てにあるのは、きっと俺たちが忌むべき魔人と同じ、ただの化け物の姿だ。あの日、すべてを奪っていった奴らと同類にだけは、絶対に成り下がりたくはなかった。
だったら――。
(だったら、このドス黒い感情も受け入れて、俺が全部引っ張っていってやる)
消えない怨嗟に身を任せて刃を振るうのではない。
己の内に確かに存在するこの暗い感情を、ルクレチアや、共に旅を続ける大切な仲間たちと見出した「真の和平」という、あの明るく、正しく、どこまでも気高い、目指すべき道で残さず覆い尽くしてしまえばいい。
綺麗事だと笑われたって構わない。俺は、あの日の誓いを、ルクレチアが望んだ未来を、この手で絶対に手繰り寄せてみせる。




